第十話 出発
サラたちと別れたルーノとヴィクターは、辺境伯邸の外れにある厩舎に向かっていた。そこには二人の愛馬であるディアとリスタが繋がれている。
「いやあ、依頼自体はスムーズに終わったね。数日かかる仕事だって覚悟してたんだけど」
「そうだね。でも、おかげでソルマリアを助けに行ける」
厩舎に辿り着き、手入れの行き届いた木の扉を開けると中にはたくさんの動物がいる。その中に一際目を引く美しい白い毛並みを持った馬が二頭いた。佇まいから他の馬、動物とは一線を画す何かがある。神々しさのようなものすらあった。
「ディア、お待たせ。早速で悪いけどまた走ってもらわなきゃいけなくなった。頑張ってくれるかな」
そのうちの一頭、凛々しい顔立ちをした白馬―ディアをルーノが撫で、語りかける。撫でられ鼻を鳴らすディアは機嫌が良さそうに見えた。ルーノも普段より穏やかな雰囲気をまとっており、一人と一頭の信頼関係がうかがえた。
「リスタ!待たせてごめんよお!しんどいと思うけど、あとで美味しいご飯いっぱいあげるからね!」
ヴィクターはもう一頭の方、大人しく穏やかそうな顔立ちの白馬―リスタへ頬を擦り寄せていた。リスタは少し目を細めつつもそれを受け入れている。緩んだ顔のヴィクターはしばらくリスタにくっついていた。ルーノとディアのそれと比べて若干の違いはあれど、彼らも種族を超えた関係性を築いていることが分かる。
「さて、行くよヴィクター。案内は任せてもいいかな」
頬擦りに夢中になっていたヴィクターを小突き、ルーノはディアを繋ぐロープをほどく。そしてディアに飛び乗り、いつでも出発可能だとヴィクターを急かした。それを受けたヴィクターもリスタを繋ぐロープをほどき、鞍に足をかけよじ登る。馬上で体勢を不器用そうに整え、それを背後で見ていたルーノのため息に申し訳なさを覚えながらも先んじて厩舎を出るのだった。
「任せて!目的地は遠い、急ごう!」
言い切るや否やリスタは主の意志を受け駆け出す。加速度に少しよろめくヴィクター。相変わらず乗馬が下手だなと呆れを覚えつつもルーノは手綱を強く握りしめた。その感情を感じとってか、ディアはいつも以上の速度を出してくれる。見ればリスタもいつもよりよほど駆け足で、彼女に乗っているヴィクターは小刻みに震えていた。
「待ってて、ソルマリア。絶対に助けるから」
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「今日はここまでにしよう。日が沈みそうだ」
二、三時間ほど走っただろうか。途中何度か休憩を挟みつつも、二人は順調に進んでいた。もうトリオーテ辺境伯邸ははるか遠く、振り返ってもわずかに整備された一本道とまばらに生えた木々しか見えるものはない。そんな平原の中央でヴィクターはリスタを御し、下馬して道のはずれの大木の元へリスタをいざなった。
「ああ、おしりが……。何年経っても乗馬は慣れないなあ」
ぼやきながらもヴィクターはリスタをその大木に繋ぎ、彼女の背に積まれた荷物から簡易的なテントやテーブル等の野営道具を取り出す。のそのそと準備を始めたヴィクターにルーノが小言をこぼした。
「君は本当に傭兵とは思えないくらい軟弱だね。実は怠惰な貴族の出身なの?」
ルーノもディアから降り、同じように大木にディアを繋ぐ。繋がれた二頭は少しの間触れ合い、かと思えば急にお互いへの興味をなくして周囲の草を食べだした。
「それは偏見だよ!怠惰でも軟弱でもない貴族の方もいるじゃないか!少しは!……まあ、そもそも僕は平民だけどさ」
反論はするが勢いはないヴィクター。言い返すだけ無駄だと分かってはいるのかもしれない。そんな一幕を挟みつつ、二人は着々と野営の準備を進める。十五分もしないうちに一本道のはずれにはテントが建ち、焚き火が焚かれ、簡易的な椅子まで用意されていた。パチパチと焚き火の弾ける音が周囲を満たしている。
「さて。まずは情報の整理がしたい。それが終わったら夕食にしよう、獣でも狩ってくるよ」
ルーノが椅子に腰かけてヴィクターにも座るよう促す。椅子に座る一動作すら優美で、ヴィクターは見とれながらも椅子に勢いよく腰掛けた。簡易的なものだからか、ヴィクターが雑だからか、椅子の軋むギィ、という音が静かな平原に響く。
「分かった。さっき話したことと重複する部分はあるかもしれないけど、僕の知ってる事を話すね。まず第一に、今回闇ギルドに入った依頼はソルマリア王女の生け捕り。その依頼を受けたのがギールの一味だ。僕たちが始末した構成員を除いてもまだ百人はいる」
トリオーテ辺境伯邸に現れた襲撃者たちより圧倒的に多い数だ。拠点に残っていた全ての人数がことにあたっているのだろう。それだけの数から王女を護るのは並大抵の事ではない。
「そして、ソルマリア王女について。彼女は半年に一度皇帝に謁見するため、旧フォーサイス王国領からアステリディアの央都へ向かっている最中だ。側近にして護衛の狼の獣人と二人でね」
旧フォーサイス王国領から央都までは馬で十日ほどかかる。今は帝国の占領下に置かれ、奴隷である獣人の管理場所となっており、ほとんど国としての形は成していない。
「王女の辿る道筋の情報が闇ギルドに入っていた。恐らく王女たちはその道筋を通るよう指定されたんだろうね。ギールの一味はそれを頼りに帝国を発ち、ソルマリア王女を襲おうとしている。二組の合流予想地点がぴったりレアト遺跡跡地なんだ。両者の進行速度から見るに、三日後の昼にはそこでぶつかることが予想される」
ルーノたちがレアト遺跡跡地にたどり着くのもちょうどその頃。なにかアクシデントが起こらなければかろうじてだが間に合うだけの余裕はあるはずだ。しかし、ギリギリであることは事実。こういう時に何も起こらない可能性も低い、依然として安心できない状況である。
「護衛の狼の獣人は腕利きらしいけど、一人で百人を相手にするのはいくら獣人の能力でも荷が重い。助けに行かないときっと王女は奴らの手に落ちるだろう」
獣人は並の人間の数倍の身体能力を誇る。しかも王女の護衛ともなれば戦闘力は相当だろう。しかし、今回に至っては多勢に無勢。百を超えるならず者相手に王女を護りきることは、恐らく不可能。
「そして最後に、これは言わなくてもわかってるだろうけど。今回僕たちがしようとしている王女を助けるって行為は帝国、ひいては世界を敵に回すってことだ。だけど、やるんだね?」
「それこそ言わなくてもわかってるでしょ?」
ルーノはヴィクターの問いに対して言葉少なに即答した。その反応はヴィクターの予想通りだったようで、やはりかと言いたげに彼は天を仰ぐ。空にはもう少しで満月になりそうな、少しだけ欠けた月が浮かんでいた。柄にもなく綺麗だと思ってしまう。
「そうだよね、ルーノちゃんずっと言ってたもんね。……もちろん僕も手伝うからね」
「ありがと。君も頑固だね」
当然のように世界を敵に回すと宣言したヴィクター。それに対しルーノは頷いた。止めることをしないあたり、二人の信頼関係、そして覚悟が窺える。
「出会った時に言ったでしょ、最後まで見届けるって」
「後悔しても知らないからね」
その言葉にヴィクターはふっと笑い、シャドーボクシングのように虚空を殴ってみせる。その様子はなんとも頼りないが、彼の様子がいつも通りなことにルーノは少しの安心を覚えるのだった。もちろん、そんなこと彼には悟らせる気もないけれど。
「上等だよ。世界でもなんでもかかってこい!」
案の定ヴィクターは気付いていないようで、ルーノは彼の鈍感さに感謝を覚える。そしてたった今情報の共有が終わったことを察し、ルーノは立ち上がるのだった。
「じゃあご飯にしようか。調理器具を準備しておいて、私は狩りに行く」
「はーい!牛とかだと嬉しいよ!」
ここまでお読み下さりありがとうございます。
楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。




