森の中の孤児院
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「あ!ヴィク兄みっけー!」
「見つかっちゃった!……ところで、助けてくれない?」
少女の無邪気な声が大きな部屋いっぱいに響く。その視線の先にあるのはクッションの山と、積み上げられたそれに埋もれて身動きが取れなくなった哀れな獲物の姿だ。山から片腕だけが飛び出しているその様子は、まだ幼い少女の目にもとても間抜けに映る。
「自分で出てきて!リリアを探すのに忙しいの!今回こそフィーネが勝つんだから!」
かくれんぼをしているらしい彼女は、山の中から聞こえる助けを求める声を無視して駆け出した。取り残された腕はしばらく動きを止めていたが、やがて観念したかのように一個ずつクッションをどかし始める。数十秒で山は解体され、先ほどまで山があった場所には代わりに若草色のローブをまとった青年の姿が現れた。
「なんでバレたんだろ……」
青年は心底不思議そうに呟きながら眼鏡のずれを直し、大きく伸びをした。伸びをしながら周囲を見渡せばそこには見慣れた光景がある。フィーネの手によって既に見つけられた子どもたちは一箇所に集まって談笑していた。まだリリアが隠れているらしいが、いくら子どもとはいえ隠れられるような場所はそう多くない。順当に行けば発見は時間の問題だろう。
「ぜんっぜんみつからないー!もう降参!」
だが、十分が経過してもリリアの姿は見つからなかった。その間ずっと部屋中を駆け回り息も絶え絶えな様子のフィーネは負けを宣言する。その時、部屋の隅に置かれていた形容しがたい形のオブジェの輪郭がぶれた。視界の端に捉えた違和感にフィーネが目をやると、そこには先ほどまでいなかったはずの少女の姿がある。
「いつ見てもリリアの異能は凄いなあ」
オブジェが人になるという世にも不可思議な現象を目にしたにも関わらず、のんびりとした口調で青年は呟く。他の子どもたちにも特に驚いた様子はない。先ほどのものはこの孤児院で暮らしている子どもたちや、個人的な理由で何度も訪れている青年にとっては見慣れた光景だった。
「あたしの勝ち!今回はヴィク兄のお土産に変身!」
現れた少女――リリアが拳を突き上げる。勝ち誇った表情を浮かべた彼女の瞳は赤の輝きを放っていた。
「『赤眼』ってすごーい!」
「私も変身、してみたいな……」
遠巻きに見ていた子どもたちから声が上がる。『赤眼』とは異能を持つ者の呼び名だ。彼らが皆赤い眼を持つことからそう呼ばれる。剣と魔術が支配するこの世界で人類の文明では説明のつかない現象を起こす彼らは遠い魔法時代の名残と考えられており、畏怖や信仰の対象となることも多い。だが『赤眼』であるリリアへの周囲の態度は普通そのもので、それは彼らが対等な関係を築けていることを示している。
「ちょっと、変身はずるって言ったでしょ!?」
フィーネがリリアに詰め寄り抗議する。だがリリアはどこ吹く風といった様子だ。
「ずるでもいい!勝ちたかったの!」
『赤眼』がいかに人知を超越した存在であったとしても、リリアが幼い少女であるという事実は変わらない。実に子供らしい理由で約束を破ったらしいリリアの様子に青年は苦笑する。だが彼には目の前で繰り広げられている微笑ましい光景以上に気になることがあった。先ほどまでそこにあったオブジェがリリアの変身だったとすると、この部屋に本来あるべきものが一つ足りないということになる。
「あれ、じゃあ僕のお土産はどこにいったの?」
「邪魔だって言ってルー姉が捨ててたよ」
リリアの言葉に青年はがくりとうなだれた。街へ買い出しに出かけている相棒が帰ってきたら抗議しようと固く胸に誓った、まさにその時。
「ただいま」
ガチャ、と音が聞こえた。開かれた扉の向こう側、現れたのは屋内だというのに深紅のフードを目深に被ったシルエット。左右に一本ずつフードからこぼれた銀の三つ編みと、ブラウンのミニスカートが辛うじてその人影を女性だと教えてくれる。
「ルーノちゃん、おかえり!」
少女――ルーノの帰還に、先ほどまでうなだれていたはずの青年は大きな声を上げる。そこには喜びの感情がふんだんに含まれており、眼前の相手がオブジェを捨てたことなど頭から抜け落ちているようだった。
「わー!ルー姉だ!」
「おかえりなさい!お菓子、買ってきてくれた!?」
遊びに熱中していたはずの子どもたち、それに言い争っていたはずのフィーネとリリアまでもがルーノの元へ駆け寄っていく。彼らの様子からはルーノという少女の慕われ具合が見て取れた。
「はい、順番ね。ねえヴィクター、みんなはいい子にしてた?」
手際よく子どもたちの相手をしながらルーノは青年――ヴィクターに問いかける。それに対しヴィクターは元々下がっている眉の角度を更に急にして声を上げた。
「聞いてよ!フィーネが僕を助けてくれなかったんだ!」
「どうせくだらないことで困ってたんでしょ。隠れるために作ったクッションの山に埋もれて動けなくなった、とか」
見事に図星を突かれて目を剥くヴィクター。わかりやすい反応と予想が当たっていたことにルーノは呆れを覚え、大きなため息を一つ吐いた。
「ヴィクターよりみんなの方が賢く待ってたみたいだね。ほら、約束のお菓子だ」
「わーい!ありがと!」
手に持った大きな皮袋から小分けにされた袋を取り出し、ルーノは一人一人に手渡していく。よく見れば子どもたちが受け取った小袋に入っている菓子の種類には全て差異があるのだが、全員が自分の好きな菓子を受け取ったようで満足げな表情を浮かべていた。
「じゃあ、私はここで。また来るね」
菓子を配り終えたルーノが振り向き扉に手をかける。ルーノがこの部屋に足を踏み入れてからわずか五分程度しか経っていないというのに、あまりにも早い出発だ。
「えー!はやすぎ!」
「僕まだかくれんぼで勝ってないのに!」
前者は子どもたちから、後者はなんとヴィクターから。それぞれ苦情が届きルーノは苦笑する。
「ごめんね、今日は用事があるんだ。またすぐ来るから、いい子で待ってて。ヴィクターは黙ってて」
「だまってて!」
子どもからも追撃を受けたヴィクターはめそめそと泣き真似をする。だが誰からも心配の声は上がらず、さすがに応えたようで少し顔を赤くして咳払いを一つした。
「こほん。次は勝つからね!」
「大人が張り合わない」
ルーノが冷静な指摘をすると子どもたちは大きく笑う。それはこの場所では見慣れた風景で、指摘を受けながらもヴィクターはこの時間をとても愛おしく感じていた。
「またねー!」
子どもたちへヴィクターが手を振る。ルーノの方を見やると、彼女も小さく手を上げていた。切れ長の碧眼に浮かぶのはいつも通りの鋭い眼光ではなく、慈愛に満ちた優しい光。仏頂面のせいで目立たないが、長年の付き合いであるヴィクターはこれが彼女にとって精一杯の愛情表現なのだと気づいていた。ずっと手を振っていたいが、いつまでもこうしていてはきりがない。二人は振り返り孤児院を後にする。扉を閉めても子どもたちの別れを惜しむ声がいつまでも聞こえていた。




