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言いたいことはひとつだけ  作者: 糸雫撚葉
第一章 赤い眼の少女
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第九話 急転

 ヴィクターが言葉を終えてから、ルーノは微動だにしなくなった。彼女のただでさえ白い肌は血の気を失いもはや青白い。それだけ彼の言葉が衝撃的だったのだろう。だがカムルとサラは、二人の意図するところが何か思い至らないようだ。


「なぜ今ここでソルマリア様の名前が出るのですか?」


 サラが困惑した様子を見せる。ヴィクターの口から出たのは、獣人に詳しい者でなくとも誰もが知る名前だ。その名前自体に聞き覚えはあれど、なぜそれが今出るのかが分からないと言った顔をしている。先ほどまではトリオーテ領の事件の話をしていたのに、何故それが獣人の王女と繋がるのだろうか?


「ソルマリア王女は今年で十五歳。彼女もこの異能狩りの標的になったんだ」


 ソルマリア・フォン・フォーサイス。十四年前に起きた戦争の唯一の生き残りの王族で、現在は身柄を帝国に管理されている名目上だけの王女だ。権力も、自由すらも奪われ、それでも奴隷である獣人たちの希望としての利用価値を見出されている。


「お待ちを。王女様は帝国の支配下に置かれているのでは?帝国がその気なのであれば今すぐにでも無理やりに研究できるでしょう。なぜ闇ギルドに依頼を入れるような回りくどい真似を?」


 カムルの疑問はもっともで、ヴィクターの言葉には矛盾があるように思える。なぜ簡単に実現可能なことにわざわざひと手間もふた手間も挟むのだろうか。それがカムルには分からない。対してヴィクターは指を二本立てた。


「二つ、理由があると思ってる。一つは諸外国の目があるから。トリオーテ領の事件と同じように、自分たちが直接手を下したという事実を生みたくないんだろう。さすがに表立って人体実験はできないからね。王女はならず者に攫われ、その後捜索はしたけど見つからなかった。自分たちは努力はしたんだと示せるその筋書きが、やつらにとって一番都合がいいんだ」


 言い終え指を一本折ったヴィクター。なるほど確かに、世界最大の国が人体実験をしているという事実は明るみに出したくないだろう。例え世界中の全ての国が裏ではやっていたとしても、発覚すれば糾弾されるのだ。


「そして二つ目。獣人の今後の支配体制のためだ。ソルマリア王女がいなくなれば獣人たちは希望を失い、下手をすれば玉砕覚悟で反乱を起こしかねない。それを防ぐため、()()悪人の餌食になってもらい、不幸な事故だったと説明するのが理にかなっているんだ」


「反吐が出る。悪辣な人間の、何よりアステリディアのやりそうなことだ」


 つまりは代理人を挟んでの証拠消し、並びに責任逃れだ。ソルマリアはならず者に襲われ、帝国の力及ばずその手に落ちる。批判こそ受けるだろうが、直接手を下すのとは訳が違う筋書きだ。


「同感だよ。この情報も、商会の諜報員が命と引き換えに手にしたものだと聞いた。帝国は本気みたいだ。何としても秘密裏に王女を手に入れ、研究しようとしている」


 ヴィクターが二本とも指を折った手を下ろし、ため息を吐く。それにつられたカムルも大きく息を吐き、しばし四人の間を居心地の悪い沈黙が支配した。肌を撫でる風すら不快に感じる。そんな沈黙を破ったのはサラだった。


「さっきからルーノ、ずっと黙ってる。大丈夫?」


 名を呼ばれたというのに反応を示さないルーノ。確かに彼女は先ほどソルマリアの名前が出た時から一切言葉を発していない。しかし、続くヴィクターの言葉が彼女を現実に引き戻すこととなる。


「そうだ、ルーノちゃん。悪い知らせだ、僕たちは急がなくちゃいけない。ギールの一味は既にソルマリア王女の元へ向かおうと帝国を発っ」


 ヴィクターが言い切るより先にルーノの姿がブレた。彼女のいた場所からヴィクターのいる場所へと深紅の残像が流れ、一瞬遅れてそれはルーノの姿をとる。カムルが遅れて視線をやれば、ルーノはいつの間にかヴィクターの襟首を掴んで揺さぶっていた。


「それを早く言って!ねえ、ソルマリアはどこにいるの?ギールの一味の人数は?今から行けば間に合う?ああもう、結論から先に言ってといつも言ってるのに!」


「ご、ごめんよ……」


 あまりに激しく揺さぶられ意識が朦朧としているのか、たどたどしい口調でヴィクターが謝罪を口にする。その謝罪を受け、ルーノは彼のくたびれたシャツから手を離した。服のシワを伸ばしながら、ヴィクターは相棒の疑問に答えるべく口を開いた。

 

「ソルマリア王女は今、義務付けられた半年に一度の帝国への謁見のために旧フォーサイス王国領から移動中だ。そして、ギールたちはここにいなかった残りの構成員全員で向かっている。合流が予測されるのはレアト遺跡跡地、ここから三日はかかる。今すぐに出発すればディアとリスタの脚なら辛うじて間に合う、かも」


 一息で説明を終えたヴィクター。ルーノはそれを聞き頷いてまた黙り込む。ヴィクターは更に言葉を続けようと息を吸ったが、言葉を発するより先にカムルが口を開いた。珍しく表情を、それも穏やかなものを浮かべて。


「ならばもう行かなくてはなりませんね。依頼を終えた以上、もう我々に時間を割く必要はありません。その様子を見るに、何よりも大切なことなのだろう?」


 その言葉は非常にありがたかった。あのカムルが口元を緩めている理由は気になるが、少なくともカムルも、横で頷いているサラも理解を示してくれているということは伝わってくる。


「ありがとう。でも、トリオーテ領をこのまま放っておくのも気になるから、信頼できる友人に僕から依頼を出すよ。当面は彼が君たちを護ってくれる。僕ほどじゃないけど、腕は保証するよ」


「感謝します。では報酬を。ノレス様から預かっているから、取ってくる」


 頭を下げてカムルは屋敷の方へ向かっていった。その場にはルーノ、ヴィクター、そしてサラの三人が残される。二人との時間がもうあまりないことを察したサラは、今自分が言うべきことを考える。その時びゅう、と風が吹いた。秋の少し冷たい、だが澄み切った風。普段からサラの心を支配していた何かは、気づけば姿を消していた。


「ルーノ、ヴィクター。ありがとう、私たちを護ってくれて。依頼を受けてくれたのが貴方たちでよかった」


 自分でも信じられないほど素直な言葉が口から出る。たった一日にも満たない交流だったが、心の底からそう思えるだけの何かを二人は持っていた。先ほどカムルが自分以外に初めて見せた優しい表情も、きっと彼が二人に何か感じるものがあったからこそだろう。


「我々は傭兵ですから。依頼を果たし、報酬をいただく。当然のことをしたまでです」


 この短い時間で気持ちを切り替えたようで、ルーノがサラにいつもの調子で言葉を返した。少し素っ気なく感じてしまったのは自分の幼さゆえだろうか、とサラは少し落ち込む。その心を知ってか知らずか、ルーノはサラの目を真っ直ぐに見つめてきた。その視線があまりに真っ直ぐだったから、思わず目を逸らしてしまう。


「……ここからは傭兵としてではなく、私個人の言葉です。サラ様。為政者になる運命にありながらも異能を持って生まれた貴方には、これからも多くの困難が待ち受けているでしょう。しかし、忘れないでください。貴方の民を思う心は届いています」


 街中で出会った住民たちの顔を思い出しながらルーノは告げた。サラは目を見開く。まさかそのような言葉をルーノからかけられるとは思ってもいなかったからだ。まさかここまで、自分に寄り添ってくれるなど。


「どうか逆境に負けないでください」


 おそるおそるルーノの方を見やるサラ。まだルーノはこちらを真っ直ぐ見つめていた。勇気を振り絞り、その目をサラも見つめ返す。こうやって人の目を直視したのはいつぶりだろうか。ルーノの快晴の空をそのまま切り取ったような澄んだ碧眼は、力強い光を宿していた。それはきっと意志の光。自分もこのような目ができる人間になろうとサラは直感的に思う。


「分かったわ。忘れない」


 サラは微笑んだ。それはまるで長い冬が明け、蕾が花開いたかのような眩しい笑み。ルーノとヴィクターはその笑顔を目に焼き付けた。こんなふうに笑える子を護れてよかったと、ヴィクターは心の底からそう思った。


「お待たせ致しました。これが報酬です。受け取れ」


 その時カムルが屋敷から戻ってきた。その手にはルーノたちの荷物と大きな皮の袋。中身は言うまでもないだろう。ヴィクターの目が輝いた。このような時でも彼の無神経さは変わらないらしい。


「もう行くのですね。命懸けの旅になるでしょう。……死ぬなよ」


「もちろん!僕たちなら大丈夫だよ。また会おうね。お互いその日まで無事でいよう」


 ヴィクターがカムルから荷物を受け取り、二人は屋敷の出口へ向かおうと振り返る。そして躊躇わずに歩き出した。サラとカムルはじっと離れていく二人を見つめる。彼女たちは振り返らない。その目はきっと、救うべき対象を見すえているのだろう。やがて二人の姿は見えなくなった。


「さて。帰りましょうか、サラ様」


「ええ。私たちも頑張らなくてはね」

ここまでお読み下さりありがとうございます。

楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。


更新遅くなり申し訳ございませんでした。

これにて第一章、「赤い眼の少女」は完結です。

次話より物語は第二章へ入ります。

これからもぜひよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一章完結お疲れ様です!!第二章からも楽しみにしてます!!✨
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