8.朝食を食べて、領地を見て回る ④
「フーちゃん、次はうちの領の名物のお菓子を食べに行こう」
詰所を後にし、私はフーちゃんにそう声をかける。
まだまだフーちゃんを連れて行きたい場所は沢山あるのである。このリュシバーンの領地のおすすめの場所は全部紹介していきたい! と思う。まぁ、それにはかなりの時間がかかってしまうけれど!
ひとまずは私たちが住んでいる街を見て回るの。
馬車に揺られて、向かった先はお店が沢山並んでいる大通り。
もちろん、その場所もお祭り騒ぎ状態である。そこに私達の馬車がとまったので、それはもう多くの人に囲まれる。
私が先に降りれば、領民たちが私の名を呼んで騒がしい。でも彼らにとっての大本命は私じゃなくて、フーちゃんである。
私は先に馬車をおりて、フーちゃんをエスコートするように手を伸ばす。
そうすればフーちゃんは周りの様子に驚きながら、おそるおそる私の手に手を重ねる。そしてフーちゃんが下りてくれば、領民たちはフーちゃんの名前を呼ぶ。こんな風に大歓迎されてフーちゃんは落ち着かないのだろう。びくっと体を震わせる。
「皆、フーちゃんがびっくりしているから少し静かにね」
私がそう声をかければ、周りの人々は声を潜める。私はこれだけ多くの人に囲まれても動じたりはしないけれど、フーちゃんはそうではないのだ。私の双子の妹だからといって、私と同じではないというのを領民たちも察したのだと思う。
「フーちゃん、行こう」
「う、うん」
フーちゃんの手を引いて歩き出す。
領民達は私の言葉を忠実に守って、必要以上に話しかけてこようとはしない。だけどその表情はフーちゃんが帰ってきたことを心から喜んでいるのが分かる。
フーちゃんはその様子を照れくさそうに、戸惑いながら見ている。私の双子の妹は可愛いなぁと私はにこにこしてしまう。
ずっと探していたフーちゃんが見つかっただけでも嬉しいのだけど、どんな風にフーちゃんは成長しているのかなと想像していた以上に実物のフーちゃんは可愛いのである。
「おしゃれなお店がいっぱい……」
「気になるお店があったらいってね? フーちゃんが欲しいもの、なんでも買ってあげる!」
それこそちょっとしたお出かけで買うには憚れるような高価なものだって構わない。私はフーちゃんの喜ぶことをなんだってしたいから。
私がおすすめするお菓子のお店に向かうまでの間にも、沢山のお店がある。フーちゃんが気にいったお店があったら寄りたいなって思っているの。
「えっと、じゃあ、このお店が気になるかも」
「香水のお店?」
「うん。私、香水って好きなんだ。お母さん……えっと私の育て親が花を育てていて、それで香水を作ったりしていて……」
フーちゃんは思い出すようにそういう。
どこか悲し気なのは、育て親が亡くなっている事実を思い出したからだろうか。
……フーちゃんのことを見つけて、大切に育ててくれた方々には挨拶したかった。なくなってしまっていることがとても残念だ。
フーちゃんの育て親は子爵の兄夫婦なので、平民として働きながら生きていたのだろうなと思う。
でもこうやって離れていた時のことをフーちゃんが教えてくれるのは嬉しい。
私たちは双子で家族なのに……、あまりにも長い間離れ離れにならなければならなかった。私はフーちゃんのことをまだまだ全然知らない。幾らでも私はフーちゃんのことを知りたいと思う。
「じゃあ、中に入ろうか」
私がそう言ったら、フーちゃんは嬉しそうな顔をした。
私たちがそのお店に入ると、店員たちは大層慌てていた。貴族向けではなく、平民向けのお店だから驚いたのだろうなと思う。
私自身は香水にあまり興味はない。
竜騎士という仕事上、あまり身に付ける必要のある場面もないしね。
私はフーちゃんを探すことに比重を置いていたから、貴族令嬢らしくパーティーに参加したりもあまりしていなかったからなぁ。でもフーちゃんが見つかったからそういうのにも参加してもいいよなぁ。
ただユーシュが嫌う匂いは身に付けたくないから、香水を身に付けるのならば考えないといけないけれど。
「楽にしていいわよ。ただ少し見せて欲しいの」
私がそう口にしたら、店員たちはこくこくっと頷いていた。そして私とフーちゃんのことをキラキラした目で見ている。
私も有名な自覚はあるし、帰ってきたばかりのフーちゃんは話題の人だからね。
フーちゃんは嬉しそうな顔をして、香水を見て回る。私には正直、どの香りがいいかとか全く分からない……。
お母様やお姉様なら分かるかも。
私と違って社交界にもいつも顔を出しているから、どれが流行りかの情報も把握しているだろうし。
匂いがキツイものだと正直顔をしかめそうになる。あんまりきつめの匂いがするものは私は苦手かもしれない。
パーティーに出る時の衣装やアクセサリーなどに関しては、いつも家に商人を呼んで買う。香水類に関しても同様だ。だからお店だとこれだけ色んな匂いが入り混じるのだなぁと驚いた。
でもまぁ、フーちゃんが楽しそうだから不思議と私も楽しい気持ちにはなっている。
そうして香水を見るフーちゃんを見守っていると、フーちゃんが一つの香水に大きな関心を示した。