2.早速帰路につく
「ユーフィ!」
「セドラック!」
私はこの王国にこのままいるつもりもなく、ガギンに挨拶をした後、待たせている婚約者たちのもとへと向かった。フーちゃんは私がお姫様抱っこしているの!
すぐに連れて帰りたいし。ガギンにもすぐに帰るって言ったら許可もらったしね。
私のことをユーフィと呼んで駆け寄ってきた黒髪の青年はセドラック。私の幼馴染で婚約者で、竜騎士隊の副隊長である。
「ユーちゃん、すごい、竜がたくさんっ!」
私の腕の中でフーちゃんが目を輝かせている。なんて可愛いのだろうかと私は思わず頬が緩んだ。
フーちゃんの身に付けていた眼鏡は伊達だった。わざわざ眼鏡を身に付けさせられていたのはフーちゃんが可愛いから、隠させたかったらしい。それだけ私の可愛い妹を貶めていたかと思うと、あの連中にはいら立ちを感じる。眼鏡は今、フーちゃんは外していて可愛い顔を見せている。双子だから、私とそっくりで嬉しくなった。
こういう竜騎士たちの野営地を訪れるのもフーちゃんにとっては初めてなのだろう。
それにしてもフーちゃんが竜たちをおそれないでいてくれてよかった。リュシバーン家は竜と関わりが深い家系だから。
流石に竜たちを王都に入れるわけにはいかないので、王都から少し離れた場所に野営地を建てていたのよね。他の隊員たちも私がフーちゃんを連れているのを見て嬉しそうにしている。皆、私がフーちゃんを探していたことを知っているから。
「フーちゃん、私の婚約者のセドラック」
セドラックのこともフーちゃんに紹介する。フーちゃんは目を輝かせて挨拶していた。私とセドラックが出会ったのは、フーちゃんが誘拐された後なので、二人は初対面である。セドラックは私がフーちゃんを探していたことを知っているから、嬉しそうに笑っている。
フーちゃんは緊張した面立ちだった。けれど大丈夫だよって笑いかけたら笑ってくれた。
それにしてもこうやって私の半身と、婚約者をあわせることが出来るなんて夢みたいだ。もう二度と会えなかったら――とそんな考えも頭をよぎっていたから。
「フーちゃん、このまま竜に乗って帰るからね」
「う、うん」
「そんな緊張しなくて大丈夫だよ」
初めて竜に乗ることになるからか、フーちゃんは落ち着かない様子だ。
「ユーシュ」
私が自分の愛竜であるユーシュに声をかければ、待ってましたとばかりにユーシュは私たちの方へと近づいてくる。
ユーシュは黒竜と呼ばれる種族だ。真っ黒な鱗で覆われた美しい竜。私は近づいてきて、顔を近づけるユーシュを撫でる。私のユーシュは可愛いなぁ。
「ユーシュ、これがフーちゃんだよ。ずっと話していたでしょう? 私には双子の妹がいるって」
私がそう言って笑いかければ、ユーシュはフーちゃんにも頭を差し出す。
「フーちゃん、撫でていいって」
「……うん」
フーちゃんは恐る恐るといった様子でユーシュのことを撫でる。ユーシュが嬉しそうにしていて私も嬉しくなる。
ユーシュからは『ユーフィレエに似てる』という嬉しそうな思念が届いている。
竜騎士は自分の竜と契りを交わす。そしてその結びつきが強ければ強いほど、こうやって意思疎通が出来るのだ。
「ほら、フーちゃん、おいで」
「え、えっと……どうやって乗れば」
「じゃあ、私に任せて」
私はユーシュに飛び乗ったのだけど、フーちゃんはそんな風に乗れなかったようなので風の魔法を使ってその体を浮かせる。フーちゃんが驚いた顔をする。
ふわりっと浮かせて、私の隣に座らせる。
「わぁ……。ユーちゃんは、魔法も得意なんだね」
「風の魔法が一番得意なんだよ。フーちゃんも練習すれば出来るようになるわ」
「本当?」
「ええ。もちろん。家に帰ったら魔力封じを外してもらおうね!」
こうしてフーちゃんが私の目の前に居て喋っている。本当にそれだけで私は夢みたいに、ふわふわした気持ちになる。
「あなたたち、フーちゃんの荷物の回収や対応をやっておきなさい」
「はっ」
私が隊員に命じると、彼らは頷いた。隊員の中でも皇国の貴族位を持っているものだし、問題はないだろう。
「ねぇ、フーちゃん。荷物は持ってきてもらう予定だけど他に何かある? 何かあるならすぐに持っていくわ」
「えっと……お母さんとお父さんの墓参りが出来ないのが悲しいなって思って……」
言いにくそうに、だけどそう口にするフーちゃん。
「なるほどね。じゃあ、墓参りしやすいように整えるわ。でも今は帰るのを優先して大丈夫?」
「え、うん」
フーちゃんは私が言ったことの意味はよく分からなかったらしい。不思議そうな顔をしているフーちゃんが可愛くて思わず私は笑みをこぼした。
フーちゃんが幸せになれるように全力を尽くさないと!!
「凄いっ。こんな高いところまで! しかも思ったより衝撃がないの」
「ふふ、私がフーちゃんに衝撃なんて与えないよ。絶対に落とさないから楽しんでね」
「うんっ」
ユーシュが飛び上がり、空へと舞うとフーちゃんは目を輝かせていた。
衝撃が少ないのは、そういう風に魔法を使っているからだ。フーちゃんに不自由をさせるわけにはいかないもの。
竜の上で嬉しそうに笑っているフーちゃんは多分私に語っていない辛い日々もあったと思う。うん、フーちゃんを苦しませた連中には報復する。逆にフーちゃんによくしてくれた人にはとびっきりのお礼をしないと!
「それにしても、ユーちゃんが『竜姫士』って聞いて驚いちゃった。『竜姫士』様の凄い噂って沢山聞いていたもん。私がユーちゃんの双子の妹だなんて……なんか夢みたい」
「夢じゃないよ。夢だったら私が悲しい。それに私が凄いって言うなら、フーちゃんのおかげだから」
「私のおかげ……?」
「うん。私はフーちゃんにまた会いたかったから。そのために私は自由に他国を行き来出来そうな地位に就いたんだから」
私は竜というものが好きだった。フーちゃんは覚えていないかもしれないけれど、幼い頃に竜の絵本を読んでからずっと心惹かれていた。一緒にベッドに横になって、夢中になって読んでた記憶がある。
ただ私の家が竜騎士を輩出していた家系だったとはいえ、公爵令嬢である私が竜騎士隊の隊長なんて地位にいるのは全てフーちゃんを見つけたかったからだ。
ちなみに『竜騎士』ではなく、『竜姫士』呼ばわりされているのはお母様が皇帝の妹で、私たちも皇族の血を引いているからである。
ただの令嬢だと動きにくかった。
今回、この王国に来たのも王国から竜騎士部隊の派遣を希望されたから。スタンピードの対応していたのよね。私の呼び名は有名だけど、竜騎士として働いている私は社交の場にそこまで出ているわけでもないし、他国であるこの国の人たちが私の顔を知らないのも当然だった。
国王に頼まれて参加しないかって言われたのでひっそりと参加してみたパーティーでフーちゃんが見つかるとは思ってなかった。
ずっと、フーちゃんを探してきた。フーちゃんの偽者も沢山現れて、今度こそはと思っても違って。もう見つからないのではないかと心のどこかで思っていた。でも絶対に見つけたいって、またフーちゃんに会いたいってそう思っていた。
「私にあうため……?」
「うん。私はね、ずっとフーちゃんに会いたかったの。もう二度と会えないなんて嫌だった。生きていてくれてありがとう、フーちゃん」
私がそう言って笑えば、フーちゃんの目から涙がこぼれた。
「フーちゃん!? どうしたの?」
「嬉しくて……私、自分に家族がいるなんて思ってなかった。こんな風に探していてくれているなんて思ってなかった。私に家族がいるなんて夢みたい。でも……現実なんだなって」
家族がいることが嬉しいと、これが現実なことが嬉しいと泣くフーちゃん。ああ、なんて愛おしいんだろう!
皇国に帰ったらフーちゃんの帰還を祝うパーティーをしないと!
しばらく会話を交わしていたけれど、フーちゃんはいつの間にか眠っていた。
穏やかな表情で眠りにつくフーちゃんを見ると、私は思わず笑ってしまう。
「ユーフィ、良かったね」
「うん。本当にフーちゃんが見つかってよかった」
隣を飛ぶセドラックに声をかけられ、私は頷いた。
フーちゃんは今まで本来手にするべき環境を手にしていなかった。私はずっと、あの時私がフーちゃんの手を離さなかったらって思ってた。ずっとその手を繋いでいたら、私もフーちゃんと一緒に大変な状況を分かち合えたのに。フーちゃんが大変なのに、私だけがリュシバーン家の娘として悠々と生きるなんて出来ないって思っていた。
だから見つかってほっとしている。これからフーちゃんのことを沢山甘やかして、フーちゃんを幸せにする。フーちゃんに素敵な相手も見つけたい。でも結婚したくないっていうならいくらでも家にいてくれればいい。
ずっと会えなかった私の片割れ。ずっと会いたかった私の宝物。これからフーちゃんと色んなことが出来ると思うと嬉しかった。
「ユーフィ、妹が見つかったから結婚式の話も進めていい?」
「うん。待たせてごめんね。セドラック。でも折角見つけたフーちゃんと離れ離れは嫌だから、結婚後の生活については要相談ね!」
「もちろん」
私はセドラックからプロポーズされていたけれど、フーちゃんが見つかってないのにって待たせてしまっていた。セドラックは私がフーちゃんを探すために忙しくしているのを許してくれて、一緒に探してくれた。
幼い頃からずっと私が、フーちゃんを見つけたいって思っていたことをセドラックは知っているから。フーちゃんに似た子がいたとか聞くと、セドラックとのお出かけの予定があっても予定変更したりもしていた。……相手がセドラックじゃなかったらとっくに振られていたのかもしれない。
今だって、私がフーちゃんフーちゃんって、フーちゃんのことばかりかまっているのをセドラックは優しく笑って見ていて、そういうセドラックだから私は好きだと思うのだ。
「国に戻ったらフーちゃんのお披露目も大々的にしないとね。私のフーちゃんに何かする存在がいないようにしないと。あとフーちゃんにひどいことした連中への報復も! フーちゃんの今の好みが分からないから一緒に買い物にも行きたいし」
「皇国があの領地に関わらないことにするんだろ。気づいたらそいつら青ざめるだろうな」
セドラックには誓約書とかのことも説明してある。
「ふふっ。だってあいつらには私たち家族は関わらないって誓約書だもの。皇国の皇族も私たちの血縁者で家族なのよ? だから皇国自体が、あのフーちゃんの元婚約者である伯爵家には関わらないのよ。それにスタンピードの時だって竜騎士などの派遣もしないわ。それにこういう時のために名声っていうのはあるのよね。私があいつらに不快さを示せばとどめになるわよね!」
「一番良い落としどころは、そいつらが貴族じゃなくなることか」
「まぁ、ガギンにも言ってあるし、爵位は取り上げられるでしょうね。あれが領主だからって、領地に皇国からの輸入品が一切入らなくなるのは大変だもの」
私たち家族が関わらないっていうのは、すなわち皇国が関わらないということだ。私の『竜姫士』って名前も、リュシバーン家の次女という地位も皇国では有名だし、私の不興を買いたくないからってあの伯爵家に関わろうとは皇国の民はしないだろうし。
「……」
私がガギンの名前を出したら、少しだけセドラックが不機嫌そうな顔をした。ガギンが前に私に告白したこと、セドラック知っているものね。
「そんな顔しないで。セドラック。私が好きなのはセドラックだけだから」
「うん。俺も、ユーフィが好き」
私が笑いかければ、セドラックも笑ってくれた。
そして竜で一気に移動して、皇国のリュシバーンの屋敷へと到着する。