1.人違いで婚約破棄を叫ばれる
「フアレ! 貴様とは婚約破棄をする!」
普段参加しないパーティーに参加したのは、参加することを求められたからだった。
それと同時に、私の手から零れ落ちてしまった宝物が見つかるのではないか……と何度目かも分からない淡い期待をしたからだった。
私はただ一介のパーティーの参加者としてここに居て、私のことを知る者などあまりいない。そもそも面倒だから知り合いにはあまり話しかけないようにとは言ってある。だからこそ食事を摂っていた。
そうしたら聞こえてきた声が、まさか私に言っている言葉などとは思ってもいなかったのだった。
聞こえてきた言葉は正直不愉快になるのには十分なものだった。今回は魔物のスタンピードがおさまった記念で行われているパーティーの一つである。時折起こるそれへの対応が終わり、この国でもそれを祝うパーティーが行われていた。それも王族もこれからいらっしゃる予定のパーティーでそんなことを行うなんて非常識でしかない。
振り向いたのは、なんて不適切なことをこの場で言うのだろうと思ったからだ。
だけど、振り向いた私を見ている一組の男女――先ほどの男の声はこの男から発せられたものか。あれ、私に婚約破棄とか意味わからないことを初対面で言った?
そう思っていたらその男女が騒ぎ出す。
「お前は誰だ!?」
「……貴方こそどちら様? もしかして先ほどの発言は私に向かって言ったこと?」
「はっ、俺を知らないとはどこの田舎者だ」
「後姿がアレに似ていたから声をかけてしまっただけなんですぅ。ごめんなさい」
突っ込みどころが多い。
私は少なくとも王族や優秀な貴族の情報は他国の者でもそれなりに知っている。しかし目の前にいる男の情報は知らない。それに男の腕に絡みついている下品な令嬢に関しても。
それよりも、私は後姿が私に似ている令嬢というのが気になった。
「私に後姿が似ている?」
――後姿で他人と間違えられるなんて、そんなことあるだろうか?
もしかしてという期待を込めている私の耳に、か細い小さな声が聞こえる。
「あ、あの……」
か細い声の視線の先に、私と同じ薄緑色の女の子がいた。
手入れのされていない髪、前髪で顔が隠れ、眼鏡をかけている。ドレスは時代遅れで、誰かの嫌がらせさえも連想させる。
「フアレ!! またそのような野暮ったい恰好をして。俺の婚約者だというのになんと根暗なことか! お前がいないせいで、間違えたじゃないか」
「ご、ごめんなさい」
「お前とは婚約破棄だ!! 大体、お前のような高貴な血を引かない女と――」
私は、その子から目が離せない。
私に勘違いで何かを言ってきた存在なんて煩わしい。それよりも、確認しなければならないことがある。
「ねぇ、あなた」
「お前、俺の言葉の――」
「うるさいわよ」
私がその子に話しかければ、男が喚いた。魔力を込めて睨みつけたら黙った。このくらいで黙るなら邪魔しないでほしい。
じっと見つめる。
「ねぇ、あなた。フアレって呼ばれているのね。幼い頃の記憶はある? さっきそこの男が高貴な血を引かないと言っていたけれど」
「え、えっと……わ、私は子爵様の兄夫妻に引き取られた孤児なので……。その、記憶はもうほとんどなくて」
「それは何年前のこと?」
「お父さんは、私を十三年前に拾ったって言ってました」
私の勢いに押されてその子がおずおずと答える。十三年前なら、丁度計算が合う。私の心臓は期待でバクバクしている。でも期待しすぎてはだめよ。ちゃんと確認しないと。
今まで散々期待してその期待が裏切られてきたじゃない。
ああ、でももしこの子が私の宝物じゃなくてもあの子に似ているこの子をあんな男たちの傍に置いとくつもりはないけれど。
私は少し震える手でポケットから球体の魔法具を取り出す。
「これを持ってくれる?」
「は、はい」
戸惑いながらそれを手に取る。その球体の魔法具は――赤色に光った。
私はその瞬間、周りに沢山人がいるのも気にせずに何が何だか分からない様子のフーちゃんに抱き着いた。
「フーちゃん、やっと見つけた!!」
「え?」
私のフーちゃん。大切な私の双子の妹。
フーちゃんは、三歳の時に私の目の前で誘拐された。私は家に残っている絵とか、道具でフーちゃんを思い出せたけどいきなり違う場所に放り出されたフーちゃんは昔のことを覚えていないだろう。でもそれでも会えただけで私は嬉しい。
そう思っている私の耳に、信じられないものを見たかのような声をフーちゃんがあげる。
「……ユ、ユーちゃん?」
「そうだよ! 覚えているの? フーちゃん!!」
「す、少しだけ。でもあんまり覚えてなくて。貴方は一体……?」
呼び名だけかろうじて私のことを覚えていたみたい。それだけでも嬉しくて思わず笑ってしまう。
私はパーティー会場で注目を浴びる中、フーちゃんと話をするために客間の一室に向かうことにした。ちなみに一連の流れに唖然としていてパーティーの参加者は何も言わなかったし、相変わらず私の魔力にあてられているあの不愉快な男たちは動けない様子だった。
あんなのが、フーちゃんの婚約者だなんて私は認めないわ。さっさと手を切りましょう。
「え、えっと今から王太子殿下がいらっしゃるのに挨拶をしないのは……」
「大丈夫よ!!」
あいつは私が折角フーちゃんを見つけたのにグダグダ言わないわ。
私はフーちゃんの手を引いて、空いている客間に向かった。
その最中に部下には、あの男たちの情報を集めるように指示しておく。ちなみに途中から私が連れてきた使用人も合流したのだけど、フーちゃんを見て大泣きしていたわ。
客間に着く。
今回のパーティーの行われている屋敷は、パーティー用に貸し出しされている場所だ。そこの支配人は部屋を快く貸してくれた。
「あ、あの。貴方は」
「ユーちゃんって呼んで、フーちゃん」
「ユーちゃんは……私の家族なの?」
「うん。私はユーフィレエ。フーちゃんの双子の姉よ!」
「双子……? わ、私に家族が、いる?」
信じられないとでもいうようにフーちゃんが呟く。その私とそっくりの黄色の瞳が潤んでいる。
「フーちゃんの名前はフーフィレエ。お父様もお母様も、お兄様もお姉様も、それに妹と弟も、親族たちも……皆、フーちゃんの帰りを待っているの。ずっとずっと、探していたの。見つかって本当に良かった!! 生きていてくれてありがとう、フーちゃん!!」
最悪の場合だって考えていた。
フーちゃんは、誘拐犯に攫われたから。私の大事なフーちゃんがもう死んでいるかもしれないって。
だからこうしてフーちゃんが、生きて、喋って、私の名を呼んでくれているだけで嬉しかった。
「そ、そんなに私に家族が……?」
「そうよ」
「ほ、本当に私が、あの……フーフィレエ本人だっていうのは」
「さっき魔法具握ってもらったでしょう? あれはね、うちの国で赤ん坊の魔力を登録しているから出来ることなの」
「魔力……? 私には魔力はないはず」
「そんなことないわ。私もフーちゃんも、赤ん坊の時からびっくりするぐらい魔力が多かったってお父様が言っていたもの」
「私、魔力がないって……」
「うちの国では強大な魔力の子供は、分別がつく年になるまで封印するの。七歳の時に私の魔力封じは解除されたわ。フーちゃんは、三歳の時に誘拐されてしまったからそれを解かれないままだったの。ごめんね、フーちゃん。苦労させちゃって。すぐに見つけられなくて」
赤ん坊の魔力の暴走事故というのは、過去にも多数あった。特に私の家みたいに魔力が膨大な家系の赤ん坊の暴走事故は悲惨なことになる。だからこそ、私もフーちゃんも魔力封じがつけられていた。
「そうだったんだ……。信じられない。ずっと、魔力なんてないって……言われていたから。それに誘拐されたっていうのは」
「言葉の通りよ。うちの家を狙ったバカがフーちゃんを攫ったの。それでフーちゃんが行方不明になってて。本当に、ごめんね、フーちゃん」
「そんなに謝らないでいいです」
「フーちゃん、敬語はやめて。私たち双子なんだから」
「う、うん」
フーちゃんが、誘拐された時の光景は今でも目に焼き付いている。
私もその場にいたから。襲われて、護衛が死んで。フーちゃんは私の手の届かないところに行ってしまった。
『ユーちゃんっ』
私の名を必死に呼ぶ、フーちゃんの手を三歳の私は掴めなかった。
あの時、手を伸ばせていれば、届いていればとずっと後悔していた。その手放してしまったぬくもりが目の前にあるんだって思うと、思わず手を握ってしまう。
私はフーちゃんが、目の前にいることが泣きそうなぐらい嬉しい。
「それでフーちゃ」
「おい!!」
私がフーちゃんに何か言おうとした時、乱入者がいた。
それは先ほどのフーちゃんに婚約破棄を申し出ようとしていた男と、絡みついていた女だった。さっき睨みつけたのに懲りてないのね。
……それにしても使用人はわざと入れたわね。まぁ、後からごちゃごちゃ言われないようにさっさと縁を切った方がいいからだろうけれど。
「どういったご用件で?」
「お前、その根暗女の家族なのか!? その女とは婚約破棄する!」
「もちろん。フーちゃんは私が実家に連れて帰るので、貴方とは一切かかわらせません」
はっきり言いきれば、男は忌々しそうに私を見る。
「お前、見たことがない顔だが、どうせ下級貴族か、成金商人だろう。俺にそんな無礼な態度で許されると思っているのか!!」
「というか、どちら様で?」
あえて挑発するように言えば、その男女はぺらぺらと話し出した。どうやらこの国の伯爵家の長男で、女の方は子爵家の娘らしい。それこそこの国では有数の伯爵家らしい。へぇーって感じ。
ぺらぺら話していたのを要約すると、三歳のフーちゃんを保護したのは女の方の伯父夫婦。のんびりとした性格の伯父夫婦のことを子爵家たちはバカにしていたらしい。その伯父夫婦が事故で亡くなり、フーちゃんは子爵家夫妻に引き取られることになったんだとか。子爵夫妻は優しいだとか、フーちゃんはだらしないとか、フーちゃんの悪口言いまくっていて殴りたくなった。まぁ、それでフーちゃんの育て親の亡き夫妻の評判もあり、男と会ったんだとか。それで男からフーちゃんに婚約を申し込んだ。
でもそのあと、フーちゃんが努力しない女になった……うん、多分子爵家夫妻とか、そこの女が何かしてない? それで女の方に靡いて婚約破棄を叫んだと。
しょうもない。
私の可愛いフーちゃんをそんなしょうもないことに巻き込むな。
大体、この国の伯爵家ごときが私とフーちゃんに色々言ってくる方が無礼なんだけど。
まぁ、丁度良い。
「詳細は分かりました。貴方とフーフィレエの婚約は破棄させてもらいます。また彼女は私が連れて帰るので、今後一切関わらないようにしてください」
「はっ、誰がお前たちのようなものに関わるかよ。それより慰謝料を寄越せ! その女のせいで俺たちは迷惑したんだ!」
「いいでしょう。私たち家族は、貴方たちに一切関わることをしないわ。貴方たちの方からも寄ってこないでくれる? 手切れ金としてこれを渡しましょう」
どうせ、待っているのは破滅だ。今のうちに天国を味わわせておいて、あとで地獄に落ちる方がいいわ。
そう思って、使用人に用意させていた誓約書と小切手を渡す。上限はあるとはいえ、自分で書き込めるタイプのものだから、こういう強欲な連中を追い返すのには十分でしょう。どうせ、そんなお金じゃどうしようもなくなるわけだし。
一旦、後ろでおびえているフーちゃんを安心させないといけないもの。
小切手に目を輝かせたバカ二人は、意気揚々と私たち家族が彼らに関わらないという誓約書――それも魔力で縛ったものにサインをして、去って行った。
「あ、あのユーちゃん。あ、あんなお金良かったの?」
「問題ないわ。だってあのくらいのはした金で去ってくれるのよ?」
「はした金? あの小切手が?」
「うん。あれは私が稼いだものだしね。それよりフーちゃん」
私が不安そうなフーちゃんに言葉をかけた時、また乱入者があった。でも先ほどの不愉快な二人組ではない。
「ユーフィレエ、それが君の妹?」
「お、王太子殿下!?」
現れた金髪の美青年に、フーちゃんが青ざめる。フーちゃんは子爵家として生きてきたなら、王太子は雲の上の存在なのかもしれない。私にとっては昔馴染みだけど。
まじまじと、王太子――ガギンがフーちゃんを見る。
「ふぅん、そんなに似ているようには見えないけど」
「ガギン、フーちゃんにそんな言いがかりつけたら切り落とすわよ」
「はいはい。冗談だって」
私に本気で睨みつけられてひょうひょうとした様子で返される。
「ユ、ユーちゃんは王太子殿下と仲が良いの? こ、恋人とか?」
「まさか。私は婚約者がいるもの。それにタイプじゃないわ」
「ははっ、俺はだいぶ前にユーフィレエに振られてるよ。あ、でも双子なら君も――」
「私の双子だからって理由で手を出したら潰す」
「冗談だって」
フーちゃんに誤解されるのは嫌なのできっぱり言っておく。私は婚約者がいる。パーティーには私だけで参加したけれど、この国に一緒に来ている。
「ユーちゃん、あの私の本当の家って……王太子殿下と関わりがある家なの……?」
「あれ、まだ言ってなかったの?」
フーちゃんに聞かれて、驚いたようにガギンが私を見る。
さっきの乱入者二人にはまだ私の事を無礼な下級貴族とでも思ってくれていた方が追い返しやすかったからね。
「フーちゃん、私たちの家名はリュシバーン。この国の東にある皇国の公爵家よ。あの二人がフーちゃんに手を出すことは出来ないし、フーちゃんを傷つける人は私が絶対に許さないから。だから、安心して」
「はははっ、あの二人、皇国の『竜姫士』を怒らせてるのか」
――私の名前は、ユーフィレエ・リュシバーン。
皇国の公爵家の次女であり、竜騎士隊の隊長である。
短編から家名は変更してます。
一話、二話は短編+連載用に修正したものです。
短編+連載版とも三女表記から次女表記に変更してます。