第2話 ホット缶コーヒーの奇跡 - 4
今日もまた、昨日とあまり変わらぬ正午過ぎ。
カレンダー的には入学式から二週間と余日プラス二日ほどが経った日の、なんとはない昼休みのことである。
今日を乗り越えた先には晴れやかな週末が待っている。
つまるところの金曜日ってヤツだ。
何の部活動にも所属していない俺にとって、週末とは文字通りに何もない平和な二日間を意味している。
別に決められた勉強課程に苛まれる必要もなければ、特別早起きする必要もないわけだ。
テンションが上がってしまうのも仕方がなかろう。
一言だけ追撃よろしいか。
頭と身体を休めるから休日というんだぞ。
ああ、土日も働かねばならない世の大人たちよ。
口を糊するためとはいえ、その心中、お察しいたしやす。
……さて。
サクッと話を戻させていただきたいのだが、貴重な昼休みの時間を引き裂いてでも立ち寄らなければいけない場所など、俺は特別には設けていないつもりだ。
強いて言うなら目的地は学食だけと言っておこうか。
他の生徒と同じように飯を買い、他の生徒と同じように飯を喰らう。
これもまた自然の摂理の一環と言えよう。
今日もまた、マイHRを後にしては一旦地上まで下りて、校舎と体育館とを繋ぐ渡り廊下を意気揚々と歩んでいる……その真っ最中なタイミングなのである。
俺の胃も二時限目の授業中から感じ始めているこの空腹には勝てなくなってしまったらしく、もはや食パンの耳でいいからさっさと収めさせろと鳴き喚きつつあるわけで。
どうどう。
あと十数歩も歩けばほら、学食へと辿り着けるのさ。
もう少しだけ我慢してほしい。
と、思い始めた矢先のことだったのだが。
俺のすぐ目の前を、今まさに思いもよらない人物が横切っていったのである。
しなやかに伸びる一本ポニーテールをふわりと左右に揺らしながら、音も気配もなく滑るように歩いていった一人の女子生徒……。
他の誰でもない、孤高の眠り姫当人だ。
ついつい見惚れて立ち止まってしまった俺に、いったいどこの誰が喝を入れられよう。
眠り姫が二足歩行しているところを目にするのは、これで三日連続にもなるだろうか。
本当に宝くじを買っておいたほうがよかったかもしれん。
今なら連番買いで前後賞までピタリと抜き当てられる自信があるぜ。
そもそもの購入資金がないけどな。
……いや、だが、ちょいと待てよ?
どうしてこの一本道な渡り廊下を横切る必要があるというのだろうか。
せいぜいこの先に繋がっているのは体育館裏か、もしくは教職員勢の第二駐車場くらいだったはずだ。
まさか眠り姫が体育館裏に用事があるような人種でもなかろうて。
枕が服を着て歩いているような存在なんだもの。
告白のコの字も虐めのイの字も関係のない人生を過ごしていらっしゃることだろう。
しばらく目で追って見ていたが、建物の曲がり角で完全に姿が見えなくなってしまった。
……いや、だから何だと言うのさ。
それより腹が減っているんだろう、俺よ。
「まぁ、まだ時間はあるわけだし」
俺の飽くなき少年心が久しぶりに新しいワクワクみを求めてしまったのである。
幸いにもウチの学校の昼休みは長い。
ちょろっと様子を見に行ったところで、ススッと戻ってこれば学食で飯を買ってゆっくりと味わうだけの時間は余裕で残されていることだろう。
ともなればここは迷うことなくGOである。
予め宣言しておくが、決してコレはストーカー行為ではない。
言わば日々の業務に忙しい風紀委員に代わり、この俺が学校の治安を守ってやろうと思い立っての、紛うことなき善意100%の……あー、なんつーか、そうアレだ。
ちょっとした出来心ってヤツだろうよ畜生め。
差し足、抜き足、忍び足。
やってみれば意外にできてしまうものである。
重ねて宣言しておくが、断じてコレはストーカー行為ではない。あしからずや。