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第7話 冷蔵庫の中身は缶コーヒー - 5


 やがて、体内に眠るストップウォッチが明確に一分をお告げなさった。


 姫との付き合いもそろそろ数ヶ月単位になる。

 伊達にこのチェンジタイムに付き合ってはいない。


 その証拠に彼女はゆっくりとその目を開いてくれた。


 うむ。間違いない。

 シャキッとぱっちり、ONモードの姫である。



「……ふぅ、待たせてすまなかったね。改めてもう一度言わせていただくことにしよう。おはよう、そしてようこそ我が家へ。何もないところだが自由に寛いでくれ。そのほうが私も嬉しい」


 おう。今めっちゃ自然にウィンクしたな。

 破壊力が凄かったが、あくまで平常心。


 仮初でもいいのでとにかく紳士的を装っておく。



「うおっほん。俺も色々と言いたいことはあるんだが、とりあえず……おはよう。姫。ようやくお目覚めのご様子で」


「どうもおかげさまでね」


 彼女はスタスタとこたつのほうに歩いていくと、スッと腰を下ろして、あー、なんつーか、ほら、座布団のようなモノはないせいか、きっと楽な姿勢の、いわゆる女の子座りの体勢になった。


 その佇まいたるや、白いワンピースのせいで無駄に儚さと美少女感が凄まじいんだが、けれどもそのキリッとした表情とオーラがかなりのミスマッチさも醸していて――っていやどういう状況なんだ? これ。


 ぼーっと眺めていると、姫はどうしたんだいと言わんばかりに首を傾げなさる。


 我に返って適当に誤魔化させていただいたさ。


 先ほどまでの無味乾燥なOFF姫とは打って変わって、こちらのON姫はとても表情が豊かだからありがたい。



「ほら、ヨウ。立っているのもなんだろう。好きに座ってくれたまえ。殺風景な部屋で申し訳ないけれども」


「ああ、いやいや、お構いなく」


 そういうわけで俺も彼女の手招きに促されるまま、こたつを挟んで正面側に腰を下ろさせていただいた。


 どうせここから30分はお喋りモードの姫と否応なしに会話することになるんだ。


 ビビっていたところで始まらんだろうよ。俺も俺のほうでタイミングを見計らって色々と聞かせてもらうだけさ。


 彼女は飲みかけの缶コーヒーをこたつの上にコトリと置くと、いつもの余裕のある微笑みを頬に浮かべながら、ゆっくりとその口を開く。



「さて、まずは済ますべき話から始めることにしようか。そうなるとキミの中に今積もりつつある疑問は必然的に後ほど改めて解消させてもらう形にはなってしまうのだけれど、それでもよろしいかな?」


「おう。姫の好きにしてくれ。別に今日は昼休み終了のチャイムを気にする必要はないんだからさ」


「ありがとう。それではそうさせてもらうよ。では、まずは〝テスト〟についてから片付けさせてもらおう。これが事の発端であり、今回の議題の最重要テーマだからね」


 テストか。つまりは姫の成績について、か。

 つい最近、担任にも聞かせられた内容だな。


 姫の点数がバカみたいに高い理由と、なぜうちのような辺鄙な効率高校なんかに通っている理由。


 触りについては軽く知ってるつもりだが、やはり詳しい話は本人の口から聞かないと分からないだろう。


 ある意味でのおさらいも兼ねて、スタートから姫の好き勝手に喋ってくれたら嬉しい。


 無論、噛み砕く努力はしてみるさ。

 実際にできるかどうかは分からんが。



「おーけー、よろしく頼む」


「ははは。身の上話をするというのはこの上なく恥ずかしい気持ちになるね。この話を他人にするのは初めてなんだけど、なるべく包み隠さず話すつもりだよ。だからどうか、お手柔らかに聞いてほしい」


 ふぅ、と。

 彼女は小さく溜め息を吐いた。


 つい先ほどまでは余裕の感じられる表情だったのに、今はも少し緊張したような面持ちに変わっている。


 よほどデリケートな話題なのだろう。


 それこそ喉奥で必死に言葉を選んで、口の中で散々に転ばして、それからやっと声に乗せて対外に出すかのように。


 彼女はゆっくりと目を開いて。

 それこらゆっくりと話し始めたのである。

  


「あまり自分の口からは言いたくないんだが……キミも廊下に貼り出された結果を目にしたとおり、幸か不幸か、私は人より相当に頭のデキが良いらしい。あまり誇りたくもない話なんだけどね。

だが、何をせずとも相応に(こな)せてしまう〝天才肌〟と、努力をすることで望む結果を掴み得ることのできる〝秀才肌〟と。君にはどちらのほうが好ましく思えるかい?」


 言葉上では俺に問いを向けているようだが、別に回答を欲しているようには見えなかった。


 自分の中では既に答えが決まっている、と。


 その目がそう語っている。

 だから俺もわざわざ何かを言うつもりはない。


 彼女は絞り出すように続ける。



「……断然、私は後者だと思っているんだ。だからこそ尚更に自分が嫌いになるんだよ。努力をする皆に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

あのテストにいったいどれだけの人間が努力を積み重ねてきたのだろう。どれだけの生徒たちが少しでも良い結果を、そして順位を勝ち得るために勉学に励んできたのだろう、とね。

……想像すると、とっても胸が痛むんだ」


 自嘲に溢れた苦笑いと、そして、何か重たいモノが乗っかった溜め息とが、この場の空気を更に沈み込ませる。


 俺も黙って頷くことしかできなかった。



「無論、私が手を抜けば、いや、正確には解答欄を埋めなければ、せめて順位を下げることは叶うだろうね。かといってデキるのにやらないというのは、それはそれで私の信条に反することになる……。

私はね。弱い自分が嫌いなんだ。こんな板挟みに悩んで、開き直れない自分が情けなくてイヤなんだ」


 気丈に苦笑いを見せてくれた姫だったが、その声は確かに震えているように思える。



「なぁ。姫はどうしてテストの回答を埋められるんだ? いつも隣で見てるから知ってるんだが、授業中だってほとんど寝てるだけじゃないか。その口振りだと、家に帰ってからだって、別にガッツリ勉強しているわけじゃないんだろう?」


 俺もテスト前の勉強なんてのは一夜漬けか二晩漬けか程度のレベルだが、それで覚えていられるのはせいぜい三割かそれ以下だ。


 むしろ授業中に板書を取ったことさえ忘れて、教科書を見返すたびに初見のげんなり感が繰り返し襲ってくる気分なんだぜ、畜生め。


 いつでも新鮮でいつでもシンドい思いをするのさ。


 その辺は姫だって同じじゃないのか?



「そうだね。実際キミの言う通りだと思う。自らの意志で机の前に座っている時間に関して言えば、人よりかなり少ないほうだと自覚はしているよ。

だがどうやら私には、人にはない特別な体質が備わっているらしい」


「特別な、体質?」


「ああ。私はコレを〝完全睡眠学習体質(・・・・・・・・)〟と呼んでいる」



 いや、えっと、何だって?


 聴き慣れない言葉につい脳が拒絶反応を起こしちまったぜ。だから俺は勉強ができないんだよと心底嘆きたくなったが、今はこの際どうでもいい。


 完全、睡眠、学習、体質……?


 なんだそれ。

 地味にちょっと強そうなんだが。

 

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