第2話 ホット缶コーヒーの奇跡 - 1
入学式から数えて二週間と余日プラス一日。
初々しい高校生活も今や慣れた日常へと変わりつつあり、ようやく一時間を超えるクソ長クソ暇授業にもあくびをしながら耐え忍べる余裕が出てきた、今日この頃の俺であるのだが。
はてさて。
ただ今の時間帯は、天高く昇りきった太陽様が背伸びを終えて、ゆっくりと水平線に向かって腰を下ろし始めた頃合いだ。
うん。我ながら例えが下手すぎる。
地味にまどろっこしい言い方をしたが、つまりはついさっきに正午を過ぎたところである。
高校生活上の時間割的には昼休みに値する。
昼休みと言えばそう、ランチタイムである。
決められた給食を喰らうだけの中学生時代からは一変し、もはや全若者の憧れとも呼ぶべき〝学生食堂〟なる空間が俺たち高校生には用意されている。
地域によっては単に購買と呼ぶ学校もあるだろうよ。
その辺はイイ感じに脳内補完してもらえると助かる。
学食は基本的にリーズナブルな価格設定をされているものだが、それでも自宅から弁当を持参している生徒たちも少なくはないだろう。
そのほうが家計的にはより安値に済ませられるのだ。
理にも大いに適っていると言えよう。
しかしながら、である。
弁当ってのにはロマンが詰まってないよなァ!?
俺にも若さゆえの憧れくらいはあるのさ。
ほら、自分の小遣いで毎日の昼飯を選ぶのって、何だかちょっとだけ大人な感じがしてカッコいいだろ?
そんなしょっぱい理由から親に必死に頼み込んで、しばらくの間は学食にさせてもらえる権利を与えてもらったくらいには、俺もまだまだ全然ガキなのである。
やりくり上手は貯金上手と言えよう。
毎週月曜に手渡される硬貨数枚の小遣いだけが命綱になっている。
上手いこと調整できれば、翌週には更なる余裕なんかも生まれて、結果的には贅沢なランチにありつけるようになるだろうよ。
ちなむと上手くいくビジョンが全く見えていない学生生活二週目だ。
今週は特に配分をミスっちまったかもな。
月曜から肉系の惣菜パンは奮発しすぎたか。
心なしか足取りも財布もどちらも軽いんだぜ。
早くも閑古鳥が準備体操を始めていやがる。
……人間、たまには欲求やら願望やら、そして憧憬やらに素直になってもいいと思うんだよ。
もちろん他人様の迷惑にならない範疇で、という制約はあるわけだが。
自己責任への自覚こそ大人の階段の第一歩だ。
道徳の教科書に載っていたそれっぽい一文から抜粋させていただこう。
というわけで、ぐぎゅるるるぅと情けない鳴き声をあげる腹の虫を必死になだめながらも、俺は硬貨数枚しか入っていない寒財布を握りしめて、黙々と学食まで歩みを進めているのである。
目的地は俺のHRからは少し離れた場所に位置している。
いくら学食が同じ敷地内にあるとは言っても、どちらかといえば部活動用の体育館側に備わっているせいで、一度は外の渡り廊下を通る必要があるのだ。
学生食堂という名前は伊達ではなく、一応それなりに食堂らしさが出ている商品――例えを出せばカレー定食やらカツ丼定食やら――なども売られてはいる。
しかしながらもちろんのこと、俺の寂れた薄財布にそんな米商品を支払うだけのチカラがあるはずもなく、悲しくもいつもと同じパンを買うしかないのだと皆に共有させていただこう。
俺の狙いの商品は主に二つ。
各種惣菜パンが税込み110円から130円。
もしくはボリューム満点の爆弾握りが160円。
たまに贅沢をしたとしても、せいぜい298円の3色サンドウィッチくらいにしか手を出せないだろう。
間違っても定価500円のカレー定食を選ぶことはない。誓ってだ。……味わったのは初日だけだ。
それと、食堂の入り口に設置された自動販売機にも度々お世話になっていることも付け加えさせていただこうか。
手頃な水分&糖分補給のためなら、財布の中の貴重な硬貨数枚を自動販売機にくれてやっても悔いはないのさ。
だって仕方がないじゃない。
水だけではあまりに味気ないんだもの。
マイルールでは、先にドリンクを手に入れてから学食内に足を踏み入れるようにしている。
今日もそのルーティーンを守ろうと自動販売機の前に立って、何を飲もうかと考えに考えを巡らせて、たまには午後のストレートなティーにでもしてみようかと思い立ったその瞬間――
――予想だにせぬ事件が起きてしまったのである。