第6話 俺とテストとコーヒー厨 - 7
――そして迎えた、次の週末。
――では、なかった。
いつもならば何事もなかったかのように翌日やらイベントデーやらに進んでいるのだろうが、どうやら今回はもうワンエピソードほど挟まってきちまうらしい。
昼休みから少しだけ時は流れ、今は放課後。
やっと空の奥のほうがオレンジカラーを帯びてきたかと思えるくらいの、若干の夕方が訪れようとしている。
帰りのショートHRも終わり、やはり誰とも関わりたくないのか、真っ先に教室を出ていった姫の背中を見送りながら、俺もまた週末のイベントに思いを馳せつつもさーて帰るかねなどと重い腰を持ち上げようとしていた、そんなタイミングのことである。
はー、それにしたって、まったく畜生め。
早いところ家に帰って今回のテストの順位について反省会を開かねばならんのだ。
特にあの馬鹿電波ツインガールについての考察を深めなければならん。
というのも、である。
何故に俺はあんな常識力ナッシングの女に学力順位で負けてしまったのであろうか。
そうか、知能指数であるIQは、生活能力指数であるEQやSQとはやはり別モノだったいうことだな!?
でないと納得ができねぇぜ、畜生め。
テストの結果なんて見なけりゃよかった。
そうすりゃあもっと晴々とした気分で週末を迎えられたっていうのにさ。
イラつく心をあえて聖人君主の心持ちで宥めつつ、いつもより気持ち静かに椅子を片付けると、俺はできるだけ背中を小さくして教室を後にした。
廊下は既に運動部の男子陣で溢れかえっている。
この内の半数は運動場に、もう半数は体育館へと散っていくのであろう。
士気を高めている彼らの邪魔になるのも悪い。
さっさと帰ることにしよう。
そう思って、階段を一段抜かしで早々と駆け下り、いざ下駄箱で靴を履き替えようとしていた――ちょうど、そのときだった。
「おーい、ちょっと帰るの待ってくれー」
どこからともなく、わりと野太い男性の声がこの耳に届いてきちまったのである。
幸か不幸か、今この下駄箱近辺にいるのは俺だけのようで、もちろんのこと玄関や廊下を歩く人影の姿も見えなかったわけで。
まず間違いなく、今の台詞は俺に向けてのものなのだろう。
溜め息混じりに革靴を下駄箱に戻しつつ、中途半端に靴下のまま廊下を覗き込んでみる。
奥のほうに人影が一つだけ見えた。
ガタイの良さは高校生のモノではない。
服装から察するに教師のソレだ。
アレはウチのHRの担任様じゃあないか。
……まったく何の用なのであろう。
呼び止められるような愚行を働いた記憶はないのだが。
テストだって赤点は回避できたんだぜ。
無論、今回に限っては、だが。
次回の結果については皆目予想ができん。
少なくとも今の俺に〝大丈夫だ問題ない〟と言ってのけられるほどの自信はないからな。
しかしながら、はてさてどうしようか。
担任様のご要望に応じて立ち止まって待つか、それとも聞こえなかったフリをしてそそくさと帰るか。
選択肢は二つに一つであるがとは言え、選ぶつもりも最初からなかったわけで。
……よーし、さっさと帰ろう。
どうせロクな話ではないだろう。
きっと今回のテストの出来とか毎日の提出物の延滞云々の話とか、適当に難癖を付けにきたにちがいない。
いや、テストの結果や提出物については基本的に己が悪いのだが、俺としては別に善良な模範生徒になりたいわけでも演じているわけでもないつもりゆえに、今はまだ他人様にとやかく言われる筋合いもないと思っているのである。
……ヤツの視界に映り込むと面倒だ。
ここは一つ、下駄箱を盾にして死角からさっさとズラからせていただきましょうかねぇ――
「おいちょっと待て。何故にお前は帰ろうとしている」
くそっ。決断と行動がワンテンポ遅かったか。
居場所がバレてしまっては仕方がない。
ペコリと仰々しく会釈を返しつつ、こうなりゃズラリと適当な言い訳を述べさせていただくしかあるまいて。
「ああどうも。ついさっきに虫の知らせがもうビビビッと来てしまったものですから。
そういや今日は駅前のスーパーで特売があったんだっけ? これは急がないと。それでは先生また明日~」
とにかく厄介事は御免なのである。
緊急回避のためなら、二つ三つ戯言を並べることくらい容易いもんだ。
そんなことよりも駅前に特売を行うようなスーパーがあったかどうかのほうが俺は気になったのだが、今はまったく関係ない。
さぁ、とっとと帰ろう。いざ帰ろう。
俺は踵を軸に体を直角の体勢に捻り、スンとお帰りの体勢にならせていただく。
それから流れるように前傾姿勢をとって、テレビ中継に映る世界陸上の選手もビックリなくらい、ズバッとロケットスタート――
「おい、いいのか? お前にとっては耳寄りSランクの話題だと思ったんが。いわゆる〝柳有姫について〟の話だ」
「んな……っ!?」
ったく、ソイツは反則だろうが畜生め。
いつのまにか担任教師様は下駄箱のすぐ近くにまでやってきていたらしい。
いかにも体育会系な体型で俺に対して威圧的なオーラを放ってきている。
意地と名誉のために弁明しておくが、決して目の前からの圧に屈して足を止めたわけではないからな。
むしろ俺の興味心からなる意志だと言い直させていただこう。
「……ああ、そういえばスーパーの特売は明日だったっけ。前言撤回させてもらいましょうか。ったく。いったい俺に何の用なんです?」
どうして今このタイミングで担任様の口から姫についてのワードが飛び出してくるというのだろうか。
帰るに帰れない理由を投げつけやがって、畜生め。
目の前の大人に手玉に取られているような気がして心底胸糞悪いのだが、かといって真っ向から足蹴にできない自分自身にも嫌気が差しちまう。
なんだって? 姫の話、だって?
ソイツぁ俺が内靴を履き直すには充分すぎる理由だろうがよ。




