第5話 甘党? いいえ無糖です - 9
「……ん? 聞こえなかった……?」
「いや、普通に聞こえてるが」
「……来週末、私の家に来てほしい」
「そう何度も言わんでよろしい」
もしかしてわざと言ってらっしゃる?
まさかの面白がっていらっしゃる!?
なんだろうか、今日の姫さんは。
缶コーヒーを家に忘れてきたかと思えば、寝落ちした俺にひざ枕をしてくれたり、いきなり家に来て欲しいと宣ったり。
もともとOFFモードの姫は何を言ってるのか理解にしにくいタイプだとは思っていたが、今日はいつもにもまして分からんのである。
更に訳の分からないことを言い出すとは思ってもみなかった。
そりゃあ馬鹿電波に比べりゃまだマシなほうだろうが、さすがに今日の姫は度が過ぎているだろう。
「……ちなみに、来ないなら私が行くから」
「待て待てそれじゃ本末転倒だろ。つっても俺に週末の予定なんてないし多分行け一一いや、すまん絶対に行く。だからその手に持ってるモノを返してくれないか」
さすがに高校生にもなって気軽に異性の家になんて遊びにいけるわけがなく、どうにかして誤魔化しの言葉を並べようかと思っていた矢先のこと。
ごそごそとおもむろに彼女が机の中から取り出したのは、つい昨日まで俺の机の中に隠し持っていたはずの『柳有姫の寝顔写真集』だったのである。
いったいどのタイミングに盗られたのだろうか。かなり奥のほうにしまい込んでいたはずだ。
一応、俺自身の名誉のために言っておくが、この写真集はただの興味本意で買い付けた世界に一点しかない限定品である。
写真部の友人によって提案がなされたものだが、さすがに同級生の写真を売り捌くのはまずいと注意をし、ヤツのハードディスクからデータ削除するのと引き換えに、なけなしの樋口一葉と引き換えた価値のある代物なのだ。
そのうち価値が諭吉か渋沢レベルに跳ね上がることだろう。
それまで大事にしまっておきたかった――って違うッ!
「……約束だから。もし、破ったら」
「や、破ったら?」
「……この本を破る」
「ま、待て、その本を返せ! マジのガチめに頼み込んで手に入れたヤツだからな、ソレ!」
少なくとも男子学生のポケットマネーで気軽に買える金額のモノではないんだぞ!?
何のために昼メシ代をケチってたと思うんだ。
かなりプライスレスな価値があるんだぞ!?
それはもう激レアレベルの口を開けて寝てる姿とか、夕日に照らされて幻想的なワンシーンとか、それはもう沢山の寝顔が詰まった素敵な写真集になってるんだぞッ!?
あ、ちがう。
問題は別にあるってことに今気が付いた。
これこそ当の本人に見つかったら、ダメなアイテムなんじゃね?
しかしながら今更気付いて何になるのだ、俺よ。
件の写真集は姫がしっかりと抱きしめていて離してくれそうにないわけだし。
無論、取り返せそうな隙も見当たらないし。
「……とにかく」
彼女は自らの寝顔が写っている写真集を半開きのジト目で見つめながら。
「……これは没収する」
説教をするテンションで俺に告げてきたのである。
写真集の持ち方がどうしても縦方向真っ二つに破くサマにしか見えないんだが、今それをツッコんではいけない気もする。
「よーし、分かった。テストが終わったら何が何でも絶対にお前ん家に行ってやる。
だからそれまでは絶対に破くなよ!? もちろん燃やすのもダメだぞ!? 廃棄や売却なんてのは以ての外なんだからな!?」
「……こんな恥ずかしいモノを、誰が好んで売ると思うの……?」
ふっ。何とでも言ってくれたまえ。
呆れ顔が目に突き刺さって仕方がないぜ。
……でも、なんでそこまでして俺を姫宅に呼びたがるのだろうか。
そこだけがマジで気掛かりなのである。
何か思いもよらぬコトを企んでいるんじゃないかと尚更に不安になっちまうくらいだ。
「…………分かったなら、私はもう寝るから」
「お、おう」
返事の代わりか彼女は一言そうぶっきらぼう気味に言葉をぶつけてくると、それ以後はむっと口を結びながら目を閉じて、机にべたーっと張り付いて目を閉じてしまった。
姫の頬っぺたが机の天面に押し付けられて、むにりと柔らかそうにその形を変えている。
畜生め、こんな状況で寝やがった。
いついかなるときでも平常心を保っていられる鉄のメンタル……トンデモなく羨ましく思うよ。
授業をサボっちまったことは痛いのだが、この姫の寝顔を独り占めできている今の状況を鑑みればと、少しは残念感の他に優越感も得られるのではないかと、半ば現実逃避をしてみたり、してみなかったり。
写真で見るよりイイ顔をしていらっしゃる。
俺もこんなふうにすやすやと眠り呆けてみたい。
「……見るな。寝にくい」
「あ、いや、すまん」
おっと。また見入っちまってたらしい。
しゃーない。
気を取り直して次の授業の準備でもしておくかね。
姫から発せられたのはかつてこの耳に届いた言葉とまったく同じ内容のモノであったが、どうしてかそのときのような言葉のトゲトゲさは感じられなかったのである。
コレはある種の信頼か、あるいはただの諦めか。
「………………見慣れてるくせに」
静かで冷たい声が聞こえてきちまった。
終始目を閉じていたはずなのに、本気で読心術でも使えるのだろうか。まったく末恐ろしい限りである。
でもさぁ、仕方がないだろう!?
秘密の写真を集取られちまったんだから。
もう現物見るしか他に手がないんだもの。
寝返りがてらにそっぽを向かれてしまった。
これではもう寝顔を見ることさえ叶わない。
もはや何もできない手持ち無沙汰さ感と、そのうち来たるであろうテストへの憂鬱さを、どちらも等しく溜め息に乗せて、西日に照らされ始めた窓の向こう側へと吐き捨てることしかできなくなった俺である。
……そうか。
テストが終わったら、か。
無事に終わるといいよな、畜生め。
しかし、そうはならないのが男子高校生である。
あー、いや、ほら、アレだよ分かるだろ?
テスト範囲、具体的には、どこだったっけ。
【第6話 俺とテストとコーヒー厨 に続く…】




