第5話 甘党? いいえ無糖です - 6
何だって? ひざ枕を、返すだって?
ある意味では最高の選択肢かもしれんのだが、場合によってはクラス中の男子を、いや、学校中の男共を敵に回すかもしれん。
元々冷たい目で見られつつある俺だ。
これ以上悪化したら……もうほぼ全ての発言力を失っても過言ではないかもな。ははは。
というより返すって何だ。
借りたら返すのが当たり前なのではなく、そのモノに需要があるからこそ必要とされるわけであり、姫がこんなパッとしない俺の膝枕を求めているとも思えん。
ひざ枕、ああ膝枕、ヒザ枕。
口の中だけで何度か復唱してみたが、そのインパクトのデカさに声帯が震えてくれそうにない。
「いや、だからさ、その……なんかすまん」
「……何故謝る? 私は好きでやっていただけ。ヨウに非はない」
「そ、そうか。それならいいんだが」
彼女の気休めの言葉も、寝落ちしてしまった俺にはただ重くのしかかるだけである。
目が合っても、自然と反らしてしまうわけで。
沈黙がこの辺りを支配している。
平常心を保っているのは姫だけだ。
いつもながらの無表情さは見てとれるのだが、何故だか女王様的な不適な笑みを浮かべているようにも見えるのはまだ頭が寝ぼけているからであろうか。
もちろんのこと段々とモヤは晴れつつあるのだが、焦りと緊張とに正常な心を持つにはもう少し時間が掛かりそうだ。
……あれ? ちょっと待て。時間……?
「なぁ姫。そういえばなんだが、今は何時なんだ? 美佳の姿も見えないんだが」
昼過ぎにもなると、体育館裏のこの場所からでは直接太陽の姿を拝むことはできない。
元々太陽の位置で大まかな時間を把握できるほど、俺はその道に長けてはいないけれども。
それでも、意識を手放している時間が少なからずあった以上、そしてチャイムが鳴ったという記憶も事実も覚えていない以上、今このタイミングで問いただしておいて損はないはずだ。
普段であれば姫のカフェイン切れがタイムリミットの合図になっていたのだが、今日という日がピンポイントなOFF日に何故寝落ちしてしまったのか。
これからは念には念を入れて腕時計を身につけておくのも悪くはないかもしれぬい。
獲物を捕らえたタカのように薄ら怖い微笑みを浮かべる姫と目を合わせるのは正直つらいし怖いし肝も冷えるのだが、仕方ない。
元々眠ってしまった俺が悪いのだ。
自暴自棄はいつまでも続く。
ごくりと息を呑み、姫の返答を待つ。
OFFモードの姫はどこかぽけーっと抜けているのだが、かといって目の光が失われているわけではなく、あくまで怠惰に身を任せているだけの自意識は感じられる。
姫が堂々と構えているということは、俺が寝落ちしたのはほんの一瞬で、まだ昼休みの最中だということなのだろうか。
美佳は寝ちまった俺につまらなさを感じて、一足先に己の教室に戻っただけなのではないか。
そんな一縷の希望を胸に、再度、姫の目を見させていただく。
彼女の喉仏がこくりと動いて……そして。
「……残念ながら、既に午後の授業は始まっている。今から走ったとしても、正直、遅い」
「な、何だって!?」
どうして起こしてくれなかったんだ!?
一瞬そんな言葉が脳裏をよぎったのだが、俺が寝過ごしてしまったのが原因だろう。
「……ヨウがあまりにもぐっすりと眠っていたものだから、起こすのにも気が引けた。
……そもそも身動きが取れなかった。言い訳の材料としては、申し分ないはず」
「くっ……!」
やっぱり俺に非がある感じか。
その若干のジト目が何よりの証拠である。
諦めの溜め息を吐くしかないのだろうか。
別に俺は真面目を売りにしているつもりはないが、かといってサボりに慣れているわけではない。
「……大丈夫。一回くらいサボっても、意外に誰も気にしない」
「イヤイヤそういう問題でもないと思うんだけど!?」
地味でもいい。目立たなくてもいい。
人生にスポットライトが当たる必要もない。
基本的につつがなく慎ましく生きていきたいというのが俺のモットーなのである。
だというのにだ。
高校生活が始まってまだ二ヶ月も経っていないというこのタイミングで、担任教師に目を付けられてしまってはかなり困るわけで。
平穏な学生生活が遠のいていく音がする。
「いや、まだ俺は諦めんぞ」
「……えっ……今から……走る、の……?」
実際に息を切らしてるサマを見せたら、担任教師も許してはくれないだろうか、とな。
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いやはや推敲って本当に大事ですよね!
誤字や脱字が後になってポロポロと露見して……っ!
新話更新、今しばらくお待ちくださいませっ!