第5話 甘党? いいえ無糖です - 3
スタートからだいぶ逸れかけちまったわけだが、ここいらで一旦話を戻させていただくぞ。
「それで? 缶コーヒーがないことはひとまず置いておこう。今日ここに俺と美佳を集めた理由ってのは?」
缶コーヒーがないことにも関わらず、姫はこの校舎裏の集合場所に呼び出しなさったんだ。
少なからず理由やら話題やらがあったはず。
もちろん適当にただ集まるってのもそれはそれで俺は別に構わないんだけどな。
とりあえずテーブルに貼り付いて微動だにしない姫に質問を向けておくことにする。
放っといたら勝手に居眠りを再開しそうな勢いなんだ。
普段から待たされがちな役割を負っている俺だが、あいにく放置プレイが好きというわけでもない。
「……理由がなければ、ダメ?」
彼女はまるで滑車に引っ張られるように首を上げなさった。
おまけに角度的に若干の上目遣いである。
ほとんど目が開いていないのはこの際のご愛嬌だ。
今まさに閉じようとする両目をギリギリでキープするかのように、わりと長めの溜め息を吐いていらっしゃる。
それがまた、妙に大人びていて、イイよな。
……うおっほん。
「あっ、いや、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけどよ。何となくの理由くらいは聞いておいてもバチは当たらないだろってさ」
つい向けられてしまった女性的な仕草に、俺はいとも簡単にたじろいでしまったのである。
誤魔化しがてらの理由付けも聡い姫には簡単に裏を感じ取られてしまったことだろう。
その証拠に。
彼女は少しも口ごもることもなく。
「…………傍に居たかったから」
「んなっ、は、はぁ?」
臆することなくスラスラと答えやがったのである。
一瞬、スムーズすぎて言っている意味を理解することができなかったくらいだ。
単なる呼吸音の一つかと思わせるくらいには自然すぎた発声だった。
そしてまた、遅れて脳が言葉の意味捉えた頃にようやく心拍数が急上昇し始めて、一気に顔が赤くなってしまいそうになるのが嫌でも分かっちまったわけだ。
むしろ勢いに負けて咳むせなかった自分自身を褒めてやりたい。
そう思うしか自尊心を保てそうにないのである。
そんな俺を見てか、軽ぅく手玉にとって嘲笑うかのように、スンと目を閉じてみせたOFFモードの姫サマたるや。
何故なのであろうか。
実に落ち着いた雰囲気である。
まるで俺が動揺するのを分かっていたかのように。
そのまま静かに続きの言葉をお発しなさる。
「……というのは、半分以上、冗談」
「いや冗談なのかい」
目を閉じたままクスりと微笑みをこぼしている。
姫がただ静かに続ける。
「……理由は、単純に、騒がしい教室内で……睡眠の邪魔をされたくなかったから。
……それを、キミたちなら……分かってくれると思ったから」
「な、なるほどな……」
なんだ、単純にガチで眠かっただけなのか。
確かに教室の中は終始ワイワイガヤガヤ祭りだ。
昼休みとはつまらん授業から解放される大事なひとときなのである。
教室の中の連中の気持ちも分からないでもない。
そしてまた、喧騒から逃げてしまいたい姫の気持ちも分かるつもりさ。
しかしながら、こんな人気のない場所で一人きりになるというのも多少は不安になることだろう。
そんなときに最低限、時計係をこなせる一人が傍にいてくれたら、昼下がりに居眠りをするのも心強いのではないだろうか。
それこそ時間を忘れて夢の世界に旅立っていけるわけだ。
そんな安心の場を提供できるイチ存在として俺が認知されているのであれば……?
例えただの友人枠の一人としてであっても、少しは誇らしく思ってもよいだろうか……?
いや、やっぱり単純に良いように使われているだけなのかもしれんけども。
それでも、一応は喜んでおくことにしよう。
少なくとも警戒されてはいないらしい、と。
少しは心をゆるしてくれているらしい、と。
「姫さんが……ついに姫さんがデレました……ッ!
もう既に先を越されて――いや、まだギリギリのところで美佳がリードを保っているはず……でもでも……その確証があるわけでもありませんし……ッ!
せせせ先輩! 美佳は先輩のことを心から愛してますからね!? だから負けてませんよね!?」
「いやお前のほうこそいきなりどうした畜生め」
一人ホッとしている俺を他所に、横の電波女が何故かわたわたと慌てふためき始めたのである。
おいおい。
あんまり騒ぐと姫に怒られちまうぞー?
彼女のひとときの安らぎを邪魔すると、次からはもうココに呼んでもらえなくなるんだぞー?
無意識に溜め息を吐いてしまう俺をどこの誰が咎められようか。
それになぁ、美佳よ。
いつでもどこでも節操なしに告白すりゃいいってモノでもないと思うぞ。
時と場合とかタイミングとかムードとか、そういうシチュエーションも大きな武器になるって、先日に姫が勧めてくれた本にも書いてあったしな。
内容自体はほとんど覚えていない。
小難しい言葉ばかりが書き連ねてあったせいだろう。
「……ふぅ……本当に……イイ、天気」
「ああ、そうだな」
目を瞑りながらもぼそりと声を漏らした姫に、俺も共感の言葉を重ねておいた。
たまにはこういう日だって存在していいのである。
ったく、畜生め。
見守る俺のほうも眠たくなってきちまったぜ。




