第5話 甘党? いいえ無糖です - 2
あれか、もしや姫は教室に財布を忘れてきてしまったのだろうか。
お目々ぱっちりなONモードならまだしも、基本気怠さの高みにいらっしゃるOFFモードでは再三の階段の登り降りには耐えられそうにないと推測できる。
そりゃあ普段の様子を見ていれば分かるさ。
起立&礼だけでもしんどい顔してるもの。
ゆえにこうして集合場所に到着してしまったはよいが、後悔に身を浸しながら、べたーっと身体をテーブルに貼り付けることしかできないのではないだろうか。
絞り出すようにして姫が答える。
「…………家を出るとき、玄関に、置き忘れてしまった。靴を履くときに手放したのが……運の尽き。……油断した」
「なるほどな。俺もたまにやるから分かるぜ」
「美佳もー! 美佳も同じくですー!」
「……特に、朝方は、頭が回っていない、から」
家に忘れてきたとなればどうしようもないだろう。
そとそも金が手元になければコーヒーは買えないもんな。
今もこうしてOFFモードであり続けていることにも納得の回答である。
俺も美佳も納得してウンウンと頷いている。
「でも、姫さんにも忘れるなんてことがあるんですね、意外です」
「…………私も人間。完璧など、存在しない」
まぁ俺も美佳の意見には同意だがな。
抜けている面を見られてお得でもある。
とはいえ、今日は普段のお茶会時に比べてもだいぶ口数が少ないとは言え、覚醒OFFモードの姫だって姫であることに変わりはない。
今もこうして言葉尻の節々に毒と棘を感じられてしまっているのだが、いつも通り集会を開いたことから察するに、姫も会話自体は楽しみたいのであろう。
いつもはよく分からん内容の話をよく分からん小難しい言葉で話してくれるのだが。
OFFモードの姫はどんな話をしてくれるんだろうね。
こういう日もたまにはいいもんだ。
そうだよアレだ、新鮮味が違うのさ。
俺はテーブルに突っ伏す姫と姿勢よく座る美佳を交互に見比べては、ふっとこっそり笑みをこぼさせていただいた。
「…………ふわぁ……ぁふ……」
壁に投げ付けられた絹ごし豆腐みたいに姿勢を崩しながら、姫が大きなあくびをこぼしている。
続いて、電子レンジで熱したプリンみたいにトロけながら、愚痴気味に言葉を発した。
「……にしても、かったるい。……主にこの陽気と、ヨウのせい」
「んな理不尽な」
「ぐぬぬ、覚醒前の姫さん、何気に大胆ですよねぇ。やはり強者のオーラを感じますです……」
姫の倦怠感を俺に向けられても困るだけなんだが。そもそも財布を忘れた姫が悪い。
つまりは俺、何にも悪くない。
それとついでに、今日も今日とて美佳のバカ電波っぷりにも圧巻の一言だわ。
じっと腕を組んで座っていたかと思えば、次の瞬間には姫の柔らかそうな頬を指の先で突っついて、ほぇーと奇妙な吐息をこぼしはじめたのである。
お前らいつのまに仲良くなったんだ。
姫も姫で嫌がるそぶりを見せつつも、完全には抵抗しないあたり、マジめのガチめに倦怠感に苛まれちまっているらしい。
ONとOFFがはっきり切り替わっちまうってのも難儀な体質だろうよ。
俺ならそっちのほうに疲れちまうぜ。
基本的には省エネで生きているつもりゆえ、スイッチが入るという感覚がイマイチ分からん。
そりゃあ俺だってテスト前には一夜漬けの一回や二回は当然やる予定だし、ときには怪物の名の付く飲料水に頼ることだってある。
それでも、毎日のように眠気に襲われるほどの不眠症ではないつもりだ。
姫は夜にキチンと眠れているのだろうか。
あまり寝れていないからこそ、こうして毎日のようにあくびとうたた寝を繰り返してしまっているのではなかろうか。
とはいえ、いたいけな現役女子に日々の生活習慣を聞き出してみるほど、俺は無神経な男ではないと断らせていただきたい。
真摯な紳士を基本としているからな、俺は。
「……でも、今日は、静かでいい。こういう日も……私は別に、嫌いではない」
「多分、どっかの誰かさんが喋らないからだろうな。元々ここは静かな場所だ。それにほら、ツインテさんもようやく空気の読み方を知ってくれたわけだし」
「むむー。今日は何だか二人して棘のあるご発言をなさいますねー。もしかしてストレスが溜まってますかー? 中間テストが近いからですかー?」
「………………しらない」
あ、今かなり言葉を濁したな。
俺も知らない――いや、知りたくない単語と言わせていただきたいゆえに言及は避けさせてもらうが。
相変わらず覚醒OFFモードの姫は理不尽な言葉しか発せないクールなお澄ましさんであり、その一方で、いつもと変わらぬように見える美佳は、意外にマトモそうな着眼点を有しているように思えたり。
そうか、なるほど。
コーヒーの有無でボケ役とツッコミ役が入れ替わるのか。興味深い発見である。
その発見ももちろん大事なんだが、姫が今日はOFFモードであるにも関わらず、この場にしっかりと三人が集まっていることのほうが重要な気もしている。
ほら、姫に話したいことがあったから、この会合が開かれているわけだろう?
今日、ここに呼び出された理由。
訊ねてみたってバチは当たらないはずだ。




