第4話 新キャラに缶コーヒー要素は必要ない - 5
「……わ、私に助けを求められても困るよ」
「だと思ったよ。俺だってそうだもの」
ヘルプの念を込めて見つめてみたものの、軽いジト目で睨み返されてしまった。
気持ちは分かるぜ。俺だって、以下略。
別に姫はコミュ力に難があるわけではないのだろうが、ここまで圧倒的にグイグイと来るような女子に迫られたこともないのだろう。
姫も姫なりに動揺しているのが見てとれる。
よかったよ。自信と余裕で塗り固めているわけじゃなくて、普通の女の子らしい一面もあるんだなって知れたわけだからさ。
いや、俺自身、今は彼女以上に余裕はないのだが。
「さて先輩。ところで先輩。というわけで先輩」
「だからと言ってソッチのほうが話チェンジの三段活用をかまさないでもらえるかなぁ!?」
「ぬーっふっふっ。相手を自分のペースに巻き込んでいくのが主導権を握る常套手段ってヤツですよ。ハイスピードで駆け抜けて、ガス欠したほうが負けなのです」
「だったら既に惨敗してるよ俺は……」
一応ながら確認させていただきたい。
ここって高校で合ってるよな?
間違っても幼稚園とか保育園じゃないよな?
無論保育士免許も教員免許も有していない俺にはどうしようもできない話なわけであるが。
やれやれと溜め息を吐きつつも、どうしたものかと頭を抱えることしかできないのであって。
「……すまん姫。正直、俺のほうもお手上げかもしれん」
「ちなみに言うと美佳もただの勢い一本で乗り切ろうとしていた節があるのでこの先の展開など少しも考えておりませんのです。
えっと……だから……眠り姫さん……で、合ってます? アナタにもちょーっとだけ助け舟を出していただけたらありがたいかなぁ、なぁんて。てへぺろり」
「え、えぇっ!? あー、うーぅうぅん!?」
ちろっとお茶目に舌を噛む千坂美佳よ。
栗金ツインの謎電波猪突猛進ガールよ。
初対面かつダル絡みの俺でさえタジタジだというのに、いきなり巻き込まれ、なおかつ話を振られてしまった姫の気持ちを少しは考えてみてはくれないだろうか。
ほれ見てみろ。姫が聞いたことのない変な声を出しちゃってるじゃないか。
知恵熱で手に握った缶コーヒーが沸騰しそうである。メキメキと音を立てて凹んでいくあたり、かなりの難問かつ難状況なのだろう。
自分以上に冷静さを失いつつある人間を見ると逆に落ち着ける……というあまりよろしくない定説になるほどと納得しつつも、いやいやこのままではダメだろうと俺もキリッとした表情を必死に取り繕わせていただく。
今まさに姫がぐぬぬぬぅと唸ってているようだが、このままでもいけないともこの場にいる全員が理解しているようで。
わりと早い段階で皆がそれぞれパッと顔を上げて、何かを思い付いた様子の姫に、視線が集中した。
「とっ、とととりあえず二人とも座ってみたらいかがかな!? 腰を据えてキチンと話をしてみるというのも、だっ、打開策に繋がるかもしれないからねっ」
「「なるほどっ」」
提案してくれた姫の声が若干泳いでいるような気がしたのは、きっと俺の空耳だろう。
状況としては何一つ変わっていないのだが、幸か不幸か、このパラソルの下には俺と姫のどちらも使っていない椅子があと二つほど用意されている。
確かに姫の言うとおり、立ったままでは落ち着かないというのも紛れもない事実ではある。
平手にポンと拳を打って、すんと姫の真正面に腰掛けさせていただいた。
えっと、馬鹿電波の千坂美佳は……かなり不安ではあるが、俺と姫の間でいいだろう。
どこに座らせたってほとんど変わらんだろうよ。
だったらほどよく観察しやすい場所が一番である。
面接スタイルにするメリットも特にないしな。
「むふふ。なるほどがシンクロしちゃいましたね。さながら初めての共同作業ということでしょうか。ケーキ入刀ならぬなるほど入刀です」
「うるせぇやい。普通に会話はできんのか」
「一応、出来ますよ?」
「何で上から目線なんだ?」
「きっと先輩の気のせいです」
何故かスパッと切られてしまったが、相手のペースに飲まれてはいけない。
このままこいつと電波の極限通信をし合っていても埒が明かないだろう。
ただでさえ昼休みというのは有限なのである。姫のリミットの三十分が経ってしまう前に最低限のケリを付けておく必要がある。
しゃーない。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
頭を下げるのもまた同じことだ。
「……あぁ、もう、畜生め。頼むから普通に話してください。どうか、このとおりだ」
俺は電波女に向かってぺこりと額をテーブルに擦り付けるがごとく、深々と一礼をさせていただいた。
いいか、これはあくまで妥協だ。
前に進むための価値のある折衷案だ。
しばらくそのまま待ってみたが返答はなかった。
ゆえに、ゆっくりと頭を上げてみる。
電波女はニコッと輝くような笑顔をこちらに向けると、同じくぺこりと腰から身体を九十度折り曲げるようにして、深々と一礼を返してきた。
そして彼女は、ただ下を向いたまま。
「お 断 り い た し ま す」
ああ。見えなくてもほくそ笑んだのが分かるぜ。
「止めてくれるな、姫ッ! 俺の手はきっと今このときのために握り拳を形成できるにちがいないッ!」
「ま、まぁまぁ、ヨウ。ここは抑えててくれ。
あくまで紳士のままでいようじゃないか。人間生きていれば一つや二つ、癪に触れることはあるだろう。そのときに大人な対応ができることも成長の第一歩と呼べるだろうさ。
ほ、ほらねっ。あとで褒めてあげるからっ」
ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぅ。




