第4話 新キャラに缶コーヒー要素は必要ない - 4
この栗金ツインテール女子の怖さを例え話にするとしたら、だ。
個人的には深夜の廃病院に独り取り残されるのと同等レベルに怖いと思うんだわ。
だってそうだろ?
ある日いきなり見知らぬヤツから馴れ馴れしく迫られちまったら、誰だって少なからず困惑してしまうと思うんだが。
むしろ彼女に明確な悪意があってくれたほうがまだ安心できたかもしれん。
しかしながらこの不思議女子はマジのガチめに今、純粋無垢なる瞳を向けてきているからこそ、尚更に感情が読めなくてタチが悪いのである。
とはいえ〝分からないを分からないままにしておくのが後々になって一番怖くなる〟という後悔を幾度となく体験したことのある俺だ。
ステイしておくメリットもあまりない。
「……はぁ。正直に答えてもらえると非常にありがたいんだが。いつからあんなところに隠れてたんだ……?」
幸いにもこの女子は日本語を話しているんだ。
会話ができないわけではないと願わせていただきたい。
それに、もう一つ。
聞いておくべきごもっともな理由があるのさ。
この栗金ツインが俺を目当てに跡をつけてきたのだとすれば、まず間違いなくこの状況は俺の失態に他ならないのである。
毎回キチンと人払いを心掛けていれば、こうして無駄に動揺したり時間を浪費することもなかっただろうしな。
それに、だ。
今まさに、眼前の姫が俺に助けを求めるかのような困り眉で見つめてきているわけだ。
さっきの彼女は咄嗟の流れでツッコミを口ずさんでしまったのだろうが、今はもう不用意に口を開かないように気を付けているらしい。
下手に饒舌さが第三者にバレると面倒だ、と。
毎回毎回耳にイカが出来るくらいに聞いている。
ホントになんとも難儀なものである。
……ったく、しゃーないか。
そうとなれば俺が動くしかないのだろうよ。
チラリと横目で栗金ツインの顔色を確認してみたところ。
「えっと……そうですねぇ。いつからと言われましても……。しいて言うならこの瞳に先輩しか映らなくなってしまったときから、でしょうか。
正確には一万年と二千年前と言う名の一週間前からです。隠密にはちょっと自信があるのです!」
「なるほどコレが初犯でもないってことか」
「んもう。人聞きの悪いこと言わないでくださいな。っていうか愛に出会ってからの時間など関係ありませんよね!? ちなみに先輩はもう記名と印鑑の準備はお済みですか!? こっちはできてます!」
「イヤいきなりなんの話だよ」
「うぅ〜ん。先輩のいけずぅ」
やめろ、いきなりモジモジし始めるな。
姫の目がドンドンと冷めていってるじゃないか。
会話が成立するかと思ったが、この栗金は限りなく電波タイプに近い存在なのもしれん。
口ぶりの節々から何となくは察することができるが、完全に通じているかといったら微妙としか言いようがあるまい。
なるほど、一週間も前ってことか。
いやいや、だが、待てよ?
この女子とのきっかけとなるイベントなんてホントに何も起きてないと思うんだが。
それこそ小春日和に姫と自販機の前でぶつかったとか、その後に跡をつけてみたら唯一無二の秘密を共有してもらえたとか、そういうびっくりオンリーワンなエピソードをマジで一つも思い出せないんだが?
俺としては完全に初対面かつ、コレがマジのファーストコンタクトに他ならんわけだ。
ゆえにますます困惑が深まるばかりなのである。
「「………………はぁ」」
ついつい姫と全くの同タイミングで再三のため息を吐いてしまった俺をいったいどこの誰が責められようか。
独りキョトンとした顔を続けるこの栗金電波女子の鉄面皮を崩せる必殺技を、咄嗟に思い付けたらよろしいのに。
諦めるなよ俺。そして何とかするんだ俺。
シワの少ない脳みそに今からシワを刻み込め。
姫が、あの姫がすぐそばで見てるんだからさ……!
この際だ。
半ば強制的に質問責めタイムに移行させていただこう。
幾度となくのらりくらりとかわされようとも、どこかの何かが会話の起点となるはずだ。
「……お前、名前は?」
「千坂 美佳といいます。どうぞお見知りおきを。
うっはーっ。一回コレ言ってみたかったんですよねぇっ! なんだかすっごいカッコいいですもんねぇ!」
くぅ。
正直、その気持ちは分からないでもない。
悔しいから口には出さないけども。
畳みかけるように続けさせていただく。
「そんでその髪は? まさか地毛なのか? それとも染めてるのか? いや、ウチの高校って髪色変えるのってアウトじゃなかったっけ……?」
「ふっふっふっ。よくぞ尋ねてくださいました。美佳、こう見えてクォーターなんですよ。母方の祖母がイギリスで生まれ育ちまして。
あ、でも残念ながら美佳は英語ペラペラじゃないですよ? 生まれも育ちも生粋の日本なチャキチャキっ子なもので。へぃへぃてやんでぃベラボーめぃ。おひけなすってぃ!」
栗色みのある金髪をサラリとたなびかせ、フンスと鼻息荒めにドヤ顔を向けてきているこの謎女子改めて、栗金電波女子こと千坂美佳。
確かに言われてみればにはなるが、どこか日本人離れした整った顔付きをしているように見える。
黙っていれば文句なしの美人だったであろうよ。
姫が綺麗で儚い系に分類するとすれば、コイツはどちらかと言えば可愛い系に分類されるのであろうか。
すまんな。
俺は世の美的センスにあまり自信はない。
元来からそういう世界とは無縁だったわけで。
……というより本当によく喋るヤツである。
考える前に口から言葉が出てきているのではあるまいか。
案外聞いたら何でも答えてくれそうな気がしてきたが、あまり一度に引き出しても整理できなくなってしまいそうな気もする。
一旦次でストップさせておくことにしよう。
「あとは……そうだな。俺のことを〝先輩〟と呼ぶ理由は?」
「……あー、えー……うーん……? そういえば考えたこともありませんでしたが、あえて言うなら雰囲気、とでも言っておきましょうか。
何となくにワケなんてありませんよ、もう。
……あ、そうです。先輩は何月生まれですか?
「うん? 八月だが」
「じゃあソレを理由にしちゃいましょ。ちなみに美佳は十二月生まれです。ほら、先に生まれると書いて先生って読むじゃないですか。ソレと似たような感じで〝先輩〟になったとしても何ら不思議じゃありませんでしょう?」
「……いや、どんな理論だよソレ」
まったく理由になってないと思うんだが。
それこそヨウというあだ名の理由に比べたら掠りもしていないレベルで不可解なんだが。
むしろ同い年の四分の三以上が先輩呼びされる不思議状態になり得る可能性さえあるんだが。
ということはコイツは同学年の他クラスか。
予想のとおり他校出身組なのであろう。
数少ない別クラスの友人らにヒアリングしてみるのも悪くないかもしれんな。
どのみち今この状況を切り抜けてからでないと始まらないけれども。
とりあえずここいらで姫の顔色を伺い直してみたところ。