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第3話 図書室では缶コーヒーも含め、全面飲食禁止なんだが - 3

 


「キミも知ってのとおり今日はあいにくの雨だ。空もずっとご機嫌斜めの様子みたいだね。けれども大地の草木は喜んでいるかもしれない。ここのところずっと晴れが続いていたからね。恵みの雨ということさ」


「かもしれないな」


 生きているヤツは皆腹が減るし喉も渇く。

 木も草もその辺はほとんど変わらんだろうよ。


 人と植物の異なる点を挙げるとすれば、心があるかどうか、とかではないだろうか。


 俺は春先の雨に一つだけ残念に思うことがある。


 ……アレだ。桜が散っちまうんだよ。


 白やピンクの花化粧を落としてしまえば、次に顔を覗かせるのは地味で素っ気ない緑の葉っぱだけになる。


 少なくとも風情のフの字もなくなってしまうことだろう。


 別に俺は花を愛でていられるほどの豊かな心を有しているわけではないが、それでもただ殺風景なだけの通学路を毎日往復するよりは華やかなほうがマシだと思うわけで。


 誰か、多少なりとも共感してもらえると嬉しい。



「屋内から眺める雨は、趣きがあっていいね」


 そんな俺を知ってか知らずか、彼女は外の空模様を遠い目をして眺めていらっしゃる。


 いや、しみじみとしてるところ悪いが、今日は雨が降ってると教えたのは俺のはずなんだがな。


 その点には触れようとしない辺り、実は恥ずかしさを誤魔化しているだけなのかもしれん。


 ちなみに今回もまた特に深掘りをするつもりはない。

 円滑な関係はお互いへの配慮から生まれるのさ。


 少なくとも俺はそう信じている。



「それで、だよ。今日は雨が降ってたから図書室(ココ)にしてみた感じなのか?」


 早速ながら本題に移らせていただこうか。


 しとしとと、そしてまた延々と降り続ける雨を俺もまた図書室の窓を通して見つめながら、あくまで自然さを装いつつ質問を向けてみる。


 以下、俺の問いに対しての姫の返答である。



「おおまかにはそうと言えるかもしれないね。ああ、先に言っておくけど今回のはあくまで臨時の開催だ。さすがの私でも毎回こっそり缶コーヒーを持ち込むのは良心が痛む。今後、雨の日は基本的に延期になるだけと思ってくれて構わない」


「おーけー、とりあえず了解した」


 俺も濡れた椅子に闇雲に腰掛けて、体の芯から冷たくはなりたくないからな。


 娯楽を苦行に変えるくらいなら何もしないほうが遥かにマシだ。ステイってのは思いのほか大事だぜ。



「今日は……ふむ。そうだね。一応ながら図書室に関連する話題を考えてきたつもりさ。聞いてもらえるかい?」


 返声の代わりにお一つ頷きを見せておいた。


 単に彼女の話を聞くだけでもそこそこ楽しいと分かったのは前々回くらいからだろうか。


 馬鹿でも分かる小難しげな話。

 俺は嫌いじゃないんだぜ。



「さて。ご多分に漏れず私は缶コーヒーを愛飲しているわけだけれども。ああ、もちろん私は雨が降っているなかでコレ《・・》を飲むというのも、それはそれで乙だとは思っているよ。一般的に考えれば常識的な行動ではないんだけどね」


「風邪を引くからやめときなさい」


「うむ。夏場だけにしておこう」


 いや、夏場ももちろん非推奨なんだが。


 ただでさえ排他的という覇道を突き進んでいるというのに、更に新たな伝説を追加されても困る。


 どうやら俺のツッコミ顔に満足したのか、姫がにこやかに続けてくれた。



「第一にここを選んだ理由についてだけど、あの校舎裏の次に静かな場所がこの図書室らしいんだ。

おまけに週の半ばであれば人の目も増えにくい。こっそり話すにはうってつけの場所とも言えるだろう。

……もしこの学校に暇を持て余した監視員やルールに厳しい文学少年少女がいるのであれば話は別だけどね」


 缶コーヒーを机から少しだけ持ち上げ、俺の視界にちらつかせるように小刻みに振りながらも、最後にはテーブルにコトリと置き直しなさった。


 どうやら飲食禁止の旨は既にご存知らしい。


 乾いた音を響かせたことから察するに、今日は一気飲みをしてすぐに中身を空にさせたのだろうか。


 確かに万が一でもこぼしてしまったら大変だからな。

 そういうリスクヘッジも嫌いじゃないぜ。


 きっと。理解も認知もしていると思われる。

 ゆえに今回はツッコミは不発射とさせていただく。



「第一にってことは、他の理由もあるのか?」


 代わりに新しく生まれ出てきた疑問を今のうちに解消しておくことにしよう。

 


「ふっふっふ。他の理由こそが今日の私の議題だよ」



 そう呟いた彼女はふぅと軽く息を整えたのち、テーブルの引き出し部分をゴソゴソとし始めなさる。


 取り出されたのは一冊の本だった。


 タイトルや背表紙の感じから察するに、純文学か何かの短編集なのだろう。


 とはいっても文庫本一冊の厚みは余裕であるゆえに、慣れていない俺では読破に数日を要してしまいそうだが。



「君はこういった本――とは言っても伝記や論文ではなく、起承転結が存在する物語をどう思っているかな。

電子書籍化も進む昨今において、あえて紙媒体に落とし込まれた各ストーリーを、その一ページ一ページに飾られた言葉たちのことを、じっくりと考えたことがあるかい?」


 語る彼女の目が本当にイキイキとしていらっしゃる。


 テンションだけなら着いていけそうだが、おあいにく話の内容に関してはいきなりちんぷんかんぷんである。


 俺の人生に読書の習慣はなかったからな……。


 小学生の頃、最後に残る夏休みの宿題は大抵は読書感想文だったかと記憶している。


 実際のところ、俺は今までどう思っていたのだろう。


 本を読むことではなく、物語を読むことを、だ。



「姫はどう思うんだ?」


「よくぞ聞いてくれた。私はこう考える。物語とはときに時を忘れさせ、人よりも人の心を揺れ動かすことのできる――最も優れた娯楽の一つである、とね」


 質問に対して質問返しをしてもキチンと返してくれる。


 ONモードの眠り姫とは誠実さの塊のような人である。

 

 

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