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第3話 図書室では缶コーヒーも含め、全面飲食禁止なんだが - 2

 

 今日もまた学食で格安のパンを仕入れた後、移動の最中に胃の中に収めてから、校舎内を彷徨うことおおよそ数分。


 感覚的にはカップ麺がびろんびろんに伸び始めてしまうくらいの時間は経ってしまったと思われる。


 ええ、意外なほどに歩き回りましたよ。

 それはもうたくさん歩き回りましたとも。


 校舎内の廊下という廊下を通り過ぎ、階段という階段を上りまくったという松尾芭蕉もびっくりな校内旅道中をしてしまったわけでありは。


 苦節苦難の句を詠み上げてさしあげたいところだ。

 

 まぁ、それでもとにかく。

 一応ながら図書室に到着できたのである。


 どうやら図書室は一階の最奥にひっそりと設けられていたらしい。


 簡単に見つからないわけだよな、まったく。


 よくよく考えてみれば、分厚い辞典やら蔵書やらをたくさん保管している場所と考えたら、重量制限の観点から上階には作りにくいはずだ。


 気付くのが少しばかり遅かったか。


 お目当ての教室の入り口には、ご丁寧にもやたらと達筆なフォントで彫られた『図書室』との木札が取り付けられている。


 誰がどう判断してもここで間違いないはず。

 中から人の気配が感じられないのがアレだが。


 記憶の隅にある図書室利用の掟『図書室では静かに』を守るため、目の前の横引扉をゾウガメの歩行とイイ勝負なスピードで開き、中をそろ~りと覗かせていただいたところ。



 何故だか図書委員不在の受付カウンター。

 壁側一面に配置された天井にまで高く(そび)える大本棚。


 本を読むために設置されているのであろう、落ち着いた焦茶色の広面テーブルに、前後左右合わせて二対の椅子。


 本棚と本棚の間にも置かれているのだろうが、入り口から見ただけでも少なくとも十セットはあると思われる。



 図書室の中に足を踏み入れてきょろきょろと見渡しているうちに、ようやくその姿を見つけられた。

 

 部屋の最奥部、二人掛けの対面テーブルにて。


 大和撫子にも匹敵するほどの美しい姿勢で椅子に腰掛ける姫がそこにいらしたのである。


 もちろん、テーブルの上には缶コーヒーが置かれていたが、意外にもまだ缶コーヒーの封は開けられていなかった。



「すまん、ほんの少し遅れた」


 幸いなことに俺ら以外の利用者は見当たらないが、一応は人目を気にするそぶりを見せつつ、素早く彼女の対面の椅子に腰を下ろさせていただく。


 開口一番の謝罪の言葉はいわゆる社交辞令ってヤツだ。


 意図的にちょっと時間を掛けた自覚もあるゆえに、誠心誠意のモノでないことには目を瞑っていただきたい。


 それでも聡い姫なら察してくれることだろう。



「…………遅い」



 おおう。ダメだったか。

 本日のOFFモードもやたらと辛辣なことで。


 彼女の口から出てきたのは、冷凍庫から取り出したばかりの氷よりも冷たくズバッと言い放たれた、なんとも心にくるお叱りの言葉であった。


 誰か今すぐにポーションかエーテルでも使ってほしい。


 いくら最近メンタル面を鍛え始めた俺であっても、美人からストレートに怒られてしまうのは胃にきちまうんだぜ。


 人によってはご褒美なのかもしれないが、普通の男子高校生に異常な癖を求めないでいただきたい。


 素直にしゅんとしてしまう俺は何も悪くないだろう。



 彼女は小さく溜め息を吐くと、無音で缶コーヒーの栓を開け、両手で持ってゆっくりと口をつけなさる。


 くぴくぴという気持ちの良い喉越し音が聞こえてきている。


 ただでさえ静かな図書室内なんだ。

 姫から発される情報全てが俺の判断材料とも言えよう。



 覚醒までの待機時間は約一分間だったか。

 校舎内を迷ってた時間に比べりゃ少ないものである。


 微かに聞こえてくる雨音を聞き流しつつ、そしてまた姫の後ろにある書籍のタイトルを目で追っては、適当に繋いで遊ぶという暇つぶしを二、三回ほど繰り返しているうちに、そのときは訪れた。



 彼女は缶コーヒーをテーブルに置いて、ゆっくりと目をお開きなさった。


 ご多分に洩れずいつもの眠そうな瞳ではない。


 この覚醒時にだけ見ることのできる……スペシャルレアなパッチリお目々である。



「……ふぅ。待たせたね。遅いとは言ったが私もついさっきに来たところさ。あまり待ってなどはいない。気にしないでおくれ」


 ふっと気さくに微笑んでくださった。

 いつもながら余裕のありそうな大人の表情である。


 言ってること自体は数分前と矛盾してるんだけどな。

 まぁ、覚醒の前後だから許すけれども。


 コーヒーを飲む前と飲む後とで、口が悪さやぶっきらぼうさが改善されるというかそもそも人格までもが変わっている気がするが、追言はしないでおこうか。


 集中力の有無で性格が変わるとはとても思えないんだが、このONモードの姫が以前にそう言っていたのだ。


 深く掘り下げたところであまり意味はない。

 目の前の人物がそうなのだからそうなのである。


 ただでさえ彼女は一日の大半を寝て過ごしているコアラとイイ勝負ができる、ビックリ睡眠人間なんだからさ。


 今更何を驚くことがあろうて。


 ……なぁ? 姫さんよ。



「ふふふ。度々すまないね。どうも私はコーヒーの力を借りなければ、まともな会話が出来そうにないらしい。ついつい配慮にかける物言いをしてしまう。我ながら困ったものだよ。自分自身に呆れてしまう。

こんな私と口をきいてくれる君には本当に感謝しているつもりだよ」


「感謝されるようなことはしてないけどな。俺としては」


「いやいや、キミは充分に忍耐強いタイプの人間だと思うよ。この私が保証してあげよう」


 お、おう。ありがとう。


 もしかしたら本当に忍耐強いのかもしれないが、俺はただ、自分の好きなことや苦ではないことをのらりくらりと楽しんでいるだけである。


 逆に勉強なんかはすぐに飽きてしまうわけだ。


 勉強こそ普段から習慣付けておくべきコトなんだろうが、今のところは出された宿題以外の行為をこなすつもりはないぜ。


 テスト前の俺がきっと何とかしてくれるだろうよ。



 ……ああ、そうか。

 この図書室なら勉強に集中できるのかもしれんな。

 やたらと静かなわけだし。


 そんな日はほぼ永遠に来ないと思われるが。


 前向きな意欲関心が俺の中に有ったのなら、もっと前々から足を踏み入れていたはずさ。


 そうなっていないから今の俺があるわけだ。

 

 今日は姫と秘密の会合(おしゃべり)をするのためにココを訪れたのである。


 はてさて。今日の話題は何なのであろうか。

 お好きに話してくれよ。孤高の眠り姫さんや。

 

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