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第3話 図書室では缶コーヒーも含め、全面飲食禁止なんだが - 1

 


 

一一あの体育館裏での会話の日から数えて、早くも一週間と余日が過ぎようとしている。


 月の変わり目に面している今日この頃、孤高の眠り姫こと柳有姫は今日もまた誰とも口を聞かず、独りポツンとした高校生活を送っていらっしゃるらしい。


 そう。ただ一人この俺を除いて、である。



 姫との秘密の会合は週に二、三回のペースで催されるようになっていた。


 昼休みに入った直後、手に持った缶コーヒーで俺の机にコンコンと合図されたら開催の合図だ。


 その際は先に昼メシを手に入れてから人目を気にしつつ、体育館裏に向かうとの日課になっている。


 早めに着いて開始されちまうと、昼休みの間に覚醒リミットの三十分を迎えちまうからな。


 時間の調整も兼ねていたりするわけだ。



 そして今日もまた、姫に集合の合図を送られてしまったわけではあるが、今日に限ってはいつもの体育館裏にはあまり行きたい気分ではなかった(・・・・・・)


 理由は単純明快だ。


――雨が降っているからである。


 暗い空には延々と灰色の雲が広がり、大粒の雨滴が絶え間なく天から地面へと降り注がれている。


 大雨と言えば大袈裟だが、小雨と言うには過小評価な、少なくとも傘がなくては外を歩くことができなさそうなレベルの悪天の日。


 あたかも偶然に机に触れてしまったかのように自然な合図を送ってきた眠り姫は、今まさに滑るようにして足音を立てずに教室から立ち去ろうとしていらっしゃるのである。


 いやいや、おいおい、待て待て待て。


 一日中突っ伏して眠り呆けていたせいで、窓の外を見る余裕がなかったのか?


 ほら、誰が見ても分かる通り、今日はおあいにくのご機嫌斜めな空模様なんだが!?



「あ、ちょっと。待ってくれ」


 彼女がそのまま歩き去ってしまいそうな雰囲気を感じたため、周りの連中には怪しまれないギリギリの範囲で声を掛けさせていただいた。


 さすがの俺でも雨に濡れながらのティータイムはごめんだぞ。


 見目麗しい眠り姫サマは水も滴るイイ女なのかもしれんが、一方の俺ではズブ濡れのドブネズミより酷いと世間に笑われてしまう恐れがある。


 無駄なリスクは避けさせていただきたい。

 


 俺の声が届いたのか、姫はスンと立ち止まってくれた。


 寝起きの牛よりもスローなモーションで振り返りなさる。


 うぉっ。現代版見返り美人。


 流れるようなポニーテールが今日も麗しい。



「…………何」



 長い長い沈黙の後、喉の奥から絞り出すようにして反応を返してくださったのである。


 さすがはOFFモードの眠り姫サマだ。


 アイスのコーヒーよりも冷たい態度である。


 おまけにどこか不機嫌そうにも見える。

 もちろんのことその声には少しも感情が乗っているように感じられないわけで。


 本当の彼女のキャラクター性を知らないヤツであれば、この段階で重圧に耐えきれずに逃げ出していたことであろう。


 けれども、俺は彼女を知っている俺である。


 臆すことなく、必要最小限の首の動きで空模様についてを報告させていただく。


 

「雨、降ってるけど」


 一応ながらの行動補足も追加だ。

 OFFモードにどこまでの理解力があるのか俺は知らないからな。


 眠さに負けて適当に流されても困るんだ。

 伝えるべきことはキチンと伝えさせていただくぜ。



 俺に促されて、重たい動作で窓のほうに向いてくださる、孤高の眠り姫サマ。


 じーっと眺めて、少しだけ首を下げて目を閉じて、そしてまた俺のほうに向き直してくださった。


 よく目を凝らして口元を見てみれば、何かを呟いているようにも感じられる。


 小さすぎて何も聞こえん。

 ヤブ蚊の羽音のほうがデカいくらいだ。


 むしろ彼女の声帯は震えているのだろうか。


 こうなったら俺の読唇能力と想像力をフルで働かせて察してみるしか他に手はあるまいて。


 ただでさえ感情表現に乏しいOFFモードの姫が発している言葉を読み解くだなんて、英語の小テストで満点を取るより難しいと思うんだが。



 えっと、何と言っている……?


 どうやら最初にオの形が連続二回、そこからイの形で、最後にウの形を迎えているらしい。



 オ、オ、イ、ウ。


 二回目のオのほうが顎の動きが大きい。


 なる、ほど。

 早速ながら一つだけ思い付いてしまったぜ。




「もしかして、図書室か?」


「…………っ!」



 少しだけ彼女の目が見開かれた。

 そうして珍しく明確に見て分かるようにコクコクと頷いていらっしゃる。


 どうやら一発当ててしまったらしい。

 マジで凄いかもしれんぞ、俺。

 孤高の眠り姫検定初段に認定されてもよいくらいのナイス判断力だ。



 意思疎通に成功して彼女も嬉しかったのか、いつもよりもほんの少しだけ足早に教室を去っていきなさった。


 心の中でグッとガッツポーズをしながらも、周りに悟られては困る、顔には出すまいと必死に耐える俺である。


 今日の昼メシは少しだけ奮発してもいいかもな。たまには自分自身にご褒美を与えてみてもバチは当たらないだろう。



 それはそうと一つ思ったことがある。

 そしてまた新たな問題提起でもある。


 というのも、入学してから今日に至るまで、俺は一度も図書室とやらに行ったことがないのである。


 あの、えっと、マジでさ。

 図書室って、どこにあるんだ……?


 昼メシを早く買いに行かないと、探す時間が無くなっちまう気がする。


 事態は一瞬で急変した。

 これはもう急ぐしかない。


 だが雨の日は廊下が滑りやすくなってるからな。

 あくまで焦らずご安全に。


 マイペースをモットーに生きていきたい。

 あの孤高の眠り姫のように、だ。


 

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