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第2話 ホット缶コーヒーの奇跡 - 14

 


「……正直キミには――いや、クラスの彼らも含めたキミたちには、すまないことをしたと思っている。

どうやら眠いときの私は必要以上に冷淡な態度を取ってしまうらしくてね。どうも感情表現にまで気が回らないんだ。

常に睡魔と戦っているせいか基本的に余裕がない。気付いたときには既に夢の中にいたりもする」


 やれやれと言わんばかりに額に手を当てなさった。


 それでもってバツの悪そうな瞳でこちらを見てくるのである。



「非常に申し訳ないんだが……今日のことはHRの皆に秘密にしておいてほしいんだ。下手に質問責めに遭ってしまうのは避けておきたい。

……いつか機会を得られるのなら、自分の口から打ち明けさせてもらいたいとは思っているよ。流石に虫がよすぎるのかもしれないけれど」


 ああもうっ。なんだよ。

 そんな悲しそうな目で見ないでくれよ、畜生め。



「……分かったよ。そう簡単にオープンにできる心境でもないんだろ? 実際のところはさ」


「恩に着るよ。必死に余裕さを取り繕ってはいたが、今だって心臓がはち切れそうなくらいなんだ」


 照れているのか、ほんのりと頬が赤く染まっているようにも見える。


 自嘲気味に笑いなさった。



 と、ここで姫はふと空を見上げなさった。

 つられて俺も見上げてみる。


 どうやらパラソルのちょうど向こう側に太陽が来ているらしい。


 雲の隙間から、そしてパラソルの端から。

 俺たちのことを覗き込もうとしているのだろうか。


 ふん。残念だったな。

 既にこの場所は目隠しされているんだぜ。



「……おっと。もうこんな時間になってしまったか。久しぶりに時を忘れて話し込んでしまったみたいだね。

最後になってしまうが、一つだけキミに伝えておかなければならないことがあるんだ」


 はてさて、これだけマル秘の情報を明かしてくれたというのに、まだ隠しているコトがあるというのか。


 そろそろキャパシティも限界に近いんだが。


 聞くけどさ。



「キミも見て分かったと思うけど、私にとってのブラック缶コーヒーにはいわゆる〝きつけ薬〟の効果がある。

つまりは飲めば頭も冴えるし口も回る。おめめもこの通り、パッチリだ」


 うぉっと。

 唐突にウィンクなんて向けないでくれよ。


 自覚せずにやっているんだとしたら相当なテロ行為だぞ。今すぐに鏡を見てきてほしい。


 整った顔が眩しくてつい目を逸らしちまったじゃないか。


 そんな不思議そうな顔をされても困る。


 俺の顔が全部語っちまうんだろ?

 だったら見せられるわけないだろうが、畜生め。

 


「……あー、いや、うん。気にしないで続けてくれ」


「ふむ。こうして缶コーヒーのチカラを借りることで私は私でいられるわけなのだけれども。

それでは普段から飲んでいればいいじゃないか、と。そう疑問には思わないかい?」


「まぁ、そりゃあ、確かに」


 本人的にもOFFモードの普段と比較して、十五割増しくらいで饒舌になっている自覚はあるのだろう。


 キャラクター性としても申し分ないはずだ。


 スタートからコーヒーを服飲してその感情の豊かさで皆と接せられていたのであれば、すぐにでもクラスの中心人物になれていたであろうよ。


 ……うん?


 太陽が雲の陰に隠れてしまったのだろうか。

 一瞬だけ辺りが少し暗くなったのが分かった。



「……きつけの代わりにね。ブラックコーヒーの効能には厄介なデメリットもあるんだ」


 姫が少しだけ困り顔を見せたこともまた、俺は見逃さなかった。


 自分自身を落ち着かせるように彼女は続ける。

 


「よく覚えておいてほしい。私がコーヒーを飲んでから頭を冴えさせていられる時間は……きっかり〝三十分〟の間だけなんだ」


「ほう、そりゃあ随分と短いな」


「それだけではない。一度コーヒーの効果が切れてしまえば、今度は決して抗えない強烈な睡魔に襲われてしまうんだ。

ほんの一分足らずで眠りへと(いざな)われて、その後〝一時間〟は完全に身動きがとれなくなってしまう……」


 なるほど、三十分間の覚醒を得られる代わりに、対価として一時間をほほ昏睡状態で過ごさなければならない、と。


 比率で表せば一に対しての二である。

 確かに費用対効果に合ってないよな。



「まったく悩みの種だよ。ある意味では諸刃の剣とも言えるかもね」


 聞く限り、不便さの塊なんだろう。

 昼休み明けに体育がある日なんかはまず飲めないじゃないか。


 ちなむと今日の午後イチの授業は社会科である。

 確かに居眠りするチャンスは大いにある科目だ。


 彼女としても、飲める日とそうでない日をジャッジしているのだろう。


 なるほど昼休みに教室から動く日と動かない日の差はこれが理由だったか。合点がいったぜ。


 制限の中の制限を余儀なくされているとはな。

 ご不便なこった、まったく。



「私は……私のこの体質を特異なモノだとは思いたくないけれども。物心ついたときからずっと悩まされているモノゆえに、今では一種の持病と受け入れている」


 未だ苦笑を浮かべる彼女をカッコよくフォローできれば何よりだったろうが、あいにく俺はそこまで器用なほうではない。


 ……っと、そうだな。

 冗談まじりの誤魔化し文句になっちまうが。



「運が良きゃギネスに載れるかもしれないぜ。もしくは寝なきゃいけないときにキチンと寝れる選手権の最有力候補。大丈夫。きっと勝てるさ」


 こんなしょっぱいことしか言えない俺を許してほしい。



「ふふっ、本当にそうなったら面白いかもね」


 けれども彼女はいたずらっぽく、さっくりと微笑んでくれたらしい。


 こういった表情がいちいち輝いてみえるから困ったものである。


 何度だってモノローグさせていただこう。

 どうしても、見惚れてしまう俺がいるんだ。

 

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