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第2話 ホット缶コーヒーの奇跡 - 12

 

「本当はね。キミをここに連れてきたことに深い意味は無かったんだ。

他人が私に奇異の目を向けてくることには一応ながら自覚があったつもりさ。そしてまた、普段から私を見つめていることにも気が付いていた。

ある意味、ちょうどよかったのかもしれないね」


 姫は少しだけ申し訳なさそうな顔になった。


 今の発言の意図を噛み砕くとすれば、彼女は他者からの興味を理解しつつも、意図的に(・・・・)に干渉を避けてきた、ということになるのだろうか。


 珍しく無視を決め込まなかった先日の〝見るな、寝にくい〟についても、じっと見つめていた俺が悪かったとしても、本当はそこから広げられる会話があったのかもしれん。


 叶わなかったのは眠気のためか。

 それともまったく別の理由からなのか。



「ゆえに……何と言えばいいのかな。人の輪からは外れている自覚があっても、けれどもこう、人並みという経験にも人並みに憧れを有していたからこそ……私にとって都合のよい適当な相手を探していたとも言えるのかもしれないね。

……ああ、そうか。だから私は今日のキミに尾行を許したのかもしれない。撒こうと思えば撒けたんだよ。ここには障害物がたくさんあるからさ」


 そのままクスリとはにかむように笑いなさった。


 確かに姫の言うとおり、ここが校舎裏であることはもちろん、適度な茂みやら教員たちの所有車やら、更には購買補充用の中型トラックまで、大小様々な目隠し要素が存在しているわけで。


 普通の学校生活を送っていれば、校舎裏に設けられた秘密の休息スペースには気が付けなかっただろう。


 姫の背中を追ってみなければ決して辿り着けなかった先の偶然だ。


 こんなにも堂々と設置されているというのに、少しも撤去される気配がないことには地味ィな疑問が残るが、そんな些細なことは後でしれーっと聞いておくのがよいだろう。


 俺の疑念よりも、今は姫の語る内容のほうがよっぽど大事なのである。


 目線で続きを促してみたところ、首を小さく縦に動かして了承してくださった。


 一言一言、確認するように言葉を紡いでいく。



「ここは私のお気に入りなんだ。午後のひと時を過ごすのにちょうどいい。人目を気にせずに落ち着いて自分自身(・・・・)を曝け出すことができるからね。

ただ、一人で過ごすには流石に広すぎるとも思っていてね。いつも以上に孤独を感じてしまうんだよ。

人を避けて生きているというのに、そのくせ寂しさは人並みに感じているとは。我ながら天邪鬼(あまのじゃく)な性格だと思うよ」



 人を避けたいのに、一人ではいたくない、か。


 分かるような、分からないような。



「まぁでも、それでいいんじゃないか? どっちかじゃなきゃダメなんて決まってるわけでもあるまい」


「そうだと嬉しいね」



 両方の自分がいて、何が悪いと言うのだ。

 さっさと開き直っておくのが吉だと俺は思うぜ。


 そりゃあ、さぁ。

 だってしゃーないだろ。


 高校一年生ってのはただでさえ思春期真っ盛りのお年頃ってヤツなんだ。


 普通に平凡を掛けて人並みで割ったような俺だから言わせてもらうが、曲がることを知らない強い信念を有していたのなら、こんな無駄に辺鄙な郊外の高校になんて通うことになっていなかったはずだ。


 なぁ。孤高の眠り姫さんはちがうのか?


 それなりの学友たちとそれなりに馬鹿をやりつつも、適度に勉強と運動をして、最終的には就職なり大学進学なり専門学校なりへと進めばいいのさ。


 あくまでここは単なる通過点なだけであって、学生の(ことわり)から外れない範囲で、好きなように過ごせたらそれでいいと思うわけで。


 ……まぁ、さすがに寝て過ごしてばかりだと、内申点のほうが怪しい気もするが。


 それでも一年のうちに気にすることでもなかろうよ。



「自分の好きに素直になっとこうぜ。そっちのほうが人生気楽に生きれるはずだと。知らんけど」


 コーヒー摂取後の大人びた様子を見たときは俺だって驚いたが、姫だってご多分に漏れず同じ高校生なんだろ?


 少しくらいワガママに生きたってさ。

 バチは当たらないと思うんだ。


 己の振る舞いで多少の不自由が生じてしまっても、それはそれで楽しんじまえばいいじゃないか。


 もっとも、ちゃらんぽらんを素で進む俺が、誰かに諭せるほど世の中は甘くはないと思うけどな。


 でも、まだまだ先送りでいいのさ。

 高校生活も始まったばかりなんだし。



 飄々とした態度の俺から何かを察してくれたのか、追加でふふっと微笑んでくださった。


 けれどもすぐに、ほんの少しだけ膨れっ面に切り替えなさったのである。



「……ありがとう。あ、でも、先に言っておくけど、頼むからこの場所は他の人には教えないでくれよ。確かに寂しいとは言ったが、多人数を好まないのはそれはそれで紛れもない事実なんだ。普段の態度からも察してもらえるとは思うけど」


「おうよ。分かってるさ。騒がしいのは好きじゃないんだろ? 俺もだいたい同じだよ。叶うなら慎ましく奥ゆかしく、なるべく平穏な学校生活を送っていきたいと思っている」


 天気で言うなら秋晴れ続き、波浪指数で言うならおだやか、といったところだ。


 それでも多少の刺激は欲しいと思っているあたり、案外似た者同士なのかもしれんが。


 この際だ。


 俺からも、一つ質問してもよろしいだろうか。

 

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