第2話 ホット缶コーヒーの奇跡 - 7
理由を聞き直そうとしても、既に遅かった。
次に俺が首を上げたときには、彼女は俺の目の前をそそくさと歩いており、彼女の背中が「今はまだ話しかけるな」と言っているような気がしてならなかった。
いや、それどころか、無言の威圧感が俺を締め付けているような気さえする。
あな、恐ろしや、眠り姫。
規則正しく歩みを刻む彼女のすらりと伸びる華奢な足に見とれつつ、いやいや何をじっくり見つめていやがるんだよ俺と我に返りつつ。
辿り着いた先にあったのは、つい数分前に疑問に思ったばかりの椅子とテーブルであった。
近くで見てみて気が付いたことがある。
コイツは学食内に設置されているモノと同じじゃないか。
パイン材の四人掛け円卓テーブル。
椅子は乱雑にしまわれていた。
予備分だとしてもココにあるのはおかしいよな?
ただでさえ場違いな上に、更にビーチパラソルでしっかりと頭上を守られているとくれば、既に俺の常識理解力を遥かに超えちまっていることは想像に難くないだろう。
「……座って」
「お、おう」
もはや言われるがままである。
疑問に思う隙さえ与えてはもらえねぇ。
彼女のペースに乗されつつあることに、座ってからようやく気付いてしまったかもしれん。
俺の着席を見届けてから、彼女は静かに反対側に座った。
この場を支配する、圧倒的な無言。
いやいや、どうしろというのだ。
まさか世間話でも始めろってか?
今日はいい天気ですね、と。
そろそろ桜が散る頃ですね、と。
孤高の眠り姫様はご存知でしたか、最初にお花見を始めたのはかの有名な豊臣秀吉だったらしいっすよ、と。
……畜生め。できるわけがあるまい。
思いのほか落ち着いた様子の眠り姫を見る限り、最近ここを見つけたような様子でもなく、ずっと前から利用していたような、そんな大人びた落ち着きが見てとれる。
いつのまにか手に持っていた缶コーヒーをテーブルに置いて、再び何をするわけでもなく、ただ単にぼーっとしている姿は……なんつーか、春の陽気にあてられてるだけのようにも思えるけども。
「あの、それで、俺はどうすれば?」
「……何もしなくていい。そのままでいい」
いや、そのままって。
そのまま……つまりは静かに座っていろと。
何がしたいんだ? いや本当マジで。
言われたとおりに黙って待ちつつも、チラリ横目に眠り姫の様子を観察していると。
……ん?
深呼吸をしていらっしゃる?
顔も胸も少しも動いてはいないけれども、じーっと目を閉じて、もしや静かにすーふーと息を整えていらっしゃる?
「………………よしっ」
それはまるで小動物のような動作であった。
テーブルの上に置かれたブラック缶コーヒーを手に取って、ゆっくりとプル栓を開けて、そして……!
両手を添えて、くぴくぴと飲み干し始めたのである。
なかなかの一気飲みだ。
思わずチラ見を忘れて見惚れちまったね。
疑問の絶えない、今現在の俺の心境。
誰か代わりにこの難解状況を説明してほしい。
どうしておけばいいんだ、本当に。
ほら、そうこうしている間に飲み終わっちまったじゃないか。