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三題噺もどき3

手紙

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくさん。

 


 ひゅう―と、強い風が吹き抜けた。

 最近は日差しが暖かで勘違いしてしまうが、季節はまだ冬だ。冷たい風はいつでもそこにいる。それに強弱がついているぐらいだ。

「さむ……」

 思わずぼやく。

 こう、建物の影というかくぼみというか……そういう所は特に強く吹き荒れるからあまり好きではない。できることなら避けたいくらいだ。

「……」

 それでも、そういうわけにはいかないのは、ここが入り口だからだ。

 私の住む建物の入り口である以上はどうやったって避けようがない。裏口から入るわけにもいくまいし。場所によってはそれも許されているだろうけど。

「……」

 ちょっとした買い物の帰り。

 珍しく、少し炭酸が飲みたい気分になったので。久しぶりにジンジャーエールを買ってきたのだ。ついでにその他諸々の食材なんかも。

 軽く腕をさすりながら、くぼみに入り込み、そこにあるポストを見やる。

「……」

 そこには集合ポストが置かれているので、大きな荷物以外は大抵そこに投げられている。

 年が明ける前に、置き配用のものを設置するとかどうとか言っていた気がするが、どうなったんだろう。一応、張り紙なんかには目を配るようにしているが、そこまで余裕がなかったので全く知らない。ご近所付き合いというものには、トンと縁がない。

「……ん」

 どうせ何も入っていないだろうと、いつも通り見るだけで帰宅しようと思ったが。

 自分の部屋番号のポストから、何かがはみ出しているのが見えた。

「……」

 チラシ―ではないだろうし、この時期に年賀はがきもないだろう。何かの催促状ということもないと思うし、会社で何かがあれば先に連絡が来るはずだ。病院は、昨日行った際に何も言われなかったから違うだろう。

「……」

 全く何も検討がつかないまま、ポストを開く。

 その拍子にひらりと、落ちた。

 きっと軽く突っ込まれていただけなのだろう。かろうじて挟まっていたって感じ。

「……」

 しかし何だろうと、落ちたこともたいして気に留めず手を伸ばす。

 かがんだ勢いで肩にかけていた袋がずり落ちてきたが、それも気にしない。

 中身が中身なので、多少の心配はしたが、多分そんなに問題はないだろう。

 ―それよりもこの郵便の方が先だ。

「あぁ……」

 手に取り、くるりと回してみると、そこに送り主の名前が書いてあった。

 これはどうやら、ありがたいお手紙のようだ。

 よく見れば可愛らしいキャラクターの絵が描かれた封筒だった。

 きっと本人が選んだんだろう。あの子はこういうのに目がないのだと妹が言っていた。

「……」

 年賀はがきではなく、手紙にしたのは、何かしらの気遣いがあってのことかもしれない。そいう所は、よく気付く妹だ。

 それに、新年のあいさつはとうに済ませてしまっている。今は楽に連絡が取れていい。

 まぁ、年明け早々倒れて、病院にいたので返事は遅れてしまったが。

「……」

 ひゅう―と、もう一度風が強く吹く。

 とりあえず、部屋に戻るとしよう。

 肘のあたりまでずり落ちた袋を肩に掛けなおし、手紙をもう一度見て歩を進める。

 階段でもいいが、今日はもう疲れたのでエレベーターでいかせてもらおう。

 とにかく運動をしろと言われたが、今日は休みだ。頑張るのはやめなさいとも言われているし。―医者と妹にだけだけど。

「……」

 運よく一階にあったエレベーターは、すんなりと開いたので、中に入り込む。

 階数ボタンを押し、そのままの流れで扉を閉じる。

 他に人はいなかったので、待つ必要はない。ゆっくり箱が動き出す。

「……」

 ほんの少しの違和感には慣れたものだった。

 する必要はないが、矯めつ眇めつ手紙を見る。

 ……しかしホントに、なんで今なんだろう。確かに今年は会いにも行けなかったが、何かあったんだろうか。それであれば連絡してくれればいいのに。それとも単に、あの子が送り違ったか。可愛い可愛い甥っ子が。

「……」

 ぐるぐるといらぬことを考えているうちに、エレベーターは指定の階に到着した。

 低いうなりと共に扉は開き、さっさと出ろと催促してくる。

「……」

 ゆっくりとエレベーターを降り、自分の部屋へと向かう。

 一番端の角部屋。日差しの入り込みがとてもいいぐらいのお気に入りの部屋。

 鍵を差し込み、くるりと回す。カチ、と開いた音が響いたあと、ノブをひねりながら、手前に引く。

「……」

 後ろ手にドア鍵をかけ、靴を適当に脱ぎ散らかす。

 そのままの勢いで、リビングまで戻り、ソファに座る。

 袋は適当に足元に置いたまま、鋏を探してみる。破いてしまっては少々申し訳ないので。

「……」

 低い机の上に置きっぱなしになっていた鋏を手に取り、慎重に封を切る。

 大抵は綺麗ないようなサイズになっていそうだが、念の為。まぁ、すかして確認したから、切ることはないだろうが。

「……」

 切った口を下に傾けると、三枚の紙が出てきた。

 二枚の手紙と、一枚の写真。

「……」

 写真には、屈託のない笑顔で楽し気にはしゃいでいる甥っ子の姿があった。

 きっと餅か何かを食べたのだろう。口の周りが真っ白になってしまっている。

 そういえば、餅つきをしたと言っていたし、その時の写真だろう。

「っふ……」

 思わず綻ぶ唇は、少しぎこちない。

 快活で、陽気なあの子は、今でも変わらないようだ。

 きっと今日も、母である妹を困らせながら元気いっぱい走り回っているんだろう。

 それとも、人形遊び手もしているんだろうか。クリスマスにと送ったプレゼントはおきに召したようで何よりだった。

「……」

 その写真を、指紋がつかないように気を付けながら机の上に置き、一枚の手紙を開く。

 可愛らしい便せんに書かれた文字は、いびつで、消して読みやすいものではなかった。

 だが、それでも、嬉しいものだと思った。

『またあそぼう』と書かれた文字に、また少し唇が緩む。

「……」

 もう一枚の手紙は、甥っ子の母である妹からだった。

 色々と心配をかけてしまっているようだ。今はもう平気だと言ってはいるんだが。

 しかしまぁ、あの二人の元でよくこんないい子に育ったものだと、しみじみ思う。

 私を反面教師にしたような妹は、真逆の性格で、正反対の生活をしている。

「……」

 今度この手紙の返事でも書いてみよう。

 今、まだこうしていられるのは、妹と甥っ子のおかげのようなものだし。

 倒れたときに心配してくれたのは、この二人だけだった。

「……」

 ふむ。

 どこかに便せんあったかな。





 お題:鋏・ジンジャーエール・屈託のない笑顔

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