第67話 最終決戦02 おわり
「ああ…」
裁きをつかさどる光の柱のごとく、自分目掛けて落下してくる二人を見ながら、実際の秒間では瞬きまで以下の瞬間であれど長く感じられる中で、エリザベートは静かに思う。
最初から認めていたさ。
お前がクリアを討った時点で、私を超えていたことは知っていた。クリアのあれは私では超えられない。彼女が自嘲していたから取っていた天下。そのクリアを超えた時点で戦い証明するまでもなくお前の方が私より相応しいとな。
無論、全力ではあった。簡単に譲りはしないと誓った通り、消滅させる気でいたのだが。全力ではあったが全霊とまではいかなかった。元より認めている心。相応しいと思った相手を、蹴落とすほど愚かには私は成れなかったのだ。全力ではあったものの、従前以上の力は練らなかった。
これも、クリアに言わせれば当然の結果なのだろう。
自分の恋焦がれてた存在がもう目の前にいるのだから。それを排除するために今以上の以上の力など練れる訳などない。渇望による覇道は確かに驚異的な力。自然の力をその常識から覆し、自分の法則を世にあてがえる。だが、欲望(条件)さえ満たせば、満足し総て何の意味も持たない。
それは、クリアのとてもそうだったし。この通り、私も同じ型にはまってしまう。
ゆえ――
刻一刻と迫りくる聖なる光へ両手を広げ称える。
「認めよう」
元より次代を創るためだけに、敗戦しながらも恥も後悔も慚愧も総て捨てて、這い上がりここにとどまった身。今更悔いなどなく。
消え去る時は、勝利をかみしめ謳いあげると誓っている。
「運命(神)よ、私の勝ちだッ――
どうか私の、私たちの世界を導いてくれ、お前になら全てを託せる、アハハッ、アハハハハハハハハハハハハッーーー!」
最後まで悪辣に、想いは内に込めたまま魔王としての役目を果たしながら、エリザベートはリアとリムの光に穿たれた。
■
そうして――
「おわわっ!?」
エリザベートを天に浮かぶ方陣ごと貫いたがために、街だった荒野へと止まらずリアは振り落ちていた。
流星する剣の威力は殺しきれず、そのまま遍く光をまき散らしながら地面と激突をする。
同時に衝撃波が起きたが、それは破壊ではなく。光をまとう奇跡の津波。弾けた白銀は周囲へ広がって、大地を願った夢へと創りかえていく。
私の願った夢。それは――
みんな幸せに。
それを体現し――
これ……。
地面へ倒れて剣は跳ねて飛び去って、わたしは仰向けに快晴の空を見上げている状態から、夢の光に満ちる周囲を上半身だけ起こして見渡した。
見れば一面の花畑。あの、教会に咲いていた、トゲのない不思議な薔薇。それが白と黒のまだらに辺り一面へ。周囲、世界の果てまで、どこまでもどこまでも咲き誇り続いていた。
「これがリアの願い……」
「あはは……。なんていうか、やっぱりお花がいっぱい咲いて居ればみんな幸せになれるかなって思って……だめ?」
照れくさく、後頭部をかきながら、私と同じように起き上がったおねえちゃんへと。手元に咲いた薔薇の花弁を手に取って見て、困惑していたおねえちゃんへと微笑んだ。
わたしの願った夢。それはみんなが幸せになれる世界。なんて、大それたことを言っているけど、それがどんな物なのか実際問題、具体的な想像がつかなかったというのが正直なところだった。だから、わたしが思える範疇でどんなものかって。みんなが笑えるものは。
それがこれ――薔薇の花畑。
あの夢の中の心象世界のように。お花に囲まれたら、わたしはそれだけで幸せだったから。
「はぁ…」
おねえちゃんは呆れたように小さくため息を溢す。
やっぱり、ダメかな?
「ダメではないわ」
言って、不安がったわたしへと優しく言ってくれる。
「きっと、いいえ。みなも笑ってくれるわ」
「でしょ? これならピクニックできるし」
「フフッ。リアったら、まだあきらめてなかったのね」
「もう、そうだよ。みんなとピクニックするって約束したもん」
おねえちゃんはその言葉を聞くと、噛みしめるように瞳を閉じて。
手から離した花弁がそよ風に流れて飛んでいく。
それから――
「ええ」
微笑み、笑ってくれた。
そうして飛んだ花弁が光を放ち、人型と取った。
一人の姿が銀光と共に、わたし達の前へと姿を現す。
「エリーゼ」
現れたのはエリーゼだった。
光が弾け。天から地へと降臨する女神様のような、神々しくも神聖な雰囲気と春の暖かさを纏わせて、彼女は現れると優しくわたし達へと微笑みかけてくれる。
「ありがとう。これで長きにわたって続いた悲しいお話も終わる。ゆえに、二人には最大の敬意を――。それと、新世界をお願いね」
新世界。そう言えばそうだ。みんな結局いなくなっちゃったし、それを戻すにはわたしとおねえちゃんで新しい世界を創造するしかない。
夢はこうして花畑として願ったけど、本当に大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ、アナタ達二人でなら、でしょ? リア、リム」
「うん」
「ええ」
その問いに、共に否定などできない。
おねえちゃんと二人なら何だってできる、それは絶対の誓いで、奇跡はこうして起こせるのだから。
「でも、エリーゼはどうするの? わたし達といっしょに――」
一緒に力を合わせて。
そう問おうとしたら、エリーゼは申し訳なさそうに首を左右に振った。
「そんな、恐れ多いよ。二人の間に入るなんてできない。それに――」
「それに?」
「アナタはもう一人の人。ワタシの書いた日記でなければ、エリザベートを人形でもない」
「あ……」
そう言い、手をわたしへとエリーゼが掲げると、なんだか胸の仲があったかくなり、そして胸あたりでほんのりと光る。それからソレはわたしの中から離れて、エリーゼの手元へと吸い取られるように浮遊していく。
エリーゼへと渡るモノはわたし自身――聖器だ。
厚手の皮の表紙に、少し酸化してページが色褪せた日記帳。わたし。
いいや、エリーゼの言う通りもうわたしではない。
元はエリーゼの手によって書かれた日記であって、それは道具。わたしの魂はもう一人の人なのだから。
日記を手に取って、エリーゼはそれを抱きしめながら返ってきたペットでも大事に抱きしめる。
「これは返してもらうね」
「うん…」
「じゃあ……。アナタ達が、願い創る新世界へ祝福を。
なんて。幸せにね……」
いたずらっぽく言い残し、エリーゼはゆうれいのように薄れ次第と消え去る。
「行っちゃった……」
「そうね」
「えいっ!」
「わっ!? ちょっとリア」
しんみりしたおねえちゃんと抱き着いて、のしかかるように押し倒して覆いかぶさった。
「えへへっ。大丈夫。ねっ」
「……ええ、大丈夫」
二人でなら。




