第64話 リア対クリア 決着
虚無は広がり静寂と静止が世界を支配する。
もはやこの世界では思考など不可能。思い立ったことはすべて無の覇道に飲み込まれて、誰もが何も考えられず消滅をきす。
いまこの現状、世界全てへと広がったクリアの覇道が元から支配しているエリザベートの破壊の法を打ち破った時に完成する。
現在、破壊と虚無はどちらも入り混じっており、そのどちらにも属さないものはすべて消滅を余儀なくされた。
それは、リムも、ミカエも、ロプトルも。
審判者であろうと変わらない。皆、等しくクリアの法則からお前たちは不要だと排斥されて、消滅し消え去り果てた。
そして、その法の中心、そのすぐ目の前でリアは何を思うか。
「どうやら、ようやく夢から目が覚めたみたいですね」
クリアの覇道が広がったことにより、世界へと与えられた覇道の法。それを爆心地で受けていたリアもまた無事ではなかった。
既に、クリアの目に見えるリアの姿は薄れて存在が消えかかっている。
血まみれで、哀れにももはや体は薄れ消えかけて倒れている彼女だが、覇道の効果によって受けた物は真実そのもの。今まで夢を見て、幻覚を見ていたことを自覚して、無を形と異界の中であるのにもかかわらず、その表情には驚きと絶望が入り混じった表情をしている。
エリザベートの法さえ覆すほどの衝撃、それが今のリアの感情を襲っている。
「……うそ、なんで……みんな……」
リア自身、他の者の力が消え去ったことを力の波を読んで知りえているようで、その絶望が彼女へと恐怖を与える。
だが、リアを蝕む絶望はそれだけではない。
「おねえちゃん……」
「………」
漏らした呟きに、クリアは下らないと内心溜息をもらす。
いまだ、夢を見ようとしているのかと。
不愉快だ。だから覇道の念を力を強くして、現実をリアへと叩きつけた。
「ぁ……。うそ、なんで……」
「どうです? いい加減目が覚めたでしょう?」
「っ……」
流す涙と、湧き上がる絶望。
彼女は今、リムなど幻だったのだと完全に自覚してしまったのだ。
そう――
なんで、おねえちゃん…。
ローザちゃんが死んでしまって、悲しんでいた私を元気づけてくれたあの時……。
「■■■■■■■■」
「うん……
どこも何ともない、お姉ちゃんが守ってくれたから」
「■■■■■■」
「大丈夫だよ、三日も寝てたんだもん。こんなに休んだのに辛いなんて言ってられない。それにローザちゃんの為にも。わたしはローザちゃんのお姉ちゃんだから、この花壇を元に戻さないと」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「ねえ、おねえちゃん」
「■■■」
「みんなは大丈夫? 街もボロボロになっちゃったし」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
」
「リア、ここに居たんだ。部屋に行っても居なくなってたから心配したんだよ」
「ロプちゃん」
あの時も――
「今日は多いな」
「はあ……大丈夫」
「■■■■■」
「今日はどこいってたの?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「買い出し? なにを?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「シート?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「ほえ?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「ん~。じゃあ言ったかも知れない」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「むー。ごめんなさい」
「■■■■■■■■■。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「ホントー?」
「■■、■■■」
「はぁい」
「■■■■■、■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「あはは……」
わたしは、一人でしゃべって……。
おねえちゃんの痕跡をおって思い出した思い出には誰もない。誰も。ただ、一人、まるで演劇の一人練習のようにただ一人でしゃべっているだけだった。
「そんなのうそ……」
でも、思い出すおねえちゃんとのやり取りはすべて、おねえちゃんの面影はなく一人で。
いいや、そもそもおねえちゃんなんていない。それを否が応でも自覚して、おねえちゃんが居ないというのが本当で。
ああ……。
「ああっ……っ……」
消える。心も体が。怒りも悲しみも何もかも。クリアの神気が濃くなって、真実を知ったわたしは無へと落ちていく。
「……この期に及んでいまだ月へ引きこもったままですか、お嬢様。一体どういうつもりで……」
リアが消えたあと、手に浮かぶ真っ赤な月を見上げて、クリアは己が敵を思いふけた。
リアたち他の者のことなどもはや、一切捨て去って。
■
この世の魔が消滅したと同時、奇跡が否定されているからこそなのか、それに反発するかのように本来消滅せしめる魂たちは集合し一つに合わさり、奇跡の代弁者を作り上げようしていた。
それは、世界の意志なのか。それとももっと別の特別な何かなのか。そんなことは誰も知りはしないが。
だが、奇跡を否定するということは、奇跡を産むということと表裏一体。この世界、この試練、そしてクリアが秘跡によって広げた覇道。合理的な不可能な結果に対する反則面が奇跡なのだからここまで起こったすべてには意味があり、それに反発するように起こるのまた、世の理。
そして、奇跡の条件はここにすべて整う。
無論、誰として予期もしてなければ、狙ったわけでもない。
ただ純粋に想ったがために起きた。それゆえの奇跡。みなの心に残る、勇者を、リアを導くという意志のもとソレらは集結する。
「―――」
ここはどこ? 真っ白な世界。上も下も右も左も白く輝いているそんな異空間で、わたしはただ立っていた。
意識はしっかりとして、直前までの記憶も残っているが、その実、体への負傷の類は一切ない。
健康的で、無傷のその身があり、痛みも悲しみも涙さえも、何もなかった。
とはいえ、事実は覚えている以上。わたしがおねえちゃんやみんなのことを想い、悩まない訳がなかった。
ここが終わり。ここが終焉。
おねえちゃんは本当に居なかった。わたしの妄想で幻覚。それは力を得て実体化した存在だった。
そんなのって、そんなのって……。
悲しみにさいなまれていく。
そんなわたしの前に、突然何者かが現れて。
「何を悩んでいるの?」
「カレン……?」
そこに居たのはカレンだった。
彼女はつね通りの小悪魔じみた笑みを浮かべて、まるでわたしを嘲笑っているようであった。
よもや死後の世界で合うのがカレンとは、ははっ……。死神というのは伊達ではないなと。
そう謙遜すると、カレンは笑ってわたしへと告げた。
「まあ、カレンにはよくわからないけど。一つだけ言えるわよ」
「何を?」
「逃避することは悪いことではない。嫌なこと、後悔があるから人は忌避する。それを忘れて消し去るか、幻惑に囚われるかの違い。そういう意味では、アナタの魂はもうとっくに人間だったっていうだけよ」
そこで、フッとカレンが煙にまかれたように姿を消す。
「カレン?」
「リア、でもそこで諦めたらカレンと同じだよ。リアにはまだやるべきことが残ってるでしょ?」
声につられて振り向けば今度はわたしの後ろでロプちゃんが現れていた。
「でも、もうわたしは……。それに、おねえちゃんなんて居なくて……。みんなに迷惑かけてた……」
そう、わたしが夢に落ちて、その間おねえちゃんがなり替わってわたしを助けていた。そしておねえちゃんがみんなにお願いして合わせるようにしていた。
それはもう、おねえちゃんと一体がゆえに自覚してしまっている。おねえちゃんやわたしという区別はもはやなく、全てリムもリアもどちらもわたしなのだ。二つの記憶はすでにもっていて、だからこそ、心配と負担をかけていたことにもきづいている。
正直、合わせる顔なんてないし、謝ったらいいのか分からない。
こんな子の面倒をみさせられて、ロプちゃんもミカエちゃんもたいそう迷惑していただろうから。そんなわたしが試練を受けて勇者になることなんておこがましい。
「バカだなぁ。確かにリアは少しめんどくさかったけど、リアが夢ばかり見ていたからアタシは救われた。
リアが居なかったら今ごろアタシ、自分自身に殺されてたんだよ。だから、文句や恨みごとなんて言わない。
ありがとうって、アタシはリアに言える。
それに、自覚したなら、もう閉じこもることもないでしょ? これからは悩んでることとか話して、相談してよ。一緒に解決すればいいから」
「ロプちゃん」
それだけ言うと、彼女は笑って見せてカレンと同じように煙に遮られて姿を消す。
そうしてさらに――
「リア」
「ミカエちゃん」
今度はミカエちゃんが現れて、わたしは呼ばれ、彼女の方へ向いた。
「アナタがいるから今のワタシがあります」
「それは、そうだけど……。
ごめんね。助けられなくて」
そう言ったわたしへミカエちゃんは首を左右に振った。
今のミカエちゃんは本物のミカエちゃんじゃない。聖器との会合の試練の際に自分で自分を破壊して、そのあとロプちゃんと一緒に創り出したわたしの夢の結晶。
ミカエちゃんがわたしを恨むのも仕方はない。あの時は無我夢中でやって、今に至るまで、力を使った本人であるのに夢を現実だと錯覚していたから互いにその事実は知りえなかった。
でもそれは、今は自分もミカエちゃんも分かっている。それゆえ責められても仕方がないとわたしは思った。
けれど、ミカエちゃんは首を振ったのち、わたしへ微笑んだ。
「怒ったりなんてしません。
確かにワタシは本物のミカエではないのかもしれいない。
けれど――たとえそうであってもアナタの友達というのは変わらないですし、リアがいたから大好きなロプトルと通じ合えた。ワタシを形成した夢の欠片にロプトルがいたからこそ彼女と通じ合え、助けることができた。
だからこそハッキリと言えます。ありがとう。
それに、本物のワタシであっても同じようにアナタへ感謝しますよ」
それだけ言い残して、ミカエちゃんは微笑みながら消えていく。
「そんなこと……」
だって、それはわたし達の妄想でできたミカエちゃんだからそう思うんじゃ……。
こんなのも、結局都合のいいわたしの妄想……。
「なら、その都合のいい妄想に、彼女には失礼ですわぁ」
「レア?」
今度は背後にレアが現れていた。
ニタニタと毒のように滴る悪辣な笑みを浮かべて言う。
「彼女は本音(欲望)を自分のさらけ出して言った。それをそういうものだからと言うのは愚弄するのは聊か傲慢が過ぎますわぁ。
どんな存在でここが何であれ、真実を言ったのが事実。それを受け止められないなんてまったく。そのままふさぎ込んで我と同じ所へ落ちるというのなら歓迎はしますけどもぉ」
レアと同じところ? 狂気に歪んで現実を見ない。
わたしもそう?
「それだけは……」
それだけは、なんだか嫌であった。誰も傷つけたくないし、誰にも迷惑をかけたくない。今までがまさにそれであったのに、より深みにハマるなんて。
「いやだ……できない……」
「あはッ……。なら、前を見なさい。現実っていうのは残酷で非情なのは当たり前ですわ。痛いし苦しい。それでも、キサマはそれを一緒に乗り越えられる仲間をもっているでしょう? ワタクシにはない強く、ワガママ言える心だって」
そう言い残してレアは邪悪な笑みと共に毒液となり光へ溶けるかのように姿を消す。
「わたしに強い心なんか……」
みんながいる。それは確かだ。だからこそ、こんな有様で今までやってこれたのだから。けれど、心が強いなんて嘘。そんなモノをもっていたら最初からそうはならなかったんだよ……。
「バカみたい。じゃあおまえから生れたリムは何? リムも心は弱いって?」
「だってそれは、わたしの夢…だから……」
夢だから、自分にはない憧れだからそれを体現したのがおねえちゃん。だというのに――
いつのまにか現れたフレデリカ。彼女はわたしを強く睨みつけて言う。
「強い夢を願うから弱い? そんな考え自体、バカげてる。
夢ってのはね、誰だって願うのよ。どんなに強くても、弱くても。関係ない。いいや、むしろ強い物ほどより強く夢を願っている。強いからこそ自分の理想を掴もうと、夢へ願いを追い求めるのよ。
本当に弱い奴なんて、夢の願わなければそこで絶望して終い。
生きる意志を持ち合わせずに死に絶える。強い奴ほど、そこに抗おうとと理想を抱いて夢に陶酔するのよ。
で? 夢を人として顕現させるまで願ったおまえのどこが弱いですって? ふんっ、笑わせないでちょうだい。
そうやっていつまでもいじけているなら、リムはあたしは取っちゃうわよ」
「フレデリカ…」
そうか、フレデリカはおねえちゃんを認めてるんだね。
彼女の意志と記憶はおねえちゃんの記憶と共にし得ている。だからこそ、言葉の真意も分かってしまう。
だけど、だからこそ。
「おねえちゃんは、わたしのだよ」
「あっそう。まっ、今回は身を引いて利用されてあげるわ」
「あはは……」
彼女はそっぽを向くと、そう捨て台詞を吐いて消えてしまう。
なんていうか、素直じゃないというか……。
でも、なんだろう。
ありがとう。おなじおねえちゃんを好き同士、通じ合い共感できるものがあったのだろうか。
フレデリカに言われたことにすごく勇気づけられた。
「リア」
「おねえちゃん!?」
そうして声をかけられ振り向けば、そこにはおねえちゃんが立っていた。
おねえちゃん。リムおねえちゃん。わたしの妄想で、わたしの心が壊れないように今まで守ってくれていたおねえちゃん。
そんなおねえちゃんがわたしの前に。
「私は確かにリアの夢。だけど、幻じゃない。リアの中にちゃんといる。それは嘘じゃないし偽物でもないし、私は私の意志でリアを守っている。
でも、だからこそ、違う魂だからこそ思うわ。
一緒に並び立ちたい。確かに守ってあげたいけれど、それだけじゃないの。一緒に、リアと一緒に成し遂げたい。勇者とお姫っていう、片方が片方を守るなんてことじゃない。姉と妹として、互いに守って守られたいの。
だからね、私はリアを守るから、リアもおねえちゃんを守って欲しい。
姉妹二人なら、何だって怖いもないでしょ? それで夢に落ちるなら一緒に落ちればいいから。前にも言ったように、二人ならもなにも怖くないハズ」
「わたしが、おねえちゃんを…」
呟きに、おねえちゃんがわたしへと頷く。
その時、消えていったみんなが。わたしを中心に円を作り囲むように姿を現す。
「バカみたい。二人だけっていうのは何ていうか、シャクに触るわ」
「あはっ、勇者には期待してますの、ただで消えられては困りますわぁ」
「リア。リアにもらったこの想い。返すことはできません。ですが、アナタの為に、ロプトルの為に使います」
「アタシだって、ミカエの為に。でも、そのためにまずはリアと一緒に。最初に教会で願った誓いを叶えるために力を貸すよ」
「カレンは今も前も変わらない、楽しいことの為だけにするだけ。まあ、アナタ達と一緒にいたひと時は確かに楽しかったから、それを守るというなら、それほど楽しいことはないわ」
「みんな…」
「例え夢であっても幻であっても、今の全てが事実。こうしてみんなリアを応援してる。うんん。それだけじゃない。一緒に立ち向かおうって言ってるの。
だから、もし自分に自信が持てないというのなら、みんなの為にとそう思って。こんな悲しい現実を壊せる力は、ここにあるのだから」
みんなを見て、そしてそれを聞いて。
不思議とわたしはわらいがこぼれた。
「ふふっ……」
「リア?」
「なんていうか、みんな自由だなって。夢とか幻覚でとかそういうのを考えているのがバカバカしいじゃん」
こんな、個性しかなければ、敵も味方も、言って目指すとこすらバラバラだったりするのに、でもなんていうか。心強い。
そんなものを見せられて、手を差し伸べられて、そのまま引きこもってられるほど、わたしはか弱くはない。
「リア」
「リア」
「リア」
「リア」
「リア」
「リア」
確かにみんなバラバラだけど、今この時、みんなの心は確かに一つだと。そう思えるのだ。
だからまずは、それに見合うだけの自分になろう。頼るだけではなく、道を共に拓く者としてなるために。
「彼女へ、人形ではない。私たちが”人”であるということを教えて、手を差し伸べてあげて」
■
クリアが血色に染まった月を見上げて、己が法を月までその域を広げようとしたその時――
「なぜ……」
虚無の法の中に光は満ち満ちて、城の最上階、そこでわたしは新生し、クリアの前へと姿を現した。
無論、その姿には先ほどまで受けていた傷など一つもない。文字通り新生し、彼女の覇道にすら拮抗している。いや、拮抗ではない。
「クリアっ!」
覚悟を決めて、迷わずわたしは駆けだした。
「っ――!?」
クリアが驚くのも無はない。
何故ならば、一切の神気も神威もなければ、聖器による夢の発露もない。異能の類はすべて皆無で、わたしはまさに生身で特攻していたのだから。
「ああアアアアアアアアっ!」
走るまま勢いに乗って右こぶしを振るって、彼女へと振り入れいれた。
土台人をまともに殴ったことも叩いたこともないがゆえ、不格好な拳であるが、それは不意を突いたために、クリアの頬へと一撃入ったのだった。
「――あぁっ!?」
「あ……」
そう、入ったのだ。一撃が。
かつて金剛石のように硬かった外皮はそこにはなく、ただの拳が貫いた感覚は、何処にいでもいる普通の女の子の柔らかな頬そのものであり、力を放出しているのにもかかわらず、彼女は、目の前にいるのはただの人間だった。
霧散している。
わたしを圧倒したその速度、大剣を素手で防いだその防御力も判断力も。何もかもがただの対等な人間へと変わりはてていて、魔王に匹敵するほどの存在はそこにはなかった。
自分自身も思わず、抜けた自分の拳を見る。
殴られて、よろけた彼女が切れて血がにじんだ口元から血を素手で拭って、こちらを睨んでいる。
その睨み、間違いなく無へと人形めいた彼女はどこにもない。
はっきりとわたしのことを見ていて、認識したうえで敵意と警戒を向けていた。
正直、みんなに励まされてこうして復活したのはいいが、どうすればいいのか結局分からなかった。夢は消えたし、力は使えない。だからがむしゃらにこうして特攻したのだが、それがまさかこんな簡単にクリアへといちげきを入れるなどと思っていなかったから驚き戸惑った。
「どういうこと……」
「どうもこうも、こう言うことですよッ!!」
ギリっと、クリアは奥歯を噛みしめ、拳を振りかぶると思いっきりいわたしへと振り入れた。
「ぐっ……いっつ……」
顎が弾け、拳が突き抜ける感覚。
殴られた!? クリアに?
その速さその威力は、間違いなく常人そのものであり、かつての物はいっさいとありはしない。
だから、それには気になったが負けん気に灯がともり、のけ反った体を戻してもう一度拳を振るった。
今度はただ走る勢いに任せるだけではない、踏み込み体重を乗せて。誰に習ったわけでもなく、聖器(体)が覚え記録している動きが反射的に巻き起こりクリアの腹部へと強くめり込む。
「くぅっ……ああっ!!」
「うあっ……っ」
そうして返ってくる拳、そして脚撃。それらを受けて頭がふらふらつき私も切れた口から血をふき取り、再び殴り合う。
殴り、殴られ。蹴り、蹴り返され。
なにこれ。それはどこにでもいる荒くれものによる喧嘩の一幕でしかなく、女の子が簡単にするようなものでもないようなただの殴り合いが繰り広げられていた。
打ち合いで拳も顔もお腹も無残なあざだらけになっていく。
それでも、二人とも止まらず、お互いの胸ぐらをつかみ上げて――
「このぉっ」
「しつこいですわっ!」
「――ぐっ!?」
「――うぁ!?」
同時に放たれ拳はクロスカウンターとなり、互いの首を吹き飛ばし、そのまま離れどちらもユラユラ下がる。
「なにこれ……どうしてこな……」
「ふっ、なにもおかしな事はありませんわ…」
「それはどういう…?」
互いに下げた視線を上げて目の前の敵を睨み上げる。
「ワタクシの願いはただ、こう言うことだったというだけですッ!!」
「うああっ!?」
叫びと共に大きく振りかぶった拳がわたしの頬を貫く。
それでよろけて膝が折れそうになるも、ふんばって――
「じゃあ、殴り合いがしたかって言うの⁉」
負けじと、体重を乗せた拳をクリアの腹へと叩き入れた。
「うっ……はぁ…まさか……。
真っ当に生きていない人間は絶対に許さない。
ようは奇跡の否定です。それが異能であろうと神であろうと変わりません。
自分が弱いから、魔法や魔術、神様、夢。そんなアリもしない幻想にひたって、それを使うようなこのなど。すべて認めません。
人間というのはそんな物など必要としない。まがいなりにも、あがいて生きるのが人というもの。
奇跡などにすがるから、生贄やらなにやらで誰かが苦しむというのに。それも知らずに……。
だからワタクシはお嬢様にも負ける訳がありません。
だってそうでしょう? 奇跡にしかすがれない方が、勇者の肩代わりなどできる訳がないのですから」
「なにそれ……ふざけてる。それじゃ、わたしじゃ絶対に勝てないって訳だったってことじゃん……」
「ええ、そうですわねっ」
それどころか、聖器を扱う他のみんなですらクリアの妥当は不可能。
試練を超えるためには審判者を超える必要があり、その為には聖器が必要。それは絶対の真実。そもそもそうでなければ審判者に対抗するにそれしかないし、だからこそわたし達は聖器の力を最大限に求めて力を求め、つけた。
だというのに、クリアの力はそのすべての大前提の否定。
せっかく力をつけてもクリアの力の前では何の意味も成さない。
それは――
「願って現れたのは、神格の否定。覇道そのもの鎮静というところです。
他人勝手な願いに屈するなんてたまりません。
我が心象ははだはだしいですって? ふざけないでください、薬でもやってるんですかっ?
そんなことにかまけているから神の人形や玩具になるのです。
真っすぐ生きていればそんなことはありえない。ああ、ですから……」
再び振るわれる拳、それがわたしを穿とうと迫りくる。
わたしも、まけじと振りかぶった。
「これこそが人間です。
現実にならない幻想などではない。アナタも人間と言うのなら、自分自身の力でどうにかしてみなさいっ!」
「ぐうっ――!?」
「どうです? これが人というものです。今のアナタならわかりますでしょう? えね、これが、これこそがっ――」
「っ――このっ! 黙って聞いてれば……。
アナタのその力がまさにそうじゃないっ。それが奇跡そのものでしょう! さっきからかってに自意識しゃべって、キャラ替わりしすぎなんだよっ!」
「ぐうっ――。
否定はしませんよ。好みって言うのはそういうものでしょう? だからこそです」
持っていないからこそ憧れる。渇望とはそれすなわちそういうもので、ゆえに、条件を満たした時、クリアの力は欠片も意味をなさない。
だからこそ、人は人なりえるのだと高らかにクリアは謳いあげ拳を振るう。
それから先は判然としない。一度殴れば二度殴られて、それでも負けじと拳を振り上げる。可愛く遊ぶ女の子のするような光景は一切なく、ただの何処にでもいる荒くれものによるただの喧嘩の一幕であり、そのなかで、終始クリアは笑っていた。
それは戦いの中で自身の渇きと悲しみを癒すかのようで――
今まで彼女が求めた者が現れなかったことをこの喧嘩が物語って、打ち合う拳一つ一つに自分の思う勇者という理想を叩きつけていた。
「勇者とは、ワタクシの言う勇者とはこういうですっ!
名前も顔も知らない誰かのためなのではない。自分の為にっ、共に歩む友の為だけでいいっ、小さな幸せを勝ち取るために抗う者のことですっ!
例え強者でなくても、這いつくばっても、誰かの手を借りながらでも、その想いを曲げない者こそが! 誰かを導き勇者となるっ! 勇者って言うのは、そういう馬鹿に対しての後付けなんですよッ!!!」
だから――と。
振りかぶった渾身一撃が振るわれる。それこそが我の願いだと掲げて。
ゆえに――
「ああああああアアアアアアアア――――――!」
「はあああああああああああ――――――――!」
いかなる絶対者相手でも、他人にすがらない、人のみがクリアを射す。
そして――
それすなわち。
「わたしの勝ちだよ」
クリアを妥当した時点でリアは自分で踏み出し、みなと対等になっていることのまさに証明だった。
互いに打ち合って、その体制のまま揺らめくと、わたしは静かに体を戻して拳を振るったままのクリアの横を歩いていく。すれ違う際に倒れながら彼女は――
「ええ。ならば――どうにかして、勇者様」
「うん」
呟き、倒れながら彼女は広げた覇道を内へ取り込みながら溶けていく。




