第63話 ロプトル対カレン
そして――時は巻き戻り、ミカエが想いをはせる彼女の戦いとなる。
もはや誰もいない街の中心で破壊の轟音が奏でられる。
それは時に甲高く、時に重く二つの音色が飛び交い、打ち合いひしめき合って広がっていた。
清純だとか純真とかそういうものは何処にもない領域で互いに巨体な鎌を振るってぶつかり合っている。
打ち合う力は互いに均衡、会話もなく一合一合繰り出される一撃はどちらも油断できない威力に他ならない。
カレンの振るう一撃はもちろん。ロプトルの一撃もカレンの技へと遅れを取らない。ゆえにどちらも当たれば致命傷は間違いない状況であった。
「はあああっ!!!」
火花迸り大気を燃やしながら横一杯に振るわれる大鎌、その姿はさながら燃え盛る太陽。余波のみで周囲を溶かして近づくもの全てを燃やし溶かしつくすそれは、動く核燃料の塊のようで、力を振るっている本人もまた自分は想い(エネルギー)の塊だと開き直っているほどに、自分の想いは消えないと、誰よりも熱く想い燃やし振ている。
「ふっ――」
振るわれたそれを、カレンは悦に浸った笑みを状態に軽く躱してみ見せる。
そして繰り出される帰りの一撃。
熱を切り裂き燃料ごと炎の大鎌を切り裂く大鎌、その姿はさながら水面に浮かぶ月。よどみなく人静かにあらゆるものが切り裂いて静寂へと変えていくようで、力を振るっている本人もまた安らぎとへの消去を夢見て、すべては消え去れと静かに水面を揺らすかのように想いの波長を広げて、振り払い炎をかき消した小さな隙間からロプトルの首をねらう。
「ああああっ!」
瞬間的に意志の覇道を強く広げ、残りの爆発を強くして同時にその爆鎖で開いた穴を塞ぎカレンの特攻を防いだが為に、止む終えずカレンはその場から飛び下がる。
どちらも互いに全力全霊。カレンは以前のように記憶を消すのではなく切断へと力の流動をフル回転させ、ロプトルも聖器の特性である呪いではなく、想いの炎を燃やし攻撃へと転じさせ、ぶつかり合っていた。
想いの消去と想いの発生、双方真逆なまでの覇道はここに拮抗し互いに打ち消し合っている。そこにかける想いの純粋さと、理想を貫くという意志はどちらも同じで、相容れないからこそ最大限の戦いがこうして繰り広げられる。
炎を切り裂いて大鎌同士が触れ合い弾け合う。
触れるだけで起きる切断現象は、熱とその源たる爆裂し続ける爆心元から消し去るが、それも一瞬。膨れ生れ続ける爆発はとどまることを知らなければ、その劫火に触れたモノを溶かして例え大気とて蒸発して各分子ごと消滅せしめる。
結果、ロプトルが振るった一撃にカレンが穴を空けるが、それも直ぐに新たな爆発が生まれて、炎の勢いに押し負けてカレンは飛び下がることとなる。
「滑稽ね」
数度切り入れて、炎を消し去り凛然とカレンは言葉を吐く。
「このまま続けていてもいたちごっこ。
フフッ――アナタ、カレンと世界の終りまでこうして打ち合うつもり?」
鎌の切先をロプトルに向けて、愉悦を含んだ顔が笑みをこぼす。
「まさか、言ったでしょ。アタシはアンタを認めない。この想いは絶対に消させないし、悲しい想いを最後にはするから消す、そんなバカげた考え絶対に間違ってる」
立ち上り振るい上がる想いの熱、鎌を伝い世界へと流れ破裂する。
「だから――負けられないんだよっ!」
大きく振るった一閃と共に広場全体を焼きつくすほどの爆発を周囲へと解き放った。
レンガの足場は融解し大気が燃え尽き歪みすら発生している。
「それはカレンも一緒なのよっ」
広がった炎の爆鎖に大鎌を振り入れて、自身の周囲へと襲ってきた熱と破裂の衝撃を切り裂き消滅させる。
そのまま真っすぐ走り出し、炎の核となるロプトルへと大振りを上段から放つ。
「このっ」
「くっ――」
ロプトルが火力を上げて応戦した結果、互いに一撃を受けることなった。
カレンは胸へ爆発を、ロプトルは首元擦れ擦れに腹部を切り裂かれ、同時に傷を受けて後方へと追撃を避けて跳び引いた。
滴る血は自身の熱で蒸発して、傷口も焼けて塞がっていく。
もとよりロプトルの回復力は強くはない。
焼くか凍らせてでも塞ぎ、強引に出血を止めるぐらいしか止血の手段はない。とは言え、その行為に対しての痛みはほぼない。元から自分が出した炎だから焼けはしても熱くはないし、所詮は肌が放りつく程度、さほどの問題ではない。
だから斬撃によるダメージは皆無。
まあ、痛いことには変わりないが。
だから、先のやり取り、どちらがより大きな傷を負ったかと言えば、それはカレンであるだろう。
カレンは衣服ごと焦げて露わになった腹が黒く炭になっている。それは間違いなく致命傷であるが。
「こうして対等に渡り歩いてくるなんて……」
「悔しいの?」
「まさか」
この通り、余裕の様相を呈している。
とはいえ、前の戦いではロプトルは降臨ではなかったためにカレンには劣っていたが、今回は違う。互いに能力の階級は降臨。前回と異なり、カレンは記憶の消去をロプトル自身ではなく、外的要因のつまり炎の消去へと使っているが、そこに使い方の違いはあれど強さの程は変わらない。
つまりそれは以前とは違いロプトル単体でカレンへと拮抗しているということになる。
その上、前の時のように共感はない。むしろ真逆に、真っ向思想を否定して戦いへ身を投じている。
誰かのために、記憶を持ってたら悲しむから消した方がいいなどという、あったものを無かったことにするその思想にはもはやロプトルは微塵も共感などしていなければ、それを否定することこそが、この戦いの意味だと誇らしげに抱くほどである。
ゆえ負けられない。ミカエとの思いは違いなく消えてなくなってはいけないものであるから、カレンを倒すことが自分たちの愛の象徴だと信じて――
「強がるのもほどほどにしなよっ」
想いの強さは死神のカレンにすらロプトルは劣ってなどいない。強気に振り入れる氷炎の大鎌。再び薙ぎ払う一閃放ち周囲が破裂し溶け爛れる。
「強がりなんかじゃないわ」
だが、もはや見切られており二度も同じ物は通じないのか。カレンは己の鈍色の鎌をロプトルへと投げ放つと、それはクルクルと回転して爆散する炎のことごとくを消去しつくす。
「このっ」
「まだまだよ」
真っすぐロプトルへ向けて鈍色の鎌が飛んで熱波を消去する中、その後ろをついていくように走りぬけて、カレンはロプトルがカレンの鎌を弾くと同時に、次いで顔面へと回し蹴りが炸裂していた。
「うっ!?」
そうして吹き飛んだロプトルの体。飛び同時に戻ってきた鈍色の大鎌と右手に掴むカレン。
「はっ――」
あろうことか再びカレンは鎌を投げ飛ばして、迎撃しようと燃やした炎を消す。鎌がロプトルへと襲いかかる。
「このおおおおっ――!!」
吹き飛ぶ体を強引にひねって、宙で鎌を振いカレンの鎌巻き取って撃ち落すが――
「はあッ―――!!」
「うあっ!?」
あろうことか、今度は鎌を囮にしたドロップキックがミカエの腹部へと直撃した。
「このっ…」
互いに地へと倒れる。
それから、鏡合わせのように互いに倒れている状態から、鎌を手元に呼び戻し、杖に立ち上がってにらみ合う。
なんなの今の。
優雅さもなければ艶やかさもない。ただ暴力的に強引に普段のカレンから想像もつかないまるで喧嘩のような戦い方。
これがカレン?
疑問に思うも、一度自分はそれを見ている。
最初の訓練の時。リアとの戦いで一度だけ同じような動きをしていた。
あの時も裏でビックリはしていたし、だからこそ印象深かったから覚えている。まさかこっちの方が正しいカレンなのか……。じゃあ前の時は舐められてたのかな……。
などと思うと、不思議と笑みがこぼれた。
「なに? アナタも今更カレンの今が楽しいが理解できたってわけ?」
こぼれた笑みを歓迎するかのように言われるが、そんな訳がない。戦いが楽しいとかそんなこと、思うわけがないんだ。
でもたださ。
「――なんていうか、やっと対等になったって思ったんだ」
能力と打ち合う力は拮抗している。けれど、実際問題、対等に戦えていたかというとそこは自信がなかった。前回、前々回とカレンに一方的ボロボロにされたことは覚えている。その敗北感は間違いなくあって、また遊ばれているのではないのかと錯覚すらあったのだが……。
カレンの戦い方。それで確信した。彼女は本気でいる。そしてそれに対等に渡り合っている自分がいるのだと。
そのとこはこうして、一つ間違えれば致命傷になりかねないやり取りの中で、ただの切り傷と打撃だけですんでいるのだから証明になるだろう。
触れれば切り裂く無限の切れ味の鎌。油断すれば間違いなく首は飛び死んでいるのだから。
けれど残念。結果はこの通り、泥臭くも戦いは成立している。
だから――その証明こそが溜まらなく嬉しくて。
「ホント、バカげてる」
こんなことに嬉しく思ってしまう感情も。同時にカレンへと同じように、たとえ辛くとも消すことはいけないと言うこと伝えたくなってしまう自分も。
「何がバカげているですって?」
「こうして、アンタと対等でいられることにだよっ」
同時に走り出し戦いは激しさを増す。
カレンは先ほどまでとは異なり、鎌を振るって炎消して切り込む戦いから鎌を投げてロプトルを蹴り飛ばす戦いへと変わっている。
ロプトルもまた、そのことを理解しているから放出する炎の爆裂を少なくし、飛び交う鎌と、懐に入ってくるカレンへの対処へと切り替えた。
「あああああっ!」
「はああああああっ!」
双方、想いの激闘はあれ狂う爆裂と斬撃の軌跡による花火のようで。
同時に弾け合って――
鈍色の鎌が宙を飛んだ。
氷炎の鎌が宙を舞った。
それでも二人は止まらず、ロプトルは勢いのまま拳へ、カレンは蹴りへと、想いを込めて互いに頬を撃ちぬいた。
「うっーー」
「くっ――」
弾け合う互いの体。
のけ反って、戻したと同時に互いの目の前に互いの獲物が降り落ちる。
ロプトルはカレンの鈍色の鎌を握り、カレンはロプトルは氷炎の鎌を握って。
無論、獲物(鎌)は想いの結晶である聖器。覇道(想い)が最も乗っている以上その影響は必ずしも受ける。
触れれば何でも消し斬る鈍色の鎌に触れれば全身を切り裂かれ。
想いを燃やし爆裂する氷炎の鎌を握ればその想いの炎に飲み込まれる。
だが、それをどちらも自分の覇道を鎌へと流し抑え込み、拮抗さて掴み構え振るい上げる。
同時に振られた大鎌の一撃は衝突し合い、打ち消し合い競り合う。
「アンタさっ、そんなんで寂しくないの? 悲しくないの? 記憶を消せば確かにみんな悲しい思いなんてしない、アンタはどうなのさ!
この力を使っている当事者である以上、全てを忘れてはいけないでしょ?
それは寂しくないの!?
悲しくないの!?」
そうだ、例え他者とそれに関する周囲の記憶を消して自分の記憶からけしても、全ては消えて居ないはず。例え消えて居たとしても、前にこんなことがあったという既視感はぬぐえない。記憶は消えてすっぽり抜け落ちて、自分が今まで何をしてきたかは消えないそんな矛盾だらけの記憶。そんな空洞だらけの想いでは寂しくないわけないのだから。
鎌の切先同士がぶつかって、鍔迫り合い炎が燃えてそれが切断される中、ロプトルはただ問い、想いをぶつける。
「ハハッ――そうねっ。だから言っているじゃない。今が楽しいって」
「アンタ……」
瞬間、互いの鎌へとヒビが入り砕け散った。
拮抗し力の波長を押さえていたことによりどちらもそれに耐えきれず砕けたのだ。
砕け、溢れた破片はどちらも銀の粉と塵って、互いにその想いの欠片を右手へと集約させて砕けた得物を創形させる。
「やあっ――!」
「―――!」
そして再び打ち合った。
今度は自身の鎌。そこに伝わる力に制限はなく、先ほどよりも熱波は強く吹き荒れて、斬風が嵐のごとくそれを切り裂いた。
そして再び鍔迫り合いあう。
「既視感? ええ――あるとも、けど、それがなに? それでも記憶も消えずに悲しんで、過去に囚われて生きていくのなんてふざけてるわ」
「それは、今のアンタでしょうがっ!」
怒号と同時に想いの丈をより強く燃やし破裂させる。
生れた破裂は数百、数千か。不明瞭であるがそれらは生れると同時に消去の斬風に打ち消されて、それでも残った一つがカレンの足元を破裂させる。
無論、それは飛び引かれて避けられるが。拮抗から、ロプトルが押し勝ったという事実であることには間違いはない。
元来ならばこのまま勢いよく押していくべきであるが、相手はカレン、下がったと見せかけて誘いこまれる可能性がある。
それに忌避して攻め込むことはできないし。なにより、アタシがカレンと対話を望んだからその場で踏みとどまった。
「悲しむから怖いって。大体、その悲しむとかっていう前提が間違ってる。前に言ったじゃん! アンタのそれはアンタの意見だけって。
それに、一番悲しんでるのアンタじゃないの? ただそれが怖くて認められなくて、他人に押し付けているだけでしょう!?」
前に指摘した通り、カレンの想いはカレンからの一方的な視点に限られている。
人は繋がりを持っても最後には悲しい想いをする。それはたぶんアタシには理解できない。そもそも、誰かが死んで誰かを後から思うなんて考え自体が、死前提で生きている自分には破綻している。そこはまあ、死神というだけはあるのかもしれない。死に深く関わっているからこそ、生きていることよりも死後のことの方を強く重んじてしまっている。
だが、それは結局死者のいいわけだ。わたしは生きている。だから生きている間に死んだあとのことなんて考えてなんて居られない。少なくとも誰かとのつながりで、死んだ後のことなんて。
だって、そうでしょ? 最初から死ぬこと前提で触れ合うなんて事はありえないのだから。
そんな細かなことを考えてまで人は人と関係を結んだりなんてしない。
だから思うんだよ。
カレンは確かに死神だ。
死神ゆえに死者のその後を思っている。ああそれは確かだろうと、あながち間違いでもないのだろうと。
でも――
「その結論に至ったのは後悔してるからでしょっ!」
ようはただの未練たらたらの亡霊だ。後悔した過去が何かあって、それでそのことを忘れられなくて満足できなくて、死んでまで生者の足を引っ張り同じ死に引く呪いにすぎない。
それはイタズラばかりして誰かを不幸にしていた昔の自分を見ているようで。見ていて腹が立つのだ。
ああ――ようやく分かった気がした。カレンに対して説明できない怒りや憎しみが、嫌悪感がこみ上げる理由は。
「アタシはアンタが嫌いっ! だってそれはアタシが嫌いなアタシの部分だからっ!」
「………」
「なに? 何も言い返せないの?」
今まで笑みでいたカレンからそれは消えて、どこか白けたように真顔となる。
「喚かないでよ、何も知らない分際でっ!」
「わっ!?」
油断してしまったのか、突然鎌を投擲されて真っすぐ自分へと襲い掛かって来たそれに反応が遅れる。首元寸前のところでしゃがんで躱すと、目の前にはすでにカレンの足が見えた。
このままいけばまた顔面に蹴りをもらう。その脚撃には今までよりも強い消去の斬撃は乗っている、当たれば首なんか容易く斬り飛ばされるのは間違いは無く、そんなものを受けるわけにはいかない。
「っ、あああああっ―――!」
左手受け止めて、同時に上手く覇道の念を練れなかったがために左手がカレンの脚に触れた瞬間に粉微塵と切断される。それでも負けじと切れた腕を焼き、それ以上切断されるのを止めて、超近距離にいるカレンへと鎌を振り入れた。
それはカレンの右肩へと触れると同時に破裂して彼女の体は吹き飛んだ。
「いっ…………」
ロプトルの油断とカレンの雑な襲撃で起きた傷跡は互いに、ロプトルの左腕が第二関節から先が小間切りなり、カレンは右肩が爆発により使用不可になるという結果だった。
無論回復は互いにできない。カレンもロプトル同様、傷を治癒力に特化していない以上、致命傷になりえる傷を、しかも覇道が乗っている力を受けたのだからそうやすやすと治すことなどできない。
燃え焼けた皮膚は今この時も、カレンをロプトルの意志力が彼女を焦がそうと蝕み続ける。それはここにきて、ロプトルの本来の降臨の効果を発揮し始めたと言えよう。
ロプトルの降臨はただ炎を燃やすだけではない。触れて焼ければその焼けた場所さえもロプトルの支配領域。燃え焦げた場所は常に想いの炎の象徴であり、結果としてそれは燃えるという形は終わらない。
だから少しでも触れて焦げればそれは消すことはまず不可能。それでも消えているのは単純にカレンの覇道による抵抗力というだけ。
生身の常人がうければ、水をかけたところで消すこともできなければ、燃えてカスになろうとそのカスすら燃え続けるありさまなのだ。
それがロプトルの本来の降臨。燃える続ける想いは永遠に、消すという、カレンとは真逆に位置するそれである。
とはいえ、それを今までカレンは分からなかった訳ではなかろうに、であるのにもかかわらずこんな無謀にも強引一撃を繰り出したのは間違いなく。
「どうしたの? 動揺してるの?」
カレンがロプトルの言葉で焦ったからである。
「………」
「図星、だったんだね……」
「……否定はしないわ。ええ、カレンは後悔している。こうして生きていることも、こんな力を手に入れたことも全てね。
けれど、だからなに? もうどうにもならないのよ。だからこそ言える。試練? 勇者? 知ったことか。
カレンはカレンのしたいようにしたい、だというのにっ、クリアもエリザベートもアンタも…。ああっ――アンタがアタシ(・・・)を嫌いって言うのが一番ムカついて悲しいのよっ! ヨミみぃい!」
瞬間、飛び出すカレン。
「もうなにも知らない、いらない。アタシは、カレンはただアナタを守りたかったっ! なのになのに、なんで今更っ! もう遅いのよっ、既に死んでいる。
だから偽って、今が楽しいって思って、残った友を助けたかった。だからどうした!?
今更アンタの説教は飽きているのよっ!」
投擲される鎌、それはロプトルの炎を食い破ってロプトルへと襲い掛かる。その戦法は単調であるが、それでも鎌の消去範囲は広がっているために油断もできなければ一筋縄ではいかない。
弾いて、蹴られて、投げつけられて、斬られ、破裂させる。
その中で、思った。
彼女は何を言っているのかは分からない。想い貯めこんだなにかを吐き出している様は間違いなく、膨れ上がった爆弾が破裂したととと同然で……。ひとつだけ、その中でロプトルでも分かることがあると。
道が違ったなら、友達になれたのだと。
ピクニックでのできごと、訓練。ああ、正直ムカついていたし、苦手で嫌いと言えば嫌いだった。
けど、その中であの時楽しかったことは間違いなく……。
「つくずく、アンタもアタシも不器用すぎだわ。ねえ、ミカエ」
『ええ……』
感じる。ミカエがアタシのことを思っている。それはアタシの力を強くして、素直であればこんな結末もなかった。それを自分に言い聞かせるようにして――
爆鎖の中を鎌を振るって突き破って来たカレンが目の前にいる。攻撃は単調、真っすぐ穿つようにする想いの一撃。
それは強い。強い彼女の過ぎ去った記憶の為の想い。
ゆえに――今という想いをぶつける。前にも言った、想いは常に湧き上がり続けると。
『今この時、全てをあなたへ返します』
「ミカエ……」
感じたミカエの想いがアタシへと、いつの間にか腰に巻かれていた鎖から力の念が自身へと伝わり、ミカエ自身の力がアタシの力へ全てが返還されてゆき――
「やああアアアアアアアアッ!」
真実の力を取り戻したロプトルは、めいいっぱい振り下ろした。
この力は一度記憶(友)を断ち切っている彼女では乗り越えられない炎の鎌。ゆえに振り降ろされた鎌が自身へと直撃する瞬間、悟ったのか、前回同様、またしてもカレンは笑みを溢した。
けれども、それは前の時のような嘲笑するようなものではなく。
「っ――。やっぱりだめかぁ」
なにかに、満足し自嘲した交じりのある物だった。
■
「はっ……ああ~……」
燃え盛る炎が収まって、火の粉散る広場へとロプトルは倒れる。
もはや周囲は燃え尽きて、民家の木の部分は炭になって、地面に至ってはレンガが溶けて融解しドロドロとしたマグマのようになっている。
そこへ倒れても熱は自身を焦がさず、まるで水面にでも浮かんでいるようにプカプカとする。
「勝った……」
そして同時に勝利をかみしめた。
間違いない、今回も勝ったのだと。力とカレンへと直撃した感触は間違いなく。そして結果も――
「ええ、カレンの負け……」
「って、カレン!?」
声が聞こえて、首だけ横へ振り向けば、カレンも自身と同じようにマグマのプールへと浮いていた。
「心配しないの。見ての通り、ほら――消えかかっているでしょう?」
そう言いながら右腕を上げてそれを見るカレンは確かに消えかかっていた。薄れ、その存在は儚いかのように、体からは微量の白銀の粒子を散らせている。
「もう気が済んだわ。って言ってもその気分も今だけかもしれないけど」
「アンタねぇ、だから言ってるでしょ。記憶を消すなんてそんな――」
「分かってるわよ」
腕を下ろし、空に浮かぶ暗黒の城を眺めている彼女が、まだそんなことを考えているのかと思って否定しようとすると、強い言葉で遮られた。
「そんなことは最初から知っていたし、分かってるわ。他人に奪われる悲しみも苦しみも、アナタよりも経験豊富よ」
「ならなんで、そんな考えなんかに……」
「さあ? 繋がり(友達)をなくすのは怖かった。……かもね」
「カレン……?」
カレンは何処を見ているのか、見ている視線は城であっても何処か遠くの過去を思い出しているようで、瞳の先に視線はここにはない。
そんな彼女の言動はまったくもって理解できない。カレンが過去これまで何をして何を背負ってきたのか、それをしらないわたしは分からない。
だから、何か懐かしむような彼女へと、それ以降声すらもかけられなかったが。
「分からないなら、それで正解よ」
そう漏らして、フッと何かを確かめたのか、納得して笑みをカレンは溢した。
ついで――
「ミカエ、聞こえている?」
「え?」
カレンがここにいるはずの無いミカエを呼んだのだった。
『ええ』
そしてどこからか、空間を響かせて返事が返ってくる。それは紛れもなくミカエの声。
鎖は……またアタシの腰にくっついている。犬じゃないのだから。
「アナタがそうしているということは、レアに聞いたのね」
『はい……』
「ならば、しなければならないことは分かるよね? アナタは自分自身を返すべきだと」
「……それは聞けません」
「なんで――って、のんびり話もできないのね……」
「わっ!? な、なに……!?」
突然とてつもなく大きな力の波長を感じて、空間をそれが突き抜けると、地響きを起こした。
『リムの覇道……』
「そうなるか……」
揺れる大地だが、それは直ぐに収まって――
「カレン、今のはなに?」
「さあ? 説明する暇もないわ。クリアもまったく、面倒な子よねえ。
でもまあ……、気が済むまでしなさいや。カレンだって好き勝手させてもらうから」
同時、広がる覇道。
それは無を体現しているようで、一瞬広がったリムの覇道も世界を揺るがす振動も何もなくなった。自分たちを包んだ瞬間、何も感じられない感覚がどこともなくとも目覚める。
「カレン……」
隣で浮いていたカレンが消えていた。
「ミカエ、これって……それにさっきの揺れ……」
感じる感覚は感情へと支配し世界を変える覇道。つまり――
『リムの力が消えてしまいました。それにこれは……リアが戦っている方から……』
そしてこれはリアの力などではなく。
「アタシも……」
アタシ自身からも銀粉が浮き始めて、体が透け始めた。アタシも消えかけている? それはこの覇道の影響か分からない。だけど、そこに不思議と恐怖も何故かという疑問もなかった。
ただ無であり、受け入れるだけしかできないような感覚しかなく。
『ロプトル……』
そうか、リアも戦っている。
心配するミカエの声を想い天空の暗黒の城を見つめる。
「大丈夫だって。リアだよ? 負ける訳ないじゃん。
リア、何苦戦してるの。アタシ達はやったんだから、次はアンタの番だよ。大丈夫。リアは弱くない。アタシとミカエを助けたのはリアなんだから、他の誰よりもすごいんだって。だから――」
体が消えていく。覇道に浸食されてお前はこの世界に必要ないと否定されているかのようで。
「リアを信じてる。そうだよねミカエ」
『はい。もちろんワタシも信じています。リア』
ミカエがアタシの横へ寝そべって、天へ掲げる手を握ったような感じがして、互いに顔を見合わせた。
そして――
共に、リアが夢から目覚めることを祈ってカレンの後を追うように消失した。




