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第62話 ミカエ対レア 最大総戦力の戦い

 土煙に混じって鮮血が舞う、瓦礫が飛んで錆びた金属と細かな木片が迸る。

 怒涛、憤激、滅多打ち。余波のみで荒野へと破壊を巻き起こす破壊の爆散は、一つのみに限らず無数に巻き起こり熾烈を極めていた。


 ミカエが鎖を一振りすると同時に数十の拷問器具が砕け散り、次いでレアへと別の鎖が走り彼女の美肌を削る。それと同じくして百に等しい拷問器具がミカエを襲って削った九割のうち残った数十がミカエの艶やかな肌を削る。


 どちらも防御や回避など皆無。もとよりそんなことをする隙間すらない程に舞う拷問器具の密度はすさまじく、ミカエの鎖もまた限度の十本というものを超えて無限量に増え続ける。

 その長さとその数、鎖から鎖が生え枝分かれするほどまで至り、鈍色の翼を彷彿させてミカエの背から伸びて周囲を一掃する。


 ここまでの規模での(ロザリオ)の顕現、今までのミカエではありえない規模である。事実こんなことをしているの初めてであるし、力をここまで全力で出したことなどなかった。

 それは、自分に課した法という制限があったからゆえに。街の中はもちろん。ロプトル、リア、リムの前では絶対に使わない。これは使えば無差別に周りを傷つけてしまうものであるから、だから封じ手として扱うことは罪として制限した。

 しかし、ここは無法の地。自身へとかけていた法は全て無く、無残かつ全力に周囲など気にせず振る舞っていられる場。結果、レアの襲撃から今に至るまで、全力で全霊、他の誰も知らないミカエの正真正銘の本気と狂気がぶつかり合っている。


 無論レアとてその規模は全開の比ではない。舞う拷問器具は前論した通り宙を覆う程に無限に広がって、破壊されても直ぐに新たなものが現れて視界を埋め尽くしているし、彼女個人も自身の傷口から漏れた血を集めて硬め、それを背に両翼としてになっている。その姿は禍々しくも血の悪夢そのもので、手にもつ彼女よりも巨体な屠殺の包丁が出血を欲していることを物語っている。


「はぁああああっ!」

「アハハハ――!」


 鎖が舞い、拷問器具が舞う。



 方や鎖の翼を持つ聖職者。

 方や血の翼を持つ拷問の悪魔。


 まがいなりにも神聖と邪悪の決闘はここに成立していた。


「いい加減しつこいですよっ!」


 巻き上がる拷問器具が片翼の一振りで数百と消し飛んで、レアを襲撃する。


「ねえ、イタイ!? イタイかしらっ!?」


 残った拷問器具が降り注ぎ、ミカエを強襲する。


「ああっ!?」

「あはッ!」


 同時に直撃した攻撃にどちらも血が舞って互いに激痛を伴う。


 レアの覇道(法則)は既に発動済みである以上、どんな些細な傷も大きな傷になりえるし、彼女の降臨アドベントは自身の受けた傷を相手へと返す。

 そのため常にミカエはレアへと与えた傷をそっくりそのまま受けていたが、そこに頓着せずに追撃を加えているがためにレアの傷も浅くはなかった。


 彼女の力は事前に傷を受けなければならないもの。ゆえにダメージは必須。それを戦いが始まったこの短時間でミカエは見破っているし、後手とは言え受ける傷も軽いものでもない。自分が痛むことに頓着しない我ゆえに互いに傷だらけで血まみれで、死闘はどちらが痛みに根を上げるかという領域にいたっている。


 雑で、血みどろの、誰が見ても視界を覆いたくなるような光景こそが二人の戦い。


 その中で、最も不思議的要素を上げるのならばミカエが、レアに対して後手とは言え拮抗しているということだろう。


 いまだミカエの力の段階はレアより一段階下の昇天アセンション、道具を扱う領域を超えて上限知らずの自身の渇望を媒介とする降臨アドベントではない。

 つまるところ、ミカエは聖器のみでレアへと対応しているということなのだが。それでもこうして戦いが成立しているのが、誰も知らないミカエの特性に他ならない。


 ミカエは何故だか、レアと対等に渡り合っている。

 無論、痛みはあるし、それに必死に耐えているだけであるのもまた確か。彼女とて今にも泣いて逃げたい気持ちも無いとも言えないが、それを抑えて戦っているのはミカエの為という気持ちがあるともいえる。

 それでも、領域を支配する程の力に対抗するその聖器(中身)とは一体何なのか。


 それはミカエ本人ももちろん知らない。


 だが、拮抗に近い戦いをしている。それが事実で――


「っ――痛みぐらいで、ワタシは貴女に負けませんよっ!!」


 両翼を振り払い、いくつかの鎖がレアの体を撃ちぬいた。


「ぐぅ……」


 同時に返ってくる与えた傷と同じ傷。そしてそれはレアの能力で肥大化するが、だからどうしたと再び鎖を振るい襲い掛かった拷問器具を吹き払った。


「っ…ハハッ……そう!? それで? ああー最高よ、悪魔に願いを叶えてもらって愛してほしいなどと考えてていた自分がバカに思えるほど、アハハハ―――!

 痛い、痛いですわ! アハハッ」


 血の翼が風を吹き荒して、飛翔したレアが屠殺包丁を振り上げてミカエと降り落ちる。


 ミカエの鎖の翼がそれを受け止めて、その反動で起きた衝撃により周囲の拷問器具が吹き飛んだ。

 もはや、レアは自分が出した拷問器具がどうなろうと関係ないのか。痛みを刻む特攻危惧と化している。


「いい加減、くたばってください!」

「あはっ、やですわぁ!」


 両翼がレアを弾くが、そこへ視覚不可能な速度で屠殺包丁が打ち付けられるように振るわれる。

 それをさらに弾き飛ばして、レアの受けた傷をミカエも受けるもさらに追撃して攻撃の手は緩めない。


「っ――この!」

「アハハハ」


 笑っているレアだが、無論その損傷はもはや無視できないものとなっているのは間違いなかった。前身は互いに血まみであるし、痛みを痛みでかき消して、内臓は弾け、骨は砕け治るも破片が痛めつけた筋肉はずたずたでその痛みは傷はいえようとも凄まじい。五体満足で動いているのが不思議なほどで、レアとミカエ、どちらも傷の回復を常にし続けてこれであるも、常人ならば一度受けた傷だけでもショック死を免れない。鍛えた者で数十が限界であろう。それをこうして数百回と受けているその精神はもはや人などを逸脱したナニカではある。

 そもそも、痛みをいたみと思っていないのか。それ自体はレアがそうであるから説明は着くが、ミカエは何だというのか。


 イタイ? 怖い? 愛しい? 気持ちい? 

 渦巻く欲と嫌悪と忌避。それら感情はこの時、彼女らの間ではもはやどうでもいいものなのかもしれない。


 ただ、苦しめて、犯して、壊して。お前など消え去れ。消えてなくなってしまえと。

 憎悪の限りを尽くして、ただ痛みを全たるものを燃やしていた。


 一度与えた痛みにレアが耐えた。ならばよりもっと、強い痛みを与える。それでもだめならもっとより強く。痛いで屈服させることを善として死力の限りを尽くして――



 そうして起きているのがこの血と痛みの舞踏会である。

 理屈はなく、説明は不可能。誰の目に見ても理解などできない残虐はそこにあり、ただどちらかが精神の破壊をきたすまでこの悲劇は終わらない。


 当人たちには痛みなど既に超越しているがために、その中で、互いに傷つけ合いながら感情の渦を言葉としてぶつけ会うのがこの戦い。


「まさか、ここまでとはねぇえ!」

「っ、なにがです!?」


 鎖がレアの横腹を裂いて、同時にミカエの腹も避ける。


「自覚していないの? キサマは(ワタクシ)と同じ、同類なのよ。痛みに餓えて、愛に餓えて、壊したくて壊したくて溜まらない。そうなんでしょおおおお!」


「くっ――」


 屠殺包丁がミカエの片翼を弾く。

 勢いに負けて大きく吹きとばされ、後ろへと吹き飛ぶ。


 そこへ追撃する拷問危惧。斧が舞い、針が落ちる。


 それを残ったもう片方の翼で薙ぎ払って消し去る。


「貴女と一緒にしないでくださいっ!」


 それからその翼は宙で攻撃に転じて無防備となったレアへと襲い掛かった。


「アハハッ――あらそうっ」


 宙で不気味の哄笑する彼女は悪魔そのもの。背に広がった血の両翼が広がり駆動する。

 それはどくどくと血で固めたその身を脈打たせて、瞬間――


 翼からは無数の血の針が降り注いだ。

 追撃してきたミカエの鎖の翼を針の弾幕は押し返しそれごとミカエへと撃ち返す。


「があっ……」


 放たれた絨毯爆撃同然のそれに地面ごと粉々に打ち崩され、もう片翼の翼で守るも全てを防ぎきれず鎖の間を抜けた数十の血の針体のいたるところへ突き刺さった。


 舞う土煙により地面の視界は一時的に奪われ見えなくなる。


「どう? イタイかしらぁ。ほら、どうしたの? もっと(ワタクシ)を楽しませなさいよ。アハハ、アハハハ――」


 宙に舞う悪魔の哄笑は周囲を乱反射させて周りへと轟く。


「お断りですよっ」


 叫びと共に、膨れ上がった煙を突き抜けて、無数の鎖が天を穿つ。

 

 それらはレアの血の翼を貫いて、破裂させ、そのままレアへと巻きついて彼女を拘束する。

 破裂した血が舞い散って紅い雨が土煙を消す。

 そうして、そこには傷だらけのミカエが立っていた。


 全身には無数の切り傷で血みどろになって、傷が何処か分からない状態である。その傷を能力で癒しつつ、掴んだレアを断固としてミカエは放さない。


「生憎と、どういうのはもうどうでもいいと思ったんですよ……」

「どうでもいい?」


 ぎちぎちと鎖が締り、レアの体を骨の髄から破壊しながら、それでも笑みを漏らすレアとの狂気の会話は終わらない。


「はい。罪とか誰が嫌いとか、羨ましい、嫉妬? そうですね。ワタシはそういう汚い者かもしれません。ずっとそれで悩んできていましたし、そのせいでリアを傷つけた。

 それは許されないことです。でも、リアは笑ってくれましたし、ロプトルもワタシのことを受け入れてくれた。それは事実で、今ここでそれに迷えば彼女たちの気持ちに泥を塗る」


 戦いの中、痛みの中、考えた結果はそれであった。

 全論した通り、自分はリアほど聖人でもなければ、ロプトルほどなにも考えないなどできない。

 利巧ゆえに考えは袋小路だった。けど、それでも他の方たちは皆ワタシを責めなかったし受け入れてくれている。今それで迷って戦いに集中しないなど、彼女たちの裏切りとなる。


 それは紛れもない真実だと。レアというバケモノを相手に選びまかされたのだから、その期待とみんなで願った勝利だけでよい。


「だから――貴女とワタシは違う! 痛みに狂った悪魔が入り余地などないのですよっ!」


 ぐちゃぐちゃに内部的に壊れたレアを投げ飛ばして、そのまま地面へと墜天させる。


「他は何も知らない、見えない、考えないことにしたのです。例えこの身が悪に染まろうとも、貴女だけには負けないっ!」


 いまこうして想いを研ぎらせれば皆が戦っていることを感じられる。ロプトルもリムもリアだって、みんな必死に戦って想いをたぎらせている。

 それは想えば感じるし、それだけで力はこうして沸き上がりより自分を強くしてくれる。だからワタシも――


「いまはそれだけでよいのですよ」


 地にひれ伏した悪魔に向けて真っすぐい啖呵を切った。

 その言葉に破壊された悪魔はどう返すのか。 


「アハハ、アハハハ――!」


「………」


 不気味に笑いながら、砕けた骨が組み合わさって治っていく、敗れた皮膚が再生していく。そうして平然と起き上がったレアは痛みに酔っていないない。

 垂れた樹液のように、ドロドロとした破顔をしているがそこに浮かぶ感情の色は怒りであった。


「キサマはそれで自分が何者か理解したつもり?」

「さあ、分かりません。ですが、そんなことが今関係あるのです?

 これは試練なのでしょう。貴女を倒して乗り越える、それ以外になんの役目が?」

「あはっ……」


 不気味に笑い、レアが左右に首を振るう。


「そんなもの、強者を倒せば至ると考えた脳筋なクリアのお遊びよ。意味などないわ」

「なら、何故試練など……。それに、ワタシのような者が勇者にはなれない。そんなこと、同類と言うアナタなら分かるのではないのですか。 狂人や罪人が勇者などになれるはずがない」


 そう。決して自分ではなりえない。勇者とはリアの絵本を基準に言うのであれば、誰かを救う善人。まったく真逆な存在である自分にはなれない。

 それに、それを求められているのはリアである。そんなことこの試練に連なることが彼女を中心に起きていることであるのだから、いまさら語るまでもない。

 ならばこの試練はと? と聞かれれば不明である。今になって、そうした疑問に答えるというのか?


 行動しないのは余裕の表れか、それに警戒して両翼を固めつつ言葉を返す。


「勇者など、みな本当に欲していのかしらねえ」

「バカな、リアから聞きましたよ。貴女方は世界を治すために、それができる勇者を欲していると。どういう理屈なのかどうやってこの世界を治すのかもわかりません。ですが、その為に勇者という人が必要なのではないのですか?」

「どうだか……」


 レアの背に再び血がどこからか集結し、それが翼となって復元を果たす。


「本当は、そんなものどうでもいいのよ。少なくとも(ワタクシ)はね。まあ、それを言えばクリアにでもキサマには一番言われたくはないと罵られそうだけれども…、事実そうでしょう? カレンはカレンであのロプトルというぬいぐるみにご執心で、フレデリカはフレデリカで道具道具と小うるさい。クリアなんてあのお方の為って業務的で、そうは言っていながらあれは恐らくキサマらになんの期待をすらしてない。だから、今頃容赦なくたたきこわそうとでもしてるんじゃない? まったくお気の毒だわぁ」


「リア……。

 ですが、だとしたならば、余計訳が分からなくなります。貴女達は何のために試練を!?」


「さっ? 彼女らは好き勝手しているだけですわ」


「それは貴女だってそうなのではないのですか!?」


 問いに、地獄のそこから見上げるがごとく、にたりとイヤらしくも笑みを浮かべるレア。

 

「ええそう。途中まではね。あれはよかった、自由に思うがまま痛み(愛)を届けられたのですもの。みな悪魔の魔気に当てられて、狂い壊れて餓えて食い合う。最高の舞踏会(ダンスパーティー)でしたわあ。殺し殺されて、その怒りと恐怖を壊れた肉体と魂ごと食らう、実に素晴らしくも美味だった」


 それは第二試練のあの惨状のことを言っているのだろうか。だとしたなら、それは許せない。

 あれを、あの惨状は良かったですって?


「貴女……」


 怒りが膨れ上がり、それに高揚して鎖の羽がギャキギャキっと音を軋ませる。


「アハハッ――そう怒らないでちょうだい。これでもお母様に叱られて反省はしているんですもの。今回は半分だけ悪魔の召喚が成功しても結局それを制御しきれず暴走させた。その後はキサマも知っての通り、破壊されてしまっております。

 アハッ――安心しなさいな、一度やり切って気が済んでいるし、これ以上、お母様を失望なんてさせたくない。

 ゆえに(ワタクシ)は順に役目を全うしている。言われた通り、こうして痛み(愛)を振りまいている。ああ、最高ですわ、キサマとのこの死闘、肉が断ち切れて、血がしぶき上がり、念の中に苦痛が渦を巻く。今、(ワタクシ)は愛し愛されているっ。

 であるからこそ、続けましょう? 早く傷つけ(愛し)合いたいと思わない? ねえ、ねえっ――」


 言葉が切れると同時に高まった感情がむき出しの狂気となって念の渦を巻いた。それは振るわれたと屠殺包丁に乗せられて、荒れ狂う暴風となって危険な刃を持つ拷問危惧を巻き込んでミカエへと襲い掛かる。


「生憎と間に合ってますよっ」


 両翼を薙ぎ払って竜巻を薙ぎ払い、散った刃物と木片が皮膚を削る。それでも構わず正面突破をして薙ぎ払った翼鎖がは生えて無数の鎖がレアを穿とうと直進する。


 愛し合う? ふざけないで欲しい。

 生憎と自分が好きなのはロプトル。こんな残虐なことにかまけている変態(女)のことなど眼中にない。

 大体――


「回答になってません! なら、どうして試練なんかを! アナタ達は、好き勝手するためだけにそんなことを!?」


 他の審判者が自由にしているというのなら、レアもそうであろうと。それどころか、レアが自嘲した通り一番それで、今もそうではないか。


「ああ、それですの?

 それは――」

「なっ!?」


 ガード無し。全ての鎖がレアの体を無慈悲に穿つ。

 槍衾に彼女の体には至る所を鎖が貫いているが、それでも彼女は死んではいない。それでも笑って餓えた卑しさがミカエをゾッとするほど舐め上げた。


「捕まえ、ましたわ」


 血が、レアの背にある血が溶けて鎖を塗りたくり、そのまま伝って鎖全体を紅に染め上げていく。


「くっ、動かない……」


 血に塗られた鎖は硬く、固定された関節のようにピクリとも動かない。

 そしてそれは、ミカエの翼の根元までほぼ染めて。


 鎖の動きを止められたミカエへと拷問器具が駆動した。


「ああああああああああっ!?」


 小さなネズミ捕りのような爪はぎ機が指へハマり爪をはいだ。

 鞭がしなり鎖間をぬって背を強く鞭撃ちした。

 鉄の針がふくらはぎへと突き刺さった。

 つま先へ数十キロの鉄球が降ってきた。

 飛んだ鉈が左小指を弾き飛ばした。

 熱した数千度の鉄が腹へと着いた。

 

 全身へ無数の拷問器具が襲い掛かり、とっかえひっかえにミカエを傷つける。その様は、獲物に群がって列を作るかのようで、まだかまだかと道具同士が押し合っているかのようにすら見える異形の光景。


 全身が破壊される。細かく細かく刻まれるかのようにして、あえて痛みを与えるような形で擦り削られていく。

 こんなもの――


「っ――このっ!」


 まだ動く数本の鎖を振り払い、まとわりつく危惧のこと如くを破壊してその場を飛びぬける。

 だが、しかし。


「こういうことですわあ」


 槍衾状されたレアがそのまま鎖に貫かれた体のまま、屠殺包丁目の前へと迫って振り上げていた。


「きゃあっ――!!」


 振り下ろされ、割り裂かれる胸。もはや血ではないない赤黒い何かをまき散らしながらも、残っている鎖から鎖を生やしてレアへと応戦する。

 

 重症なのはレアとて変わらないはずであり、それを証明するかのように動きの鈍った目の前のレアの胸を穿った。

 狙いは心臓。鎖は突き抜けており、間違いなく致命傷で、同時に鎖を拘束する血液は弾けて地面を紅く濡らした。同時に力を最大限まで振り絞って過去最大まで鎖を生やしてのばし、無数の拷問器具のことごとくすべてを鎖が貫いて破壊する。


互いに血まみれで、顔が引っ付きそうな程になるぐらいに正面に立ち、血塗られた両顔が見合って目と目が合う。


「くふふっ、アハハ……」


 片方は笑い、片方は強く睨む。

 鎖に無数に穿たれて動きを封じられならも悪魔は不気味に笑い、臓物は跳びだして真っ赤な聖職者は強い意志を周囲へと流れ出す。


 そうして――目を負いたくなるような光景であるのにも関わらず、互いに会話が成立する。


「それよ――クリアが随分と向こうを痛めつけているおかげで成り立っているソレ。

 いくら道具であっても内臓をぶちまけて、生きているだなんてありえない。人じゃありえないのよ。それをこうしてキサマに見せてやりたかったのですわ……」

「はーっ……その為だけに、特攻を……?」

「ええ、これで分かったでしょう。キサマは自分のことをなにも理解していない。

 罪? 罰? そんなものどうでもいい? ええ、どうでもいいわですわ。キサマの心境なんか知ったことではない。

 それを否定しても、どうせ聞き分けのない以上会話にもならないのだから。勇者になどなれないと自覚している以上、意味ない。

 ただ、勇者の道具としては彼女を導くにはこれが一番だと思ってやったまで。

 見なさい、自分のナリをそれを。見て何も思うところなくって?」


 自分を……。どういうことか、言われて自身を見下げる。


「っ……」


 そこには裂かれた、胃や腸など内臓の至るものがあふれ出ていて、それ以外にも貫かれ焼けただれ、欠損した足や腕の部位が目に入る。


 なんですか、これは――

 今までこんな状態で自分は戦って居たのかと醜く感じておぞましく思う。


「アハッ、それでも生きている。見ての通り、もう体は壊れて傷を治す力もないのはお互い様……。なら死に行く前にこうして愛を寿ぐのもいいかもねって。

これを見せたかった。見せて語らいたかったのよ

 どだい、(ワタクシ)は痛みを感じていないと、まともに会話などできないし、良い演出でしょう?」


 レアの言う通り、もう回復する力は残っていない。

 というより、レアの能力が最大限まで高まって傷を治そうにもそれが邪魔をして修復できない状態となっていた。下がり、逃げようにも痛みが強く身動きはできなくて、そもそも至る所が破壊されているせいで動かない。鎖は鎖は知らぬ間に、ほぼすべてに抵抗をしようとしているレアを動けないようにきつく止めるために地面へと串刺している状態もはや身動きも取れず、自身の状態をみればいつ死ぬか分からない状態である。


 そして、それはレアも無論同じ。

 鎖で行動を封じられている上に、拷問器具は既に全損。彼女の回復能力自体も機能していないようだった。


「それは……なにを……」


 そんな刺し違える状況を創りながらも、語らいたかったと言うレアはどういうつもりか。

 まるで訳がわからない。

 

「痛ましいからですわあ」

「痛ましい?」


 笑みを浮かべながら、痛むような言葉を浮かべるレア。

 どういうことだろうか?


「ええ、キサマを見ているのは酷く痛々しい。

 痛ましくも哀れにね。こうして壊れながらも生きている。その真実を教えてあげる」


「真実……? 何を、いっているのですか?」


「そんな嫌な顔しないでちょうだい。

 こう見えて、同類に対しての思いやりの範疇。狂気するのが痛ましい、そんな結末はキサマも嫌でしょう?

 黙って聞きなさいな」


 そう言って、口元から血を流しながらレアは語る。


「アハッ――

 どうして生きているか。まずそれですわね。少し長くなりますわあ。

 まず、キサマは人じゃない。道具(ロザリオ)出もない」


「なにを、何を言っているのです…。人、ではない? ロザリオではない? 訳が……」


「黙って聞きなさいって、死にますわよ…。

 別におかしな話ではないことよ。こんな状態で普通は生きているのですもの。色んな殺し方をしてきたからこそ言えるけれども、ここまでして生きている人間はまずいない。これはまあ、そういうことだし、現実にそうなっているのだからもはや言うまでもない。人ではありえないこと。

 ならば、こんなことがなぜ起きているのか。

 簡単なこと。キサマはひとではないのですわ。人でもなくロザリオでもない。なら何か」


 含みを持たせて、間が開き、血が垂れて言葉を紡ぐ。


「キサマ、一度死んでいるじゃない」

「……!?」

「驚いても仕方ないわ、キサマはそれを知らないもの。でも確実に一度、死んでいる。それはカレンの夢による自身(ロザリオ)との会合の際。キサマは自分で自分を破壊したじゃない。その時死んだ、でも生きている? そうね、こうしている。

 おかしな話よね、けれど(ワタクシ)達にとってそれは当たり前のことなのよ。

 前のキサマを今のキサマが別物なだけ、リアというエリーゼのもう一人のお母様の遺物が創った幻想にすぎない。ようは能力で創った夢(幻)。材料はリアとロプトルという少女の記憶。それを起点にできている。

 証拠にほら、こんなナリでも生きているし、降臨アドベントを使えずともキサマ風情が(ワタクシ)についてこれている。力が強くなっているのを感じない?


「それは……」


 言われて見れば、それは確かにそうだった。戦いが始まって今に至るまで、段々と自分の力は限界を超えて強まっている。鎖の出せる両や長さにそれは関わらず、そもそもの身体能力や、痛みに耐える精神すら強くなってリアの使っている無痛化に近い状態へと至り始めている。


「ハハッ――どうやら、クリアも随分痛めつけているようですわね。創った本人が力を強く願った部分が結果としてキサマに影響を与えている。だから、リアという少女が力をより強く放出すればするほど、あれに作られたキサマはあれの一部なのだから、同時に力も強くなるのは当たり前なのよ」


「………」

 

「それで、何だったかしら? 他が自分を受け入れてくれたから自分は戦う。戦って勝つ? 滑稽ねえ、キサマは奴らからできた物、受け入れるもなにも身から出た錆である以上、そんなのははなから当たりまえのことなのよ」


 そう言葉にしたレアの口から大量の血が吐き出される。

 彼女とて、もう生きているのが不思議な状況であるはず。そんな状況になってでも言いたかったことがそれだななんて……。


「そうですか、それはたいそう……」


 驚きはしたものの、だからどうしたのかと投げ捨てた。


「それを伝えるために……、わざわざ、こんな相打ちを狙うような自滅を……?」


 もはや言うまでもなく互いに致死量。身動きは取れないし下手に動けば即死は免れない。

 特攻などせずに、拷問器具を放ち自分と同じように鎖で穿てばこちらは一方的にただでは済まなかったというのに。

 狂気は何処へ行った。傷つけてそれを愛すというふざけた言葉はなんだったのか。まるで行動と言葉が合っていない支離滅裂なレアへ、おかしく想えてミカエでさえ口元が緩み笑みがこぼれた。


「ええ…。言ったでしょう? 痛みを感じていないと正気では居られないと。(ワタクシ)はそういうもなのよ

。壊れているなんてとっくに自覚してる。世界も、自分も。だから次へと繋ぐために。

 あのお方がいないなんて、戻ってこないなんて痛みを知ってるから誰よりも分かる。

 イタイってのは、なにも物理的なことだけではないの。心が、感情が、魂も痛むの、それが(ワタクシ)が物理的な痛みを受けて与える理由。心が痛いならそれをかき消せればいいって。

 でも、それももう終いですわ」


「貴女――」


 レアの手に握られていた屠殺包丁が地に落ちた。


「結局、なにがしたかったのです?」


「ああ、それ。

 ただ、あのお方の元へ行きたかった。けど、この世界も維持したかった。それだけですわ。

 ……だから、こうした。

 共倒れするのならいっそ可能性にかけてみたくなったというだけ。同じ狂気と罪に悩むキサマへならば託せるとね。エリザベートを殺してくれと。

 こんなこと考えられて言えるのもクリアのバカが無駄に力を広げている影響かも……」


 そう答え、最後に呟くと静かにレアの体が薄れ始める。

 それは戦いの終幕が近づいているということだった。


「貴女、最後まで意味が分かりませんね」

「結構よ。腸引き抜かれてるようなやつに言われたくないわ。

 でも、まあ……キサマらに力を貸そうと思った」


 それは間違いなくレアが負けを認めた宣言であり――


「だから光栄に思いなさい。

 理解など必要ない、ワタクシを理解できるのはあのお方だけで、いいのよ……」


 彼女が消失した瞬間だった。


「あっ……」


 同時、レアが消えて鎖の力は弱くなり、ミカエもその場に倒れる。


「ロプトル、リア……」


 結局最後までレアは何がしたいのかわからなかった。

 自分がロプトルとリアの夢で創られたもの。まあ、こんな状況でそれを否定するつもりはない。こうして生きているのが確かにおかしいし不思議なことなのだから。否定のしようがない。

 であれば、よし。自分が彼女らの夢というのであれば、それを返そう。いや、力になりたい。

 二人の。まだ戦っている仲間の為に。


 自分もなんだかんだ言って、時期にもう限界だ。

 ならば――


「…それはダメです」


 その場にうつぶせに崩れ倒れて思う。

 自戒は怒られてしまうなと。心配させたくない、むしろ心配したいのだから。


 なら……。


 ――ロプトル。


 リアには申し訳ないと想えど、まずは最も愛すべき相手へと。彼女を思って全霊を鎖へと載せて伝える。

 ここに審判者のレアは敗北して、ミカエは自分のすべてを愛する者へと繋げる。



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