第61話 リア決戦 リア対クリア01
そうした覇道が世界を包むを真実を語る為に、時は少しばかり遡る――
「みんな……」
既に戦いは始まっており至る所から感情の、意志による覇道の念が天へとうねりを上げている。それらは全て空の邪悪な月へと吸い取られるように世界へと広がるも消失して、まるで魔王への供物のようでもあった。
感じる。
みんなが戦っているのを。
おねえちゃん、ロプちゃん、ミカエちゃん。全員既に全力、その力には真に戦いへの迷いわない想いが秘められている。
だというのに――
自分はこんなところで何をしているのか。
浮遊する暗黒の城の下。そこで城を見上げては戦場へいくことをためらい、行こうと思っても踏み蹴れず渋滞をしていた。
覚悟が決まらない。一人で行くのが怖い。
昨日はみんながいたから一緒にいけた。おねえちゃんが抱きかかえてくれてたから怖くなかった。けれども今は一人であそこに行き、しかも一人で試練へと臨まなければいけない。
みんなの前で強く振る舞っていたけれども、わたしは結局覚悟なんて決まっていないし、戦うのが怖かった。
「このままここに居たらどうなるかな……」
そんな愚かな考えすら抱いてしまう。
みんな戦っている。なのに、なんて自分はズルいのか。
今思えばこうして自分一人で何かをしなければいけないという状況は初めてであった。
カレンの試練はみんなが居たから一緒に誓えた。
そしてカレンとの死闘もまたみんながいたし、逃げるなどできない状況に居たから止む終えず戦った。
レアの時だってそう。街があんなことになって、それをどうにかしなきゃという想いのまま流れに流されるままであった。
そして昨日の城への襲撃も。ああするしか外なかったのだ。
それら、ここまですべての出来事、みんなが居て流れに流されるままであった。
そこに自分の意志はあったのかと聞かれればきっとないのだろう。
そしていまはこう。戦う意思が元から無いのだから自ら戦場へ足を踏み出す訳もなかった。
ただ怖いし、辛い。戦うのは痛いし苦しいから。
そんな中へ自分から行くなど、わたしにはできなかった。
結果、これである。みんな必死になって戦っているのにわたしはたった一人、いまだ試練の地へと見上げるだけで向かうことなどできずにいた。
それでも行かなくてはと思い、足を一歩踏み出そうとするも、踏み出そうとする足は震えて踏み出せない。
周りで誰かの力が膨れ上がり、その覇道の余波を感じると体がビクッと震えて恐怖した。
みんな、みんな戦っているのに、足を前に出すどころか後ずさる。
何て自分はズルいのか。
みんなに戦ってもらってもらうお姫様。心配はしているけれども、自分からは手を差し伸べられない。まさにそれだ。
ならばこのまま――
でもきっかけさえあれば。物語のお姫様もみんなそう。何かきっかけがあって、閉じられた城から自ら出ようともがき始めることもある。ならば、こんな決意も決まらないわたしでもそうありはしないかと妄想に浸る。
すがって――
それを体現するかのように。
浮遊する蝶、蒼い鱗粉の輝く粉を散らしながら、蒼く儚い光を発する4匹の蝶がどこからか現れてわたしのまわりをヒラヒラと飛行する。
「あなたたち……」
この蝶。城でわたしを魔王の元へと導いてくれた蝶だ。どこから来ているのか、誰の子なのかも分からない。
暖かく発光する蝶へ手を伸ばすと、そのうちの一匹が伸ばした指先へと着地する。
「………」
閉じた羽を呼吸するかのように小さく動かしている様は儚くも神々しい。こんな壊れた世界に奇跡とでも呼ぶかのような存在で、見るだけで心が恐怖から不思議と解放されていく。
「あっ……」
そうして、それを微笑ましくも見ていると、蝶は指先から飛んで、ヒラヒラと再びわたしの周りを浮遊する。
それから空へ、魔王の城へと少し近づくように飛び立って、わたしの手の届かないところで蝶達はじゃれあうかのように飛び交う。
それはわたしを待っているかのようで、あの城の中にいる時と同じ。
読んでるの?
先ほどまであった不安と恐怖は不思議ともうない。
それを確認してわたしはグッと拳を握りしめて――
「分かった」
握った拳を開いて大剣をその手に呼ぶ。
そうして顕現した大剣を手に力を駆動させた。
想いを扱う力は前日におねえちゃんが見せた物と同じ。
わたしは大きく跳躍して、足場をイメージして空へと立つ。
飛ぶ蝶はそれに合わせてさらに天高く昇っていき、わたしもそれに合わせてさらに跳躍する。
そうして、二階建ての民家の屋根より高く出たとき、振り返って街の風景を見張る。
街の中で達昇蒼い輝きと紅い輝き。登る黒い輝きと黒い煙。街の外では黄金の二つの極光があらゆる方向へ伸びて同時に蜃気楼のように天と地で空間を歪ませて居た。
「おねえちゃん、ロプちゃん、ミカエちゃん」
みんなみんな戦っている。見るからにそれらは激戦で、外からの介入などできないほどに高まり想いの奔流がうねりくるっている。
生唾を飲む。大剣を握る手が力む。
わたしも同じように。戦わないといけないのか、そう思って。
恐怖が戻る前に空を見上げた。
先では蝶が飛んで待っている。
それを見ていると迷いは消えて再び宙を踏んで跳躍する。
そうして、城へと登ってさらにその先へと飛んでいく。
目指すは城の最上階。塔のように伸びる主館となる建物のその上。
空を蹴り、黒曜石の城の上へと上がっていく。
「っと」
そして――ついにわたしは蝶の誘導の元、城の最上階へと降り立った。
レンガ組の円柱の建物の上は平面で、丸い天空のダンスステージのように広かった。
そして中央に一人、ポツリと立つ少女へと、蝶はヒラヒラとどんでいった。
わたしを案内した蝶とは別に数匹、既にクリアの周囲を飛んでいて、まるでお花畑で蝶と戯れるかのような光景をわたしは目の当たりにする。
わたしを導いた蝶がクリアへとたどり着く、同時にこちらに彼女は気づきこちらへ視線を向けて一言。
「遅かったですね……」
それを言われたら正直返す言葉もない。
だから気になったことを聞いた。
「そのちょうちょ、あなたの子たち?」
10匹程の蝶にそれに囲まれて、それらと遊ぶようにするクリアはさながら緑の庭園で戯れる姫のよう。その子らの飼い主なのか。蝶を扱いわたしを読んだのか。そう思ったが、どうもそれは検討違いであった。
「いいえ。この子たちが勝手になついてきているだけですよ。まあ、飼い主のただのお節介でしょう」
それだけ言うと、おかえり、と蝶たちを追い払って、そられはこの場から飛び去っていく。
「まったく優柔不断な方です。だからこそあの方の一番だったのかもしれませんが…」
そんな訳の分からない独り言を愚痴り、改めてわたしへ体を向けると、一瞬にして虚無の瞳が更なる無となりわたしを捉えた。それは彼女の凄艶さを際出して、端麗な人形へ入れ替わるかのように人の暖かさという物が瞬間敵に消え去る。
もう目の前にいるのは人ではない。そう感じさせる程に、生きているという生気を感じず奇怪な人形めいている。
彼女の心は何処にあるのか。存在が霞かかっていき、無の覇道が彼女から膨れこの戦場すべてへと広がり周囲を飲み込んでいく。
それに飲み込まれるわたし。そこには何もない。なにも感じない。空気のよどみも光の払拭もよどみもなくすべて空虚なのだ。何も感じないし、なにも気持ちが湧き上がる気配もない。
思考を殺されるほどに澄み渡って、少しでも意識をするのを忘れれば霞掛かったクリアの存在を見失い、自分が何故ここでなにをしているのかなど思わず忘れてしまうほど。
すべてが無で、何も感じない。
思考すら許されていないのか。彼女を前にしただけで戦意が穏やかに喪失してしまう程だった。
「どうして……」
だからこそ思った。これほどまでに澄み渡りよどみが消える空気。恨みごとも争いごととも無縁な存在その者に、どうしてと。
なぜ、戦わなければいけないのかと。
これは試練。そして相手はクリアでそのクリアと戦い倒さなければいけない。
だというのに、肝心なクリアには戦意もなければ敵意もかんじない。いや、そもそもそこにいるのかすら危ぶまれるほどに生きている感じすらしない。
まさに人形。そこにいるだけで、そこにはいない。
力に飲まれたわたしが感じたのそれで、だからこそ言葉は漏れた。
その言葉に凛した憐憫の少女はどうこたえるのか。ゾッとするほど流麗に詩文が読まれるように言葉が返ってくる。
「全てはあのお方のために。お嬢様への献上、そして――楽園を永久にするため」
同時――いつの間にか右手に握られ向けられた自動回転式拳銃。
放たれた銃声すらも無を体現してたのか。気づいた時には発砲音は過ぎ去っていて、ハッと気づいたわたしは咄嗟に大剣を横にしてその弾丸を防いでいた。
なんの変哲もない鉛の弾丸。それには奇跡(異能)は宿っておらず、弾速も威力もたかが知れよう。
すでにわたし達は常人の域を抜きんでている。だからそんな弾丸など止まって見えるのと変わらない。なのだが、反応は遅れていた。余りの研ぎ澄まされた清廉さに見ほれた? それで反応が遅れた。そんなバカな。ここは戦いの場。例え戦うことに疑問を持っていようと、油断などありえない。
クリアという相手はローザちゃんを殺した仇。いくら澄んでいようと敵意がなかろうとも警戒しないはずはない。
いいや、そもそも何の力をまとわない銃弾程度に遅れを取る訳がないのだ。
最初の試練の時ような常人な状態ならばまだしも、たとえ油断があったとしても反応が鈍るなんてありえない。
だというのに、防ぐという判断は確実に遅れていた。あとコンマゼロ数秒以下で一瞬でも対応が遅れていれば胸に当たっていたのは間違いはない。
もちろん、当たったとしてもただの鉛玉で体へと傷がつくことは本来はありえず、そこは戦いと力に慣れていない居ない以上、反射的に能力の有無に関わらず防いだだけなのだが……。
明らかに、自分の中の力の劣化を感じていた。
「いきなり何するの……」
防ぐ大剣越しにクリアへと言葉をかける。
「周囲ばかり気にしてるというのは、あまりよろしくないかと思いますわ」
「どいうこと……」
「自分の胸を見てみればよろしいかと」
言われ、罠かと想い警戒しながらも自分の胸を見る。
「――っ、いつのまに……」
そこには血に濡れた衣服があった。
服に空いた小さな穴。それ間違いなく小さな弾丸によるもので――
「――かはぁっ」
傷を意識したことにより、体内から血が逆流し口から吹きだした。
いつの間に、弾丸は当たったのか。確かに弾は防いだのに……。
「ぁ……。なんで……」
弾は防がれてはいなかった。大剣には小さな丸い穴が空き、貫通して居たのだった。
そんなはずはない。この大剣は聖器。自分の体と同等でそこが破壊された時に気づかないハズなどありえないし、そもそも、ただの弾丸で貫通しうることなど、天地がひっくり返ろうとありえないことなのだ。
だというのに、それをなんの気配も見せず豆腐のように突き抜けることなんて……。
一体なにを……。回復をしようとするも、力が入らず治癒の速度はすごく遅い。わたしの力が弱くなっている?
力を出そうとしても、いつものように、感情が、力が膨れ上がらない。
まるで、枷でも駆けられているかのように力が湧き上がらないのだった。
おかしい、さっきこの城に上がるまではこんな不自由な感じはしなかったのに。
やはり、クリアの放つ力に当てられて何かが起きていていることは確実で、すでにクリアの術中にハマっていたのは明白だった。
戦う気概は感じられないのに。どんな理屈なのか、感情の色もなくわたしを排除しようとしているのは間違いなく。
たった一発の鉛で致命傷を負っていた。
だというのに――
「まだ死んでいない。つまり加減など必要ないということです」
何よりももっとも絶望的なのが、彼女が一ミリも油断をしていなければ、容赦がないということだった。
「まってっ」
「今更アナタと対話など必要ないのですよ」
次いで放たれた銃撃。霞掛かった雰囲気は変わらず、発砲音はズレているのか遅れているのか。反応が何故だか遅れる。いいや、遅れているのではなく、わたしのそもそもの反応速度が人のそれに戻りつつあるのか。
「わっ!?」
傷の修復を諦めて無痛を願う。
剣で弾こうとすれば貫通するかもしれない。そんな忌避を持って横へ飛び避けた。
もうどうにもならない。
戦いたくない。戦う気になれない。相手はローザちゃんの仇で試練という街を破壊した起こした相手。そんな相手に対しても不思議と感情は込みがらず、けれどもこのまま黙っていればこちらが殺されてしまう。
霞ゆく思考を回転させて、敵対した相手へとわたしは踏み出す。
話を聞いてくれない以上こうするしかない。戦って今は勝つしか。
次弾が狙い定められて放たれる前に、瞬間移動同然の速度で、弾丸を躱した直後から疾走する。
そしてそこから常人のままのクリアの懐へと入り込み、反応できていないのか、無防備の彼女へと真っすぐ振り下ろす。
走る剣光、間違いなく入った一撃だが――
「なっ――!?」
それを銃を持っていない左腕で防がれた。
その感触は金属に大剣を打ち付けているかのように固い。防いだクリアの腕にはなんの切り傷もなければ痛みを感じている様子もなかった。
そして動きは流れるように次で反撃される。
「ああっ!?」
放たれた銃撃、残弾全てを撃ち尽くす勢いで、超至近距離での連射がわたし目掛けて放たれた。
引いて大剣で防いでいる余裕などないし、例え防いだところでそんなものは先ほどと同じように意味などなさないのか。
結果として、そのどちらでもなく、そもそも反応が遅れてそのすべてがわたしへと着弾する。
「がぁっ――!?」
そして、まだクリアの攻撃は止まらない。撃たれた反動で吹っ飛んだわたしへと詰め寄って、地面に倒れる寸前で顔面へと脚撃が入ってそのまま地面擦れ擦れをぶっ飛ぶ。それを右手を地面に当て勢いを殺し、城から落ちる寸前に無意識にもギリギリのところで崖端を掴みぶら下がった。
「っーー」
痛みは感じないが、明らかに威力を殺すために地面を滑った手が壊れているのを感じる。まともに動くのか。
いいや。動きはする。けど、力の入らないおかしな感覚。
明らかに右手は壊れている。
だから浮く脚に地面を願って、戦場へと飛び戻る。
そうして手を見れば爪は剥がれ皮がめくれ血が滲み、痛々し見て居られない状態へとなっている。
それでも、無痛による効果は消えて居ないがために痛みは感じず、わたしは目の前の敵へと向かって大剣を構えるが。
「いない……」
居たはずの彼女は消えて居なくなっており。
「上っ!?」
鉛玉が頬をかすめる。クリアの位置を意識したことにより感知と同時に一足遅れて反射的に体が動作し彼女の銃撃を躱す。けれど宙から落ちた彼女はわたしの上へと落ちて、そのまま両足で腕を押さえ、股乗りマウントを取る形となった。
身動きが取れない。
腕は乗っかる脚に抑えられて、左腕で首元を押さえつけられ右手に持つ自動回転式拳銃が眉間へと突きつけられる。
そしてそこから、会話などない。
「うあっ!?」
言葉一つ漏らさず、ためらいなく引き金は引かれた。
「このっ……」
脳天を穿たれて、わたしは負けじと力の増幅を想い描く。
想い願った夢は自身の力の強化。未だ能力が完全ではないものの強引にでも力を振り絞り膨れ上がった力でクリアを押しのける。
同時に彼女も危険だと悟ったのか、マウントを取った状態から飛び引いて、それと同時に銃弾を放ち、わたしは退けるだけで背一杯で再び被弾する。
「くっ……」
力が湧き上がらない。どんなに夢を願いを想ってもそれが発動するのはほぼその瞬間のみ。発動後等しく全てが弱まり、最悪消え去ってしまう。
無痛の願いは消せず継続中のため傷の回復まで回らない。反撃に出るも一時撃なものに収まってしまう。
こちらはそれだというのに、何故かクリアはわたしが力を使えば使うほどその速度と威力を増していた。
わたしの力を吸い取っているのか? わからない。だけど、このまま押されて死ぬわけには行かない。
負けるわけには。
「その無痛化、自覚がないとはいえ意外とやっかな物ですね。よくワタクシは人形と言われますが、それはどちらなのか」
言葉を漏らす彼女の感情は未だ読み取れない。人形のように平坦でこちらに向けて喋っているのかも危ぶまれるほどにおぼろげ。生気は感じず、動いても動いているとかんじすらしない。
なにも考えていないのか。何も感じていないのか。
相手にしているハズなのに、ここでただ一人芝居をしているようにすら思えてくる。
もちろん、それは痛覚を消しているという無痛による感覚もあるだろう。
だけど、それ以前に。ここにいるのかどうかすら。危ぶまれるほどに何もない。
なにも、何も感じない。ただ殺傷性のある道具が飛び交っている程度の感覚でしかいない。
そんな相手が言葉を発している奇怪さ、それに恐怖すら抱かない自分もいて。
もはやなにがなにだかわからない。
だから、意味不明な独り言にわたしは吠え返す。
ここに、わたしは確かに存在してこうして戦っているということを想い返すかのようにして。
「わたしが人形とでも言いたいの?」
「ええ」
無論、答えは平坦に、自分以外と会話しているかのように返ってくる。
「心臓を撃ちぬいてもダメ。眉間を撃ってもダメ。何処撃たれようとも生きて立っている。それがまともな人間だとでも思っていますの? でしたら、相当自信があるのか、頭の中がお花畑なのか……。どちらにせよアナタ、それが異能(奇跡)だと理解していらっしゃいます?」
「それは…」
一体。
無痛を願っている以上、わたしは何をされようとも痛みは感じないし死にはしない。そこになんの問題があるのか。
「自覚はないのでしょうね。
異能(奇跡)を扱う方は誰でもそうです。自分がこうして立って戦っていることに何の疑問も抱かない。
自分は特別だから。夢を思い夢を信じて、そうして夢に落ちていく。いや、既にアナタの場合は落ちている。
だから、そんなザマでも周りしか見ずに自分は見えない。夢に溺れて生きていくというのは、それはそれは大層楽なものでしょうね。
試練を受けて受ければ受けるほど、現実逃避していることにすら気づかないなんて……」
「なにを言っているの?」
「分からないのであれば、やはり期待などありません」
スカートのポケットから出した弾でリロードし終えた弾倉を閉じて、銃口を真っすぐ突きつけ皮肉気に語られた言葉は何を意味するのか。
わたしには分からない。けれど、確かなのはわたし自身を否定されているような気がして、思わず真っすぐ走り出していた。
「はああっ!」
「ゆえに、ワタクシは思うのですよ。
アナタはワタクシを超えていけない。勇者にはなれないと……」
「えっ!?」
振り下ろした大剣の刃は、今度は簡単に左素手で捕まれた。
「勇者の絶対条件というのは知っていますか?」
「なにそれ」
「一に、勇者は強者でなくてはならない」
「うっ!」
受け止めたまま、放たれた銃弾がわたしの踏み込んだ左太ももを撃ちぬく。
痛みは感じないが、筋肉の剣が切れたのかガクンと力が入らなくなる。
そこへ容赦なく銃弾の雨がわたしへと降り注ぐ。
「二に、勇者は個人の為ではなく、みんなの為に戦わなくてはならない」
空けらた穴はいくつか。全て直撃するもその個所は総じて数十発は超えている。
「おわっ」
そして全弾を撃ち終えると大剣を握った腕が大剣ごと引かれて投げ飛ばされた。
吹き飛び倒れるわたし。
全身すでに穴だらけで、至る所から血が吹き出ている。
それでも痛みは感じないようにしているし、生きている。
まだ、まだ戦える。戦って、勝たないと……。
そも思って立ち上がるもーー
「三に、勇者どんな困難を前にも決して弱音を吐いてはならない。
ワタクシ、それらが嫌いですの」
「がっ!?」
今度はわたしの顔面が地面を貫いた。
そしてロングスカートが翻るのが見えたと同時に、蹴り飛ばされる。
「うう……」
それでも立ち上がる。
まだ、まだと。体は既にまともに言うことは効かない。何も感じないこの空間だからなのか、恐怖を感じず平然と立って見せることができる。
だからまだ戦えると、一番強い戦意だけは消えずに残っていて。
大剣を杖にクリアを見る。
「じゃあ、なんで試練なんか……。それに、勇者を願ってるんじゃないの?」
「ええ、ですがワタクシが求める勇者とはその絶対条件に当てはまりません。
というより、そんなものに何の価値もない。
仮に、そんなものがデキようものならばそれこそ可哀そうな人形」
「どういう……」
体制を立て直すも、ここまでの攻防、全てわたしが一方的にされるがままで、見張った彼女はなんの消耗も見せていない。
しかもそれだけではないのだ。クリアの使う力、そのすべてはただの銃と体術。そこには異能という常識を脱した力は入っておらず、ただわたしが弱体化しているという現実を除けば一度たりともクリアは力を使ってなどいない。
普通に銃で撃たれて、蹴り飛ばされる。それだけが、今この場で起きていること事態、異能もなければ聖器もない。クリアは何も使っていないのだ。
それなのに、何故?
確かに、おねえちゃんが居ないためにアドベントを扱うことはできない。けれどもそもそも常識を逸脱した力は変わらない。だというのに……。
ただの人間に、負けている。
それに、さっきから言っていることが無茶苦茶だ、試練を課している半面、わたしの知っている勇者は嫌いだという。意味が分からない。ならばクリアの言う勇者とはなんなのか。
おねえちゃんのことではないのか?
「っ……」
力が入らない。夢はもちろん発動している。無痛はこの通り動いていて、生きている。
なのに、何故……。
お姫さまでもないただの脇役が(・・・・・・)。
「アナタの考えは分かります。脇役風情がと。どうやら本心が浮き彫りになってきたようですね」
「そんなこと……」
なんでそんなこと、思って……。
「ないとでも? 力を得て、お姫様を演じていた。それがアナタではないのです? アナタはお嬢様の作った道具。お姫様でもなければ人でもない。
ゆえにワタクシはアナタを認めません。あなたが勇者? まさか、ただの人形ですよ。生れてからの時も短ければ自分でなにかをしようと思う魂(意志)すらない神の玩具。今なお壊れないそれが証明しているでしょう? 人間が、こんなザマになるわけがない」
「なにそれ……」
「知らないというのは幸せなことです」
「だったら、教えてよっ。わたしが人形だって言うなら、それが何故かっ」
勝手なことばかり言って、審判者はいつもこうだ、カレン然りエリザベート然り、目の前のクリア然り。自分勝手に言葉を並べて自己解決して、わたしたちに何も教えてくれやしない。
挙句の果てに知らないのは幸せだなんて。
それなら何故試練などするのか。こんなの、最初から期待していないようではないか。
「期待などしていませんよ」
「っ!?」
思考を読まれた?
違う。呼んだのではなくにじみ出ているのを感じたのか。わたしが普段他人の力の渇望を感じ取りやすいように、クリアもまたこの無の中で浮き彫りになったわたしの想いを感じただけということ。
だから言葉にせずともなにを考えているのかわかる。対するクリアは虚無で何も感じさせないというのに。
「する訳がないのです。ワタクシ達が成れないのに道具が勇者へと成れるわけがありませんわ。せいぜい創られて6年程度の人形。 体も記憶も作り物なのですよ、アナタ達」
「え…?」
「話はここまでです。自分が人ではないということを自覚したのなら、そのまま壊れてくださいまし」
そうして再び放たれる銃撃にわたしは反応することができずに被弾する。
「うっ…」
先ほどよりもわたしの反応が遅くなっている。それに、撃たれた足のダメージは致命的で動きがかなり鈍くなってしまっている。
「このっ」
次いで放たれる銃撃を間一髪のところでかわして、連続で射撃させるわけには行かず、大剣を投げ飛ばして反撃へと転じる。
それ自体は体を逸らすのみで躱されるが、クルクルと高速回転した大剣はブーメランのように帰って来て、避けたクリアを再び狙って彼女の注意はそちらへ向いた。
そこへわたしは負けじと走り出す。
「あああああっ!!」
帰ってきた大剣は再び避けられるも、わたしが接敵すると同時にそれをキャッチして同時にクリアへと振り降ろした。
「ぁ……」
が――左眼球が銃口の中を見た。
そして弾かれる撃鉄。わたしの左目から鮮血が迸り、反動でわたしの体は大剣を振り下ろす前に後ろへと弾かれて尻もちをついた。
「まさか、自分だけお嬢様の世界の破壊を逃れたと? 城で語られたハズです。試練ごとに世界は崩壊し創りかえられると。ゆえに街などこの下にある物しかなければ、後は無限の荒野と。
前の試練は今から6年ほど前、それから世界を構築して今に至るまでの歴史しか存在していない」
「……なら、なんでわたしには前の試練の記憶が。おねえちゃんはっ!? それに、みんなの小さな時の記憶だってっ!!」
わたしは覚えている、前の時、おねえちゃんがわたしを守って逃がしてくれたって。
「すべて創り物です」
「なっ……」
静かに、何処にも向けられていない返答にわたしは無の空気の中、絶句して思考が消える。
「アナタ達の記憶は、元になった聖器によって創られた都合がいいように組み替えられたものか、もしくは世界の修正力とやらで適当につじつまがあうようにされただけに過ぎないのですよ。
言いましたでしょう? 人形だと。
お嬢様の創った舞台で繰り広げられる人形劇。それがこの世界でアナタ達はその配役でしかありません。
わかりませんか? そんな物が勇者となりお嬢様を超えるなど、いかに不可能なことなのか。
ゆえに期待などワタクシはしない。他の方はどうかは知りませんが、人間達の劣化品であるアナタ達が至れるハズなどありはしないと。断言できる」
「そんなの……」
なら、わたしは一体。
何のために生きて何のためにこんな試練などしているのだというのだ。
エリザベートが創った人形劇? それの人形。なにそれ――
「じゃあ、わたしは、わたし達はどうすればいいのっ!」
「さあ?」
立ち上がり大剣を振るうもそれは左手で受け止められる。
「まあ、せめて言うのであれば、人間にも成れというぐらいですかね?
少なくとも、そのスタート地点にすら立たない限り、正攻法でワタクシは超えることができなませんよ」
言うその表情に悲しみもないポーカーフェイス。何を思ってそれを言っているのかも読み取れない人形がそこにいる。
なのに、瞳だけはこちらを強く睨んでいるように思えてわたしは初めてこの時恐怖した。
飲み込まれる。燃やされる。消されてしまう。
正体不明の恐怖に耐えきれず――
「ぁ……、っ――」
思わず大剣を放して後ずさり、消失大剣を再び手に顕現させてクリアから数歩下がった。
「それと。もう一つ面白いことを教えて差し上げましょう」
「な、なに……」
「アナタの姉のことですが」
「……あれは、幻ですよ?」
「へ……」
それを聞いた瞬間、わたしの中で何かが壊れたような気がした。
夢(力)が弱まる。同時に発動していた幾つもの自分へとかけていた能力が緩まっていく。そしてつまりそれは……。
「うぁっ……」
無痛が消えさる。全身が焼けるように熱くて痛い。どこがどう痛くて何がどうなっているのか、感じる痛みもそれが何なのかすら理解する前にわたしはその場に崩れ、倒れて身動き一つ取れなくなる。
「ぅ……はーっ、はー……」
それでも生きている。全身を駆け巡る痛みのさなかに、まともな人間ならば死んでいるはずの致命傷を受けていても。
つまりそれはまだ、完全には力が消失していないということで、無痛化はまだ微弱だが発動し、わたしへの痛みを和らげ生きながらせているということ。
けれど動けないことには変わりない。
痛くて動けなくて、呼吸もままならなく苦しく呼吸を深くするも、それがむしろ傷口を悪化させて逆流した血を口から溺れそうになるぐらいまき散らす。
こんな、生きているのがつらくむしろこのまま死にたくなるようなそんな状況の中、恐怖は芽生えたが、それ以外へと思考が上手く回らないのがクリアの領域。
わたしを無表情で見下ろすクリア。視線だけでわたしはそれを見上げて意志を返す。
何がどうなっているのか、そんなことなどどうでもよく。ただ一つ。理解できないことがあるために。これは意地で、絶対にありえないことであるから。
それを感じてか、クリアは平坦に言葉を返してくる。
「姉が、リムは居ないというのを否定したいようですね。
ですが残念なことに事実です。リムはアナタが創り出した妄想。
まあ――アナタ自身、聖器の創り出した幻といっても過言ではないのですが。それはそれ。話はまた違います。
ただ言えるのは、リムはアナタが夢(力)で創り出した妄想で、リムなどという存在はどこにいませんし彼女に聖器(中身)ないということ」
「そん、な…」
そんなのは嘘だ。言い返したいのに言葉がうまく出せない。
「最初はただの妄想。アナタすら気づかない間に現れてアナタ以外の方へと接触し、自分はいるように振る舞うように願った。そして、次いでアナタ自身へと介入して、アナタと妄想の中で話すようになるようになったのです。
そこから先はあとはなし崩し。アナタは姉という幻に溺れて、ありもしないことを妄想しそれを現実と錯覚して、周りも、姉の方の頼みでアナタに合わせるようにしたために誰一人それが妄想だと指摘しなかった。
見ていて妙でしたよ。あの教会にいるあの二人、なにもない妄想があたかもいるかのような会話をアナタとしているのですから。そうやってずっと騙されていたというに」
「う、そ……」
じゃあ、ロプちゃんもミカエちゃんは全部知っていた……。みんなぐるみで……。
「だから言ったじゃありませんか。知らないというのは幸せなことだと。特にアナタのような方は皆そうです。耐えられない現実があるから、ありもしない幻想にすがって心を維持している。ワタクシも多様な人の心に触れてきましたが、その手の方は大抵が同じ。
事実を突きつけられて、それでも逃げて、最後には行き場を失いその夢を抱いて破滅する。結末はどれも変わりません。
脆い心は狂気に落ちてより陶酔するか、自害もしくは精神崩壊をする。
あの子たちのように。
まあ、皮肉なことにそれが人でしかありえない心なのですから。人形が人になるのであれば、そのどちらかを通る必要があるのかもしれません。
人間のように魂(心)を持っているという証明としてはまあ、ちょうど良いものだとは思いますよ。
では、そうだとしたならば、アナタはどちらに至るのでしょう? 自分が人形ではないと証明するに辺りどちらを選びます?」
そんなの――
嘘だ!
「うぅっ――」
歯を食いしばり血液が逆流して血塊が喉を焼く、全身に開けられた弾痕からドロドロと血が噴き出る。
視界が片方しかなく、手足は動いているのか知覚できない。
けれど、夢を駆動させて更なる無痛化を願い痛みを消して立ち上がっていた。
大剣を杖に、よろけて一度膝をついても立ち上がり、立ち上がってクリアへと大剣を構えた。
「みとめない……」
そうだ、認めない。わたし達が人形で、おねえちゃんは幻だなんて。確かにおねえちゃんはいるし、みんなでわたしを騙しているなんて言うのも嘘。
ロプちゃんとミカエちゃんをそんな悪者みたいに言うなんて許せない。
「まだ、折れていない。苦痛に耐えるレアの試練は多少なりとも意味があったようですね。だが、結局はいまだ妄想の中。ありもしない幻想を語っている愚者でしかありません。
それは正解ではありませんよ」
つまらないものを見るようにして向けられた銃口。最初に告げた通りもはや会話することはないのだと悟ったのか。引き金に駆けられた指に力を込めて――
その時だった。
「わっ!?」
大きな力を感じたと思ったら、空間が揺れて空気が慟哭し、突然世界が大きく揺れ始める。
「フレデリカ?」
揺れる大気にそしてそれに合わせて世界に亀裂がはしり崩落が始まって、天に浮かぶ月が乗っていた何かが崩れ去ったのか周囲を圧縮して動き始めた。
「月が落ちて……」
月が落ちてきた。停滞していた月が空へ轟かせて、その巨体を動かし始めたのだ。
「まったく、あの子は空気を読むのがうまいのかどうなのか。まあ良いでしょう、これを機として世界の終焉としましょう」
気づけば、クリアの感情が少しだけ浮き彫りになっていたのかもしれない。
次いで放たれた言葉共にわたしは否定も抵抗もできず死を覚悟していた
「アナタのような夢は全て消え去りなさい」
そして、世界を覆う。美しも儚く無の祝詞がここに奏でられる。
「花の都よ楽園よ、奇跡と希望に満ち溢れた幻は希望と共に露として消え去った。
もはやここには夢はなく、ただ悪害に染まる狂う友らのみ」
その唄は永劫、幸福というものを味わえないようにできた者のみにしかできない唄。
「神よ、なにゆえ我らをそうまでして我らを苦しめますの。私は幸せを願っただけだというのに。
略奪される配役が、永劫の幸福を願った罪は重く苦しく。与えられた罰はいまだ私をむしばむ」
言葉と共に高まるクリアの意識の力は無であり、高まるも何も感じない程によどみは一切とない。広がり、圧力を増し煮えたぎる。
「迫害された悲しみを、きっと神は知りしない。
ゆえに天のお方よ、あなたを恨みます。
希望などまやかし。夢など偽物。奇跡など儚い。
みな願うから誰かが落ちるの。よわい心を埋めるのも壊すのも奇跡というのなら、私はそんなもの必要ない。
悪しき信仰も、聖なる信仰みな等しく虚無となれ。
私は神(奇跡)など願わない」
「神へと終局を。秘跡――ここに奇跡などない結末を(ソーエトワズ・アインワンダーギフトエスニクト)」
祝詞の終わりと同時、膨れ上がり爆発するように広がる理。
「クリア――いいだろう。
お前が反旗を翻すというのならば受けてたとう。
だが、それはお前が諦めきれたらのことだがな」
魔王の世界が一気に塗り替えられて、無が世界を覆っていく。城から飛び出た理は街を超えて、さらに荒野の大地全体へと、そして千切れた大地という枠を飛び越えて異界へ。異界からさらに星々すら超えてその遥か先の宇宙まで。徐々に徐々に、着実にその支配領域を広げて、この世界(次元)を自分の法則へと塗り上げていく。
そして、それが完成するあかつきには、エリザベートの治めるこの世はクリアの世となることになる。
流れ出すその理は虚無。何もなければなにも存在を許さない。少なくとも、こんな奇跡(世界)はあってはならないのだという真っ向否定するものであり、この時これこそ、クリアによる魔王への宣戦布告の合図に他ならなかった。
現在、エリザベートと拮抗する世界の理。混ざり合い溶け合ってどちらか片方が負けるまで、そのどちらの理も点在する矛盾した理が世界を保つ。
「おねえちゃん…」
流れ出す覇道の奔流。その中で、それを全身に受けて、何が起きたのかもわからずわたしはただ助けをこうだけだった。




