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第60話 リム対フレデリカ 02

 暗闇から朝焼けのように光が差し込む。落下したその先に、ついには世界すら突き抜けてた結果、真っ白な恒星の光が二人を照らした。


 弾け合う二つの星。それは弾き合い二つに分かれ満天の星の中へと浮遊する。

 リムは刺し入った光が二人を白く染め上げる瞬間、環境の変化によって緩んだ圧力の隙をついて押し付ける破壊の縛鎖を弾き返したのだった。


「くっ―――」

「これは……」


 互いに光照らす闇の中で力を操り浮遊する。もちろん飛んでいる訳ではない。事実浮いているのだ。何もしなければ体は一定方向へうようよと流れていき、通常の地面のように重量が無いのか身動きなど本来ならばまともに取れるような場所ではない。

 何故ならそこは――


「世界の外。

 見えるでしょ? 世界なのよこの何もない島が。あたし達はそこを飛びぬけてきた」


 正真正銘異界の宇宙。地中を突破して天を突き抜けた先は、もはや試練を下す魔王の世界という範疇を超えていた。


 見上げ、そこにそびえる岩石の塊。その姿はただ巨大な岩の塊にしか見えず、それを世界などというにはどうにも迫力はあれど、世界と形容には乏しい岩石である。

 こんな程度しかないちっぽけなもの。本当の世界はもっともっと巨大で美しくも太陽のように輝いているのに……。

 

「これが……。私たちの世界」

「違うわ。あのお方とあたしたちの世界の残骸よっ!」


 宙を蹴って、真っすぐ飛翔し斧を真っすぐ振りかぶり振り抜く。それは大剣で防がれるも次いで空間を蹴って反対側から襲い掛かる。

 それを何度も何度、いくら防がれようとも繰り返した。


 もはやここに天と地などは存在しない。ただの空間でそこに浮遊しているからこそ、ありとあらゆる方向からリムへと大斧を振り掛かる。


「くっ――」


 それは最初はたかが知れた速度であったが、次第に早く、あんたなんかに何が分かると。想いを盗み見られようとも強く想い、それに応じて超加速をしていく。そうして、飛び行くその姿は疾風迅雷

を超えて、たった一人で光の線と瞬いて煌煌しくも降り注ぐ流星群というに相応しい。


「あああああああ!!」

「っ―――」


 光が迸る。同時にリムの体が()かれて吹き飛ぼうと、0秒以下も待たず次の瞬間には別の光が引いてあらゆる方向へ弾き飛ばされていく。単純な速度と威力であれば天体の起動速度すら超えているそれなのに、それなのに……、すべての全てに対して対応し防がれている。

 いや、確かにリムのみに当たりはしているのだ。

 いかに自分の能力を奪い更新し続けているリムであろうと、結局それは劣っている。勇者を想い、絶対に許せないという怒りに引きずられて上がっていく力の尺度は、一撃一撃のたびに一つ前の力では超えられぬほどに高まり続けている。そのため、いかにリムが捌きの上手さで受け流し続けて居ようと、少しずつ削り取っていることには変わらずいつかは砕ける。そう、砕けるのだ。持久戦をし続ければ間違いなく。


 なのに……。


「っ――リムッ!」


 そうなる気がしない。


 片腕を失い手負いであるハズなのに。その予兆も感触もなく、相も変わらず真っすぐ自分へと立ち向かう意思が憎くもあたしへと拮抗してる。

 

 大剣のステンドグラスへと傷をつける。吹き抜けた後に銀髪がパラパラと舞って粉と消える。皮膚をなぞり肉を捌いて血液ごと蒸発する。


 何故、何故、何故ッ―――!!


 徐々に徐々に自分が有利になっているハズなのに、そんな気すら感じさせないほどにリムは強くこちらを見て対応してくる。

 それが、その光景が勇者(あのお方)を思わせ、気に入らない、気に入らないのだ。


 だから力は怒りに任せて膨れ上がる。もはや次元すら割る勢いで上がった速度は光すら超越し、ぶつかった時の衝撃波は光を捻じ曲げる重力圧のそれである。そうであるの、それを弾き返しているこいつは何なのか。

 不可能を現実に……。誰かのために?

 そんなこと――


「おまえは道具。道具だ! だからそんな奴があたしを扱えるわけがない……。

 そうよ、それは絶対――なのに……っ!」


 なのになんで、こんなにも高鳴る気持ちがあるのか。


 そう思った瞬間。

 一瞬の隙をついたのか、それとも見切ったのか。星を食らう(フレデリカ)の衝突を(リム)が受け止めていた。


 起きたのは間違いなく二つの得物による鍔迫り合いの拮抗。激突はたった一度キリであるのにも関わらず、重力風を巻き起こし、余波のみで周囲数光年先にある銀河全てが環境変化を受けた。

 繁栄した星は氷河期へ、朽ちた星は凍っていた氷がすべて沸騰し、恒星すら影響により大量の黒点が産みだされ同時に炸裂した。

 無論、それを最も近くで受けていた二人の大地(世界)も例外ではない。地場が歪みあらゆるところで崩落を開始して、天に浮いていた黒き月が落下を開始し始めた。それはもはや天体の崩壊を意味していたが……。

 そんなことは知らない。


 もちろん、その感覚を感じていた。けれど、だからどうしたというのか。

 元から試練などバカげていると思っていたし、なによりこんな世界など壊したかった。この世界がある限り、お嬢様はずっと縛られたままだから。


「このまますれば全て壊れるわよ!」


 もちろん、リムも世界の崩壊を感知しているようだった。このままでは勇者どこではなくなるのではないのかと。斧越しに言われるが、そんなこと、どうだって、どうだっていい。


 それに――


「お嬢様を超えない限りそれはありえないわよっ!」

「うぁっ!?」


 知れたこと、世界への影響など怖がる余地もない。一撃に惑星ほどなら屠ることができる一撃を込めて、迸る黄金光と共にリムを薙ぎ払った。

 光が割れる、ガラスが砕けた瞬間のように一瞬空間が粉砕して、空間ごと数億光年先へ弾き飛ばされるリアだが、割れた間を埋めるようにリムとの距離が時空間のゆがみの修正力によってその距離は瞬時にして縮まって数メートルほどの距離へと治る。


「たかが星を破壊できる程度の力、お嬢様が持ってない訳がないでしょう。アレは違う、世界とか空間とかそういうものじゃないの。破壊そのもの。この程度の圧ぐらいなら、指先一つで簡単に跳ね返せるわよ。大体、クリアすら超えれていないのに……。

 ああ――つまり。結局道具如きじゃ何も成し得ないってことなのよっ!」


「―――!?」


 下半身が消し飛んだリムへ特攻を仕掛ける。


 終わる。やっぱり違った。こんな気持ち勘違いだった……。

 振り下ろした自分(大斧)は間違いなくリムの頭蓋へと叩き入れて……。


 同時に湧き上がる喪失感を歯ぎしりして飲み込む。あのお方のような人なんていないのだと。

 悲しみの果て、見えた光景は―― 


「なんで……」


 それは止まった世界。違う。徹底的な瞬間だけを切り取って次の瞬間にはフレデリカの体右半分が消し飛んでいた。

 同時に巻き起こる破壊の超越。それは間違いなく渇望による覇道の具現。残ったその身を粉みじんと消し去って、二つは無限の異界を吹き飛ばす。




「なぜ……」

 

 破壊の余波が消え去って、静けさを取り戻した世界の狭間。そこに浮遊する二つ。先に言葉を漏らしたのは黄金の大斧であった。


 互いに道具(武器)は吹き飛び道具(体)だけが残り宇宙空間で浮遊する。

 最後のトドメの瞬間、間違いなくリムに対して一撃は入っていたというのに、何故こんな状況になっているのか。フレデリカには記憶は判然としない。どれぐらい意識を失っていたのか、そもそも何故相打ちになっているのか。


「っ……」


 ヒビの入った体を動かすと、同じように浮遊していたリムから疑問の答えは返ってきた。


「っ……最後の瞬間、私と引き換えに打ち取らせてもらった」

「最後……まさか、このっ……」


 リムの回答に何かを思い出したのか、奥歯をかみしめたような様子をフレデリカは返した。黄金の大斧が少しほどだが振動している。


 フレデリカが驚愕し悔しがるのは無理もない。リムはフレデリカから顔面に斧を叩きつけられた瞬間、同時に大剣をフレデリカの胸へと突き入れていた。それはあの時、興奮していたフレデリカは気づいておらず、こうして彼女としては突然相打ちに至ったように思えたのだった。

 ではあの時、リムはフレデリカと対等に対することができていたといえばそれもまた違う。狙いは必中、一撃必殺。そんなものを武器(体)が半壊しほぼ満身創痍に等しい状態で返せるはずもなかったし、かと言って受け止めて拮抗することなどできる訳がなかった。ゆえにこうした。道具(武器)は不要と身代わりと切り捨てて、武器(体)だけ特攻させて刺し違えた。そこに注ぎ込まれた力は両者どちらも破壊の全たる法則。それが爆発して、結果として相殺し合い互いに吹き飛んだだけということだった。

 無論、眠っていたのもほぼ瞬間。覇道の破裂による損傷で動きが鈍くなったというだけで体が動かせない訳ではなく、あのままフレデリカが目を覚ましていなければ先に目を覚ましていたリムがその刀身(体)を砕いていた。


 だがもちろん、そんな結末をよしとしないフレデリカ。どういう心境か威勢の強い言葉を変わらず吐いた。


「滑稽……やっぱり、あんたがあのお方に匹敵する訳もなかった。認めない。それだけは許さない。

 あたし程度にこんな調子じゃ」


 そんな言葉にリムは溜息を漏らした。またそれかと。何度も何度もと。


「だから、八つ当たりなのよ。私にアナタなんて必要ない。私はリアが居ればいい。リアを守れればいいのアナタなんか入る余地何てないのよ それを勝手に文句を垂れて、押し売りしているのはそっちでしょう」

「そんなことないっ! だったら、だったらなんで一緒に魔王を倒すなんて誘ったの!?」


 そんなこと――勿論。


「リアの為よ。なに? 認めないとか言っておいてやっぱり仲間になりたかったんじゃないの?」

「そんな訳、そんな訳ないっ! あんな小娘のことなんてっ。バカみたいバカみたい、壊れちゃえ全部全部っ! あたしは絶対に認めないっ!」


 そう声が響いて、ヒビが入る体を動かそうとするフレデリカだが。


「ううっ――」


 その身はもろくヒビの入った節々から黄金の欠片が零れ落ち、動きを止める。


「止めておきなさい。下手に動けば砕けるわよ」


 その忠告は事実。

 見えるフレデリカはまともに動ける余力などもはや残してい無かった。

 かつて黄金の光を煌めかせていたその身は今や汚れて砕けて見るも無残な傷だらけ。刃は刃こぼれし、芯まで入っている亀裂は致命的で下手に動かせば脆く簡単にポキリと折れてしまいそうなほどだった。

 とはいえ、だからといってリムが勝利したという訳でもない。自分も同じ状況であると理解はしている。


 同じように下手に動けば刀身は折れて砕け散り、そこで息絶えることは間違いは無いが、あと一撃、正真正銘、本当に自尊覚悟で報いれば相打ちまでは取れることを理解していた。ならば今すぐにでもリアの為に相打ちを取るかとは言えばそうでもないし、そういうつもりはなかった。


 フレデリカはもはや満身創痍。同じく自尊覚悟で振るえば相打ちに持ち込めるだろう。だからそこに焦る必要もなく。ただ、フレデリカと対話をしたかったというのが正直な気持ちだった。


 既に自分の中にフレデリカの過去と思考と願いは全てある。だから彼女の思うことも分かってしまい。それに共感も同情も背ざるに負えない境地へと達している。


 勇者が好きで溜まらなく。自分を使う使用者を求めている。それ自体は彼女の根っこの部分であるが、その先の願いはこの戦いを通して変化をし続けていた。

 自身の使い手を見極めるように恋敵(親友)に言われ、それが自分が思う勇者への道だと知っている。けれど、それが認められない、認めたくない。新しい所有者を見つけるということはあの過去の

勇者との決別であると思っているから。


 などと、重たい女の子だなと。

 フレデリカの気持ちに答えられないが為に話す機会を設けてしまっている自分がいた。それは同情、なのかどうなのか分からない。けれども、例え力の副産物だろうと、知ってしまった以上、危いと感じリアに似ていて放っておけなかった。意地っ張りなところとか特に。それゆえ。


「この、このっ、なんであんた倒れないの! なんで壊れないの! 壊れろ、壊れろ。壊れって言ってるのよ!」

「倒れてはいるわよ。浮いているだけよ。大体見ての通りボロボロなのはこちらも同じ。もう力を使う気力も残ってない。でも、あいにくだけど私も負けられないのよ」

「それもあの小娘の為?」

「ええ、そうよ。リアの為。私はそれ以外考えられないし、手一杯なのよ」


 リアのため。自分はリアの為に生まれてきた幻夢(道具)。そこに間違いなどありはしない。彼女の為に生き彼女ために終える。そして最後には貰ったこの身を返上しなければいけない。それが自分だと今でも信じている。


「………」


 きっぱりとした答えにフレデリカは何も言わない。


 それからどれほどの時が経ったのか、数分か数時間。時の概念があるのかどうか危ぶまれる異界の狭間で互いに無言のまま時間は過ぎ去って、リムはただフレデリカの返事を待つばかりで、ついに彼女は口を開いた。いいや泣いて居たのだった。


「ひっ……っ、ひく……」

「ん? どうしたの」

「なんで……ひくっ……どうしてこうなの……。

 あんたなんか認めたくない。あのお方が居なくなっちゃう。でももう、あたしにはあんたがあの人が移写って……。なのに、あんたはリアって言って……。

 いつもこう、大好きな人はみんなあたしのことを向いてくれない。あのお方だけだった……なのに、なのに……。

 あんたなんか嫌い。大っ嫌い。バカみたい、バカみたい…」


 それはフレデリカの心の叫びだったのだろう。少なくともリムはそう感じた。 


 既にフレデリカはリムを認めている。認めてしまっている。だが、そうだと口にしてしまえば自分が愛した者への冒涜であるとも思っており。こじれた関係に拍車をかけるようにリムはリムでリアのことを向いている。決して敵であるフレデリカのことなんか見やしない。それを理解している。分かって考えていたのか。

 そして結論はこの通り、何も出ない。袋小路でそれにただの少女として泣くしかない。


「………」


 それを前にして、何も言えなかった。

 自分はリアを大切にしている。けれど、目の前で泣いている女の子がいる。それをどうするのか、リアを守るという風に生まれたリムには答えが出せない。道具である以上。それ以上の回答へと既決しない。

 答えは平行線線。こじれた関係に、想いに、当事者の二人だけではもはやどうにもならないほどにすれ違っている。


 なのに、この心を突き刺すような気持ちは何なのか。リムはすごく痛々しい苦痛を感じていた。それは物理的ではなく、感覚的にでもなく。言葉では表現できない真の奥に針を刺すようなチクチクとした痛みを感じで、喉を潰すかのように絞めている。

 分からない感情に、リムもまた言葉に詰まった。


「ヒクッ……ぅ……」


 目の前で無く道具(女の子)に一体自分はなにができるのだろうか。そう考えてしまうのだ。


 それは恐らく合理的に考えて簡単な答えなのだろう。ただフレデリカの答えを受け入れて、彼女を道具として扱って前の勇者など比ではないほどに共に並び立てばよい話。

 がだそれはリアを思う心への冒涜。私はリアが大切だから。リアの為に生きている。その為にフレデリカは元来倒すべき相手で、その相手と手を取り合った時、リムはリアへの想いを一かけらでもフレデリカへと移すことになる。それはできない。リアは大切で絶対で。この想いは全てリアへとかけるべきだと信じている。だから合理的な決断などできない。リアが大切なゆえに。


 すすり泣くフレデリカ。沈黙する自分。

 無音の異界に渦巻く悲しみはなおも継続し負わない。


 このままいけばどちらも崩壊して、結果として何も答えは出ないままに全てが終わる。それはリムの敗北でもなければフレデリカの敗北でもない。ただ平行線で、悲しみだけを残して互いに消滅するか未来はない。

 もとより、もはや自分を引き換えに相打ちを取るしかない。ならば、それもいいのかとリムが思った時。


 ――おねえちゃん。


 そんなリアの悲鳴が聞こえた気がした。


「リア……」


 同時に吹きすさぶ無の法則(覇道)。それは異界にいるリムとフレデリカも例外なく飲み込んで世の奇跡(異能)というものを消し去っていく。

 そこに含まれる二人は、共に悲しみを帯びながら抵抗できずに覇道の影響により消滅を果たして――

「クリア……バカみたい……ひくっ……」


 虚無の覇道がこの世の理として魔王の世界を上書きした。


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