第58話 ミカエ 決戦へ
全員、それぞれ戦いの場へ分かれた後、ミカエは誰よりも先に戦場へと足を運んで、予定よりも早くきてしまっていたからかレアを待つ側となってしまっていた。
東の荒野――荒れ果てた何もない街の外の赤焦げた大地。周囲にはギニョールはおらずただ夜の静けさだけが滞留している。
静寂に包まれたその場で、空を見上げ赤色の月を見る。
真っ赤に染まった空に浮かぶ赤い月。そこから血だまりのように紅い光は伸びて、傷口みたいにみみずばれになっている。
「どうなってしまうのでしょうか…」
壊れた世界の行く先は、この後どうなっていくのか。例えば自分たちが勝ち残った後。想像したくはないけれど自分たちが敗北した後。その時、この世界はどうなるのか。分からない。
勇者を創り出して世界を新しくするためにレア達は動いているとリアが言っていた。
もちろん、それ自体嘘だとは思っていないし。リアがそもそも嘘を言うわけがなくホントのことなのだろう。
けれど、だからと言ってそれがどういうことなのか実感が湧かないのが事実だった。
ミカエはリアのように他人に全て頼り託すことなどできないし、ロプトルのように難しいことを考えないということもできない。性格的にどうしても真剣に考えて、目の前の出来事に対し紳士的に振る舞ってしまう。
それが通常通りのミカエで、しっかりしていると言えば聞こえの良い事実。この試練、彼女ほど現状を重く受け止めている者はいないし、世界の行く末がどう勝敗で変わるのか、確実な予測をしている者はいない。
自分たちが敗北すれば世界はまた破壊の繰り返しに戻る
自分たちが勝利すれば……いいや、そもそも勝利したところで、審判者たちの言う勇者が言われなければ世界は敗北するよりももっとひどいことになる。
客観的に予測されたそれは実に正しく、事実そうになると違いないという確信すら取れるものであった。
だから、勇者を創らないといけない。
それは理解している。分かっている。でもそれは誰?
「そんなこと……」
ああ、それも。分かっている……。
「ワタシではない。それは絶対に」
自分ではないと絶対の自信を持って断言ができる。
法も制約も神の目さえもありはしない。
だって、ワタシは穢れてるから。
リアの絵本で勇者という者を散々見てきた。
彼らはたくさんの人を助けて、人の為に努力している。自分を顧みないただ人の為に助けるために居る配役。そんなもにのになかワタシはなれないと自嘲をする。
ミカエという道具は罪深い。
自分の中に勝手に法を定め、それを守れない者は例外なく許せない。
イタズラするロプトルも、ロプトルを横取りしようとするリアも。それらは許せないが、定められた法によって守られている。
なにも、定めた法は自分以外のものを拘束するだけではない。
自分自身すら縛っている。いや、正直のところそうしなければ自分は真っ当を装うことができないと思ったから。気に入らないことは気に入らないし、それらを全て体のいい裁きという名目で壊してしまいたいのがミカエという異端な聖職者。法を相手だけでなく自分に定めないと、そもそも誰でも彼でも無法に排除してしまう。
なんて傲慢な。教会で抑圧された心を発散させるため? それも確かにあるだろう。それは確かに無いとは言い切れないが、大部分は違う。そもそもミカエという存在はただ強欲なだけ。
欲深く、全て自分の思い通りにならなければ気が済まない。
法はあくまでもそれを正当化して自分を装う偽装であり、それを外せば例え友人だろうが相手だろうが何をするか分からない。
その最たる例がこの間のリアとの一見だ。
ロプトルをリアに取られるなどと思って、それが許せなくて無法地帯である街の外で粛清しようとした。それは絶対にいけないこと。法の中では許されることでは無かったし、定めた法の中にいれば起きるハズなどなかったできごとで。罪である。
その罪を今のミカエは簡単に犯してしまう。欲深いゆえに。この街の外(無法地帯)であるからこそ。
ここではミカエの中では法はない。街の中では何があっても誰かを傷をつけてはならないという法を定めていた。そのため、何かを欲しても他人を排除したり、何かを壊すということはなかった。だがここは違う。街の外、何も定めていない無法地帯であり、唯一ミカエが自分自身をさらけ出してよいとした地である。
この場ではミカエは感情に歯止めは効かない。それは至極真っ当、だってダメな正当な理由がないのだからと。道徳など入る余地がないほどに、その法というものを重要視しているのは極まっている。
だからこそリアとの一見が起きてしまった。あれはミカエからしても予想外で不本意のできごとではあったがために、反省はしている。無論同じような場面が起きればきっとまたリアを殺そうとするのだという自信を持ってのこと。
そうしたくなるから法が無ければ歯止めは効かない。
目の前の欲に我慢できないのが本来のミカエであり、一線を引いてしまっている異端者である。
ゆえに勇者など、到底あり得ない。
もし物語に登場するのならば、ミカエは勇者に倒される悪党なのだと自嘲して思っていた。
「それでも、ワタシはみんなのそばにいて、裁く側の法でありたい」
聖職者として模範となって、彼女たちと共に居たいと思う。でないと、ロプトルはイタズラばかりするし、リアはリアで寝坊したりだらしなかったり。リムはしっかりしているように見えて、リア以外のことはおろそかだから。
自分がいないとみんなぐちゃぐちゃでバラバラ、一緒に教会で生活していくに、例え欲が深いと思われようとも皆をまとめているのが自信だと思っているため。
「だから、例え罪にまみれてもこの戦いだけは――」
もとよりここは無法場、そんな心配などする必要などないが。この場でミカエに残された道徳があるとすれば友のことだけだと他ならないとミカエは自身は信じているから。
覚悟をする。
レアから受けた傷の無い傷の痛みが加速的に強くなっていく。
それは無論常人では耐えられるものでは絶対になく、本来受ければショック死は必然の痛み。実際、ロプトルは一撃でやられていたし、リムとリアが耐えれていたのは二人同時の共感性による力の相乗効果で何倍にも力を増幅させて抵抗量がそれなりに高まっていたため。元来は、ただ一人で耐えれること自体がそもそも異常なのだ。それでも、ミカエは耐えている。いや、そもそも耐えているという表現すらしていいか迷うほどに本人に馴染んでおり、痛みを感じるといってもせいぜい筋肉痛程度。ロプトルとの繋がりが強くなり抵抗力が増したがためにそこまで抑えられているという可能性は多分にあるが、それでも膨れ上がるレアの念に耐えている異常。痛みが膨れ上がるということはレアが近づいてきているという証拠であり。彼女を正面にしたときそれは最悪なものとなるが、その予感すら感じさせない。
それはつまり、それ相応の効果がミカエにも生れているということで。その心当たりを出すならば、やはり一種の共感としか感じられなかった。
自分は法が無ければ感情のままに狂気する。
レアも、愛に餓えて感情のままに狂気する。
ゆえその共通点からこうして馴染んでいるのではないかと。それはレアと戦うには都合がいい。彼女の力の中で最も危惧すべきは軽傷でも大怪我に変えて痛みを消せないというところになる。それは一度受ければ動きは鈍るし、鈍った動きを戻すこともできない。
だから一撃必殺とは言わないが一撃を受けた時点で詰み。その時点でレアの術中にはまったといえよう。
だが、このミカエの場合は違う。確かに痛みはあれど、そのダメージは対したものではない。そもそもレアは拷問者。肉体すり減らし魂を削るのが彼女のやり方で大きな致命となる一撃を自分から進んで繰り出すなどもっての他。例え一撃を受けたとこれで、レアの能力があまり効力を発揮しないというのであれば、その威力もダメージもたかが知れている。
もっとも、レアが直接殺し技を使わなければの話だが、そこはってていして拷問狂。レアに限ってはそれはありえない。
相性は抜群。場合によっては有利に働く可能性がある。それはいい。けれども、同時にそこにたいする気持ちは何とも言えないものではあり。欲深く狂気という意味合いでは似たもの同士かも知れないが、それを否定したくなってしまう自分もまたいるのだ。
「………」
とは言え、時は待ってはくれない。そんな感情持つ資格はないのだろうと。自負しながら、強くなる念に迷いは消えていく。
同時、哄笑が轟くのだ。
「アハハハ、アハハハハハハハッ―――!!」
獣のような理性の感じさせない笑い声、それとともにどこからともなく現れたレアの体から、無数の鎖が伸びて、無限数の拷問器具が宙へと出現する。
「レアッ!!」
同じく立ち向かい迎撃に一転の力を込めて都合九つの鎖をレアの鎖へと対撃を昂じる。
「さあ、キサマの狂気、欲、愛、教えてぇ。壊し合いましょうッ!!」
「ッ―――」
うねり膨れ上がって爆発するレアの法則(想い)、ソレに共鳴して膨れ上がる無い傷の痛み、欲望と狂気にまみれた異端同士の血みどろな死闘はここに幕を開けた。




