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第55話 審判者 決戦へ

 そして――審判者四人もまた、決戦に向けてそれぞれ意志を硬め互いにその想いを高めて、万全を用意していた。

 例外、一人を除いて三人の想いの念は過去最大規模で膨れ上がり、局所的であるが覇道(理)同士のぶつかり合いは、魔王の世界を歪め亀裂を生じていたのは間違いではない。このままエリザベートが黙って居ればそこに集まっているだけで世界に穴を空けることぐらいはできるだろう。

 だが、そんなことだれも望んでいないし、こんなものはただの戦いの前の儀式のようなものにすぎない。

 悲鳴を上げる世界にも意を介さず、彼女たちは万全な程に高まった力で試練へと望む。


「あちらも、決戦の準備はできたようです」


 揺れる大気、溢れる念の密度。そこにいるだけで常人ならば物理的に生身をすり潰される

圧の中、虚空の家令は相も変わらぬ玲瓏れいろうさで静穏せいおん秀麗しゅうれいを身にまとい、ずっと見ていたリアたちの様子を確認して静かにそう告げた。


 各々、幸せな夢を見ることはできただろう。

 決戦に向けて意気込む彼女たちの存在に虚無の心は未だ動かないのか、どんなに幸せそうな光景だろうが等しく試練を与える。

 だがしかし、瞳の裏側に隠ぺいされた蒼い炎には、他には見えぬ決意と意志が込められていた。


 そんな彼女の心を知ってか知らずか、クリアの顔を見たカレンは小さく口元を緩めて告げる。


「随分と楽しそうじゃない」

「楽しそう? このワタクシが?」


 はて? と虚無の瞳が煌めいて、首を傾げてカレンを見据えている。


「ええ。試練を始めて以来、過去一っていうぐらいに笑っているわ」

「へぇ。バカみたい」


 何かを感じ取ったのか。クリアの違いを感じているのもまたカレンだけではなかった。些細なものではあったが、無の中に哄笑や喝采のような喜びじみたものを滲ませて居るのは確か。本人は気づいていないみたいだが、こうしてそれを周りが感じるということは、クリアですらこの試練へ何らかの期待をしているということの表れ。


 その事実、凄まじい意外と特異なモノではあるが、何かへの期待を寄せるような些細な感情に、全員喜ばしいものだと感じたのも事実である。


 この場における、最よりも。いいや。ある種、魔王であるエリザベートですら誰の手にも負えない力を持つ審判者のクリアをも、少しであろうと焚きつけるその勇士。なるほど。今回はただでは終わらないのだなと。

 実感を持って確信を全員感じた。


「まあ、カレンほど笑ってはいないけどね」

「それ、張り合うところ? バカじゃない? それにレアの方が楽しそうよ」


「うふふっ。もちろん(ワタクシ)も楽しみですわぁ」


 熟れた果実のような笑みを漏らし、何かに感じているかのような甘い視線。目を合わせれば狙われ奪われるまで逃げられないような感じと寒気を覚えるそれだが、まあ、レアと比較されてもと、カレンは彼女を見てはヤレヤレと肩をすくめて首を振るう。


 無論のこと、態度はどうあれレアも同じ。クリアを焚きつけたその勇士にただならないモノを感じていたし、それゆえにそれを感じてこうして狂おしいほどに好いている。その方向性が如人とはことなり溢れ、滴るようににじみ出ているがゆえに、極度にズレて見えるだけである。気持ちの方向性はどうあれ、この場にいる他の者とさして変わらない。


「まあ、一番楽しんでいるのはカレンよ」


 今を楽しむ。今だけがいい。過去はすべてどんなに良かった思い出でも、等しく悲しいもになり果てるから。いらない。

 今しか見えていないと謳いあげるカレンだからこそ、そこは譲れないのか。

 不適に笑って今を楽しむ。


「楽しむのは良いですが、目的をお忘れにならないように」

「目的? あら、おかしいわね。そんなものないでしょう。もはやこの段階に至った時点で試練に目的なんてない。ただ戦って、どちらかが壊れるだけじゃない。

 まあ、あるとすればカレンの個人的な事情のみね。

 ゆえに、安心するといいわ。全力で、今度こそあの子は消去する。それを邪魔するというなら――」


 あふれ出る捉えどころのない悪意の念。それらは無論、全て決戦への期待で滲み出たカレンの想い。誰にも理解できない天邪鬼なそれらは意図的な善であり悪として、この場で最も白くそして黒くよどんで周囲をその念が煙のように圧迫する。


「もちろん。誰も邪魔などいたしませんわ。存分に雌雄を決して下さいまし」

「期待していなさい」


 煙のような善悪を纏って、だよりも先にカレンはその場を立ち去っていく。



 同時――カレンの悪の念に触発されてか、よりどす黒くねっとりとした闇がうごめき始める。それは最初は瀬瀬木らぎのように静寂な波で、次第に大きくなり巨大な津波となって他二人を残して周囲を飲み込んで血と錆の汚泥へと染め上げていく。


「ウフフ……」


 この世のすべてよ痛みそして感じろ。それは祝福だと。歪んだ理が覆って、痛々しくも哀れな少女は世界を穢しあげる。


「レア。よもや、酔って落ちるなんてことはありませんよね」


 既に一度やらかしているレア。領域への浸食という方向性であれば最も抜きんでている彼女への期待と信頼は確かに厚いものであるが、同時にその危うさも前科が多数あるがゆえにクリアの心配はついえない。

 クリアの言葉に、汚泥にまみれ震える大気。上気を逸脱した空間でまとも者のならば発狂しかねないそれは、ドロドロとヘドロのように揺れてその中でレアは肩身を震わせている。


「ウフフ…アハハ、アハハハッ――!!

 もちろんですわぁ。あの子をこちらへ引きずり込むまで気が可笑しくなるなんてできやしない。

 だって、そうよ。あの子は見ていて可哀そうだもの。ああ、ああ……溢れる感情を抑えるあの辛さ、分かりますわ。とても辛いのでしょう? 悔いているのでしょう? だから(ワタクシ)がそれを解き放ってあげるのますのぉ。 

 我慢なんてもったいない、好きな時に好きって言って、痛いときにはイタイと泣けばいいのです。それができるように、もっと素直になるように引きずり込んで……ウフフ、ウフフ――」


 哄笑と共に溢れたドロドロと熟れた笑み。だが、レアは泥に埋もれても居なければ溢れる想いに酔っていない。ミカエに対する欲求はこの上ないほどに勇者への想い以上に現在高まっている。

 自身が我慢をした結果、あらゆる拷問の元、歪んでしまったその運命と心。それらすべてレアにとっては後悔と悲しみでしかない。ならばこそ、欲が強いのにも関わず、欲望に素直になれないそれこそ、彼女にとって哀れで最も自身へと近しい悲痛そのもの。だから救いたい守りたい。壊してしまいたい。歪み屈折した心は底なし沼のようにあらゆる気持ちを混ぜて引きずり込んで、狂気という表現でしか現せない。

 それは彼女が愛した勇者を除いて誰が見ても理解などできず、レア自身もそれを理解など欲しいなどと微塵も思っていない汚物そのもの。

 だから歪み、穢れ、周囲を不快にさせるだけさるだけして。あとは無責任なように穢れが残る。


 だが、なにも彼女が真にそれを望んでいる訳ではない。

 そうならなければ生きるということができなかった訳であり、自ら便所に落ちた訳でもない。

 イタイのだ。悲しいのだ。苦しいのだ。

 だから、それと同じ想いを誰かがするのはいたたまれない。自分と同じ結末へと至ろうとする愚か者がいるならば。堕としてやろうではないかと。


 壊れ歪んだ心は沼の中で混ぜ合わされて屈折し誰にも理解などできない。


 それを分かっているから、謳うように哄笑しながら、レアは一人勝手にその場を去ってゆく。


「あれ、大丈夫なの?」


 レアが闇の中に消え去ったことにより汚泥の浸食は一切なかったかのように消失して、それを見届けたフレデリカは呆れたように言葉を漏らす。


 その反応、当たり前と言えば当たり前だが、フレデリカとは違いクリアは気にも留めてすらいない。あれなら大丈夫だと感じたからなのか、表にでない感情からはフレデリカには読み取れない。


 だからフレデリカはバカげていると思っているし、今なおこんなことは意味などないのではないのかと疑問すら感じている。

 試練に対してだよりも適当かつ不真面目と言えば不真面目ではあるが、殺し合いと狂った性格の連中に疑問を持っている点ではある意味まともだとも言える。


「まあ、大丈夫でしょう」

「本当に?」


 なにを持って大丈夫なのか。フレデリカにはかいもくけんとうもつかない。だから眉を潜めて不満を漏らすと、クリアの視線はレアは消えていったからフレデリカへと移された。


「なにか、不満でも? というのは、アナタに対しては分かり切った問いでしたね」

「なに? 何が言いたいの?」


 揺れる世界。胎動し不規則に世界が慟哭をならし始める。それは紛れもないフレデリカの覇道の衝撃、たった一人で異界へとヒビを入れるほどに荒ぶっている。

 通常、そんなものをまともに受けれ骨は百度砕け肉はミンチへと叩き上げられる衝撃であるが、クリアは正面からそれを受けてもものともしていない。

 大きく鼓動した衝撃で破壊不可能な城へと亀裂が走る。周囲、室内の壁から天井へ至るまで。フレデリカを中心に蜘蛛の巣状にできたそれは紛れもない圧倒的な圧力を物語っている。

 

 クリアの言葉に怒ったのか。膨れ上がったフレデリカの念は破壊の衝撃をやめない。


 その中で、クリアの周りだけは終始無傷でいた。彼女が立っている場所だけは無傷でありなんの圧も掛かっていないようすで、置かれた人形のように微動だにしない。


 フレデリカの問いにクリアは答えない。

 なにを思っているのか、ただ瞳を閉じて、無言のまま飾られた精緻な人形のように何も語らない。


 その態度にフレデリカは腹が立ち、クリアを睨むとより一層、胎動は激しくなり軋みはさらに激しさを増す。


 だが、クリアは何かを確認したのか、瞳を開けると静かにこういうのだ


「やはり、本気は出せないのですね」


 その言葉が意味することは何なのか、理解し分かってしまったがゆえにより力は加速度的に周囲を傷つける。

 

 天井にぶら下がっていたシャンデリアが耐えきれなくなり切れ落ちて、落下したそれは地にぶつかると弾けて数多の金剛石を飴細工の偽ガラスのように砕け散る。


 だが、それにクリアはやはり驚きもしなければ微動だにしらしない。静止し凪のようにただ右から左へと横へと流している。


 それがよけにムカついて圧を高めようとするもそこまで。フレデリカの覇道の放出はそこまでが限度でさらに上には至らなかった。


 それは、フレデリカの限界を物語っていた。

 これが、これほどまでの力が現状のフレデリカの力の限界であり、破壊不可能な城を砕く圧をしても、クリアへと一ミリ足りとも渇望の念の浸食には至らない。


 もちろん、それ自体さほどたいした問題ではない。そもそも本気を出していないとしても、ある程度の力の圧だけでクリアは他の審判者を凌駕でき、共感性が働いていない以上内部からの破壊が効かない為にフレデリカではクリアには最初から歯は立たない。


 それは絶対の真理。力の上下関係は変わらないし、この場で本気を出したところでそれは覆ることなどはありはしない。

 そうであるのに、クリアが挑発してフレデリカへ本気の覇道を出させたことには理由があった。

 それは単純にして明快。ただ、フレデリカが万全であっても従前ではないということの確認。ようは過去のフレデリカよりも弱体化しているというだけのこと。それを確認したかっただけに過ぎず、その結果はこの通り。


 クリアの知る過去のフレデリカよりも明らかに弱体化しているのは明白。本領の彼女であればこの遺産程度の城であれば容易く破壊できていただろうと評価を置いている。だが、それはできてない。つまりはそういうこと。

 原初より初めて確認していることであるが、彼女は試練をやり始めた依然よりも弱体化して居たのだった。


 無論、それは本人も知っている。数百数千年。隠し通してきたことであり、そもそも本気を出すまでもいままでなかったのだから、発覚しなかった事実。それを今この場で見られ、フレデリカの苛立ちは最高潮までに達していた。


「本気が出せないからって、だからなんだって言うっ!」

「モノにはやはり主人が必要。フレデリカ。この試練、真に持ち主と認められるか見極めてくださいまし」


 その言葉に、空間が張り裂けた。慟哭する鼓動は強い一撃となって響いて、微かであるがその衝撃でクリアの体が揺れた。


「五月蠅い。あたしの主はあの人だけよっ。それをどうこう……」

「それでは魔女は砕けない。お嬢様へ恩を感じているのなら。かけるべきは今回だと。それはカレンもレアもどちらも最低限理解しているとおもいますわ」


 審判者に置いて、今回の試練はただの試練ではない。

 今後の世界の行く末に関わる。最も期待できるのが今回だから分かるだろうと。


 力は十分だが、覚悟はあるのかと。


 誰よりも幼くそして心も未熟。それゆえ、フレデリカへのクリアの心配はついえない。

 それをフレデリカは分かっている。分かっているからこそ腹が立って――


 クリアの横に巨大な黄金の大斧が飛来した。

 フレデリカが怒りに任せて投擲した斧、それは彼女の分身。だが道具は本来道具自身が使うものではない。

 道具は誰かが使ってその本来の役目を果たす。


 宝斧の少女は今なお孤独。


 その持ち主が居ない以上、彼女の真の力は発揮されない。


「フンッ!」


 すねるように首をそらし、怒ったままフレデリカはその場を後にする。


「自覚があるからこそです…」


 背後で金の粉へと塵行く斧を後目に、呆れるように、だが感情は見えないその一言。

 どんなに殺気や狂気を向けられててもその憐憫な静止は変わらず淡々とした佇まいは変わらない。


 彼女はこの事態をどう思っているのか。それは誰にも分らないし、それを見せることはありえない。


 だが、言えることは、決意は他の審判者と同じ。今回は、今回こそは。その意気込みと期待。それは他と変わらず膨らみ大きい。

だから、だからこそ。クリアは自身の相手となる彼女への評価は変わらない。


「みな揃って、あの子に何の期待があるというのか……」


 未だ夢見るお姫様。そんな彼女に何を期待しているのかクリアには理解できない。

 それでは勇者にはなれないし、そもそも彼女はそれを望んでいない。というのがクリアの率直な感想。認めないしあれが至るなどという想像もできないのだ。

 だが、それでも主であるエリーゼとエリザベートは彼女へ期待をよせる。


 おかしくなったのかバカげているのか、分からない。理解できない。

 勇者という存在に対して、他の審判者やエリーゼ、エリザベートと違い、別の理想を抱いているからこその感想で、誰ともクリアの思想はかみ合っていない。

 それが正しいのか間違っているのかは誰にもわからないが。世界の真実の一つであることには変わらず。クリアもまた間違っていない。


 だから、家令ゆえにクリアは信じることしかできないし、主の為に導くしかないと理解している。

 もちろんそれは試練。

 簡単に答えを伝えて成せることではないし、本気でかからなければただの共倒れで終わる。


 であるからこそ、試す。

 真実、認めたときこそ試練を初め本気で掛かろうと。それでダメならば自分がと。

 

 クリアの試練への対処は変わらず淡々と、満ち満ちていく中で静止の波を極めている。

 しかし、それでも戦いの波が膨れ上がるのは止められない。

 

 それが破壊に終わるのか、創成になるのか。全ては誰にもわからず、結果として戦いしか起きないのが事実なのだから。


 誰もがこの戦いに自身を費やして燃やし、そして世界をという存在の有無を左右する。


 それは試練を受ける側も変わらない。

 全霊で向かいうち、世界という枠を超えるために―― 


 まもなく試練の時。

 始まるのは最後の審判であり、魔王と対峙するための余興に過ぎない。

 だが、それら全ては全て死地。例外なく険しい道程で簡単に超えるなんてことはきっとできない。

 けれど、それを超えて魔王すら超えた先に、求める世界があるとリア達は信じているから。

 今ここに、三人の勇者が試練を迎え撃ち。同時に審判者はここに過去最凶の試練をここに展開する。








 


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