第54話 絵本 サーカス 決戦へ出発
あるところに旅するサーカス団がおりました。
サーカスはみんながアッと驚く芸を披露して人々を楽しませるもの。それを旅をしながら街から街へ、渡り色んな人々へ笑顔を届けていく、サーカス団とはそれはとても素晴らしい人たち。
そのサーカスの支配人は人々を楽しませて全世界を回ることを夢見て、幸せと刺激的な体験を皆へ届け、皆を喜ばせておりました。
立ち寄る街から街へ、サーカス団の噂は後を絶ちません。皆サーカス団が来ると進んで歓迎をしたのです。
そんな幸せを運ぶサーカス団。ある日その旅するサーカス団に悪い噂が立ちます。
サーカス団が来た街では少女が消える。
噂は小さなものでしたが、それを聞いた街は腕利きの探偵へと調査を依頼しました。
探偵は偏屈で捉えようのない人柄でありましたが、知識の天使と契約をして博識を得た優秀な人でした。
探偵はすぐに調査に出ました。
まずはサーカス団へ挨拶を装い従業員を確認して、怪しいところがないか見て回りました。
もちろん。怪しいところなどありません。サーカスの人たちは皆人当たりがよく、すごく親切にしてくれるとっても優しい人たち。
誰一人、ひとさらいをするような人には見えませんでした。
けれど、探偵からしたらそれが怪しかった。
皆いい人。すごくすごく。良い人が集まりすぎている。誰一人文句を言うことなく、笑顔で支配人へ感謝しお客さんに同じように笑顔を届けたいと言う。
そんな人たちに探偵は聞きます。どうして、皆支配人へそんなにも感謝をしているのか?
もちろん、サーカスを主催して街の人たちへ笑顔を届けられる。そのこともありました。けれどももう一つ。サーカスの立ち上げから関わっている人たちにはある共通点があったのです。
サーカスのリーダーですごい技をつかえる人たち。彼らはサーカスのスターで人々の憧れ。そんな彼らは全員孤児だったのです。
幼いころに支配人に引き取られ、その時していた孤児院で育ち、そのままサーカス団員になった。
全て、自分を育ててくれた支配人への感謝を込めて、恩返しをするために。
サーカス団の最初のメンバーは皆、支配人が経営していた孤児院の子供たちでした。
それだけを訊くと、とてもいいお話です。
孤児を助けた支配人に子供たちは恩返しをする。とても感動的な。
でも、何故? なぜサーカスなのでしょうか?
サーカスの芸はとても簡単なものではありません。何年も練習をしてようやく危険なものを覚えて披露できる。孤児の子供たちにわざわざそんなことをさせて、できるかどうか分からないサーカス団を創るなど簡単にはやろうとは思わないのです。
何よりもおかしな点は、孤児院はもうなかったことです。
サーカス団ができたときに孤児院も一緒に無くなった。
単純に孤児院を続けられなくなったということもありますが、そもそも続けられないようになるまでに、サーカスの芸を子供たちへ仕込むなどおかしなことなのです。
まるで、最初からサーカス団を作るために孤児を保護したかのよう。
探偵はなくなった孤児院を調べに行きます。
場所はさほど遠くなく、直ぐに場所は分かりました。
そこへ行き、残った建物を調べてあるものを発見しました。
院長室に残された破れ色褪せた古い紙。
それを相棒の天使に修復をしてもらい見たとき、サーカス団の支配人の悪い部分が露わになりました。
残された用紙に書かれていたのは孤児の子供たちの名前とその値段。
ーー値段。闇オークションの値段でした。
孤児の子供たちは全員。誘拐など悪いこと横行する闇オークションで買い取った子供たちだったのです。
探偵は支配人がなにか良からぬことをしていると確信をすると、さらに調査を進めます。そうして、部屋を探すと相棒の天使により秘密の地下室を見つけたのでした。
そこをゆっくりと降りて行きます。
地下室は石造りの冷たい通路が真っすぐ繋がって、そうしてある部屋へと繋がりました。
正方形の小さな部屋。
明かりはなく。ライターで灯した真っ暗な部屋を見た探偵は目を疑いました。
地面に書かれた魔法陣と何本も立っていたロウソク。そして黒くなった血の後。
間違いなく黒魔術の研究。
そして、何故かまだ新しい血の跡とそれに綱らるように倒れている少女の遺体の数々。
その少女達を見て、行方不明になった人の一覧の中を見つけ出します。
そうして、探偵は真実へとたどり着きました。
犯人は支配人で、人さらいのも目的は黒魔術の研究
それが、支配人の闇でした。
探偵は直ぐに支配人の元へ行きます。
支配人へ会った彼は支配人を問い詰めます。
犯人はアナタだ。
決め台詞と同時に支配人は受け入れて、彼へ最後に真実を話すと支配人の館へ招かれます。
探偵本人と相棒だけという条件の元、他の被害者を助けるべく、警戒しながらも後をついてゆくのでした。
そうして支配人の館について、話し合いは始まります。
支配人は紳士に探偵たちを迎えて、客人として余興にサーカスはどうかと。小さなサーカスを館の者たちにするように誂えます。
探偵は黙って見るのでした。
そうして目の前で行われた仮面をつけた少女たちによる小さな大道芸をみせられます。
胴体を割るマジックショー。結果は血まみれの肉塊ができあがり。綱渡りは踏み外して、ぐしゃりと関節があらぬ曲がる。猛襲は言うことを聞かずに猛獣師をくらう。
どれもサーカスと言えない失敗続きの代物。それらを前に支配人は大声をあげ大喜びして笑います。
ナイフ投げでは、頭にのせたリンゴにナイフが刺さらず顔面へ刺さる瞬間――
黙って見ていた探偵は飛んだナイフをイスから飛び出して割り込み腕で受け止めたのでした。
それから的になっていた少女の仮面を外しその姿を見るのです。
意識があるのかないのか分からない、定まらない瞳をして、まるで人形のよう。
そんな少女の顔に見覚えがありました。
隣で相棒の天使が被害者のリストをペラペラとめくり、あるページで止めて見せて来ました。それを見た探偵の怒りはついに爆発し、支配人を銃で撃ちぬいたのです。
笑っていた支配人は倒れ動かなくなり、周りの少女達も操り意図を失った人形のようにバラバラと倒れていきました。
支配人の悪事を暴くため、探偵はその場を後にして、さらに奥の部屋へと行きます。
進みたどり着いた部屋。そこには麻薬と黒魔術の研究により自我を失って、ぼーっとふける年端もいかない少女たちが折に閉じ込められていました。
全て事件の被害者。
探偵はすべての真実にたどり着きました。
やはり支配人が少女たちを誘拐していた。
そして、その少女を黒魔術の実験台にしていた。
探偵は目の当たりにした真実に目を伏せ部屋を出ていきます。
麻薬に溺れ魔術の研究によって壊れた自我はもう治らない。そんな少女たちにできることはなにもない。だからせめてもの救いと、探偵は二度とこんなことが起こらないように、屋敷を焼き払って闇へ葬り去ったのです。
そうして事件は闇に葬られ、サーカスに関わる誘拐事件はなくなりました。
めでたしめでたし」
「………」
絵本を読み終わると、いつものように静寂が辺りを支配する。
みんな物語を噛みしめて、それに何を思っているのか。わたしの意見としては悲惨な事件に探偵。ハッピーエンドにならない悲しい結末。
その話から感じたのはハッキリ言って悲しい。という、ごくごく平凡な感想のみだった。
わたしの絵本は審判者の過去を映している。
それはカレンにほのめかされていたし、ロプちゃんの話から事実だとわかった。だから、正直なところを言うと、今日この絵本を読むのを最初わたしはためらったのだった。読めば確かに戦いに役に立つ情報を得られるかもしれない。それは確かだ。実際に、ロプちゃんが体験した事実であるのだから。
でも、だからこそ。ためらった。
誰かの過去を簡単に見て良いなんて思わなかったし、彼女たちが悲惨な過去を持っているのは伝わる念と、ずば抜けた意志力の覇道で知らなくても分かる。
世界の法則を想いだけで捻じ曲げる力。それを聖器を使わず体現するに一体どれだけ吹っ飛んだ願いと想いと祈りを持っているのか。それを獲るほどに体験したことは並大抵のことではない。きっとわたし達の試練以上のことかもしれないほどに。
人の意志を遥かに超える、それだけを有するきっかけなんて、どうせろくなものではないのだと。だれに言われるまでもなくそうだろうなと感じていたから。
だからためらった。
とは言え、背に腹は代えられない。どんなに悲しい現実がそこにあったとしても、今のわたし達は試練を超えるためのきっかけが一つでも欲しくて止まないがために、わたしは意を決して本を開き物語を語った。
皆、各々それを訊いて何を思ったのか。感じたのか。
静まり返る砕けた教会で、一番最初に口を開いたのはおねえちゃんだった。
「恐らく。クリアというあのメイドのことでしょうね」
「どうして分かるん?」
ロプちゃんが唸り首を傾げ、半分砕けたイスの背もたれに持たれて疑問を投げかける。
それはミカエちゃんもわたしも同じで、言ったおねえちゃんを中心にみんな注目した。
「簡単な推測よ。一番最初、途中で止めた話はレアのモノだった。そして次はカレン」
「その次は?」
「フレデリカ。私、フレデリカと城で戦った時に力の一端からあの子の過去を見てしまったの。だからそれは間違いない」
「そんなことが…」
「あったのよ。
そして、残るはクリアとエリザベートだけど、順番的にはクリアと考えるのがここは王道ね。エリザベートは最後に戦う相手なのだし、今までのことを考えるとリアの絵本は、今後巡り合う奴の過去というのがパターンとして正しい。だからクリアなのよ」
「なるほど」
確かにそれはおねえちゃんのいう通りだった。わたしの絵本は順番的にはレア、カレン、フレデリカと来ているなら次はクリアということになる。それには説得力もあるし他の二人もそこに異論はないようであるが、ある一点誰のものかという点以外で違和感がわたしにはあった。
クリアのものということは分かった。だが、おかしいのだ。
この物語。
何故勇者が出ていないーー?
勇者は出てきていないし、最後にはすべて燃やしている。ハッキリ言ってバッドエンド。それ自体は別に特別なことではないが、今までわたしの絵本はすべて勇者にまつわる物語だった。であるのに、この話には勇者は出ていないし、誰一人として助かってなどいない。
被害者は皆燃やしつくされているし、支配人だって探偵によって射殺されている。
わたしの話は勇者にまつわる話しかでない。
なのにどうしてこんな……。
こんなことは初めてだった。
「勇者はどこ?」
そんなわたしの疑問に答えたのはロプちゃんだった。
「ん? そういや、カレンの時も勇者はいなかったね」
「そうなのですか?」
それはどういう?
ロプちゃんがエリーゼに渡されたという絵本。その話は詳しくはわたしたちは知らない。だが、ロプちゃんが嘘を言うとは思えないし……。
「ん~。なんていうか、前にカレンが来た時に話してた話の続きみたいな? 似ているけど別の話みたいな。だから多分、どこかで勇者が関わっているのかもしれないかも」
「つまりそれはどういうことです?」
「どうって言われてもなぁ。同じ話でも見方を変えたって言えばいいのかな?
ほら、例えば、勇者以外に主人公がいたとして、今回の場合はそれが探偵。で、勇者がその裏で何かしら動いてるとか? その話は二つあって今のは単純に探偵側の視点が話になっているだけ。みたいな……?」
言いながら、自分で何を言っているのかも分かってないない様子で、首を傾げながらロプちゃんは言っているが、それはそれでわたしはおかしいと思う。
数年に渡り話し続けてきた絵本、それはすべて勇者の話だったというのがわたしの理解だ。
それなのに、どうしていきなり視点違いの話が出てくるようになるのか。それは余りにも唐突すぎて、言っていることは理解できるが納得はできなかった。
とはいえ、試練が起きてからおかしなことが起きているのは確か。わたしの聖器が本当は日記だったり。エリーゼが現れたりと、ハッキリって理解の範疇を超えている。
だから何が何がおかしくなってもおかしくないのも確かだけども。
わたしに何か異変が起きているのか? 分からない。でも、エリーゼが自分の意志で自律的に動くようになった以上、絵本自体エリーゼに操作されている可能性もないとは言い切れない。
なら、だとしたら。わたしは一体……。わたし自身、知らぬ間にエリーゼに何かされているのか……。
自分が怖い。
「リア?」
気づけば目を伏せていて、悲しい顔でもしていたのか。おねえちゃんが横から覗き込んできていた。
「ふえ? な、なんでもない。
ロプちゃんの言うことは分かった。可能性はないとも言い切れない。でも、だとしたらこの話の中でクリアは何処の役になるんだろう? それが分からないと、どうしようもないっていうかなんというか」
それが分からなければ、なにも分からない。
何処の立ち位置なのかで、最終的に何が起き、彼女がどうしたのか。それが分かればクリアの力を知るきっかけにもなるかもしれない。
けれど、実際どうなのだろうか。
主人公の探偵がクリアなのか。それとも被害者の少女の中にクリアがいたのか。サーカスの団員にクリアがいたのか。
探偵であれば、それだけ元から凄い洞察力を持っていてもおかしくはない。逆に被害者ならより一層どんな力を持っているのか分からくなるし、サーカスの人ならきっと凄い動きだってできるのかも知れない。
どうだろうか
勇者の話という視点では被害者と考えたほうが正しいかもしれないけど。その被害者はそもそも全て燃えている。生きている人なんか出てきていない。
悲しいことに。
だが、全員が一問一答で回答はバラバラだった。
「探偵だと思う」
「サーカス団の人ではないでしょうか」
「被害者ね」
ここまで違うと、もうどうしようもないというかなんというか。
「カレンは知らないけど、フレデリカは被害者側だった。もちろん話の中には明確に出てきていないけど。彼女たち達が言っていたのでしょ。自分達は勇者に助けられたって。
なら、この場合は被害者と考えるのが妥当だと思うのだけど」
「ですが、サーカスの団員という線も否定できませんよ。事件が起きた後に何か起きたということもありますし、仮にサーカスの団員にとって支配人が勇者だとしたなら彼女たちにとって勇者を殺されたということになります。支配人に尽くして居たのであれば、それは生きる意味を無くしたということもあるかもしれなません」
「探偵は? 銃ってクリアが持っていたやつだよね。リアの絵本に描いてある絵もそれと見た目が似てるよ」
それぞれ、理由を言うがどれも確かにとわたしは思うもので、可能性とは完全に否定できないことでもある。
かといって全て同意しかねるというのもわたしの見解。
そもそもこれは本当にクリアの話なのだろうかという疑問もある訳で……。
「ーーー」
気づけばわたしをよそに三人とも、絵本の中で何処にクリアがいたのかという話で、色々と討論をしてそれはヒートアップしていく。
「――ですが、それだとこちらの説明が」
「それではこの絵本自体関係ないことに」
それを見ていて、なんだかわたしは嬉しくて可笑しくて。不意に笑みと笑いが漏れていた。
「ぷっ……」
「リア?」
「どうしました?」
「どうしたの?」
「―――」
「―――」
「―――」
「ぷ、はは……あははは……」
「リア…まさかエリザベート。リアの体を操って」
「ちょっと、待って。違う違う」
つい笑ってしまったわたしへ、身構えておねえちゃんが大剣を顕現させる構えを取ったので、わたしは慌てて両手を前に振り否定した。
「どうしたのリア?」
「あははっ。ごめん。なんだか嬉しくって」
「おかしい?」
笑っているわたしに三人とも困惑の表情を向けている。
「だって、絵本についてみんなで話すの久しぶりなだって」
感想やどう思ったかどう感じたか。試練が起こる前は教会の子供たちを含めみんなで、こうやって討論をしていた。それが懐かしくて、嬉しくてついつい可笑しくて笑ってしまったのだった。
そんなわたしの思ったことにみんな気づいたのか、優しい顔を向けてくれる。
「もう、ビックリさせないでよー」
「ごめんね」
「でも、リアの言う通りこういうのも久しぶりですね」
「最近は試練試練って緊張していたり、誰かがずっと眠っているなんていることばかりでしたからね。こうしてみんなで絵本について話すことも無ければ、リアの読み聞かせもありませんでしたし」
「そうね。確かに久しぶりだわ」
「リムは毎回いなかったじゃん」
「ロプトル」
「おねえちゃんは朝、朝食の仕事が多かったからね」
朝食の片づけやその日のお仕事の準備とか。裏で色々してたから、そういえばあまりおねえちゃんは読み聞かせの場にはいなかったな。
「だからその代わりに、今こうして訊いているでしょう」
「まあ、それは確かにそう」
「随分と含みがあるようだけど?」
「今だけじゃなくて、試練が終わっても今度からはちゃんと訊いた方がいいんじゃない? その方がリアも嬉しいでしょ」
「それはまあ…」
「では、こうしましょう。試練が終わった後は毎回リムも読み聞かせに参加する。仕事はそれからということで。いいですか?」
「まったく、勝手に決めて」
呆れるおねえちゃんだが、ミカエちゃんの提案はすごく魅力的な物だ。
今までおねえちゃんには聞いてもらえなかったから、その分聞いてもらいたいという気持ちはわたしにもある。
願うことならば、一緒にって。
「おねえちゃん。だめ?」
「―――。分かったわ」
「リアの頼みには相変わらず弱いよね」
「放っておいて」
「ほえ?」
「フフフッ」
「あははっ」
「ふっ―――」
「ははっ」
みんな不思議と笑っている。
よくわからないけど、それが嬉しくてワタシも笑っていた。
「それはそうと、結局なんも分かんなかったね」
確かに。わたしが討論を止めてしまったというのもあるが、結局のところ絵本の話の中でのクリアの立ち位置というのは依然として不明なままである。
これではなんの情報も得られなかったということになるが。役に立たないな、わたしの絵本。我ながら無能がすぎると思う。
「まあ、実際に戦ってみれば分かるでしょう」
「それは確かに。アタシん時もそうだったし」
「それを言われると、わたし絵本を読んだ意味がないのだけど…」
いやほんと。読んだ意味ないじゃん。
「そんなことないですよ。少なくともリアの絵本のおかげでこうして笑うことができましたし。試練前だというのに、楽しくてよかったです」
「そう?」
「ええ」
「うん」
であれば、よかった。わたしも悲しいのは嫌だし。わたしの絵本でみんなを笑顔にできたのだから。
そこで、あることをわたしは閃く。とてもとても良いアイディアだ。
「ねえ。読み聞かせをまた訊いてもらうついでに、もう一つお願いしていい?」
「お願い?」
「またみんなでピクニックしたいなって」
そう、ピクニック。みんなでした楽しいあの思い出をもう一度。
試練が終わったらまたみんなでと。わたしは思った。だって、なにもやりたいことみたいな希望がないっていうのも嫌だったし。
なによりも、わたしがまたみんなで笑っていたいなって思ったから。
「だめ?」
「ダメではないけど……ねえ」
「いい考えだねー」
「まあ、あれをピクニックというのはいささか間違っているとは思いますが……」
「じゃあ、今度はちゃんとした場所で。それぐらいできるでしょう? なんならわたしの力で原っぱでも丘でも創るから」
「地形を歪めてまでしたいんですね…」
だって、したいものはしたいのだし。
そう思い、ふくれっ面で言うとおねえちゃんが不意に笑っていた。
「ふふっ、まあいいじゃない」
「それに、アナタだってそいうのは好きでしょう?」
「確かに。分かりました。じゃあ、約束ですよ」
「みんなでピクニックの為にって?」
「そうそう。だめかな?」
「そのうるんだ眼はズルい」
少し場が開いて――
「ふふっ」
「フフフ」
「あははっ」
みんな顔を見合わせて再び笑い合う。
涙が出るぐらいに。大きな声を上げて。
絶えない笑顔が嬉しくて困惑しながらもわたしは微笑んだ。
「もう」
「でもまあ、いいじゃない。流石はリアよ。緊張もだいぶほぐれたわ」
それはそうだ。絵本を読んですこしは楽になったけども、まだ試練は終わってないというシリアス的な感じは残っていた。けれど、今はその感じはない。
ただ楽しく。バカみたいに笑い合って、楽しかったあの頃のよう。
それゆえに皆、覚悟を決める。
「だから、絶対に勝とうね」
「ええ」
「はい」
「もちろん」
全員、半壊した教会の入口から出て、空の赤い月を見上げ。各々、硬い意志を胸に始まる試練に向けて意志表明をする。
「アタシはカレンの所に行く。アイツにはまだ言ってやらなといけないことがあるし。戦うならアタシしか相性がいいのはいないと思うから」
ロプちゃんとカレンの関係。深いことは知らないけど、何か二人には強い関係性がありロプちゃんもそれを感じて、カレンに対してなにか強い思いを抱いているようだった。
それに、カレンの能力に対抗できるのも話ではロプちゃんだけみたいだし。だから間違いなくロプちゃんが適役。
「ワタシはレアです。この呪いも彼女から受けたものですし、何やらワタシに思うところもあるようですから」
ミカエちゃんが受けた傷の呪いは未だ治っていないらしい。それはレアへ近づけば彼女の力の波が近づくのだから痛みは増すはずなのだけど。わたしは思う。レアとミカエちゃんはきっと……と。多分、相性で言えばロプちゃんとカレン以上。形容できない確信と感覚がそう感じるのだ。
だから大丈夫だと。わたしの中のわたしが告げている。
「私の相手はフレデリカね。二人と同じように私も彼女には思うところがあるし。なによりも、あの子はリアには私は不要と罵った。それは許せない。
それに、単純な力の強さだけなら一番だし、二人がカレンとレアと戦うなら私はフレデリカしかないわ」
おねえちゃんとフレデリカとの間に、城の中で何があったのかよく分からないけど随分と目の敵にしているようだった。おねえちゃんの言う通りフレデリカのあの力の強さには私で対処できないのは確かで、あれの威力を受け流しながら戦うことができる技量を持っているのは、間違いなくおねえちゃんだ。
三人とも戦う相手が決まった。であればならば――
わたしの相手は。
「クリアはわたしだね」
消去法でクリアということになる。
「大丈夫? 無理をしてないない?」
「大丈夫だよ。無理もしてない」
不安げな表情を向けて心配をしてくれるおねえちゃん。けど、大丈夫だ。クリア――あの子は他の審判者とは違うとわたしは思う。他の審判者は皆、自分の法則を覇道として流して周りを歪めてるといっていいほどに常に濃い力を振りまいている。それはわたし達でなくともすこし近づけば肌をピリピリさせる感覚と共に分かるし、対峙なんかすれば常人ではそもそも対等に話すなど不可能な領域で極まっている。
それは三人ともずば抜けていて、魔王でなくても異常なほどの強さを誇っているというのがすぐわかるのだ。
そんな彼女達と戦うのにハッキリ言ってわたしでは荷が重すぎるし、多分本気の彼女たち相手にわたしでは敵わないんだろうって思ってしまう。けれど、クリアは違う。
三人を遥かに凌駕する力を持っている魔王の直ぐ近くに居ながら、覇道の念はこれほどかというほどに澄んでおり。まるで虚無そのもののように何も感じさせない。魔王の存在すら飲み込む勢いで彼女の周りには、何もないという不思議な感覚の空間が生まれているようにわたしはクリアを前にしたとき感じた。
とはいえ、世界の法則を変えるという、異界の力をも寄せ付けない。一見して凄まじいほどの力を発しているかのようであるが、そうではない。
感じるのはただの無。何も感じないを感じるという些かおかしな話ではあるが、澄み渡りすぎていて、言葉にするのであればまさにそれ。
覇道は世界の法則を塗り替える。それは元来、その場にある周囲の絶対的な否定で、自分自身の押しつけ。だから自然と攻撃的で他者を排斥するというのは切っても切り離せない部分。それは絶対で当たり前だ。自分のしたいこと、憧れを世界へと無理やり押し付けて定借させるのだから、そこに自分以外の感情の存在は許されない。
だからすべて周りを排除する力へと自然に直結するのだが。
クリアの場合は違う。
他者を覇道によって否定するのでもなく。攻撃的に排除するわけでもない。
ただそこに居て、何もない。居ても何も排除しようと暴力的に否定しようということは一切感じられない、他とは全く違う存在。
だからこそ、そんな得体の知れない相手にはわたしが相応しい。
現状クリアは無条件で周りの覇道を無に帰せている。そこへ、同じようにただ他の審判者同様に攻撃的な念で立ち向かっても、同じように無効にされてしまうかもしれない。
なら、わたしのようにそもそも力の弱い者が相手取るのが都合がいい。この中で力の強い者が行くよりは、いっそのこと最も弱いわたしが行き対手にするのが、効率面で言えば的確であろう。
なにより、クリアは戦闘面では恐らくさほど強くない。
それは他者を排斥しようとしない、覇道がそれを物語っているし、彼女が戦っている様子も見たこと無ければ、戦うところも想像できない。という率直な意見だ。
銃という飛び道具を使うを扱うのは確かに厄介だが、結局はそれも懐に入ってしまえばどうってことないし、わたしは飛び道具も力によって扱えると言えば扱える。
だから、適役はわたし。
それに、彼女であれば戦わず話し合いだけであるいは。そう思うこともできたから。
「わたしじゃないとクリアの相手は務まらないから」
三人とは違う。戦えないわたしだからこそ彼女と戦えることができると。
そう思って強く言うと、みんなわたしを信じて何も言わず頷いた。
「分かったわ。なら、それで」
「それじゃあ、行くよっ!!」
「ええ」
「うんっ!」
「はいっ」




