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第53話  リア目覚める キス

 暗く冷たい。そんな凍えるような感覚と共にわたしの意識は浮上する。

 どこか、心の中がぽっかりと穴が開いたような空腹に似た感覚。虚しくも物足りず落ち着かない。無ずかゆいようなそんな感覚でわたしは地下室のベッドで目が覚めた。


「寒い」


 呟くが、なにも温度が低いとか体が震えるとかそういうことではない。

 寒いのだ、心が、胸が。穴の開いた感覚は空洞であり、そこを冷気が吹き抜けるように感覚的にわたしを凍えさせる。でもこれは感じたことがある感覚。試練が起きる前、外壁の上で感じた孤独感。それに似ていると感じる。


 つまりそれは――

 寂しい……。


「大丈夫、リアは一人なんかじゃないわ」

「おねえちゃん?」


 寂しい。そう思ったところで、別のぬくもりがベッドに横になる体のすぐ横から感じられた。

 おねえちゃん。おねえちゃんがいつの間にか一緒に寝てくれていた。

 ベッドの中、孤独を感じたわたしの頬へ手をやさしく差し伸べて撫でてくれる。おねえちゃんの顔がわたしのすぐ目の前にあった。


 そうして――


「おねえちゃん!?」


 目の前、吐息すら感じられる引っ付きそうなぐらい近くにあるおねえちゃんの顔に、驚いてギョッとする。


「フフッ――そんなに驚かなくても」


 驚き頬を染めるわたしを撫でて、ギュッと今度は抱きしめてくれる。

 

「おねえちゃん……」

「リア……」

「え……?」


 おねえちゃんの顔がさらに近づいて、震えるわたしの唇におねえちゃんの唇が触れた。


「ちゅ……」

「っ……」


 優しく、柔らかく、そして暖かい。

 驚いてわたしの体は膠着をして抵抗もできない。でも、その口づけは静かに続いて、イヤではなく、すごく嬉しくて、もっとしたいと思って自然とわたしも体の緊張が解けたときには、おねえちゃんの体へ手をまわして抱きしぬくもりを感じていた。


「………」


 そうして少しして、はなれる。

 まだおねえちゃんとの距離はすぐそこだ。

 抱き合ったまま、顔は数ミリ程で互いの吐息が伝わる距離、それにぽうっするわたしにおねえちゃんはおでことおでこを引っ付けてきた。


「どう? 安心した?」

「う、ん……」


 漏れるように小さな呟きとともに頷いて、おねえちゃんの暖かさを感じる。おねえちゃんはここにいる。わたしは一人じゃないし、ずっとおねえちゃんがわたしのことを見てくれている。

 こうして抱き合っているのが凄く幸せで、キスなんてもう熱で溶けてしまいそうなほどに心地よい。


 心地良いから、もっとねだってしまう。

 おねえちゃん…すき、だいすき……。と。


「ねえ、もっといい?」

「ええ」


 ねだるわたしへおねえちゃんは優しく微笑んでくれた。

 それからもう一度。わたし達は口づけをかわす。


「ちゅ…ちゅっ……んっ……はぁ」

「んっ……ちゅ……んぁ……」

「ちゅ…ちゅ……んっ、はぁ…ちゅ……ぁ…ちゅ……」

「はぁ……ちゅ…ちゅ……んんっ…ちゅ……ちゅう……」


 最初は小さく小刻みに、それから段々深く長くと互いに甘える、温もりを噛みしめるかのように。かわす営みは静寂でも強く熱を帯びていて。

 嬉しかった。


「ちゅ…んぁ……。

 わたし、おねえちゃんが好き」

「うん……私もよ…」

「勇者をしているおねえちゃんが好き。わたしを守ってこの街に連れてきてくれた……」


 でもそれは本当か嘘か。

 エリーゼとエリザベートが言っていた。わたしの前の街はもうなくて、わたしも前のわたしと別物だって。

 じゃあ、わたしのこの記憶は何?

 どうしてわたしだけ街の外からきたの?

 分からない。わからなくて、それが不安でおねえちゃんへ抱き着く力を自然と強くする。


「でも、本当はこの街に一緒に来てなんかない……」


 それが真実だとしたなら……。

 わたしの不安を悟ってか、おねえちゃんのわたしを抱きしめる力も強くなった。


「リア…今は難しいことを考えないで……。リアはリアだし、おねえちゃんはおねえちゃんだから。ずっとリアの味方、だから…リアは今のままでいいの」

「うん……でも、おねえちゃん……。わたしもおねえちゃんを守りたい……。

 すき。離れたくない……」


 大好きだから。好きだからおねえちゃんに甘えたい。けれど、そうじゃない。それだけじゃダメなんだと。


 ミカエちゃんのこと、言えないなって。わたしはおねえちゃんをわたしのモノにしたい。誰かに取られたり、わたしのこと以外を見て欲しくないし。何処にも行って欲しくない。

 大好きだからずっと一緒で、こうしていつまでも永遠に抱き合っていたいとすら思う。

 そんな独占欲を思って、同時に勇者であるおねえちゃんを守りたいと願うのだ。

 だから絶対に誰にも渡さない。勇者であるおねえちゃんに守ってもらうのではない。守ってずっと独占し続けていたいと思うから。


「すき…」


 まるでその言葉は呪詛のよう。おねえちゃんに、勇者のおねえちゃんに寄り添ってずっと守ってもらいたいから。わたしもおねえちゃんを守りたいと。結局はいまだお姫様のまま。


「ええ。私も好き。絶対にあなたのことは何があっても守るから。今は体を休めて、ね……」

「うん…ちゅ……」


 小さくキスをして、依存するように抱き着いておねえちゃんの胸の中へうずくまる。

 暖かい温もりが心地よくて、空っぽを感じた寂しさはもうなくなって、寒ささえも吹き飛んで行った。

 おねえちゃんは守ってくれる。やさしさに甘えて。それがすごく気持ちの良いものだから。わたしは自然と意識を深い幸せな夢の中へと落としていった。


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