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第51話 回想 リムとエリーゼのやり取り

 天に広がる蒼に浮かぶ積乱雲。地には白と黒の薔薇がまばらに咲いて、緑の葉とツタが微かに姿をのぞかせて。広く、色とりどりの色彩模様を体現した夢と心理の薔薇庭園。

 ここは現在破壊の紅き光が覆う現実世界とは異なる場所、リアの心象世界。夢か現か、その狭間か、一般的な常識では知覚不可能な場所であり、現在リアとそれに関わる者にしか立ち入ることも知覚することもできない空間である。


 そして、そこで行われる密談もまた、リアに関わる者たちによって行われるものであり、リアには決して知覚できないやり取り。


「アナタとこうして面と向かって話すのは初めてになるわね」


 テラスのように庭園に設けられた一角。白と黒の薔薇に囲まれたそこに、真っ白な丸机とへ着いて、どこからか出されたのか、出所不明な純白のティーカップを取って、紅茶を啜りながら浸りげに問うリム。彼女へとテーブルの向かい側に座るエリーゼは静かに頷いた。


「今までずっとお互いに不干渉を決め込んでいたのに、わざわざその沈黙を破ってまで呼び出すなんて。一体どういう要件?」


 どちらも互いのことは数年前から、もっと正確にはリムが生れてから互いに知覚していた。だからお互いのことを知っているし、今更なにがどうという訳でもないが。二人は交渉せずとも同じ目的を持ったゆえに互いに不干渉を暗黙の了解として決めている。

 それは全てリアのため。彼女の傷つきやすい心を刺激しないように、幸せな夢を見られるように沈黙のまま今まで互いに守ってきたのだが。ここに来て、エリーゼはリムの意識をこの場へと強制的に呼び出して会合の場へと引きずり出していたのだった。


「そうだね。こんなこと。最初で最後だと思う。

 ねえ、リアの中へ戻る気はない?」


 問われることは何のことかと思えばと、溜息を小さく漏らすとリムはカップを皿へ置く。


「無いわ」


 端的に。意を決したように真っすぐな視線と回答をエリーゼへと返していた。


「私にはまだやるべきことがある」

「やるべきこと?」

「ええ。リアの障害を排除しなくてはいけない。それはどんなものであっても、例えアナタだとしても」


 その言葉に、エリーゼは酷く寂し気な表情をして、それを示すかのように異界であるはずの庭園に冷たい風が二人の間を吹き抜ける。


「……ひどいな。これでもワタシはワタシのできることをしているつもりだよ。

 アナタに責められる覚えはない。でも、アナタが言うのならそうなんだろうね。リム――リアの夢であって理想であるアナタが言うのだから」


「後ろめたいという気持ちがあるのなら、何故リアに真実を語ったの?」


 リムは怒っている。リアを守る姉として。リアの幻想として。誰よりも何よりもリアの安全と平穏を祈っているからこそ。

 エリザベートとエリーゼ、二人が世界の真実を語るのはよくなかった。世界の真実自体、聖器(エリーゼ)に全て記録されており、なおかつフレデリカへ力を使った時に確信を得ているからリムは知っているが、それをリアに伝えることはハッキリって選択としては蛇だ。すくなくともそのせいでリアは自ら戦いを選択してしまった訳であるし、力がないことに後悔の念を強く持ってしまっている。

 それはつまりリアが悲しんでいるという解釈以外の何物でもなく、リアが笑っていられることを願うリムにとっては真逆の状況を意味している。


 それを、この状況へ、不干渉を破って起こした同士の裏切りに怒っているのだった。


「なにって、必要だからって言っても、アナタは聞かないのに……。

 ワタシが今のリアと同質であっても、理想のリアであるアナタはいわば現状の否定に他ならない。理想であるがゆえにリアの負担はすべて自分が肩代わりして、今のあの子はあの子のままで。だから絶対にかみ合わない」


 それこそが互いに不干渉を決めていた根本的な理由でもある。

 エリーゼは今のリアに成長をして幸せを掴んで欲しい。けれどもリムは今のリアに今のまま幸せでいて欲しい。

 どちらが間違いとかではなくどちらもリアの幸せを願った存在。だからこそ互いに尊重し合い不干渉を決めていた、何故ならば話せば相まみえることなどないのだから。

 そして結果はこの通りだ、二人ともリアを大切に思っているが話をする前からその結論はかみ合わない。温厚なエリーゼでも、リムのことは嫌悪しざるおえない程に意見は合致しないのだ。


 それでもエリーゼはリムをここに呼んだ。

 それは相応の覚悟ゆえの理由があって、そしてそれゆえ対話しなくてはならない理由があるに他ならない。


「嚙み合わない。それでいいとは思ってる。けど、少しは耳を貸してほしい」


 エリーゼがリアの目を見て向き直る。


「リアの中に戻る気はない?」

「無いわ」

「それじゃ意味ないんだよ、勇者になるのはミカエでもロプトルでもましてやワタシ(アナタ)でもない。リアだよ。

 だから今アナタがリアから奪った力を変換すれば少なくとも拮抗はできる。アナタはこのままリアへエリザベートに殺されろというの?」


 カチャりと、リムが手に取っていたコップが机の皿にふれて、互いの合間にヒビを入れるかのように音を立てる。

 エリーゼを見つめるリムの目元が細舞った。


「まさか。それは私も望んでいない」

「なら何故?」


 にらみ合う二人の間に言い知れない緊張が走り、一間空いて、フッとリムが笑みを小さくこぼすとその緊張も同時にかき消えた。


「もちろんリアのため。

 今のまま戻ってもエリザベートどころか、クリアに敵わない。それは周知の上だと思うのだけど。あのフレデリカという子からアナタは達のことは全て盗み見たわ。なら、当然の回答だと思うのだけど?」


 リムはフレデリカとの戦闘でフレデリカの覇道から過去を読み取って、エリーゼの事情もその力が何かも知りえた。それゆえの答え。今のリアにリムの力が戻ったところでなんの意味もない。

 むしろ、結果は求めるものとは真逆。いくらリムの力を全てリアに戻したところで相性が余計に悪くなることが目に見えたために。リムはリアの為に断固として現状維持のままでいるつもりであった。


 その答えに、エリーゼはいっそうリムへの睨みを強くする。


「アナタ、まさか正攻法でクリアを超えさせると?」

「ええ。アナタのやり方よりも最も平和的だと思うのだけど。違う?」


 小首をかしげ、当たり前じゃないと言わんばかりに白々しく、リムからは笑みが伺える。


「それじゃあ、勇者にはなれない」

「それはいじめられっ子であるアナタの感想よ。守ってもらいたいお姫様。実にアナタらしいわね。けれど、それじゃあダメよ。いくら力があっても成し得れない物だってある。アナタは過去(エリーゼ)で勇者に仕えた、それは素晴らしい語り部かもしれないけど、結局はそれまで。

 (未来)エリザベートのように先を見据えた訳でもないのだから。それ以上の結論が出ないのも仕方ないけど、もう少し考えてはどう?」


 明らかに煽った言葉に一瞬エリーゼから殺気に近い何かが吹き出た感じがしたが、それも一瞬のこと、睨んでいても、敵意すら感じられない華奢なものへと戻った。


「それこそ、アナタが言う通りワタシじゃどう考えたって知りえないことだよ。

 どういうつもりか知らないけど、リム。先を見たからエリザから奪った力を持っていたの?

 それじゃ、まるでアナタ自身の存在意味を否定しているでしょ。そもそもアナタの目的はリアを現状のままで――」

「彼女に近しいのはワタシ。そしてアナタに近しいのはリア。それだけ言えば伝わるでしょう?」


 その回答に余計に理解が回らない。

 城にて土壇場での行動によりエリーゼがエリザベートから奪った力の一端。それはいまやリムにその所有権を持ってかれている。あの時のあの二人の行動事態、特に計画的でも互いに意識を合わせて行った訳でもないが、元々エリザベートから力の一部を持ってくるつもりだったエリーゼとしてはなんの問題はなかったのだが……。

 イレギュラーとして自身がリアを守ったことにより、リム(彼女)自身も一時的であるが共にリアの中へと戻ってしまったことであった。

 それにより、エリーゼがリアの中へ戻ってリアへその力を渡すつもりであったが、現時点ではそれはできてない。

 リムが一緒に戻った瞬間、相性の問題か、奪った力の所有権はリムへと渡ってしまって、エリーゼには手の出しようが無かった。


 だから、ここへリムを呼びだして力ごと戻り、リアを完成させるつもりでもあったのだが。

 結果はこの通り。リムにそれを求めるのは不可能だった。


 いまリムがリアに戻れば間違いなく、審判者相手に素の力でも上回れるというのに。それなのに力を持ち去って未だリアと分離し続ける彼女の考えはエリーゼには理解ができない。


 怪訝な表情を浮かべるエリーゼに、リムは表情を戻すと、すこし寂しい表情を返した。


「信じなさいよ。別にアナタと喧嘩をしたいわけでないの」

「それはワタシだってっ」

「もちろん私の役目が終わればリアに返すわ。というより、元あるところに戻るだけ。リアの勇者として分けられたのが私よ。

 考えてみなさい。別れたということは勇者になりたくないということ。それはアナタなら分かるでしょう? だから私がその代わりを責任をもって務める。リアが、あの子が覚悟を決める時までは。障害になる者は全部私が斬り伏せるし、私があの子を導く。信じなさいな」


 その言葉に何かを感じたのか、怒った表情からエリーゼも悲しい表情へと落ち込んでいく。

 そしてしばしの沈黙は再び流れる……


「……そっか」


 何かを決意したかのように、長い沈黙を破り、それだけ言い残してエリーゼは椅子足り上がって、テーブル離れテラスの入口へと歩いていく。

 

「もう、止めないの?」

「うん。言いたいことはなんとなく分かったというか、知ってたから。同じやり方じゃじゃダメなんだよね」

「ええ」



 真っ青な空、それを見上げてエリーゼは呟くように言った。

 最初からこの場で話すと決めたときからエリーゼはこうなるとなんとなく察していたのか。あっさりとした受け答えで、何かに納得したような感じを滲ませていた。


「なら止めない。だってあなたが決めたことはリアが決めたことでもあって、私が決めたことでもあるから」


 その答えにリムには見えておらずとも優しく笑みをこぼす。


「それ自体間違いよ。

 私はアナタでアナタはワタシなんて、それじゃあダメ。リアはリアでエリーゼはエリーゼでないといけない」

「うん。そうだね。だから、あなたに全部託すね」


 振り向き告げるエリーゼは笑顔だった。空から落ちる光をベールのように纏って、白い衣が照り返して彼女は神々しくリムの目には映る。


「もう満足した。ワタシはあなたの後押しをするためにあるべき場所に帰ることにする」

「エリーゼ?」

「大丈夫。アイオンの日記は聖遺物を記録する聖遺物。だから消えはしないし、今度会う時は新世界が生まれる時。破壊の繰り返しじゃない。正真正銘のみんなが幸せになれる新世界が生まれる時だよ。

 その時は、誰かに願いを叶えてもらうだけのリアだけじゃない。誰かの願いを叶える子。そうなったらアナタも一緒に会って全部話すよ。

 だから、すこしだけリアが空洞になっちゃうけど、モノじゃないあの子になるために我慢して欲しいかなって。

 せめて、今だけは幸せに。埋められるのならアナタがその穴を埋めて上げて。そして、クリアの前でくじけたら」



 そう言い残し、彼女が纏う光は強くなって飲み込まれるように真っ白に視界は白くなって、思わずつむった目をリムは開けると、そこにはエリーゼの姿はなかった。


「………。アナタは何でもかんでも抱え込みすぎなのよ」


 ――でも、と。任せてと。拳を軽く握り前だけを見て、リアをテラスの入口へと向かいそこから出ていく。


「もし、リアが現実に耐えれない時は私が、私たちが手を差し伸べるわ」


 後には真っ白いテーブルとイス。飲みかけの紅茶の水面が揺らめいて、薔薇の花弁が緩やかに流れる風に乗って、その水面に黒と白二枚を浮かばせるていた。







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