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第50話 リムの真実

「どうしたんだろリア。ねえミカエ」


 スタスタと出ていってしまったリアを見てロプトルは首を傾げる。

 そんなロプトルとは対象的に、ミカエは去っていった後に少しハッとすることになった。


「………。少し、気を使われてしまいましたね」

「ん?」


 リアが出て行った理由を察してしまった。

 こんな時まで、自分は友達にまた嫉妬を向けてしまったのか。そう思うと申し訳ないことをしたとミカエは気が病んでしまう。

 嫉妬深い。なんてものじゃない。そう思うものの、ロプトルとこうして二人きりで居ることに安堵してしまうこともまた事実だった。

 だからこそ、口に漏れた。


「なんて、卑しい」


 それを訊いたのか、ロプトルが眉をひそめて小動物のように隣からミカエを覗き込む。


「元気ない? それとも、やっぱりまだ痛む?」

「いえ」


 そうやって覗き込まれて心配そうな顔を見せるロプトル。確かに、傷が痛まないと言えば嘘になる。けれどそれで心配させても良くない。そう思って嬉しくてミカエは優しく微笑み返した。

 いまはその気遣いに甘えよう。それに、ロプトルと二人で相談したいこともあったのだからと。


「ちょっとっ、ミカエ?」


 目の前にあったロプトルの頭を抱きしめた。


「な、なになにミカエ。どうしちゃったの!?」

「何も、です。ただ、アナタはリアのことどう思いますか?」

「どうって。別に」


 ロプトルを放し、顔をみて真剣に告げる。


「おかしいとは思わないのです?」

「おかしい…」

「リムのことをまた忘れている。なのに自分の中身であるエリーゼのことは覚えているのを」

「………」


 リムは消失した。同じくエリーゼも消失した。なのに何故リアはリムのことだけを覚えているのか。おそらくは単純な話、エリーゼはリアの写し身であるからであり、リムはただの妄想にすぎないから。


 訊いて、ロプトルの戸惑っていた顔は、すこし不安が入り混じったものに変わる。


「それを指摘してどうするの?」

「それは……」

「リムとリアの関係についてはリムに言われた通り、その時のリアに合わせようって約束したのはミカエだよね?」


 それはその通りであった。

 リアが街の外で見つかって、それから数日後のできごとである。


「それでも、心配で仕方ないんですよ」


 あの時はミカエもロプトルも幼かった。幼かったが、年が近かったからか、来たばかりのリアの面倒を見ていたのはミカエで、ロプトルもそれの手伝いをしていた。


 そして、彼女を助けて二日程立ったその数日後。

 目覚め、一緒に教会で暮らすことになった。それがミカエとロプトルのリアとの教会での生活の始まり。

 それは平和なひと時として進んでいた。ロプトルとミカエ、二人で教会を支えていたところをリアにも加わりより生活は楽になった。それが一月ほど立ち安定して来た時だった。


 彼女が現れた。


 いいや――現れたという言い方は間違いだろう。


 リアは実際、見かけ上はリアのままだった訳だし、最初二人もそんなこと会話するまで分からなかったのだから。


 リム、リアの姉でリアと瓜二つの姿形。

 違う。そもそもリアの体なのだ。体はリア、だが心はリムという魂。

 

 一種の二重人格。


 ミカエとロプトル。二人は無論、最初はリアの慣れない冗談かと思った、ふざけている。ただそれだけと。

 けれども話口調やそのしぐさ、性格は間違いなく別物であったため、直ぐにリアとは違うのだと理解した。

 何よりも、ミカエとロプトル。二人以外はリムである時のリアをリムを何故だか呼ぶのだ。

 まるで洗脳されているように、リムのことを最初からリムという存在が居てリアという子はいないかのように。存在が正当化されていた。


 だから、最初はリムのことを二人は敵視した。

 友達がなにか得体の知れない者に消されてしまったのではないのか。そう思った。

 

 それがリムと出会った最初のこと。


 それから、リムはたった一日だけ居て、翌日にはリアへとなっていていつも通りの日常へと戻っていた。

 それで安堵したが、それも束の間。リムは数日後また現れた。

 そこからは夢ではないのだとミカエとロプトルは理解して、同時に何がどうなっているのかリムから話を訊くことができた。

 話――正確にはリムからのお願いを。


 話を聞けば、リアにとってリムという存在はリアの姉に当たるということになっているらしい。

 事実説明を受けてからリアが戻ってきた時には自分から姉がどうとか話をし始めた訳で。リムの相談はそのおかしなリアを守って欲しいというものだった。


 リア。彼女は夢を見ていた。


 誰かに守って欲しいという物語上のお姫様のようなことを思い描いて、それを願って夢を見る。

 その願いへの執着はすさまじく、夢だけで人格を一つ形成する程だった。それがリム。リアを守る勇者様。

 リムは姉として役を担って、リアを守るために不思議な力すら持っていた。 

 それが先に述べたリムを皆、あたかも最初からいたかのように振る舞っていた理由。

 ただの想いだけで人の意識を捻じ曲げて、周囲の認識を変える。

 

 今思えばそれ自体、覇道による意志の力の一部にすぎない。だが、知らない者にとっては脅威の異能。

 それほどまで現実を逃避したくなるリアへの負担は大きかったのかと、ロプトルは教会から来た経緯からはもちろん、ミカエも自分のうちにある悪に気づいていたからこそ、リアをいたわった。

 別の街から来て、教会で暮らすように急になりストレスを感じない訳がない。そのはけ口がこうして浮き彫りになった。それだけと。


 ゆえに、ミカエもロプトルもリムの要求を素直に受け入れた。


 リムの要求。


 それはただリアを守ること。姉であるリムは幻では無く本当にいるのだと。


 それを二人ならば受け入れてくれると思い力は二人へ使わなかった。願って、四人の不自然な生活は始まり今に至る。

 それから結果的にリアの妄想はより強固なものとなる。

 最初はリムという存在をリアは現実の世界で認識していなかったが、次第にそれは現実世界まで溢れ出てきて起きている間にもリムを姉だと言って、教会で一緒に暮らしている存在だと誤認し始めて、リムがいるような会話をリアと合わせてするようにすらなる。

 とは言え、それでもリアとリムは同一人物。リアが起きている時はリムは絶対に現れないし、リムが起きている間はリアが現れない。

 絶対的なすれ違い。

 けれども、そのすれ違いはあくまで表面上のもの。

 リアの認識ではリムはいるのだから、一人の時、時折ミカエとロプトルは誰もいないのに誰かと楽しく話しているリアを見かけたことがあったのが事実である。


 それは矛盾が起きないように無意識的にそういう風にしているのか、二人には分からなかったが、一人の時のリアは二人からしても異常な奇行をしていたのは間違いはない。


 それでも二人はリアを数年間受け入れたし、慣れれば些か奇怪であるもののリムというもう一人の姉妹ができたように感じていたのだった。



 そして――それは、試練が始まり今に至る。


 リアが真の能力(ロザリオ)に目覚めたことにより、自然とリムという存在もより強固な存在となり、実体化するほどまでと至った。 

 実体化し、より本物の姉妹のようになり、それを二人とも心から喜んだ。


 だが、今はどうだ? 

 城から地へ戻される直前にエリザベートへの特攻によりエリーゼが身代わりとなり、どういう訳かリムは消えてしまい、戻ってみればリアはリムのことをこれっぽちも気にをしなければ、城での敬意をどう任意しているのか不明ではあるが、まったく覚えていない様子であった。



 だからこそ、ミカエはリアが心配で仕方仕方なかった。

 もちろん、ロプトルの恋敵として一方的に敵意を無意識に向けてしまうが、それとはまったく別の話。友達として大切で好きだからこそ、今のリアの正常とは思えず。

 いいや……ハナから真っ当ではないかもしれない。けれども――普段、姉を、リムを大事にしていることは良く知っているがゆえ、不安は散り積もって仕方がなかった。


「アタシもリアのことは心配だよ。だけど、今のリアを刺激すれば余計悪化するかもしれない。

 ねえ。前に、試練が始まって薔薇が全部枯れちゃったことあるよね」

「はい」

「あの時のリアは、ここに来た時のアタシと一緒だった。何も感じなくてだけどどこかぽっかりと虚しい感じ。それ自体はもう解決したけど。あの時、薔薇が枯れて追い詰められたリアがアタシと同じでになったうえに、より幻覚(夢)へと逃げてた。

 薔薇は枯れてない。なんて、焦げカスしかない花壇を見ながら言って、まるであたかもそこに花があるかのように手で宙に触れて撫でてた。

 正直、異常だと思ったし怖かったよ。自覚はしてたけど、リアに合わせるってことは旗から見ればこんな奇妙なことなんだって。

 だから、止めたの。それだけは。リムは良い。形はなかったけど確かにリアの中にいてアタシ達の前に現れて意志を持ってるから。

 けど、薔薇や周囲の見える景色までなったらアタシにはもう耐えられない……。

 リアのことは好きだよ。だけどやっぱりおかしいことには変わりない。だから、これ以上リアを追い詰めたくない。

 そんなことすれば、またあの時と同じに……」


 そう歯切れ悪く小さく言い残して、ロプトルは目を伏せてミカエの方へともたれかかった。

 それは全体重をかけるのではなく、ミカエの体調をいたわっているのも忘れていない。


「そんなことが……」


 ロプトル。彼女は誰よりも向けられる視線や意志に敏感で、他人の少しの反応も見逃さない。そのため、もしかしたら、三人の中で最も気遣いが上手いのは彼女なのかもしれない。


 ロプトルの言葉にミカエは何も言わない。ロプトルの気遣いの凄まじさを知っているから。同じように寄り添ってどこか遠くを見つめている。

 そうして――結論へ至った。


「分かりました。リアが眠って回復するのを待ちましょう。原因が分からない以上。今はそうするしかないですし、ロプトルの言ったこともありますから。

 リアを信じて、リムが戻ってくるのを待つしかないです。

 悔しい話ですけど、試練は間違いなくリアを中心に行われているのですから。だから、ワタシ達はリアを見守りましょう」

「うん」


 エリザベートとエリーゼ関係は正確には分かっていない。だが、二人には強い因果関係あり、それに引かれて試練が起きているとも言っていい。そのため、リアは勝利への最も大事な重要人物。

 ゆえに例えリアを中心に全てが行われていたとして、自分たちはそのおまけ程度であろうと、何もしない訳にはいかない。自分たちも力を使い戦う。

 だからその為に、今のままでは役者は足りない。敵の試練は同時に四つ。それを意味するところはつまりそういうことなんだろう。そうミカエは考えたから。

 今は希望をもって、リアとリムを信じることにする。必ずリムは戻ってくると。



 そうしてしばらくの間、寄り添い合って、不意にロプトルがミカエを覗き込んで問う。


「ねえミカエ。傷、いたくない? 肩から腕までバッサリいってたよね」


 ミカエの肩へと触れるロプトル、その表情は曇っている。


「大丈夫……」

 

 ずっと、大丈夫と言ってきた。

 けれど実際は違う。泣きたくなるほどに、もがき暴れたくなるぐらいにずっと痛んで仕方がない。それは傷自体なのか、心なのか。分からない。ただ、ロプトルの不安そうな顔を見ているとギュッと胸が、受けた傷と一緒に痛む。

 それに、ミカエは分かっていた。大丈夫と言えばいう程ロプトルの表情はより暗いものになっていくことも。我慢していることはとうにバレているし、それを悼んでずっと心配をかけていることも。


 ならばもう……。


「ごめんなさい、うそです……。ずっと痛くて痛くて。けれど不思議と耐えれてしまう。

 これはワタシへの罰なのだと」


 甘える。と思うも同時に、これは自身への罰だと思ってしまう。人へ嫉妬し、あまつさえ友達に刃を向けてしまうワタシへのと。

 未だ、ミカエはリアへしたこと、いやそれ以前に犯した罪を無意識的に慚愧に囚われている。


「……じゃあ、休まなきゃ」


 ミカエの変異に問わないのはロプトルの気遣いか。ただ、それだけ言って姿勢を正すロプトル。

 それに、ミカエは少し間をおいて、優しくロプトルを見つめて。


「ロプトル、慰めてくれますか?」

「いいよ」


 そう言って小さくミカエの唇に自身の唇を優しく重ねた。


「っ……」

「ぁ………」


 互いに和らかな感触を感じて、唇をゆっくりと放す。


「やっぱり…」


 柔らかくも暖かい。触れあって、痛みが和らいだ気すら感じた。けれども、ミカエは同時に罪深い自分がこんな幸福を受けていいのかと、戸惑ってしまう。

 リアもロプトルも苦しんでいる、そんな中。自分は幸せになってと。


「ダメ?」

「………」

「どうって?」

「もしかしたら。ロプトル、アナタに対して酷いことをしてしまうかもしれない。そう思ったのです」

「ん?」

「昨夜、リアを傷つけてしまいました。リムが割って入っていなかったら最悪リアを殺してしまっていたかも……。だから、ワタシは貴方に対しても何か」


 なにかするかもしれない。その衝動はリアに対しての者と同じ。嫉妬。

 ロプトルが自分以外の誰かと仲良くしている。それには微量であるが確かに嫉妬の念を感じていた。

 ロプトルはワタシのもの。そんなロプトルがワタシ以外の物などと。ロプトルにさえも悪辣な魔女のように嫉妬を想って居たのは間違いではない。

 そうやって、嫉妬の対象へ何をするか分からない。自分で自分を制御できないぐらいにミカエは狂っている。それを自覚しているがゆえの告白。


 確かにロプトルには慰めて欲しい、けれど同時に怖いのだ。ロプトルをリアのように傷つけてしまわないかと。


「そっか……。なんだか分からないけど。ミカエ」


 立ち上がり、ミカエの手を引くロプトル。


「ちょっと、なんですか?」

「寝よ」


 小首を傾げてロプトルらしからぬことを言い放っている。

 それに、ドキッとしてロプトルへ甘えたい自分を抑えてとどまる。


「話聞いていたんですか?」

「つまりはさ、ミカエはアタシを独り占めしたいってことでしょ。

 なら、いいよ。独り占めしてさ。ねっ」

「ちょっと」


 引かれて無理やり立ち上がらせられる。


「大体、さっきからリアリアって、リアのことばっかり。そんなの嫉妬しちゃうのはミカエだけじゃないんだよ。

 アタシはミカエが好き。

 だから、ね」


 抱き着き、引くロプトル。

 そのぬくもりに、自然と体から力は抜けて、ミカエは引かれる。


「……はい」


 暖かく、そして痛みさえも鎮痛するかのような。嬉しくも心地よい感覚。それに身を任せるように、珍しく甘え気味のロプトルに引かれるまま寝室へミカエは心の不安を散らかせながらも大好きな彼女のことを思って移るのであった。









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