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第49話 相談

「何それッ!」


 教会の地下室へ響く怒号と共に、ロプちゃんは机を両手で叩き興奮の余り立ち上がった。

 

「落ち着いてくださいロプトル」

「でもさッ――」

「気持ちは分かりますっ!」


 ミカエちゃんも同じく声を荒げていた。


 当たり前だ。私が言ったこと、私が伝えたこと。それを聞いて怒らない訳がない。

 私だって最初聞かされた時凄く激怒したし、同じように悲しくなって怒鳴りもした。


「今は落ち着いて考えるべきです……」


 怒りを滲ませながらも制止するミカエちゃん。けれどもロプちゃんの言葉は止まらない。


「そんなの無理だ。だってそうでしょ!? 

 世界が壊れてそれをエリザベートが、魔王が治した? しかも不完全で自分じゃしっかり治せないから勇者が必要って……。

 そのために試練をしてるとか、アタシ達は道具から創ったとか、仕方がないとか。そんなのアタシらアイツの良い操り人形じゃんっ」


 そう。私たちは私たちの為に生きていて、エリザベートの為に生きていた訳では決してない。


「………」

「ロプトルッ! おやめなさい! 

 気持ちはワタシも同じです。それに、これではリアを攻めているみたいでしょ!?

「それはっ……」

「っ―――」


 正してミカエちゃんは苦い顔をしながら肩口を抑える。

 多分、まだレアから受けた傷が痛むのだろう。

 それでも、ミカエちゃんはロプちゃんの腕を掴んで引っ張ると強引に座らせようとして、不本意にも痛がるミカエちゃんにロプちゃんの激情は打ち消されて座らせられる。


「ミカエ傷が……」

「大丈夫です」


 心配するロプトルを押し戻して、ミカエちゃんは私の方へ向く。


「リア、ごめんさない。私たちはアナタに怒っている訳ではないのですよ」

「えっと、ごめん……」

「分かってる。それに、こればっかりは私も許せない。

 だって、こんなの。まるでエリザベートを倒そうとしている私たちが悪いみたい……」


 エリザベートが言っていたこと。仮にそれが全て本当だったとしよう。だとするならば、エリザベートは壊れた世界を復活させた救世主で、くしくも失敗しながらそれをギリギリで保っているということになる。

 そして、それをしっかりと正すために策を講じて今に至る。

 手段はどうあれ、それはまるで、まるで……。

 彼女こそがこの世界の英雄(勇者)のようだから。いいや、実際そうなのだろう。私では到底思いもよらないようなことに巻き込まれて、世界そのモノを作り上げてしまう存在なのだから。

 勇者であり魔王でもある、むしろ新たな世界を良い方へ導くために自ら修羅へ身を投じたというのは、なるほど。根は善人なのだろう。

 だったら話し合って解決するかも。そう感じたけれども、それを認める訳にはいかなかった。

 何故ならば、どんな事情があれど私たちがこうして苦しめられているのは事実で、彼女達がしていることはただの殺戮にすぎない。

 創り、壊して、創り、壊す。

 そしてまた作り、破壊する――

 そんな、頭のおかしいこと。


 それを認めることはできないし、例え試練をするためだろうが、その本質はただ破壊にすぎない。

 なによりも、壊されるためだけに私たちが生み出されたということは何よりも認められないから。


 私は私だ。


「だから……許せない。

 私だって許せないよ。私は人形じゃないもん。

 理由はどうあっても、今のエリザベートは止めなきゃいけない。

 それは向こうの狙い通りかも知れなくてなんだかいやだけど、戦うしか……」

「戦うしか道はない。彼女たちは悪いですが、そうさせてもらいましょう。

 元よりそれを望んでいるのですから、戸惑うことはないはずです」

「そうと決まれば、また今すぐ城に乗り込んでっ」

「それはやめた方がいいかもしれません」


 意気込んで再び立ち上がったロプちゃんを、ミカエちゃんが止めた。


「なんで?」

「一度に城に乗り込んでいる以上、警戒されているかもしれません。何らかの対策があると考えて間違いはないでしょう。

 それに、向こうが直々に時間と場所を指定して下さったんです。それまで、休んで消費した力を戻すべきだと思いませんか?」

「いや、でも」

「ロプトル、アナタだって本当はかなりの力を消耗していると思うのですが。違いますか?」

「そうなの? ロプちゃん」


 私からはいつも通りの騒がしいロプちゃんにしか見えないけど……。


「いや、別にそんなことないけどなぁ」

「嘘です。アナタの力はかなり消耗が激しいと感じますが? ワタシには分かりますよ」

「いやー、参った参った。ミカエには隠し事できないなー」

「ロプトル! ふざけている場合じゃないです」


 頭に手カリカリとかきながら誤魔化すように言ったロプちゃんへ、ミカエちゃんは叱咤すると強引に腕を引いて椅子に座らせる。


「お願いですから。無理はしないでください」

「それは……」


 目を見つめ、真剣な眼差しで言うミカエちゃん。冗談でもなく本気で心配しているのがよくわかる。

 そんなミカエちゃんとしばしにらみ合って、ロプちゃんは溜息を溢してだらりと椅子の背もたれにもたれかかった。


「だったら、ミカエも嘘はなしだよ。

 ホントは痛いんでしょ。ずっと」


 今度はロプちゃんから真剣な眼差しが飛び、ミカエちゃんを見つめて言っていた。


「それは……」

「心配してるのはアタシもリアも同じだよ。

 だよね、リア」

「あっ、うん」


 不意に問われてビックリはしたが、戸惑うことなどなく頷き返す。


「ん?」

「ありがとうございます。ですが、ワタシは大丈夫です」

「強情」

「本当に大丈夫?」

「ええ」


 ミカエちゃんの答えに、ロプちゃんは二度目の溜息をつく。


「はあ……。分かった、んで? 時間と場所って?」


 そうして、ミカエちゃんがここまで言うなら仕方ないと、悟ったのか話の主旨を戻したのだった。


「それについてはロプトルも来ていたでしょう?」

「んにゃ?」


 首を傾げるロプちゃん。

 本当に忘れてるのか。


「試練の時間と場所についてだよね」


 静かに、ミカエちゃんが頷いた。


「場所はそれぞれバラバラでしたが、時間は同じ短い時計の端が一周した時。つまりは12時間後です。その時なれば各場所で何か起きる。

 おそらくは、そういうことかと」

「多分、その場所でそれぞれ待ってるんだと思う」

「そう。わざわざ指定をしたのです。それを実行するための策は何かしらあるかと思います。だから、こちらからは攻めるのはやめて、試練の時間を待った方がいい。

 そうすればどの道、彼女たちとは戦うことにはなるのですから。

 ゆえに今は無駄な戦闘や消費は避けて体を少しでも休めるべきです」

「うん」


 それについては私も同意だった。

 試練をするのはあちら側の絶対的な目標。それを邪魔することは多分できないし、今から城へ行っても同じように地上へ飛ばされる可能性だってある。

 だから、ここは素直に向こう側の話に乗って、体を休め万全な状態で試練を大人しく受けたほうがいい。

 ミカエちゃんと同じように私もそう思っていた。

 あと、問題になるとすれば――


「あとは、誰が誰と戦うかだね」

「それについては、一度体を休めてから話し合いましょう。

 リアに訊いた話で、正直少しワタシも頭地に血が上ってしまいましたし、疲れていてはちゃんと考えられませんからね」


 確かに、それはミカエちゃんの言う通りかもしれない。

 誰が誰と戦う。

 多分、同時に試練が起きるということは、同時に誰かが誰かと戦わなければいけないということで、二人で一人に臨んで一人を手すきにすれば何をするか分からない。

 もしかしたら、ズルだと言って直ぐにでも空から月が降ってきてもおかしくはない。


 勇者を創るなどといって、本気で殺しにかかってきて簡単に街を破滅させる人たちだ。何度も同じことを繰り返している彼女たちに取っては、数万か数千回の一回にしか過ぎない私たちがどうなろうと気にも留めないのだろう。

 今なお生殺与奪はあちら側に握られている。だから、たとえ気に入らなくても向こうの試練には対等に立ち向かう必要があり、真っ向勝負でそれぞれ切り抜ける必要がある。


 だから一対一で。


 誰と誰が戦うかは、間違えれば取り返しのつかないことになりかねないため、落ち着いてみんな(・・・)で決めるべきだ。


「ということで、ロプトル。大人しくしてくださいね」

「ぶー、分かったよ」


 言われ、ロプちゃんが頬を膨らませている。


「分かったけど、少し話ぐらいはしていい?」

「はい。なんでしょう?」


 ロプちゃんがこちらを向いて、雰囲気をがらりと変えるように真剣な顔をする。


「リアにエリーゼのことを話す約束だったから」


 確かに。そういえば、そんなことを約束していた。

 エリザベートや試練のことで頭がいっぱいになって、忘れてたや。


「うと、うん」

「なにその反応」


 正直ロプちゃんからこんなに真剣に切り出されるとは思ってなくて、不意を突かれたがために変な反応で返してしまった。

 その反応に、あからさまに怪訝な反応を示すロプちゃん。

 真剣に考えてくれたんだ……。


 それがうれしくて、一瞬ほぐれた表情を戻し真っすぐロプちゃんへ私は視線を向けてて問うのだった。


「ごめん。教えて、ロプちゃん」


 その反応に、うん頷いて、静かに真相が語られる。


「何ていうか、ここまで真剣な感じで言ってるけど……正直、先に謝っておくね。

 アタシもエリーゼについて詳しいことは知らない。

 ただ、リアがカレンにやられて眠って居る時、カレンと戦うこと決めてから最後にリアの顔を見に行ったんだけど、その時エリーゼはアタシの前に現れたんだ」

「エリーゼが?」

「うん。出てきて、いつもリアが読んでくれる絵本を渡してくれた。

 それがカレンと戦うヒントになるかもって。それだけ言って消えちゃった」

「そんなことが……」


 それはつまり、あの時すでにエリーゼは自立的に行動ができていたということか……。

 それなら、もっと早くから話してくれても良かったのに。

 どいうつもりなのか。依然としてエリーゼの考えていることが分からない。

 彼女は私であるのに……。

 いや、きっとあの時から、いいや最初からなのか。すでに私とは別の存在だったのだろう。彼女は何らかの目的の為に動いて、自分(私)も利用していたということ。


 例えエリーゼはどんなに私と別人という行動を示してそれを知りえても、彼女は私なのだ。

 それは初めて会ったときに理解しているし、理屈など関係なしに心が私自身と断定している。だからなおのこと悔しくなる。エリーゼ(ワタシ)がリア(私)を頼らないなど。裏を返せば、詰まるところそれは自分自身を信用していないということだ。それには自覚があるからこそより悔しくて反論の余地もないから。


「それから、エリーゼに渡された絵本を呼んだんだ。

 その内容は、なんていうか。カレンのことだった。それを訊いたらカレンも認めていたし、間違いはないと思う。

 レアの時も思ったけど、やっぱりリアの絵本に出てくる話って多分アイツらのことなんだと思う。リアの聖器(ロザリオ)は日記なんだよね?」

「うん……」

「その日記が絵本になってるんだと思うけど、どう?」

「どうって言われても…」


 その予想は正直あっているのかどうかは分からない。

 書いたのはエリザベートかエリーゼで、ただ残したかったとエリーゼはぼやいていた覚えはある。

 今思えば、そういうことなんだろう。


 残したかった。自分たちの記録を。勇者という自分たちが最も大切に思うものを。残して消えないようにして欲しくなかった。だから語りべとして語り伝える。

 勇者は本当にいたことを。


 そんなことを不意に思って、でもそれはつまり。やはり私は道具で道具として制作者の使用目的を真っ当していただけに過ぎない。

 なら、絵本を読むことを止めるか? そう訊かれても私はやめることはないだろう。何故ならそれは私が存在する意味。それこそが私の生きる理由なのだと、今なおそのしがらみを背負っているからこそ。


「多分、勇者のことを忘れてほしくなかったんだと思う」


 自然とその言葉は漏れていた。

 真実の代弁者として。勇者の英雄譚を広げるのは、もはや自明の理であるがゆえ。

 そこに私の意志は関係ない。


「では、リアの絵本を読むことは、確かにエリーゼがロプトルへ言った通り助けになるかも知れませんね。なるほど。だから今朝あんなに念を押して……」

「そう言うこと」


 城へ潜入する前にやたらとロプちゃんが絵本を読むのをねだって来ていたが、そういうことだったのか。私たちの力は想いから来ている。自分が救われて記録に残されているほどのこと。それはきっと彼女たちの力の芯に迫っているのは間違いではない。確かに、私たちが戦う助けになりえる。

 なら、あの時の話はだれのものだったのか……それは不明のままだが、酷く悲しいものだったことは覚えている。

 それを救った勇者。一体どういう人なんだろう。


「リア、絵本は今はだせないのですか?

 それを読めば少なくとも、何かのヒントに」

「無理だと思う」


 ミカエちゃんも私と同じことを考えたようだが、それはできない。

 というより、今したところで意味がないだろう。


 別に絵本自体は出せないことはない。


 試しに二人の目の前で顕現させてみて見る。それはエリーゼが消失してもなお、健在で今朝読んだ時と見た目も中身も何も変わらない。

 そう、変わらない。


 私の絵本は日替わりで物語が切り替わる。

 今はまだ今朝から時間が一日の半分ちょいぐらいしかたっていない。だから、現れる話の内容も今朝とまったく同じ。

 新しい助けになるようなことは書いてない。


 そのため、今絵本に頼っても意味がない。

 少なくとも、話の内容が変わるまであと半日は待たなくてはならない。


 あと半日。試練が起きるまでの時と同じだ。考えすぎかもしれないが、私が絵本を読むことを見越しての時間なのだろうか。


「そうでしたね。絵本の読み会は一日一回。

 読むのは時間になってからにしましょう」


 机の上で開け、絵本の内容が今朝と同じことを確認すると、ミカエちゃんが開いた本を閉じた。

 それから、本はまるで水に解けるかのように銀色の光を放ち、それを溢れさせて消失する。


「ごめんリア。

 アタシがエリーゼを知っていたのはただこれだけのこと。

 何か特別エリーゼのことを知ってるって訳じゃないんだ」

「うんん。ありがとう。

 エリーゼが敵じゃないってことは分かったから。

 正直、エリザベートに呼ばれて現れたときはエリーゼが敵になったって思ったの。でも、目的はどうあれ、ロプちゃんに力を貸してくれたみたいだから。それだけでも安心した。

 ありがとう。ロプちゃん」

「リア…」


 エリーゼについてはまだよくわからない。そこに対して不安は確かにあるし、城から帰って来てぽっかりと開いたかのような感覚と共に、もう一つ何か足りない気がしてたまらないこともある。

 だからわたし(エリーゼ)自身に起きていることについても怖いことがあったけど、もう一人の自分であるエリーゼが大切な友達の為に戦っているならそれだけでも、そこは私と同じだと安心はする。

 

 だから、申し訳なさそうにするロプちゃんへ、私は笑って見せた。


「うん」 


「んっ、ん゛ん~」


 横から咳払いが――

 

「リア、そろそろ休んだ方がいいかと」

「ほえ?」


 なんだかミカエちゃん怒ってる?


「もう話は終わりですし、リアも疲れているでしょう。時間はまだありますから。できる限り今は休むべきかと。

 一度寝て、それから絵本でもまた読んでください」


 怒っているように感じたのも一瞬。

 でも……そうか。


 察して、なんだか口元が緩んでしまう。

 ロプちゃんとミカエちゃんはそういう仲だから。


「なんです?」


 だから、私はミカエちゃんへ譲ることにする。


「なんでもない。確かにミカエちゃんの言う通りだね。ありがとう。先に寝させてもらう」


「何ですかもう」

「なんでもないって」

「どったの、リア」

「ん~。もうちょっとミカエちゃんと話してあげてね、ロプちゃん」

「へ?」


 少し話しただけなのに、割って入ってくるなんて。

 ミカエちゃんの為にも、今は私は寝たほうがいいね。

 もう、試練からは逃げられない。だから今ぐらいは楽しんでいるべきだと思い。

 

 膨れるミカエちゃんと呆けるロプちゃんの二人がなんだか面白くて、お邪魔虫の私は部屋へと戻り休むことにした。


 でもまあ、寝たらエリーゼと話せないかな。

 元々最初に会ったのはカレンの介入があったとしても夢の中。だから、もう一度会って話せたならば。

 そう思って、一抹の不安をよぎらせながら、私は二人の前から退出した。



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