第48話 幕間
リアたちを地上へ送り返し決戦へ向けて動き出した時、城の中の彼女らもまた同じように決戦への手はずを整えるべく動き始めていた。
「あ~あ、バカみたい。全部教えちゃうなんて、相変わらずお人よしが過ぎんじゃない?」
「フレデリカ、お嬢様に向かってその態度は失礼ですよ」
「だって! あたし達の目的に――」
「分かっている」
それは妨げになる。
そう啖呵を切ろうとしたところで、エリザベートはその言葉を割って切った。
「言ったろう? 焦るなと。とにかく、今回は隠し事はなしでやりたいのだよ。なに、ただのワガママだと思ってくれて構わんよ。私は元よりそういうものだ。違うか?」
強い想いの覇道、それを滲ませながらも、もはやエリザベートは開き直っている。このなりそこないの世界で最も誰よりも想いという念が強く、過去から今に至るまで、まがいなりにも世界を維持し続けた。
神にすら匹敵する彼女から発せられる言葉には、例えどんな物であろうとそれ相応の意志というものが発せられる。
結果的に、意志を力とするこの場の者たちには、より強い想いがを持つものが絶対者であり、同時に尊敬しているからこそ、意見はするもそこに裏切りや見限るということは存在しない。
何故ならば、勇者が消失して世界を復興し、そして今の無限の破壊を作ったエリザベートこそが最も重い役をになっていると知っているから。その役は代わりたくても自分たちではできない。だから一目置いて、同時に彼女へ嫉妬し無力感を抱きながら彼女の為に力を振るう。
その愚かにも悲劇的な魔王が言うのだ。
それには手を貸さねばとこの場にいる全員は、開き直るエリザベートに何も言わない。
とは言え、納得できないのもまた事実だ。
一間の沈黙ののち、重苦しい雰囲気の中、フレデリカは再び口を開いた。
「エリーゼは? あれでいいの? よかったの?」
その言葉と同時、全員がエリザベートへと視線を向けた。
誰も忌避して触れなかったその事に触れたがために。
「ああ、良かったとも」
エリザベートに取ってエリーゼという存在は唯一無二の存在である。
元は魂を同じにする分身であり、エリザベートが破壊と闇を現すならば、エリーゼはその逆である守りと光。憑依一帯の対なる者で、彼女自身あり姉妹のような存在。勇者に次ぐ唯一のものはなんだと問われれば、それはエリザベートにとってはエリーゼということになる。
無論、その姉か妹とも言えようエリーゼだが、既に故人だ。そもそも魂レベルで残る相手に人の生き死についてどうこういうのはズレているが、戦争時に本来の彼女は失われている。
それは例え道具に宿った魂の欠片でも変わらない。あれはただの記憶の残滓であり、本物のカケラに過ぎない。
過ぎないが、例え一カケラとしてもそれは彼女にとってはやはり唯一である。そんな大切なものを自らの手で破壊して、良かったのか。エリザベートの心境はこの場の誰にも計り知れないし、事情を知る彼女らには痛ましくも問えるはずがない。とはいえ、そこは同じくすべてを見下しワガママに振る舞うフレデリカ。
周りの目など気になど止めず、真っすぐ問うが。返ってきた返事は実にあっけなく、予想とズレたがために眉をひそめた。
「良かった?」
「ああ。奴め、あの一太刀で私の力を奪ってゆきおったよ」
「それはどういうこと?」
カレンの問いに、エリザベートはニヤリと金の眼光を輝かせて悪辣な笑みを浮かべる。
「元より私とエリーゼは一つの身。それが力を奪いそして消えあの小娘の中に戻り受け渡した。つまりは、半分では無くなったということだよ。
エリーゼは白と黒、両方の力を兼ね備えているが、白であるあの子には黒は微量な程しか持っていなかった、それを黒である私から直接貫かれることで同時にその力を奪い黒と白両方を均等に手に入れたということだよ。要は完全化。
それもあの夢の方も一時的に本体に戻ることを計算に入れてのことだろうよ。
我ながら、よくもまあ阿呆で面白いことをするとは思うよ」
そう。エリーゼはエリザベートからリムを庇った時、ただ庇っただけではなかった。
消滅する瞬間に刀身からエリザベートの力を一部であろうと吸収し、同時に砕けてリアの元へ帰還した。
それはつまりエリザベートの力の一部をリアへと返上しているということであり、不完全だったエリーゼという聖器は完全に至ったということでもある。
彼女があの土壇場でそれを思い至ったのか、それとも最初からそのつもりだったのかは判然としないが、結果として本来はありえない事態を巻き起こす要因となることは間違いないはない。なにせ、最強の矛と最強の盾を同時に内包したということであり、その結果がもたらすことがどんなことになるかはエリザベートですら想像がつかない。
だからこそ面白いと思うし、同時にそんな偶然はありはしないと確信している。
何よりもう一人の自分がやったことだ。なんの意味も無いわけがなく。
「ゆえに全力で叩き潰すよ。
半端なことで私の礎を穢させはせんし、そうでなければ勇者など夢のまた夢だ。
そう、ただの夢ではならんのだよ。現実を実現させるのはいつだってその実力のみなのだから」
その言葉に各々どう思ったのか、それは図り知れない。
フレデリカはバカにするように口元を引いたし、レアは悪魔を崇拝する使徒が参拝するよう称えた笑みを浮かべる。
カレンはカレンでなんとも詰まらなそうな顔をしているし、クリアに至っては無表情で何の感情を抱いているのかすら読み取れない始末だ。
ただ、言えることは、各々、思うことはあるが同じ勇者の像を見ていたというのは間違いではない。
「まあ、その前にお前たちを越えねばならんがな」
「ふんっ」
「フフッ」
「あはっ」
「………」
そして、不意にずっと黙っていたクリアへとエリザベートは向いて――
「クリア、お前ならまず許せんよなぁ。あんなものは」
その問いに、佳麗は凄艶なたたづまいを崩さず、だが虚無を思わせる瞳の奥にはたぎる想いを燃やしてただ一言だけ返していた。
「語るまでもありませんわ」
絶対的な一言。クリアにとってリアという存在は相反しているがために、存在は決してゆるすことはできない。いいや。そもそも彼女にとって、この世の全てが相反しているのかもしれない。
だから絶対的な想いで否定する。
そこから生じる力の奔流はエリザベートすら凌駕し、この世の主導権すら奪いかねない。それをよしとするかは別として、クリアが本気を出せば間違いなく庭園(世界)の所有権はクリアへと渡る。
それでもそれを止めず、むしろ促すエリザベートはなにを思っているのか。
語るまでもない。ただ勇者を見出すこと。
魔王として撃たれることを唯一願っている。強い輝きよ。勇者たる奮い立つ勇気を見せてくれと。
そうでなければならない。
何故ならば、それができなければすべて破壊してしまうのだから、と。
破滅そのもの魔王は、破滅しなければただ世界を破滅させるだけ。
「さて、私は先に上で待っている。
各々、健闘を祈っているぞ? 新世界にて再び会おうではないか」
そう、新世界で。
それは如人にとっての幸福な世界か、はたまた再び再生と破壊の繰り返しか。
どちらであろうと、世界は崩壊する。
ゆえに全力で戦えよ。
悔いは残さぬようにと。
そう言外に言い残すかのように、全員の視線が集まる中暗い闇へとエリザベートは消えてゆく。
そうして、後に残るのは審判者の溢れる力の奔流。
闇はより濃くなって、世界を包み伸びてゆく。




