第47話 真実
「なっ、なに!?」
途轍もなく大きな爆発音とともに城が大きく揺れて、場内を小走りで進んでいたわたしは足を止める。
「いまの……おねえちゃん……」
揺れが収まり、肌を撫でた力は道がふさがれる前に一瞬感じた覇道の念。フレデリカによるものだと見当はつくが、それが二つ感じられた。
どういうこと? 訳が分からない。
まったく同質、同系統の覇道の念。同じタイミングで感じ取れたのは良いのだが、それではフレデリカが二人いることになってしまう。
だから訳が分からない。
おねえちゃんの力はどうしたのか。常に繋がり続けているわたしがおねえちゃんの力を間違うはずはなく、けれども、その肝心のおねえちゃんの力は感じない。
「………」
その場で考え込むも答えは出てこない。
そこへ、先行していた蝶が戻ってきて、わたしを中心に円を描くようにヒラヒラと周りを回りだす。
「早くしろって言うの? 分かった。今はおねえちゃんを信じるしかないよね」
そう呟くと、再び蝶は先行してゆく。
やっぱりこのちょうちょ、わたしを誘導してる。
いったい何なんだろう……。
何故なのかわからないけれども、蝶に感じるものは、懐かしくも嬉しいという感覚だった。
わたしは再び走り出して蝶を追う。
「待って」
そうして――
精密なほどに左右対称が取れた長い回廊を抜けて、わたしは大きな扉の前に着いた。
それは城の入口と同じような形で、両開きの高さ数十メートルはあるだろう黒曜石の重厚な巨大な扉。
その扉を、蝶は開けるのではなく閉じたまま幽霊のようにすり抜けていってしまう。
「ここ……」
そして、わたしは気づく。
この扉の先、そこから感じる禍々しい程の重苦しい覇道の念の濃さを。
城の廊下もそれなりに禍々しい念に満ちているのだが、この扉の向こうから感じるものは、それをはるかに凌駕している。
というより、この先に居る者こそがその最たる根源なのだろう。城から感じていたのはそれの匂いがただ単純に漏れて伝っていたものにすぎない。
この向こうには、その原因があってきっとそれが魔王だとわたしは確信する。
ここでおねえちゃん達を待った方が良いだろうか?
「そんなの、ダメだよね」
わたしが感じている力の強大さはハッキリ言えば異常。このままこうしてこの場で待機しているだけでも、体調を崩して精神的にも狂いおかしくなりそうなほどである。
だから、この場で待機など論外。
開けて先に行っても、恐らくは直接瘴気に触れて同様のことが起きてしまうかもしれないが、真実を何も見ないまま倒れるなどダメだ。
そんなの、なんの役にも立ってない。
みんなの役に立ちたい。
わたしだけ戦わず、逃げるなんて。
だから勇気を出せわたし。こんな念如きわたしなら自分の意志力で吹き飛ばせるから。
両手で両を頬を叩き、気合を入れてわたしは扉へと駆け寄る。
そして、重そうな扉を名一杯力をいれて押し開ける。
思ったよりも扉は重くなく、ゆっくりと開いて行き、空いた隙間を縫うようにわたしは室内へ入った。
「…………」
まず目に入ったのは、階段とその上にある王の玉座。それからその玉座の前で立つ魔王の姿と、もう一人、魔王のすぐ背後ほどで佇む人形のようなメイドの子。
メイドの方が紛れもない。ローザちゃんを撃った、クリアという子だ。
二人はまるで待っていたと言わんばかりに、こちらを向いて不敵な笑みを浮かべている。それをみて、わたしは高貴さゆえに圧倒され、睨みつける余裕もなく部屋を思わず見渡す。この場を一言で表すならば、玉座の間。まさに物語に出てくるような王様の待つ部屋であった。
入口から玉座まで真っすぐ黒曜石の床に大きな緋色の絨毯が引かれており、壁には廊下と同じように無数の武器が埋め込まれている。天井を見れば入口よりもよりカラフルで豪華な宝石で彩られたシャンデリアがある。
間違いは無い、ここがこの城の最終地点。
待ち受けていた二人へ向けて蝶はヒラヒラと飛んでいき、そうして魔王の目の前へ行くと――
「妖精モドキが。余計なことを……」
「あ……」
魔王が触れられる範囲へと近づいた瞬間、右手で捕まれ蝶は握りつぶされてしまった。
手が開かれると、砕けた蝶だった蒼い粒子がてから砂のようにこぼれて塵消える。
「酷い……」
咄嗟に呟いた言葉。それに反応して眼前の二人はわたしへ視線を向けた。
魔王から感じられる念は怒りだったのかもしれない。
正直、悪い念が溢れていており、どういうものか正確にはつかめない。
ただ、クリアの方から感じたのは違った。
ただ透き通り、何も感じない。というより感じたのが無だということ。なにを思っているのかもわからなければ、そこにいることすら霞掛かるほどに清々しく透き通って。
ある種の意味で、それは魔王の意志の念を凌駕しており、彼女の周りだけ虚無が漂って居るようにすら感じた。
凶悪なほどの意志力の覇道と、不気味なほどの無の覇道。両方が交じりせめぎ合わさって、不気味に感じたのは間違いなかった。
けれど、わたしは怯む訳にはいかない。
怯み弱気なれば、吐き出され続ける覇道の念に容易く飲まれて意識が飛びかけないし、何よりそんな事が起きればこの後どうなるか分からないから。
恐怖心に対して、更にその先の恐怖に恐れていて、それから逃げるように勇気を振り絞っていたのかもしれないけど。
それでいい。
それで、魔王と対峙できるのであれば。
「なんで、なんでそんなことするの? 酷いよ」
わたしの問いに、静かに魔王は蝶を潰した手をゆっくりと見つめて返事を返す。
「邪魔なものを片づけた。ただそれだけだ。お前ものぞき見などされるのは嫌であろう」
「それは、どういう意味?」
「気にするなよ。ただ不快な物が多いというだけさ」
「魔王…」
「そう怒らんでくれるなよ。それに、魔王などと下らぬ総評で呼ばれるのは好きでなくてな。
エリザベートと呼んでもらいたいものだ。
それで? お前は何故この場に来たのだ? 試練はまだだというのに」
「そんなの――」
そこで、言葉に詰まった。
わたしは何をしに来たのだろうか。思えばミカエちゃんやロプちゃん、おねえちゃんに戦って傷ついてほしくなくて来たというのに、結局自分だけこうして送り出される形でこの場に来てしまった。
であるならば、魔王を倒す?
不可能だ。わたしなんかに叶う相手ではないことは、こうして向き合うだけでも圧倒してくる念の圧だけでも分かる。
天と地の差なんて話ではない。
一欠けらも可能性を残さないほどに、力量は明白なのだ。
そんな相手に戦いを挑むほどわたしはバカじゃないし、強くはなれない。
ならば、何故かと問われればというところだが。
「みんなの力になりたいから」
それにつきていた。
ただ、何も役に立たないなんて嫌だから。
わたしもおねえちゃんのように強くてかっこよくなりたいから。
本来ならばこの場に来るべきは勇者であるおねえちゃん。だからわたしでは場違いだけれども、それでもこうしてこの場にいるのは成り行きでもなければ強制されているからでもない。
わたしの意志。
強くなりたい。みんなを守れる自分になりたいというところから。
それを知ってか知らずか、魔王は鼻で笑う。
「フンッ――ならば、私と戦うか?」
冗談交じりに言われることだが、その目は笑っていない。
本気だ。
だけど。わたしはそれをのらりくらりとかわす。
「戦わない。今のわたしが戦っても勝ち目はないし、その役目はおねえちゃんだから」
「ここまで来ておいて、未だに道具に頼るか。
ではなにをしに来たというのだ? まさか、茶でも飲み気にきたわけでもないだろう」
「それは……っ――おねえちゃんは道具なんかじゃない!」
その言葉に、エリザベートは、はて? と小首をかしげる。
それがムカついてだから意を決して、エリザベートへと問う。
「なんで、なんで試練なんかするの!?」
その問いに。
答えず、静かな間が開く。
その間に緊張感を感じて、わたしは身構えたが、それは小さな笑いで飛ばされた。
「エリーゼ。居るのだろう? 今のを聞いてどう思う?」
「え?」
言われ、言葉を不思議に思う。エリーゼを知っている?
いやそれよりも。
わたしの力の純度が、自分の意志とは関係なく濃くなっていく。
その力は次第に霧となって周囲の地面を漂って――
突然一点に集まると、風が吹き荒れ弾けわたしの前にはエリーゼが立っていた。
「エリーゼ……」
ユラユラと風に揺れる雪原を思わせるかのように、純白の衣と銀の髪が揺らめいて、凛とした美形は切なくも申し訳なさそうな顔ををしてわたしへ向けてから、エリザベートへとゆっくりと視線を移した。
エリーゼ。わたしのロザリオ本体でわたし自身。
それがなんでここに、実体をもって現れてるの。
「エリーゼ・リベリア・ハウライト。何故アナタがそちら側にっ」
出てきたエリーゼに、ずっとすました顔でいたクリアが取り乱したように声を上げた。
「クリア。そう責めてやるなよ。
宝物への権限を持つお前なら問うまでもないだろう。察してやれ」
「ですが!?」
「クリア」
「っ……。御意に」
一時、強く反応を示したクリアだが、エリザベートに制止されると不服そうな顔をしながらも渋々引き下がる。それから直ぐに元の無表情で精緻な人形へと鳴りを潜めたのだった。
そんな彼女へ対してエリーゼから、ごめんね…と小さな呟きが聞こえたような気がした。
「それで? どうなんだエリーゼ」
「別に。わたしが居る以上、そうなるのは必然だよ? そう思わないの? エリザ」
「守ってもらうお姫様。お前はいつまでもそうしているのだな」
「だからこそ、リムが生まれた。ちがう?」
「フッ。確かに。
だが、どうする? それでは二の舞だぞ?」
「どうかな? 少なくとも入れ替わりの変化はあるよ。
そろそろ”そこ”変わってもいいと思う」
「………」
まるで旧友と親しく思い出話でもするかのように、二人は訳の分からないことを話している。
何が一体どういうことなのだろうか。
エリザベートはエリーゼの知り合い?
そんな訳がない。だって、エリーゼはもう一人のわたしで、わたし自身なのだから。わたしはエリザベートなんて知らない。
だというのに、何故エリーゼはまるでわたしとは別人のようにそこにいて、会話をしているのか。
「どういうことなの……? なんでエリーゼが居るの? なんでエリザベートと知り合いなの? エリーゼはわたしじゃなかったの? それに、おねえちゃんが生まれたってどういうこと?」
だから知らず、言葉は自然と漏れていた。
その問いに、エリーゼは振り返りエリザベートはわたしへと視線を向けた。
「ごめんね。いきなりこんなの困るよね……」
おどおどし、ひどく、エリーゼは申し訳なさそうにしている。
でも、わたしが今欲しいのはそんな謝罪なんかじゃない。
何が起きていて、何がどういうことなのか。ただそれだけなんだよ。
その願いに答えるかのように。エリザベートは口を開く。
「一つ。昔話をしようか」
「陛下」
そうして語られる。ある勇者にまつわる物語が――
「遥か昔、ある勇者がいたのだよ。その勇者は異世界を渡る力を有していて、酷く人を救いたい自滅願望の持ち主だった。
世界を股にかけてあらゆる不幸な者たちを救い、そして集めつづ続けていた。
そうして、一つの集まりができたのだよ。
世の敗者の集まり。すべて奪われる側の存在が勇者によって救済され、そしてついていった者たち。
そして、そいつらは浮島程度であったが、自分たちが勇者と共に暮らせる楽園を世界と世界の狭間、異界に作ったのだよ。
それを薔薇庭園という。
昼も夜もあり、花が咲いて命が芽生える。年中暖かく気候の良い。普通の世界と何ら変わらない。いや、それ以上の楽園をな。
異空に咲く薔薇の都。
そこで彼女たちは幸せに暮らした。そう幸せに。
だが結局、それも長くは続かなかった。
次元のはざまの異界といっても、そこを管理して守るものもいれば、そもそも世界の理というものがある。
そのどちらも、勝手に領域を作って根城にするなど許しはしなかった。
結果、戦争が始まったのさ。
勇者に救われた側も異界を彷徨い渡る間にそれなりに力を見出してはいたし、次元を渡る勇者にいたってはもはや世の理を逸脱した力を持っていた。
戦いは長く続いた。何百年も。自陣である庭園を異界に浮遊させ常に動かし、捕捉されぬようにして、たまに管理者が来れば迎撃をする。
まあ、勇者側に管理者たちを倒すなんて気はなかったがな。
倒すということは奪うことに繋がる。それは自分たちがされてきた最も忌むべきことなのだから。 絶対にしない。聖人だったのさ、酷いく危ういほどにな。
だが、そうは言っても敵は攻撃してくるし、追ってくる。あくまでも迎撃のみに絞って他は何もしない。一方的な 潰し合い。いや、潰し合いににもなっていなかった。
結果、そんなもの長くは持たんよ。
長きにわたる戦いで庭園は砕け散り破壊され、そこにいた者たちも塵じりじりになり消えていった。
そしてさいごにのこったのはその残骸」
「それが、ここ――世界になろうとしてなれなかった薔薇庭園の成れの果て」
最後の一説のみ、エリーゼが強い瞳と面立ちでわたしへ告げた。
「そんなの訳わかんないよ。何の関係が……」
「勇者が――あのお方は、世界をめぐり救いながらも、戦争に役立てるためにあらゆる世界に存在する道具を集めていたのだよ。
それは何らかの力を持った特殊な物でね。そういうものに、身に覚えがあるのではないか?」
「それは……」
「ロザリオ」
言われ、心当たりがあったが……。信じたくなくて、認めたくなくて、くちごもんだ。それを小さくエリーゼが呟いて。
「………なんの関係が」
否定したくて問うわたしに魔王が薄ら笑いを浮かべる。
「関係も何も、お前たちが聖器と呼ぶそれがそうなのだよ。
作ったのだよ。聖器を核に、お前たちを私が作った。人の代わりにな。
残った私は壊れた庭園を修復して世界の形へと戻そうとしたが、残念なことに、私の渇望は世界の破壊のみゆえにそれができなくてね。
大地は知っての通り枯れ果て、人を作ればただの黒炎のなりそこないとなった。
ゆえ――それをなんとかすべく、まず人を作る為に勇者の遺物を使った。それが聖器。お前たちの魂は、あのお方が集めてくださった道具から生み出された記録の一部に過ぎない」
「そんなの、信じられない」
「信じるかどうかはお前の自由だ。だが、感じたことがあるはずだ。自分の役目に、なんのために生きてなにをすべきなのか。理由のない強い使命感に」
「そんなこと」
それは確かに感じたことがある。
わたしは語り部。絵本を呼んでみんなに笑顔を届ける。そんな人になりたい、物語を伝えることがわたしの役目。
それはウソではないし事実だ。
でも、だからといって、それがどうしたというのか。
そんなことはただ自分のやりたいことを思っただけだ。
そうだ、だというのに……。
「自覚はあるのだろう。それはお前が日記という道具だからだよ。
そしてその道具に残っていた魂がエリーゼだったということに過ぎない。
戦争の際に、仲間の何人かは道具に魂の断片を残したようでね、それが強くでた結果こうして例え断片でもエリーゼは意志を持てたということにすぎない。
ゆえにお前はただのエリーゼの魂の幻影。
人の形をした道具というだけに過ぎないし、お前はただ道具として自分の使用目的をまっとうして生きていたにすぎない」
そんなの……。
「……ウソだよね」
「………」
エリーゼは再び申し訳なさそうな表情をして、目を伏せて何も言わない。
「ねえ、ウソって言ってよ……」
わたし達はロザリオで、今までの生き方も全部、ただ道具の使い方を模範していただけ。そんなこと。
「じゃあ、わたしは何だって言うのッ!?」
耐えかねて、言い放つしかなかった。
「いきなり訳わかんない物語を言われて、それでわたし達は道具? そんなの信じられる訳がないよ!
大体、だったら。だったらなんでわたしたちに酷いことするの!?
あなたはこの世界を元に戻したいんじゃないのッ!?
なのになんで試練なんかして、わたし達を苦しませて、みんな殺してッ!
なんで、自分で創ったものを壊すの!? 訳が分かんないよッ!」
そう、訳が分からない。
例え彼女たちが言っていることが本当だったとしよう。勇者が居て色んな人助けて。戦争をして住んでいた場所が壊れた。
エリザベートはその生き残りで、世界を治そうとして、わたし達を作った。
であればならば何故、自分でそれを壊すような真似をする。
これでは意味がないのではないか。
試練と称して街の人を、わたし達を残してみんな死んでしまった。
本当に世界を治すならば、そのまま放って置いてくれれば発展をしてより良くなっていくだろうに。なのになんで自分で目的を投げ捨てるようなことなど。
「それが最善だからだよ」
「え……」
「この城に来た時に外を見たよね?」
「……うん」
「外は赤く荒野になって、その先は断崖絶壁。
それはまあ、単純に庭園だった大地の大きさが、そもそもそれだけしかないからだけれど。
エリザには肝心な人が住めるような場所は小さな街一つ分しか、創れなかったんだよ。あなた達が守護って呼んでるあの土地しか。
だからそれをどうにかするために試練をするしかなかった。試練をして、勇者を創るしか。
そうだよね。エリザ」
「ああ。だが残念ながら、未だそれは果たしておらんがな。
元より私は破壊と破滅の塊みたいなものだからな。どんなに温厚を装っても魂もそれに毒されている以上隠しきれん。ましてや、庭園を形創る礎にはね。
私の魂を媒介に復興したこの場は、見ての通り、破壊された世界でしかない。エリーゼは守護しか人が生きる場所を創れなかったというが、実際その場を創ったのはクリアだよ。彼女が小さく領域を私から奪っているにすぎない。
それ自体は正直鼻に着くが、実際問題、世界を作る資格を有していたのは私とクリアしかいなかったのだから、そうしざるおえなかった。
私は破壊しか脳がないのでな。
戦争後の私は憎しみで満ちていたし。
そもそも仲間以外の他者を生き長らえさせることなど気は寸分もなかった。壊すことしかできなかったゆえに世界は破壊のみを再現したものがこの世界なのだ。
何故ならば、この庭園は支配するものの心を媒介に世界を構築する。
ゆえにこうして荒野になり果てたし、周期的に破壊を定期的に繰り返すようになった。
ほら、空に巨大な紅い月が現れただろう? あれは私が行為的にしている訳ではなく勝手に現れそして落ちるのだよ。
先に言った通り、私の魂は破壊と破滅に満ちている。だから結果としていくら世界を構築しようとしても、月が落ち破滅する。
まあそのたびに、壊れた近場の魂を寄せ集めては足りなければ道具を使い修復をするのだが、結果はイタチごっこだ」
「だから、それをどうにかするために勇者を創ろうとしたの。
この世界をエリザのように。
うんん。ワタシ達の知っているあの優しくも救ってくれて、暖かい世界を見出した勇者を。
そのためにはただの道具であるあなた達は都合がよかった。元より優れた異能を保有する道具なので可能性はあったし、あとは世界を作り上げるほどの覇道を所有してもらうだけだった。
だから、試練。試練をして、そして勇者になってもらう。
文字通り、エリザ達の」
「ゆえに勇者の候補よ。試練だ」
なにそれ……。
「じゃあ、わたしの元居た街は……?」
「そんなものとうに無い。言ったろう? 月が落ち世界を破壊すると。この世界はいま、お前の知っている世界の残骸を集めて再構築した物にすぎない。
そして、お前もただの破片の寄せ集めだ。
エリーゼという、私に最も近しい存在が中身だったがゆえに魂の全壊を免れただにだけにすぎない。記憶は残っていても、過去のお前と今のお前は別物だ。
まあ、それにこだわるやからもいるがね」
「………」
「ごめん。騙していた訳じゃないの。
魂の断片でしかないワタシには見ていることしかできなかったし、なにも言えなかったから。
こうして幻で姿が一時的にでも姿を現せて、話せるようになったのもつい最近。
試練が始まったあなたが強くなったから。
だから、謙遜しないで。リアは強くなってる。ずっと勇者に助けてもらう姫様じゃないんだよ」
「だからって――」
わたしに勇者になれと?
強くなっているのは間違いないから、わたしでも勇者になれるから。なってくれと?
ふざけないでほしい。
わたし達はあなた達の為に生まれてるんじゃない。
わたしはおねえちゃんや、みんなの為に生きてるんだから。
そんな自分の都合で何でもかんでも好き勝手して、わたしたちのことを苦しめて。
それしかないから? 仕方なかった?
「そんなの絶対に許せない。
世界がどうとか分からない。けど、みんなを傷つけて。そんなの許せない。
わたし達は道具なんかじゃない。ちゃんと生きてるんだよッ。
それなのに、それなのに――」
溢れるほどに怒りや悲しみが思いが一杯になり、わたしは奮い立って大剣を顕現して構える。
「………」
そんな悲しい顔するなら、なんで初めて会ったときに言わなかったの?
わたしだって言ったの?
わたしと同じ顔でそんな悲しい表情を向けないで欲しい。
「ならばどうする?」
エリザベートが問いかける。
わたしは睨み言い返す。
「あなたをここで倒す。そうすればみんな苦しまない。そうでしょ?」
エリザベートが居るから世界が崩壊して新たに世界は構築されまた破壊される。ならば、そのエリザベートを倒せば良いだけのこと。
もちろんエリザベートの強さは異常だ。それは目の前にこうして立っているだけでも知覚できるのは確か。
だけど。許せない、という気持ちの方が勝ってしまった。例えバカな感がだとしても、倒して、世界をみんなで元に戻せば。そう思って大剣を握る手の力を強くする。
正直、エリザベート達の目的と合致している部分がある以上、そこは腹ただしく否めないが。
エリザベートが事を起こしている張本人ということならば、そんなこと言ってられない。
そうやって緊張するわたしへ、エリザベートは薄く笑うと次にはパチンと指を鳴らして見せた。
「まあ、そう焦るなよ。
ならばその勇気、試練で見せてもらおうではないか」
「は……」
指を鳴らした瞬間。空間が鳴動する。
揺れている。いいや違う。地震が起きているように錯覚して足元がふらつくが実際はそうではなく。空間が並のような波長になって歪んでいるだけで揺れてはない。
であれば幻覚の類の攻撃かと言われればそうでもなく。
起きた事象への答えは直ぐに出た。
「みんな……」
空間が歪み霞掛かって、瞬間――歪みと振動が消えると同時に、みんな現れた。
「どいうこと?」
「っ……」
「あらぁ」
「お母様ったらまたまたこんな強引な」
「リア!?」
「ちょっと、どういうつもり!?」
各々起きた空間の転移に驚いている。
そう、空間の転移。エリザベートの力によってか、この城の至る所で戦っていた者たちは全員、王の前へ抵抗もする間のなく呼び寄せられ招集された。
「ミカエちゃん大丈夫!?」
みんなの中で一人、血まみれで、膝をつくミカエちゃんが目につき駆け寄る。
「怪我してる…」
「大、丈夫ですよ……。レアの攻撃を少しかすめただけですから」
つまりそれは……。
レアの能力はこの身で受けたのだから、身をもって体験し何が起きるのかは知っている。
「大丈夫じゃないよっ! 少しでも受けたって」
傷は広がり、治しても痛みは消えない。
下劣でとても危険な能力。
だから、大丈夫なわけなんか。
それに、致命とは行かないものの出血もかなりの物だ。
すぐにでも直さなきゃいけないのに。
けれども、心配するわたしの手を押しのけてミカエちゃんは立ち上がった。
「そう。立ち上がってもらわないと。まだ痛みの何たるか。理解できてないですわよねぇ。
見た目ほど痛みだって感じていない。そうでしょう?
キサマは我と同類ですもの、それぐらいわかるわぁ」
ニタニタと爛れた果実のような笑みと共に放たれる言葉は何を指しているのか、わたしには分からない。
けれど、ミカエちゃんにはそれが理解できているようで、フッと笑った気がしたと思うと、わたしの手を振り払って立ち上がる。
「そんなこと、知りませんよっ。大丈夫ですリア……っ」
痛そうな表情を浮かべているミカエちゃんは大丈夫なんかには見えない。
「ミカエちゃん……」
高まる緊張。ここで全員による戦闘が起きそうだった。
だが、それを知って。エリザベートは止めに入った。
「焦るなよ。
一つ、試練をしたくてな」
「試練……?」
「そうだ。
各々、相手に対して思うとこがあるのだろう? なら、それは相応の舞台で決着をつけなくてはな。
このような入り乱れた場所でことをすますなど無粋だと思わんか?」
不意に言われた言葉。それに反論したのはフレデリカだった。
大きな斧をエリザベートへ指すように向けて、彼女は叫ぶ。
「なに勝手なことを言ってんッ! こうして集めたのはお前でしょう!?」
言葉に、悪気はなさそうに肩をすくめて見せるエリザベート。
その動作にフレデリカが不満の意を放っている。
「否定はせんよ。お前たちの聖戦、割り込んだのは詫びよう。だが、ただの成り行きで決着をつけるにはもったいないとは思わんか?
せっかくの魂をかけた戦いだ。最高の舞台でなくては。というのが悪党の美学だとは思うがね」
「エリザ……」
振る舞いは凄く何気ない物にすぎない。
けれども、フレデリカへと向けられた意志の念は尋常ではなかった。
一方的な、なんだそれはという言葉であるが、それに含まれる質量はそこが知れないように感じる。一言言って、威圧という表現を遥かに超えているし、もはや絶対の神命のようなものに等しければ、圧倒的な力量差を見せられた。
その神託もかくやという圧倒差に、不快そうな顔をしながらもフレデリカはやむを得ず大斧を下し、露と消して武装を解除した。
そして、それは他の審判者も同じ。
カレンもレアも各々、持っていた武器を消し去って戦意というものを無くしていた。
「フフフッ。うちのお姫様は相変わらずワガママなのだから……。
仕方ないわね」
「なんだよ急に! 何だっていうの!」
武装を解除したカレンへ不満そうにロプちゃんが言い放つ。
それを無視し受け流して、カレンは壇上のエリザベートへと顔を見上げて問う。
「それで? お姫様は何をご所望で?」
「なに、簡単なことだよ。それぞれ決戦場をにて戦ってもらう。
試練は未だ第三試練間でしか終えておらんが、各決戦を試練とする。
その方が、お前たちも本気を出せるというものだろ?」
「それはつまり、第三から第六までを同時にするということです?」
「ああ。勇者の候補者がこうもいるのだ。それを一つに絞らねばな。
ゆえに、各々には私が指定した場所で戦ってもらう。そこを試練の場とし第四、第五、第六、第七試練の全てを進める。無論、それぞれ越えねば、私とは再びまみえることなどできぬし、そもそも今のままでは話にならん。四つの試練をもって最後の私への道とする。
それゆえ、試練を越えなければ私とは戦えんし、そのまま月は落ちるだけさ。
なに、決戦の場にはそれ相応に相応しい舞台を指定する。そこは心配しなくてもよい。
決戦の時は今より時計の短針が一周したのち各地に舞台を展開する。
では、場所だが――第四試練をイザナミ・カレン。場所は街の中央地の広間」
「まあ、お姫様が言うのだから仕方ないわね。分かったわ」
「第五試練はレア、お前だ。場所は街の外、東側の荒野」
「はい――お母様に指定して頂けるなんて、幸せですわぁ」
「第六試練はフレデリカ。場所は街の外。西の荒野の果て。そこであれば、何も気にせずに存分に力を発揮できるであろう?」
「大きなお世話よ!」
「そして、第七試練。クリア。お前はこの城の最上階だ」
「仰せのままに」
こうして全員の場所は一方的な指定にて決定した。
決定したのだが、それでわたしたちがはい分かりましたと訊けるはずがない。
というより、誰よりも早くおねえちゃんが意を決して、告げ終わり、一番油断するタイミングを狙って、エリザベートの言葉にできないほどの圧力と力の抑止力を振り払い、動いていた。
「はああああぁぁぁぁっ!」
「おねえちゃん!?」
大剣を手に走り飛んで、魔王へと斬りかかる。
圧倒的な不意打ち。確かに、エリザベートからの念の圧力は凄まじく、この場の誰をも凌駕している。
だが、だからこそ反撃は一切ありえないと思っていて、隙だらけではあった。
あったのだが、だがしかし――
「待って!」
「っ!? ――なぜっ!?」
エリーゼが両手を広げ二人の間に割り込んでいた。
結果、振られた大剣はエリーゼを大きく裂く形となり。背後からはエリザベート本人の倍ほどある大太刀がエリーゼを突き刺していた。
「くっ」
そして何かの力に弾かれ突き飛ばされて。
結果的に、エリーゼがおねえちゃんを突き飛ばしたことにより大太刀に直撃することはなかった。
引き抜かれる大太刀。エリーゼは同時に体を薄れさせ、倒れゆく。
「あ……」
「っ……。ダメだよ。気持ちは分けるけど、エリザを倒せるのはあなたじゃない。
だから……ね、おね、が…ぃ……」
倒れ地に落ちる前に、薄れた体に真っ白な光の粒子が溢れ消え去る。
「エリーゼ……」
エリーゼがおねえちゃんを庇った?
なんで、エリザベート側じゃないの?
「エリザベートッ!!」
突如起きたことに分からないことが多いが、わたしが困惑する間にも、おねえちゃんがエリザベートから飛び下がる。
それから、エリーゼがやられたということはつまり。
「ロザリオの破壊は死に直結する」
冷たくエリザベートが言って。
「あっ……」
突然わたしは全身から力が抜けて、その場に膝をついた。
「リア!」
「ロプちゃん…」
駆け寄ったロプちゃんをかすれる視界の中、見上げる。
エリザベートの言ったことは事実だ。
一度それはミカエちゃんで体験している。聖器を破壊すればギニョールになる。それはつまり本人の死を意味していている。
ギニョールは聖器ない抜け殻。エリザベートが創った道具を入れる側で、本体の道具がなくなれば残るのはガワだけだ。
わたし、ギニョールになるのかな……。
なって、みんなのことを襲うのかな。だとしたなら、イヤだな……。
「っ……」
「おねえちゃん…」
擦れた視界には最後におねえちゃんが駆け寄った姿が見え、それが銀の鱗粉へとなり消え去った気がした。
「―――っ。
あれ?」
その場に倒れていたわたしは起き上がる。
「何ともなってい……」
「リア!?」
「大丈夫、なのですか!?」
「えっと、うん……」
あっけないほどに何もなく、何も変化は感じられない。
なにか抜けて、落ち着かない感じはするが、特になんの問題は無かった。
「ほう。全壊とはいかなかったか。
いやむしろ、あるべき形に戻ったというべきだな。エリーゼめ、最後にそんな方法を残していたとは。おもしろい。
さてお前たち、土産もできたのだからそろそろ帰ってもらおうか」
パチンと指をエリザベートが鳴らすとみんなが集まって来た時のように周囲に真っ白な霧がどこからか溢れて渦を巻きだす。
そして、それがわたしたちを覆って視界が真っ白へなってゆく。
「待ってっ!」
手を伸ばして足を生み出したが、次の瞬間には霧が満ちて晴れ、わたしたちは城ではなく破壊された教会へ戻って来ていた。
伸ばしていた手を下す。
「どうして……」
どうして、わたしは生きてるんだろう。
なにかぽっかりと心の中が収まった感覚と、なにかが代わりに抜けた感覚。その不思議な感じに唖然として、わたしはそこに立ちつくしかできなかった。
「あっ……」
そんなわたしをよそに、ミカエちゃんが痛そうにしてその場に膝をついた。
「ミカエっ、大丈夫!?」
「ええ。ただ、少し無理をしすぎてしましました」
そうだ、ミカエちゃんの傷の手当てをしないと。
ミカエちゃんへ駆け寄って力を使い傷を治してゆく。
「っ………」
「やっぱり、レアの力で…」
手当てをしてもレアの力は継続している。彼女から離れたことによりその痛みは少しは和らいでいるだろうが、元が想像絶するほどの痛みなのだ。対して変わりはしないのだろう。
「ワタシは大丈夫です。それよりも、リア貴方こそ平気なのですか?」
「う、うん……。わたしは別に、なんとも……」
特に何も……。
無い気がする。
「さっきのってエリーゼだよね? 何があったの」
「ロプちゃん、なんでエリーゼのこと知ってるの?」
エリーゼはもう一人のわたし。カレンの試練の時、わたしの夢にはわたししか入っていなったからロプちゃんは知らないはずなのに……。
「あ……」
なんだかやちゃったみたいな顔しているし。
「とにかく…。ワタシ達があの場に現れるまでに何があったのか教えてください。リア
ロプトルの話はそのあとからでもできるはずです」
「う、うん……」
言って、ミカエちゃんは教会から地下室へ向けて先に足を進めてしまう。
「まって、ミカエ。ホントはつらいでしょ。
ほらほら、支えてあげるよ~」
「大丈夫です」
先に行くミカエちゃんへ絡むようにして、まとわりついて腕を引くロプちゃんだが、その腕を振りほどかれている。
「あはは……」
ついさっきまで死地に居たというのがまるで噓みたいだ。
わたしも軽くなった体を立ち上げてる。
でも、なんだか。なんだろう。
なにか物足りないような……。
誰か足りない? そんな気がして壊れた教会を見渡すが、砕けた教会を冷ややかな風が吹き抜けるだけだ。
気のせい? なのかな。
「リア~」
「あっ、うん」
呼ばれて、気のせいだと感じて二人の後を追う。




