第46話 リム対フレデリカ 秘跡とは何か
激戦は想いと想いの衝撃を、この黒曜石の城全体へと大気伝い震撼させ、城にいる全員へと伝えていた。
暗黒城の外壁にそう長い廊下、そこを走りながらぶつかり合う覇道を感じたリアとリムは、ほぼ同時にその足を止め振り返った。
「いまの……」
「ロプちゃん、ミカエちゃん……」
激動した大気が通り抜け、そこから感じる覇道の念。そは一つだけではなく、複数の意志力の念を有していた。
それは即ち、ロプちゃんミカエちゃんどちらもカレンやレアに匹敵する力を放っているということ。それが衝突しあって激戦を演じているという事実に他ならない。
きっとそれは死に直結するほどの戦いで、吹き抜けた覇道の念を肌に感じると共に二人の安否に一抹の不安を抱いた。
「心配している暇はないわ。行きましょ」
「うん。……でも、何処に行けばいいのかな?」
見通す先はずっと同じ廊下。妙に外壁に合わせてそっており、変化のない風景は同じ場所をグルグルと回っているのではないかと思わせる。
道は確かに幾つか分かれている場所をここまで見てきたが、そのどれも細道で正しい通路とは思わなかった。この廊下が最も大きな通路で、それを辿ってきたものの、実際問題あっているかどうか分からなければ、肝心な魔王がいる場所も分からない。
不意に、わたしはちゃんと進んでいるのかどうか気になり、道沿いに連なる窓へと近づいて外へと目を向ける。
「たかい……」
高度はおよそ数千メートル。その高さは街の外壁の比ではない。
小さな街のほぼ中央上空を、浮遊する暗黒の城。そこからは円形上に広がる街全体が見渡せて、同時にこれまで見ることができなかった世界の果てを目視することができた。
いや、この場合。見てしまったというべきか。
この城に突入した時、城やその扉の大きさに圧倒されて外の風景を見ては無かった。というより、外の風景など見下ろしても荒野が広がっているだけだろうと、無意識に感じていたから誰も気にも留めなかった。けれども、こうして見ると真実はわたしの想像を遥かに超えていた。
「なにも、ない……」
そう。何もなかったのだ。
街から外壁へ、そして赤く焦げた荒野。そしてその遥か先――
その先は無かった。
正確にはある地点から先は崖が地平線のように広がっていて、それから先は真っ赤な奈落が広がっていた。
赤く光る無限の穴。その先はなにも見えなくて、どこに行くのかもわからない。
世界という画用紙を切り取ったかのように。荒野からそれ以降は何も存在せず、それは、まるでまるで絵本で読んだことのある地動説のよう。
「リア?」
おねえちゃんがわたしの妙な反応を気にして、同じように窓へ近づき外を見下ろす。
「どういうこと、これ…」
「………」
わたしの問いに、おねえちゃんは首を左右に振るだけだ。
「ちょっとリア」
見える風景はにわかに信じられず、走り出して城の外周を周り東西南北いかなる方向の風景を見ようと、外を見ながら走った。
なんで? なんで?
どうして、何もないの?
けれど、見える風景はどの方角もすべて変わらない。同じ荒野とそして崖とその先は奈落。
一周をし、ほぼ全ての方向を見渡してわたしは諦めて足を止めた。
「どういうこと、これじゃあまるで――」
「まるで、世界にここしかないみたい? なんて」
「え?」
「バカみたい」
わたしが漏らした言葉を続けるように、突如して地響きが鳴り、同時に天井が割れ砕けて落下してきた。
舞う破壊された黒曜石の天井の粉塵。黒光りして夜空の星のように漂って、それが突然吹き跳ぶとわたしの目の前は瓦礫でふさがっていた。
「フレデリカ……。リアッ、大丈夫なの!?」
塞がれた道の向こうからおねえちゃんの声が聞こえる。
しまった、わたしが勝手に走ってたから……。
十人近くは並ぶことができるぐらいの幅の道は瓦礫に塞がれてしまい、おねえちゃんと分断された。
道は完全に塞がれてしまっており、向こう側の様子は見えない。
それは間違いなく行為的にされたもの。
向こう側にはフレデリカがいるようだけど……。
「あ~あ。バカみたい。
おまえの相手はあたしよ、この先には進めさせない。道具は道具同士、壊し合いましょ」
瓦礫の向こうからフレデリカの嘲笑うような声が聞こえる。
「おねえちゃん!?」
「うるっさいわねえ。おまえはさっさと先に行きなさいな。半端ものは対象外よ」
「それはどいう…」
「待ってて、いまこの瓦礫どかすから――」
壁の向こうではおねえちゃんとフレデリカが今にも戦いそうだ。
わたしだけ分断されるなんて、そんなことダメ。
「はああああぁぁあぁっ!」
大剣を顕現させて力を解放し、振り上げた大剣を力いっぱい壁に向かって振り下ろす。
「ムダよ」
端的に聞こえた言葉。
それはわたしでは突破が不可能ということを現していて。
事実そうだった。わたしが振り上げた大剣は、瓦礫の壁に当たっても何の衝撃も産まなければ火花が散るだけで傷すらつかず簡単に弾き返されてしまう。
「この城は秘跡の残骸。おまえ如きが傷などつけられる訳がないじゃない。
さっ、後ろの放っておいて、――始めましょうか、ねぇ!」
「っ――」
瓦礫の向こうで衝撃が走る。
何がどうなっているのか分からないけれど、フレデリカが攻撃を仕掛けたのは確かだ。
「このっ、おねえちゃん!」
「くっ」
瓦礫の山に向けて大剣を振るうもやはり傷一つつけられない。
「リア! 構わないわ、先に行きなさいっ!」
「でもおねえちゃん!」
「大丈夫よ。先に行って!」
「でも、わたしだけじゃ……」
そう、わたしだけでは魔王にかなうなどと思えない。わたしの力はおねえちゃんと一緒でないと意味がないし、常態のわたしではみんなの中で一番弱い。
そんなわたしが、わたしだけが魔王の御前に立ったとして何ができるのか。
みんなが居ないと絶対無理だ……。
向こう側で剣劇の調べが鳴る。
その音は強く甲高く響く。到底、金属同士がぶつかり合う事態から想像できないほどの破壊音。
それを響かせながら、向こう側からおねえちゃんの声が続く。
「大丈夫! リア、アナタは強いわよ!
だから大丈夫。私もすぐに追いかけるから。行ってッ!」
「あらあら、連れないわねっ! そう簡単にはいかせないわよっ」
「おねえちゃん!?」
爆発に似た大きな破裂音。
向こうで一体どんな戦いが繰り広げられてるのだろうか、想像が追いつかないが、激しいものなのは分かる。
どうにかしないと……。
そうは思うもどうにもできず、おねえちゃんは行けという。
「大丈夫!! 早く行きなさい! 早く!」
どうしたらいい?
どうにかしてこの瓦礫の壁でいないのか?
秘跡の残骸かなんだか分からないけれども、フレデリカができたんだ。いくらわたし達の力の上位の物でも破壊できない可能性はない。
けれど、それを今のわたしに同じことができるか?
破壊力で言えばミカエちゃんよりも自身はあるが、正直フレデリカのように街をさら地にするほどの力の出力をだすなんて芸当はできない。
であればわたしには不可能。
フレデリカ事態が破壊に特化した何らかの力を持っているからできたことであって、わたしが同じことができるということはまずない。
なら、このまま諦めるのか。
このままここでこうしていても、変わらないなんてことは分かってる。
だからといって……。
「………」
その時、どこからかわたしの横を青白い光がとおった気がして、つられわたしは振り返る。
「なに?」
「ちょう……?」
ヒラヒラとどこからか現れた蒼くやんわりとした光の塊でできた蝶。蒼の粒子をまき散らすさまは、背後で凄まじい剣劇が奏でられていても神秘的な雰囲気を放ち続けており、見たわたしを魅了する。
後ろでおねえちゃんが必死に戦っているのに、わたしはその蝶から目が離せなくて、引き付けられて進む姿に足が一歩踏み出す。
「あっ」
そして気づいて止まる。
なんだろう。どうしたんだろう。
わたしを誘っているような……。
何故そんなことを感じたのかわからないけれど、引かれる。
そして――
何故だか合わせるように蝶は停止してその場で浮遊する。
おねえちゃんが向こうで戦ってる。
そこに割って入ることは今のわたしにはできない。
魔王にもかなわないかもしれない……。
けれど、だからといって誰かの力に慣れないなんてのはイヤなんだ。
ミカエちゃんもロプちゃんも戦っている。
おねえちゃんも。
そんなみんなの力になりたい。
であれば、わたしに今できることは――
待つように浮遊する蝶を見て、わたしは決める。
行こう。
この蝶知ってる。あの時、過去わたしが試練に関わった時に現れたことがある。
そう思い返して足を踏み出す。
それと同時に蝶も先へ動き出して飛んで行く。
「そっちだね」
誘われている。
それが苦なのか吉なのか。わからない。けれど。
みんなの力に少しでもなりたいから、今ある可能性にわたしはかけてみたいと思って走り出す。
■
荒れる雷鳴も及びもつかない大轟音。
黒曜の室内に轟くそれは、周囲へと響き渡り無限とも思われる回廊の向こうへと消えていく。
打ち弾き合い発せられる衝撃は、全て破壊の全たるものがのっており、衝撃だけでも常人であれば近づいただけで人体へ致命的な破壊をもたらす。
その衝撃の中心核に最も近くにいながら、リムとフレデリカは涼し気な顔で互いに猛威を振るって打ち合い続けていた。
「リア!?」
黄金の大斧が振り落とされ、それを振り払って瓦礫の向こうに居るであろうリアへリムは大きな声で呼びかける。
「さっきから、無視されるのはムカつくんだけど?」
拮抗するように打ち合う二人。その中でリムの注意は終始、瓦礫の向こう側へと注がれていた。それにフレデリカは気に入らないと大きな振りで大斧を入れるも、軽くリムにいなされている。
それはまるで大人にじゃれる子供のようで、簡単に流されているようにも見て取れる。
拮抗しているように見えて、その実、フレデリカは間違いなくリムに軽くあしらわれていた。
とはいえ、それらすべてはリムの神がかった剣捌きがあってからこその所業。一撃一撃はすべて破壊そのものだ。リムはもちろんその他の誰であろうと傷がつすらつけられない破壊不能のこの城に、切り傷どころではない、崩落や砕きをもたらしている攻撃である。
事実リムが受け流した攻撃は、廊下のどこかに当たって破壊を起こして小さなクレーターや大きな切り傷を作っている。
フレデリカが言った秘跡 、それは想いの力の究極で最高段階に位置する。それの残骸であろうが一度そこに至ったものであれば、力は間違いなくこの場にいるリムやフレデリカ以上であるのは間違いない。
それはどんなことがあろうと覆せない自明の理で、力の関係性や順序でいえば降臨までしか到達していないものでは、上の段階である秘跡 によって編み出された物には傷すらつけられるハズなどないのだ。
何故ならば、秘跡 というのはこの世そのもの。
降臨が世界に対して部分的に自分の法則という覇道を産み、力として扱うなら、秘跡とはこの世に法則をもたらすものである。
それはこの場における城だけにとどまらず、大地を超えて星(空)へそしてその先は惑星、銀河、宇宙の果て、さらにその上位あらゆるものまでも、影響範囲はいかなるものすべてとなり、自分の常識を世へと垂れ流す。
それはもはや世界における常識。
では、つまりどういうことか。
例えば、温度100度で解ける鉄がその場にあったとしよう。それは絶対で、どんな科学的な実験をしようと融点は必ず100度。不純物が混ざらない限り変わらない世界の節理で自然そのものといえよう。
だが、秘跡はそれを覆す。それどころか、その100度という絶対的なこの世のあるべき形を曲げて、事実を別の温度へと変化させられる。
それは1度か1000度かはたまたそもそも溶かすことなど不可能か。変更先はどうあれ宇宙規模で覇道となって世の摂理を曲げて定着させる。
それが秘跡であるのだ。
その常識を書き換える力から生み出された産物。それが降臨ごときで容易く破壊できない訳がない。
力から生まれたものは、術者の息が常にかかっているのと変わらない。だから破壊は絶対不可能。何故ならばそれが、世界のありのままの姿であるから。
であるのに、フレデリカはそれを破壊した。
それは本来ありえないことで、あってはならないこと。意志の力である秘跡の覇道は他者の意志と絶対に打ち合うことになるし、例え術者が居ないと言えど、一度発生しうみだされた以上は意志力による強固さは変わらない。
ゆえにありえない。
ありえないが、唯一それを可能とするとするならば。
単純にフレデリカが降臨で局所的であるが、この城の意志力を超えたということである。
その方向性は恐らくは破壊。
破壊という念のみは、この城の耐久性を超えてやった芸当。
ゆえにそこからいえるのはフレデリカは破壊に特化した性質をもっているということだ。
カレンのように記憶を消去して抹消し消すのではなく、純粋な力による破壊。砕くことにおいてフレデリカは誰よりもたけているということで。
打ち合うごとにリムはそれを受けつづけているということになる。
無論、世界の法則すら超える、超越を受け流すなど容易ではない。見た目上は確かにじゃれる子供をあしらう大人の構図にも見えなくもないが、事態は見た目以上にきわどいものでもあった。
「リア?」
瓦礫の向こうからは返事はない。
であれば、行ったのか? 気配は確かにないが。行ってくれたんだろう。流石にこれ以上の無駄口は叩いているほど余裕がない。
というのも。
「バカみたい。そんなに使い手が心配? 羨ましくて、ムカつくのよッ!」
自然とフレデリカの攻撃の圧は増して来ていたのだから。
「形色せよ降臨――月に導かれし大斧の幼女!!」
発動し吐き出された力の奔流。振り落とされた大斧が地面を強襲する。
砕ける黒曜石の床と、響き渡る大轟音。
それは、衝撃だけで爆撃のようにリムの耳による知覚を鈍らせて、三半規管が一瞬だけおかしくなる。
「くっ……」
音が聞こえなくなった訳でもなければ、見えなくなったわけでもないが。空間の把握が一秒程であるがリムは遅れた。
その瞬間をフレデリカは逃さない。
「やあああぁ――!」
咆哮と共に地を砕いた大斧が、地面を斬りつ真っすぐな線を引きながら迫って、下から斬り上がってくる。
「っ――」
「うあっ」
それを寸前で受けるも生まれた衝撃は凄まじい。防いだ大剣を突き破って破壊の衝撃が圧力となり、リムの体はただの衝撃波だけで鈍器で打ち付けるほどの衝撃を加えられる。
「うっ、ごほッごほッ……」
そのまま大剣もろとも、発射した大砲のごとく吹き飛ばされ廊下の壁へとぶち当たる。
衝撃により体内から破壊されて、吹き飛ばされて破裂した内臓が出血して血液を吐き出した。
「はぁ…」
それでも大剣を杖が代わりにしてリムは立ち上がる。
それはただリムの為という一心によるもので、それ以外に彼女が戦う理由などなかった。
「一撃耐えたことは褒めてあげる。でも二度目はない。おまえを壊せばあの勇者も少しはまともになるでしょ」
「ふざけないで、リアには私が必要よ」
「必要なのは、あれの道具であるおまえでしょう? 道具は持ち主がいないと価値などない。それだけよっ」
振られる黄金の大斧。それは先の一撃と同等の威力を持っているだろう。防御はしたところでそれを貫通するし、回避したところで斬撃による二次災害が起こり、爆心地直下にいるリムにはそれ相応の衝撃が入る。
もはや止めることすら叶わないその攻撃は、まさに一撃必殺のそれであった。
「だったらっ……」
だが、それでも諦めはしない。
リムは大剣を振りかぶり、相対する。
「アンタは何だって言うのよっ!」
お前も同じ道具だろうと。そして道具の癖に主を持たない。
リアやロプトル、ミカエとも違う。
リムと同質の道具であるフレデリカ。自分のことを棚に置いて好き放題言うその奔放ぶりに、リアは対抗心を燃やして力を解き放つ。
「形色せよ、降臨――姫の夢を叶える願望!!」
溢れる力の奔流。渦をまき大剣へ周囲の念を貯めていく。それはフレデリカの放つ念の余波であり、彼女の願いの欠片でもある。集まる想いは微量であるがフレデリカの力の一端を帯びており、例え塵同然のカケラでも理を覆す力の一部。それらを集め、リムは力の奇跡により固めて自らの覇道にする。その力の強さは元来の使用者が使う物と同等の想いを帯びており、例え敵対している他者であろうともリムの想いの覇道と混ざりあって支配することができる。
そう、これこそがリムの降臨。
他者の力をのカケラを集めて、同質同等の能力を得、想い(カケラ)が多くなるほど力は強くなり強固なものとなっていく。
夢を夢で終わらせず、人為的に叶え発露させる能力。
そして、当たり前であるが、同時に集められ力が発動した瞬間に、どんなものであれ力の全容をリムは理解することができてしまう。
夢を叶えるということは、相手の願望を聞き入れ理解することに直結する訳なのだから、そんなこと至極当然であり、その覇道の弱点も目的、つまりすべて使用者の思考と変わらない。
想い願望を、念として覇道という力にしている彼女たちの力では当然といえば当然だが、同時に得られる相手の思考は本人が意識していないレベルで常時読み取られ続ける。
そのため、リムはフレデリカの本音の部分を知り得た訳だが……。
そこに世界の真実を知りえながらも、対抗をやめることはしない。
「っ――」
「この……」
そうしてぶつかり合う破壊と破壊、圧力と圧力。
巨大な力同士のぶつかり合いは一種の超重力を生み出して、破壊不可能な城ですら削り周囲を陥没させて行く。
「へえ、この世界の真実っていうのが大体わかってきたわ」
「だったら、なおさら邪魔をするなッ!」
競い合う大斧と大剣。二つは力の極義を極めて。
圧縮され凝縮された力の渦は超重力同然の圧力を創り出し、そして――
ここに超新星爆発が巻き起こる。




