第44話 魔王城へ潜入
翌朝。
よくよく考えれば、重大な見落としをわたしはしていたのかもしれない。
それは今日の城へ奇襲するにあたり凄く重大で、それが解決しなければ何も始まらない問題。緊急ゆえに計画性の無さというところからで汚点。
なのでわたしは、場の雰囲気をあわただしくしない様にあえて訊くことにした。
つまるところ、いかにして城へ向かうかという事を。これは全員で考えなければならない一大事なのだ。
「ねえねえ、どうやって城に向かえばいいんだろう?」
「鎖での飛翔であそこまでならいけますよ
」
「私は宙に足場を創造できるわよ。リアもできるでしょう?」
「え? そんなことできるの!?」
「アタシは氷で道が作れるけど」
前言撤回。即回答により、この一大事は秒も待たずに解決したようだ。
「どうしたの? 急に」
「ん~。なんていうかこれから大変だから暗いままはイヤだなって」
昨日のこともあるし、今から行く場所は間違いなく死地だ。
ロプちゃんがカレンに勝利したという話であるため、対抗できるのは間違いは無い。だがそれでも敵は強烈。何が起こってもおかしくない。
力は圧倒的で、それに真っ向対峙できるのかわたしには分からないから。
なら、できるなら今だけでも楽しい雰囲気で居ようと思った。
正直、みんな起きてから今に至るまで。朝食? や準備している間ほぼ無言で会話などなかった。
わたしが一緒に行くと伝えるとロプちゃんも、そっかとだけ言って、何もそれ以上は言わなかったし。
ゆえにこうして場の雰囲気を変えるために明るく振る舞ってみたものの、みんなして対応は淡々としたものだった。
かなしいな。
「確かに、リアの言う通りね。
色々問題は山積みだけど、このまま重苦しい感じのまま行っても息が詰まるでしょう。
少しは緊張感は必要だけど、気負いすぎて神経質になるのも毒だわ」
「それは確かにそうですね」
「そうだね」
みんなお互い見合って、硬かった表情が柔らかくなる。
そうして、全員で天を見上げて空高くに浮遊する暗黒の城を捕捉する。
浮遊する高度は街の外壁よりも遥かに高く、雲よりも下とはいえ数百メートル先は確か。そこまでの飛翔はやったことがないので全員が緩んだ心を引き締めて、緊張感を持つ。
行こう。あの場に。
この試練を終わらせるために。今できるわたしたちの最善をするために。
「それじゃあ。行こか」
「ええ!」
「はい!」
「うん!」
わたしの合図に全員返事を返すと、各々武装を顕現させて城へ行へと――
終わらせるんだ――この悪夢を。
「リアはわたしが連れて行くわ」
「ふえ? おねえちゃん!?」
「力の使い方、分からないでしょ? だから捕まってて」
「え、うん」
おねえちゃん曰く、わたしもできるという空中に風の足場を作る行為。それを利用して向かう前に、よこから突然抱えられてお姫様抱っこされる。
そのまま高く跳躍し、空を蹴るように遥か天へと昇っていく。
それはそう、まるでお姫様を救う勇者様のように。
「では、ロプトルはワタシが」
「え? アタシは別に道作れるけど……」
「これから敵の本拠地に向かおうというのに目立ってどうするんですか? 行くなら少しでも捕捉されないようにするべきです。なので」
「ちょっ、おわっ!? ミカエ、そんな雑なーぁッ!」
後からミカエちゃんの鎖が城まで一直線に伸びて、追い越して行き、それが城へ突き刺さると鎖が引かれてミカエちゃんがそのまま高速で先行していく。
そして、何故かそのあとからぶら下がるようにしてロプちゃんが、鎖を腰に巻かれて同じように悲鳴を上げながら引き上げられ通り過ぎていった。
「ミカエちゃん…」
「好きといっている割には、こういう時は随分と雑ね」
「あはは…。ロプちゃんなら少しコツいたぐらいでどうとなるわけでもないから。大丈夫だって信頼してるんだよ。多分…」
「歪ね」
「ん?」
「なんでもないわ。
行くわよ。リア。速度を上げるからしっかり捕まってなさい」
「うん」
言われ、よりおねえちゃんの首に回す腕に力を込めて密着する。
同時に速度は早まる。
そこか発するゆれはゆりかごのようで、ほのかに香る薔薇の匂いとおねえちゃんの鼓動とぬくもり。それらも一緒になって心地よい。
すごく安心する感じがして、おねえちゃんの胸へ顔をうずめる。
おねえちゃん。
おねえちゃん。
おねえちゃん。
このままこうしていたいとさえ思う。
そうして――
「リア、リア、着いたわよ」
「ふえ?」
うずくまっていたわたしに声がかけられていた。
気づけば振動も消えており、周りを見たらロプちゃんとミカエちゃんが何やらニヤニヤしながらこちらを見てる。
って。
「ひゃっ!?」
気づいておねえちゃんの胸から慌てて降りた。
「リア、もう少しリムと一緒にいてもいいのですよ」
「うん。先に行ってるからゆっくりしてても大丈夫だよ」
「もうっ、二人ともっ」
顔を熱くなって、恥ずかしくて思わず声は張り上げた。
二人はいまだニヤニヤとしている。
そんなわたしたちを見て、おねえちゃんはおねえちゃんでクスクスと笑ってるし。
もー。
「ふふっ。まあ冗談はさておいて。
随分と大きな扉ですね」
頬をぷくーと膨らませていると、ミカエちゃんが少し真剣な表情を戻し眼前にある巨大な黒曜石の扉を見上げ、わたしたちもつられて見上げる。
外壁と同じ、真っ黒な扉。
それはとてつもなく巨大な城の正門に他ならない。
上を向いて首が痛くなるほど見上げる必要がある高さの扉、それは重厚かつ高尚さに満ち溢れていて、こうしてまじかで見ると、わたし達の教会よりも立派な物なのはより鮮明に理解できた。
「これ、どうやって開けるのかな?
明らかに重そうだよね」
「やっぱりこう壊すとか」
「ダメですよ。そんなことしたら襲撃しに来ましたと言っているようなものです」
「ちょっつ」
鎌を構えてみせるロプちゃんを、ミカエちゃんが巻きついたままの鎖を引いて後ろへと戻させる。
なんというか。冗談なのか本気なのか、ロプちゃんたまに分かんないよね。多分本人は百パーセント常に本気なんだとは思うけど……。
少しはミカエちゃんに怒られることを考えたほうががいいんじゃないだろうか。
「あはは…」
二人のやり取りに苦笑いも否応せない。
そんな、間抜けなやり取りの中、何故かおねえちゃんは一人静かに大剣を構え始めた。
「どうしたの? おねえちゃん」
「どうやら、開け方の心配は必要ないみたいよ」
言われ、同時に感じたのは扉の向こうから感じる形容しがたい不快な感覚。
感じ取り、思わず大剣を構えて身構えた。
後ろで言い争いを始めたロプちゃんとミカエちゃんも、扉の方をから感じる常軌を逸した不快な感覚に気づき扉へと向いた。
両開きの黒曜石の石扉が扉が、ゆっくりと重厚感を漂わせながら鈍い音を響かせて開いて行く。
「っ……」
そこから吹き出た悪意の猛襲。煙のように逃げ場を失った邪気は開いた道に逃げ出すかのようにして突風となって大量に吹き出て、扉の前のわたしたちへと吹き付ける。
肌を撫でる風は不吉な念を纏わせており、毒に犯されて行くかのように精神を蝕もうとしてゆく。
常人ではふれただけで狂ってしまいそうなほどの濃い念、それを歯を食いしばって過ぎ去るのを耐えた。
数秒ほどの、一瞬の通り風にすぎないのに、それだけでわたしは何万トンものおもりを背負わされたように体が重く錯覚する。
そうして重圧な闇が溢れた扉の向こうを見れば、煌びやかな照り返すほどの磨かれた黒曜石の床に、装飾。天井には、数多もの金剛石が煌びやかに光を屈折させるシャンデリア。崇高かつ高明な、精緻で美しいエントランスが広がっていた。
それは高貴かつ綺麗な魔を孕む住む場所でありながら、絶対不可侵の聖域のように、侵入をはばかられるほどに不可能なほど煌びやかかっていて――。
気づけば、わたしは恍惚と心を奪われその風景に見入っていた。
目の前にわたしが求めていお姫様の美しい城がある。
全身へとへばりついき体の動きを鈍くする悪性の感覚になど頓着せず、ただ目の前にある憧れに心奪われてしまう。
一言。魅入られた。
余りに強すぎる秀麗さは。有り体に言ってしまえばもはや毒だ。
見る人、感じる人を引き付けて、虜にして狂わせる。
それがどんなに神聖なモノだろうが悪性のものであろうが、どちらでも関係ない。等しく引き付け、それに心が囚われた者は真っ当な判断はできなくなる。
欲ある者は自分のモノにしようと盗みになるし、謙虚なものは何の保証もないのに祈り敬う。
魅入られた者は狂って何らかの方向性へと極端に走ってしまうのだ。
そして、今わたしは心奪われて魅入られてしまった。その結果から言えばわたしは盗むことも祈ることもないが、心がか弱いがゆえに引き込まれていった。
「きれい……」
そう、精神的にも物理的にも。
自然と足が進んで、秀麗な城へと飲み込まれていく。
と――同時に。
「リアッ!」
突如として飛来した巨体な何かがわたしを襲い、後ろからおねえちゃんが跳びだして覆いかぶさるようにわたしを突き飛ばしていた。
「いつ~っ
おねえちゃん!?」
「リア、大丈夫?」
「うん…」
気づいた時に地面にうつぶせで倒れていて、おねえちゃんが背に乗っていた。
「二人ともッ」
「リア、リムっ」
「大丈夫」
心配してミカエちゃんとロプちゃん二人も警戒していた城内部へ思わず入り駆け寄って来てくれる。
わたしとおねえちゃんは立ち上がり、そして全員で振ってきたソレを見てそして驚愕した。
「これ……」
そこにまっすぐ不自然に突き立っていたのはさび付いた巨体な肉断ちの屠殺包丁。それはここにいる全員見知ったものであり、同時にイヤな記憶が蘇りそれはありえないと思ったのだった。
だって、これって……。
「レア……」
「呼んだ……?」
怨敵の名を口にしたミカエちゃんだが、同時にそれに反応した何かが城の奥の暗がりから姿を現す。
「何故アナタがここに」
声につられ全員振り返ると、そこには審判者の一人。レア・オルシャの姿があった。
彼女は相も変わらず煮えたぎるような不快な笑みを上げていて、対峙するだけでも不安な気持ちにさせてくる。
だが、どうして彼女がここに?
だって、レアは闇に飲まれて消えたはずじゃ……。
「ミカエちゃん危ないっ!」
背後に突き立っていた屠殺包丁が独りでに動き、抜けてまっすぐレアの元へと、ミカエちゃんを通り際に切り落とさんと跳びだしていた。
だが、無論そこはミカエちゃん。声に気づいていち早く回避行動へ転じたため触れることはなく大事はなかった。
そして、そのまままっすぐレアの元へと飛んだ屠殺包丁は、その威力を感じさせないほどに軽く彼女にキャッチされる。
「レアっ!」
「そんなに熱烈な視線を向けられると困ってしまいますわぁ
我お母様に慈悲を頂きましたの。あぁ、このような幸せ。痛みをもって返したかった…。優しい心(心臓)をつかみ、握り撫でて上げて差し上げたかったですわぁ」
腐った果実が潰れるように。笑みと纏う雰囲気はより不快なものを滲ませながら、軽口をたたく彼女はもはや汚泥そのもの。態度と言葉の一つ一つが、見て聞くもの全てを穢れさせているかのようで、この壮麗な城でさえも犯して冒涜し支配領域を広げていく。
病んだ心は未だ健在。訊けば耳を負いたくなるような不快な言葉を吐くし、それに愉悦する態度はイカレており理解など不可能。
あれとまともに会話などしてはいけない。
いや、それ以前にまともな会話など成立するのかすら危ぶまれるが。兎に角、表面上での危険度で言うならばもっともであって会ってはいけない部類の相手が出向いてきた事になる。
とはいえ、汚泥をまき散らす不快な感じは放ちながらも、同時に彼女は一度目に戦った時よりも真っ当だと感じた。
というより、わたしたちを見ている。というのだろうか。
あの時はただ一人ごとのように何か違う目的の為にそこにいたため、わたし達などついで程度で眼中になどないという感じだったが。今は違う、対峙し、わたしへと矛先は真っすぐ向けられているような感覚がある。
それはつまり。要はまともに会話が成立しているということであるが、それで交渉などの余地は皆無だろう。
居るだけで周囲を犯しているのに、喋って会話などもってのほかだ。先に感じた通りまともに会話などしてはいけない。
それだけは、いくらわたしでも理解できた。
そして、もう一つ。レアの言葉から最悪な状況も予測していた。
それは現実となる。
「あらあら。騒々しいわね。
レア、エリザベートに感謝しているのならあまり城へ覇道を広げないことよ」
いつの間にいたのか。 エントランスから別の部屋へ続く大きな通路側。そこにカレンが立っていて、熟すレアへ声をかけてきた。
そして、カレンを見て大きく反応したのは言うまでもなくロプちゃんだった。
「カレンっ! なんでアンタも!?」
「フフッ。ごきげんよう」
警戒し声を荒げたロプちゃんへ、カレンは不敵に笑ってスカートの左右の淵をつまんで高貴も会釈を返してくる。
そこになんの敬意などなければ悪意もない。むしろ楽しんでやっているのだと、流出する微量の覇道の念から心を感じる。
そしてそれを感じるということは、わたし達へ牙を向いている事を示している。
つまりは敵。
侵入してきたわたし達を真っ向迎撃するという彼女なりの意思表示なのだろう。
ゆえに全員が構える。
大剣を鎌を鎖を。
各々自身の獲物を持って二人の強敵へと向き合った。
「まあ、色々言いたいのは分かるけど。とりあえず始めましょうか」
「行きますわよカレン。今回だけはリードを譲って差し上げますわ」
「あら、そう」
「来るわよ」
「うん。おねえちゃん!」
「待ってリア」
「え?」
敵味方互いに臨戦態勢の状態の中、何故かロプちゃんが止めて、ミカエちゃんと視線を合わせると互いに何か納得し前へ踏み出した。
「リア、リム。ここはワタシ達に任せてください」
「え?
何言ってるの。レアとカレンだよっ、二人だけだなんて」
「そーよ。二人だけとは言わずまとめてかかってきなさいな。
アナタ達ごときが単独でどうにかなると思っているの?」
バカにするようにカレンに言われるが、悔しい話その通りだ。わたし達の実力をまとめてもカレン達一人に実力に達するのか怪しいとワタシは思う。
力も放つ意志の覇道の念も圧倒的。自分たちとは比にはならないほどに、力量差は凄まじい。それにここは敵地。この先カレンとレアと同等、もしくはそれ以上の相手とも戦わなければいけない。
ともすれば、ここは全員で戦い一つづつ障害を乗り越える方が得策だと思うのだが……。
ミカエちゃんとロプちゃんは二人前へ踏み出て、わたしたちを何故か止める。
「なんで!?」
「敵はこの二人だけではありません。まだ先に少なくとも三人は控えています」
「だったらみんなで戦ってた方が」
「それではダメですよ。全員で戦って消耗し続けていては後がつかえてしまいます。きっと先にいる相手はもっと手ごわいですから。全員へばってしまうより、誰か一人でも万全の状態で戦った方が最終的にはマシです。
それに、ちゃんとあの二人の相手は、能力の相性的にもワタシ達にしか務まりません。だから行ってください。
大丈夫、後から追いかけますから」
「でも……」
「大丈夫だって、これでもアタシら強いから」
二人はわたしが心配しても止まらない。それがイヤで手を伸ばせそうになった時、その右手をおねえちゃんが掴んでいた。
首を左右に振ってほのめかすおねえちゃん。
「行きましょう。リア」
「二人が言う通り、ここはそうした方がいい。
大丈夫よ一度勝っているのだから」
本当に。本当にそうなのかな……。
「そうだよ。だから行って! リア!」
「そうです。大体心配がすぎるのです。
昨日言った通り、あなたのそういうところ嫌いです」
「何それ、もしかしてミカエ、リアと喧嘩でもしてるの?」
「いいえ、まさか――」
「そっか」
二人が同時に攻撃を放つ。
ミカエちゃんは鎖をレアへ投擲し、それが屠殺包丁に阻まれて。ロプちゃんは赤黒く燃える炎を氷の鎌にまとわせて、カレンへ切り込むと同じ形をした鈍色の鎌に阻まれて。
両者形は違えどせり合いの形となり、互いに動きを封じた。
それが暗示していることはつまり。
「行くわよ、リア」
意図を読み取ったおねえちゃんがわたしの手を引く。
「早く行ってください!」
「早く行って!」
「うん」
心配、だけど心強い。
そんな二人にここ残りはあれど、止められないということを悟ってわたしは頷き、おねえちゃんに引かれる手に何の抵抗もなく。連れ去られ二人の横をすりに抜けて城の奥への闇へと走り行く。
「二人とも! 絶対勝ってね! 絶対だよ!」
「言われなくとも」
「分かってるっ」
エントランスを抜けて、二人の姿が見えなくなって長い廊下に出る時に、同時にミカエちゃんとロプちゃんの力(覇道)の念が大きくなるのを感じ取る。
大丈夫。絶対に。
二人はそう言ったのだから。行こう先へと。先に行って、魔王を何とかしなければ。
そう、改めて心に決意してわたしはおねえちゃんに引かれるまま、更に混沌とする闇を放つ城の奥へと突き進む。




