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第43話 リア 回想

 そしてその夜。

 翌日の戦いに備えて眠らないととは思いつつも、上手く寝付けず、わたしは街の外壁の上へと来ていた。

 外壁は最初の試練で起きた地震と、フレデリカアがやったという破壊によりボロボロで、街の半分も残っていない。レンガの壁は根っこの部分までひび割れボロボロであれば、至る所にはその破片が転がっており、瓦礫がない場所はほぼない。そんな状態で、辛うじて毎晩来ていた場所が残っているぐらいであった。

 今思うと、あの時わたしが居た場所だけがこうして崩れなかったのは殆ど奇跡に近い偶然だと思う。

 その崩れそうな壁へと、軽く跳躍し瓦礫の出っ張りを伝って外壁の上へと着地した。


 こんな芸当、試練が起きる前まではできるなんて夢にも思わなかったけど……。今では軽々と民家の屋根ぐらいならひとっ跳びできてしまう。だから、例え外壁が崩れたとしてもそれで怪我などしたりしない。

 崩れに順応し、猫のように上手く地に着地することができるだろう。

 これも、一重にカレンによる聖器(ロザリオ)の訓練のたわものかな。

 それでわたし自身成長したと思うも、同時に寂しくも感じた。


 変わってしまった。見上げる空や眼下の街だけにとどまらず、わたしまでも。

 それは良かったのか、悪かったのか。少なくともわたしの成長という意味ではある意味良かったのかもしれない。

 おねえちゃんみたいになりたい。おねえちゃんのように強く妹を守れるように。そう願ったあの時までのわたしとは天と地の差なのだ。

 ゆえ、ここに来れば至極当然と思い出してしまう。


「あの時のわたしに、今の力があればローザちゃんを守れたかな……」


 吹き抜ける少し邪悪さを混じらせた夜風に髪をなびかせて、崩壊した街を見下ろしてアリもしないことを呟く。

 

 もしも、などない。あったかも、なんてない。

 わたしは守れなかった。それが事実であり全てで。こうして苦悩することが分かっていてもなぜ自分はここへ来たのかもわからない。

 ここへ来るのはもはや意味はなさないのに。


「癖で来ちゃったよ」


 守護とギニョールが消え去った今。この場に来ることなどに何の意味もない。悲しい思いをするだけ。

 それでも来たのはきっと、それ自体がもう癖になっているのだろう。

 ここへ来ると、いつだって悲しくい思いになるなる。それだけは変わらないから。

 だから、ここへ来たのはある種の破滅願望。一種の気分転換。

 幸せであることが怖くて、自分で壊す異端児の所業。


 別の街から来たわたしは、この街にとって異端な存在だから。わたしという不純物はみんなとは違うから。


 視線を上げて、雲の方へ。

 視界にはいる暗黒の城を見て、むしろわたしは破滅を呼ぶ側(あちら側)なのだろうと悟った。

 

 なら、わたしのあるべき場所は何処なのか。

 わたしの元居た街は?

 視線を下ろし、今度は振り返り荒野の地平を見通す。

 荒れた地の先は荒れた土地。どこまでも赤く焦げていてその終わりは見えない。

 そんなとこから幼いわたしはどうやってこの街へ来たのか。考えることは今まで何度かあったし、おねえちゃんに何度か訊いたことがある。

 けど、その返答は全て分からない――だった。どうやって逃げてきたのか、どうやって蔓延っていたギニョールを退けたのか。全て覚えていないという。


 わたしに残る記憶は、あの時、燃える街を一人走って逃げている記憶だけだし……。

 目をつむると、瞼の裏にあの残酷な情景が浮かび上がる。 



 それは遠い遠い遥か昔の記憶。曖昧ゆえ、実際にあった事実かはたまた夢なのか。夢うつつのそれは非現実そのものだ。





「はあはあ……」


 燃える。燃える。燃える。

 砕け破壊された街の瓦礫が。

 空から降り注ぐ黒炎の火の粉が宙で。

 真っ黒な人型の燃えるギニョールが。


 すべては真っ赤に染まった月夜の元。地獄のそこに似た情景を彷彿とさせながらこの世の全部を炎へとの飲み込んで、津波となってあらゆるものを飲み込んいく。

 吹き荒れる火花が肌に放りついて熱い。何処からか響き何重にもなって轟く慟哭が恐ろしい。

 

 それらは、逃げても逃げても追ってきてわたしを追い抜いて行く。


 怖いよ。熱いよ。みんなどこ。

 

 黒い火の粉と熱風を散らしながら、目の前にボトリと体を地面に打ち付けるイヤな音を立て、ギニョールが降ってきた。


 走り際に右手を振るうと、手元に顕現した大剣の刀身が大気の渦を巻きながら周囲の一帯を吹き払い、地面に風のひっかき傷をつけながら吹き飛ばし道を開ける。


 逃げなきゃ。ただその一心で、街を走り逃げ出す。

 街の人は誰一人居ない。

 見渡す限り燃える民家とギニョールの群れ。

 それらを自身の数倍はある大剣を振るいながら切り飛ばし、時に念による圧力ですり潰し蹴散らして、童女は逃避していた。


 みんな何処へ。何処へ行ったの?

 起きると家は炎に包まれて居て、家はもぬけの殻。おとうさんもおかあさんも何故か居なかった。

 ただわたしを残して、消えていて。怖くて家の外に出てみればそこは業火に包まれた火炎の地獄であった。

 それから逃げて、誰かを探して。でも居たのはギニョールで。


 混乱と悲しみが入り混じって、ただ一心で生きるために独りぼっちで抗い走っていた。

 



「ここ、どこ……」


 そうして。気づいた時には戦火を逃れていた。

 あんなに熱かった熱気はもうどこにもない。むしろ、冷たい風が吹き抜けて、真っ赤な夜へとしていた、落下しそうなほど近くにあったあの紅い月は存在しない。

 だってここはギニョールがいるはずの守護の外。赤く焦げた荒野にポツリとただ広い広い場所に逃れたのだから。

 そして、振り返ると――


「街は……」


 街なんてなかった。

 そんなに遠くまで走ってきた覚えはないのに。

 戦火の音も断末魔もなく静かで、ただ風が砂を削って岩を擦って抜けるオバケの声にも似た不気味な音だけが響くだけ。


「どうして……。おかあさん! おとうさん! みんな! どこっ!?」


 叫ぶ声がこだまする。荒野へ波紋のように広がって、けれどそれは地平の向こうへ吸い込まれて虚無へと消えて答えは返ってこない。

 虚しく風が軽く吹いて砂煙を軽くたてるだけ。


 誰もいない。何もない。

 なんで、どうして?


「ねえ、どこーっ!? ねえ、みんなー!!」


 叫んでも返事は返ってこない。


「どこ…。どこなの……」


 なんで、どうして? 次第に悲しくなってゆき。涙が出てトポトポと歩いて、ついには足を止めて膝が折れた。ずっと握っていた大剣を手から離すと、それは鈍い金属音を立てて地面へと落ちて銀の光る鱗粉をちらつかせて四散し消滅する。


「おかあさん、おとうさん……」


 誰も、何もない。どうしてこうなったのか。なんで自分だけこうしているのか分からない。

 いいや、違う。多分わたしが外へ出たから。

 守護の外へ出てしまったから。

 あんなに外へ出てはいけないっておとうさんとおかあさんに言われてたのに。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 これが神様からの罰だというのなら、許してほしい。もう悪いことはしないから、わがままも言わないし、だから……。

 誰か……。

 一人は嫌なの。ごめんなさい。許して。


 静かな風が流れる。わたしの髪を微かに揺らす。


「ちょう…?」


 不意に、わたしの横を蒼く光る蝶が飛んで行く。

 

「待ってっ」


 真夜中に、ひらひらと光るからだと同じ蒼い粒子の粉を散らしながら飛ぶその姿は、まるでわたしを呼んで道しるべとして誘っているようで、一筋の光だった。

 唯一な救い。

 そう思った訳でもなく、どちらかというと神秘的なそれに魅入られるように。反射的に体は魅かれて夢中で立って蝶へフラフラとついて歩を進める。



「………。

 おもい、だした?」


 燃える街にちょうちょ……。

 でもおねえちゃんは?

 失われた記憶の果て、思い浮かべた讀み上がったそれは現実なのか。今まで幾度も思い出そうと記憶の一片を引き出すも、こんな思いではない。

 いや、思い出がないかどうかではなくあったどうかの話だけど。

 だって、おねえちゃんがいない。わたしはおねえちゃんと二人でこの街に居たわけで、その時点で矛盾している。


 だから、否定する理由はそれだけで十分。

 ありえない。

 

「わたしの街……」


 それは何処に……。

 荒野の地平から視線を落として、街の外壁の入口を瞳に映す。


 本当の事はなんなんだろう。分からない。薄れゆく思い出は夢か現実か。

 真はわからない。



「はあ、何が何だ……」


 まるで自分の思い出が自分のものでないよう。

 その時、理解に苦しみながら下した瞳がある者を捉えた。


「あれ。ミカエちゃん……?」


 崩れかけの外壁の門から、ミカエちゃんが街の外へと出ていきそのまま何もない荒野へと歩いていくのが目に止まる。


 それは隠れるわけでもなく、ただ買い物にいくかのようにごく自然な雰囲気で、なんの迷いもない歩みで。ミカエちゃんはただまっすぐ外を何処へ向かっているのか、歩いていく。


「どうしたんだろう」


 ギニョールはいない。

 だから、外へ出る意味なんてないのに。


 心配になり、わたしは街の外へ向かって飛び降りた。

 文字通り、高さ数十メートルはある外壁の上から、迷いなく跳んで落下しながら壁を一蹴り。正面に宙がえりしながら外壁から少し離れたミカエちゃんの前に落下する。


「とっ――」


 着地する瞬間、落下する反動を力の行使で和らげて、少しの砂煙を立てるだけに抑え静かにミカエちゃんと向かうように降り立った。


「リア!?」


 突然目の前に落ちてきたわたしにミカエちゃんが歩みを止めて驚く。

 そんなミカエちゃんを前に、乱れた髪を少し整えて、声をかけた。


「何処に行くの? ミカエちゃん。ギニョールはいないよ?」

「それは……。リアだって、何故?」

「あはは…。わたしはなんていうか癖で……」

「はあ。そうですか」

「それで? ミカエちゃんは?」

「ワタシは――」


 わたしが再び問うと、ミカエちゃんは目をそらした。


「ん?」


 首を傾げていると、ミカエちゃんの重い口は開く。


「――リアは知っていたのですね。ワタシがギニョールを狩っていたことを。

 アナタが外壁へ行っていない夜間を狙っていたのに」

「えっと……実はわたしも何度か夜中に抜け出してたんだよね。今日みたいに眠れない時に」


 普段から外壁にわたしが行くことはミカエも周知していたことだが、実は夜中に誰も見てないところで勝手なことをしていたのはわたしも同じだった。

 だから禁じられた守護マリアの外に出ることを夜な夜なしていたミカエちゃんのことは責められる身分じゃない。特に、ギニョールを守護の外で倒すミカエちゃんのことには、見て見ぬふりをして今まで触れて来なかった。

それは、わたしは守護の外から来た存在だったからというのもある。人というのは一度法を破れば後は決壊したせき止め水のように同じことをするのに歯止めは覚えない。一度やってしまったことに対して罪悪感の意識は薄れるものだ。

 それゆえ、みかえちゃんのやっていたことが悪いことだとは思っていなかった。むしろギニョールを相手に戦うミカエに憧れすら覚えており。

 それを密かに行うミカエちゃんには何らかの使命でもあるのかと勝手な妄想を思っていた始末だから。秘密という形で収めて居たのだが……。


 既にそんなこと白昼にされている。だからわたしはこうしてミカエちゃんに声をかけたのだけど。

 ダメだったかな…?


「はあ…。アナタって本当、普段抜けているのに、変なところで抜け目ないですよね」

「ほえ?」

「まあいいでしょう。それに――ワタシも同じようなものです。眠れなくて、つい発散しようと出てしまいました。もうギニョールはいないというのに。

 ダメですよね。神の遣いであるシスターのワタシが神の教えに背いて、禁忌とされている守護から出るなんて。その上、ギニョールを狩るなんてこと」

「そんなことないよ。それで少しはギニョールが減って街の危機が少なくなっていたかもしれないし。

 それに――」

「それに?」


 含みを持たせて言ってミカエちゃんへ満面の笑顔を向ける。


「ギニョールと戦ってるミカエちゃんかっこよかったから。わたし、毎回壁の上で見とれてたんだよ。ああいうふうに強くなれたらいいなって」

「フフッ、まったくアナタは。元気づけてくれてありがとうございます。

 それでも、ダメなんですよ」


 ミカエちゃんが顔を伏せて、振り返り街の入口の方を見てそれからゆっくり外壁を見上げる。


「例えアナタの言う通りギニョールが減り街の脅威が減っていたとしても、禁忌は禁忌。それを犯すことにワタシは快感を覚えてしまったのです」


 ミカエちゃんの歩が街へ向かってゆっくり進み、わたしはあとからそれにつられるように追いかける。


「戻ります。戻る間、ひとつ。話を聞いてください」

「ん?」


 ミカエちゃんの背を見ながら、淡々と語られる話を静かにわたしは聞き入れる。


「こうして外へ出たのは最初はただの興味本位でした。教会では何かと禁則事項が多いですかね。ダメといわれると人は大抵やりたくなってしまうものです。

 それは神の使徒とされるシスターでも同じ。

 まあ、普段わたしから叱られているロプトルみたいなものです。

 それで、最初に外へ出た時にわたしは聖器(ロザリオ)を使えるようになりました。まだ幼かったですからね。それまで顕現させることはできていませんでした。

 きっかけは簡単、外へ出てギニョールに襲われてしまいましてね。その時に。囲まれて逃げることもできず、もうダメだと思った時に勝手に現れて取り囲んでいたギニョールを全て屠りました。

 それで、感じたんです。なんて清々しいのだって。

 自由を感じたんですよ。ここでならば何をやってもワタシは許される。咎めそれを許すとかそういう縛りは無い自由と。

 最初にも言いましたが、アナタの知っての通り教会はルールというのが多いですから。それがない自由が気持ちよかったのですよ。外であれば何を思って、何を言っても誰も悪く言いませんからね。


 それ以来、わたしは定期的に外へ出てはギニョールを倒していました。

 その時、ワタシが何を思っていたのか分かります?」


「ギニョールを倒してみんなも外へ出られるように。とか?」 


「フフ――それは優しいリアらしいですね。

 でも違います。ただ、全部壊れてしまえ。教会のルールもその教会自体も。規則に囚われる街も何もかも。

「えっ……」

「結果的にこうして願いはかなってしまいましたけど……。

 ワタシはリアたちが思っているほど聖人ではないのですよ。

 本当は憎悪と悪意に満ちている。いつでも何かを壊して独占しようとする気持ちがある。ロプトルに対してがそれが最たる例です。

 悪さをするロプトルへ説教をするのも結局は正当化した支配。ただの独占欲です」

「そんなこと――」


 なんだか、遠い所へ行ってしまうような気がした。

 小走りで、先行していたミカエちゃんの前へ行き行く手を止める。


「そんなことない? では何故ッ! いまワタシはこうしてアナタを恨み殺したくて仕方ないんですかッ!?」


「えっ!?」


 突如として激情し変貌したミカエちゃんが鎖を九本その背に顕現させると、浮遊するそれらは全て切先をワタシへ向けられる。


「ミカエちゃん?」


 驚いたわたしは目の前の光景に身構えることしかできなかった。

 強くわたしのことを睨み、叫ばれた事の意味が分からなくて戸惑う。放たれる殺気の奔流は間違いなく本気のもので、初めてこんなモノをミカエちゃんから向けられてそれに恐怖を覚え生唾を飲む。

 

「今までずっとワタシの悪意はすべて教会やこの街でしたっ。それがなくなって、今度はそれが何処へ行くと思いますか? ワタシが憎むのは自由を奪うものです。ワタシの自由、ワタシの好きなもの。それを奪う。それはリア、アナタなのですよッ!」

「っ――!?」


 激昂すると共に全ての鎖がわたしへ四方から襲い掛かった。

 当たる寸前で後ろへ跳ねのいて、躱し続く攻撃を大剣を顕現させてめい一杯振って弾き飛ばす。


「くっ」


 弾き飛ばした鎖の感触は重い。それはつまり最初から止めるつもりはないということで、ミカエちゃんは本気だということ。

 でもなんで。何かミカエちゃんの気に触ること、わたしは――


 続く連撃を更にはじき返して、それでも止まらず襲い掛かってくる鎖をミカエちゃんを中心に絵を描くように走り逃避する。


「なんで? どうしてなの? ミカエちゃん!」


 訴えかけるも、声は届かず立ち止まった鎖だけが自在に浮遊してわたしへと飛来する。

 そうして、鎖が一本わたしの足を絡めとってしまう。


「おわっ!?」


 そのまま放り投げられて、ミカエちゃんの前に滑り倒れ――


「いつっ――はっ!?」


 

 仰向けのまま空を見上げた状態で空からまっすぐ降り注ぐ鎖を見た。

 もうダメそう思って思わず目を閉じると、同時にワタシの体の周りの地面を槍衾にするように地面から衝撃が伝わった。


「っ………」


 それはつまり、全てわたしから外れたという事。疑似的に地面へ磔のようになったわたしは、緊張の中、冷や汗を滲ませ息を荒げながら恐る恐る目を開ける。


「はあはあ…」


 視線だけ動かして周りを見る。

 開けて周りを見れば、思った通り全て外れ、擦れ擦れてわたしの周りを貫いている。


「ミカエ…ちゃん……」


 自分の前に立っているミカエちゃんからの殺気はまだ消えて居るわけではない。そこに居るだけで、まるで怨霊のように酷い憎悪の念の奔流が発せられて、空間すら歪みそうな錯覚を思わせる。

 有り体に言って異常だった。

 こんなミカエちゃん見たことない。


「さっき、リアがロプトルと抱き合っているのを見たときからずっとです。それからずっとアナタが邪魔で憎くてしょうがない。

 それだけならまだよかった。まだ抑えられる。今までだって、教会でのワタシはそうでした。

 でも、ロプトルと二人になりそうだったとき、独占されそうな気がして貴方のことを殺したくなってしまった。

 この世界でロプトルと二人きりならって。ロプトルと一緒にいられるのはワタシだけでいいのにと…。

 そしてこの場所です。ここではワタシはワタシの気持ちに歯止めがきかない。ここでなら何をしても神は許してくれる……。

 だから、我慢ができなくなってしまいました」

「ミカエちゃん…何言って……」


 独り言のようにぶつぶつと呟かれた呪詛に似た言葉。それに、震えた声で問うもなにも答えは返ってこない。

 何を言っているのか理解ができない。わたしの知ってるミカエちゃんじゃない。

 こんなの。

 こんなの…。


「わっ!? ――あぐッ」


 鎖が地面から抜けると瞬間的にわたしの体を簀巻き上にグルグルに巻いて、ミノムシのように宙に浮かされる。


「別にリアのことが嫌いではないのですよ。優しくてとても自慢できる友達で大切です。けれど、ふとした時に思ってしまう。

 こんないい子はいつかワタシを縛るんじゃないか。欲しいものを奪っていくんじゃないか、と。事実、貴方はワタシのロプトルをたぶらかして誘惑しました。

 試練が始まる前から、始まった後も。弱い子を装って。

 正直――ワタシ合わせるの苦手なんです。

 見れば分かるでしょう。教会の締め付けに耐えきれなくて禁忌を犯しているのですから。

 

 リムの実体が出てくる前の貴方は、実は凄く苦手だったんですよ。嫌いではないですけどね。

 だからこうして、貴方を合法的に排除できる今が清々しく思ってしまうのです」


「ぁっ――。何言ってるの…。どうし、ちゃったの……」


 鎖が強く締め付ける。このままではわたしは羽虫同然にに容易く潰されてしまう。

 だから早く逃げださなくては。

 でも、それはミカエちゃんを攻撃することで、傷つけることで。

 イヤだ。そんなのイヤだ。

 でも……。


「っ……おねえ、ちゃん……」


「っ!?」


 粉みじんと鋼鉄の鎖がはじけ飛ぶ。

 大剣が街の方からまっすぐ飛来してわたしを繋ぐ鎖を真っ二つに裂くと、そのまますべて砂のように粉々に砕け崩れて四散する。


「リアッ!」

「おねえちゃん!?」


 振ってきたのはおねえちゃんの大剣だった。

 そして、一緒におねえちゃんは街の方から跳び入り、わたしとミカエちゃんの間に落下した大剣の元に着地し、それをそのまま抜いてミカエちゃんへ向けて敵意むき出しで構える。


「やっぱり、こうなったのね」

「リム…。妄想ごときが邪魔です。どいてください。でないと……」

「でないと?」


 砕けたはずの鎖は再度、九つ顕現する。それ全ておねえちゃんの方を向いて。


「殺しますよ」


 全一斉射。

 真っすぐ伸びた鎖は音速を超えて、弾ける雷鳴も及びもつかない大轟音。音速を超えたことにより音の衝撃を産んで、空気を弾けさせてそれを感じた次の瞬間。おねえちゃんの大剣が常人には識別不可能な速度で鎖を弾いていた。


 巻き起こる突風。今の一撃だけでも荒野の砂が吹き荒れて嵐のようになるが、続く攻撃で再び轟音が響き渡り、嵐が嵐を荒して視界が砂塵で覆われたのはほんの一瞬。


「リアごめんなさい!」

「おわっ!?」


 次の時には、気づけば、おねえちゃんの謝罪と共にわたしの体は宙に浮いていた。

 ていうか、飛んでる。


 どうやらわたしは、おねえちゃんに襟首を捕まれて、そのまま街へと投げ飛ばされていたようで。

 宙を高速で跳ぶ私を鎖が追っている。それをおねえちゃんが弾き飛ばして。

 そして――



 「っと」


 着地したわたしは砕けた街の門を潜り抜けて。街の中へ戻っていたのだった。


 続いておねえちゃんがわたしの前に着地する。

 それからミカエちゃんも街の中へ。


 鎖が飛翔し飛来して思わずまた目をつむってしまう。

 が――


「ミカエ。ここは街の中よ」

「っ――」


 今度は槍衾上に地面を貫くのではなく。


「あ、へ……」


 目の前に止まっていた。

 瞳を開けたわたしはその事態に腰を抜かし安堵して、その場に尻もちをつく。

 同時、鎖は銀の粒子を滲ませてその場で四散する。


「ワタシは…友達になんてことを……」


 ミカエちゃんがひざを折り、その場で両手を地面に落とす。その姿から先ほどまでのゾッとするほどの殺気は感じられない。

 無論、怒りや憎しみの感情の感じはまだ感じるけれども。それが殺意の念を纏っておらず戦意を喪失したようであるが……。


 収まった。というのだろうか。

 街の敷地内に戻った瞬間、いつも通りのミカエちゃんの感じに戻っている。


「どうやら、まだ止められる頭は残っているようね」

「ミカエちゃん……? どうしたの?」

「リア、言っていたでしょ。この子、街の外では無法者なのよ。だから少し考えればダメということでも、歯止めがかからないからず迷わずこなす。まったく。聖職者が聞いてあきれるわね」

「ミカエちゃん……」

「――リムの言う通り。返す言葉もありません。リア、ごめんなさい……」

「えっと、わたしはこの通り、怪我もしてないしピンピンしてるよ!」


 俯くミカエちゃんを元気づけようと、立って、両手を上げて元気であることをアピールする。

 ミカエちゃんが苦しんでいたのはさっき訊いたしわかる。それにロプちゃんをミカエちゃんが好きな気なのは知ってるし。

 わたしがそこに入れば嫉妬だってする。気持ちはなんとなく分かるから。

 それを責められるほどわたしは強くできていない。

 それで殺されかけるのは些か行き過ぎなのかもしれないが、それをとやかく責めるつもりはわたしにはない。

 だって、大切な友達だから。

 ミカエちゃんを嫌いにはなれない。


「だから、もう帰ろ?」


 元気ポーズしてるのに、ちっともミカエちゃんこっちを見ようとしない。

 

「ちょっとリア」

「大丈夫なんでしょ? おねえちゃん」

「もう」


 仕方ないので止めるおねえちゃんをすり抜けミカエちゃんへ駆け寄って、立ち上がらせグッと両手を上げてポーズを見せる。


「何故……」


 何故と聞かれも。


「なんで? ん~。友達だから?」

「そんな理由で」

「そんな理由だよ。さっきのはただ日頃ロプちゃんに甘えてるわたしがミカエちゃんに叱られただけ。それだけだよ。

 だから、何も問題ない。いつものお説教みたいなものかな。

 大体、明日はお城に行くんでしょ? そんな大事な時にミカエちゃんと喧嘩とかしたくないし。だよね? おねえちゃん」

「ええ」


 おねえちゃんが頷いた。

 こればかりは事実。わたしはミカエちゃんと戦いたくないし。明日は一大事。そんな時に仲間内で争っていても仕方がない。


 とは言え、わたしはミカエちゃんの豹変ぶりについて無関心というわけでもない。大切な友達。だからこそ向き合わないといけない。けれどそれはいまではない。

 ミカエちゃん自身自分の問題については自覚しているみたいだし、わたしがとやかく言うのは試練がなくなって、事が落ち着いた時でもいいから。

 

 だから、なにも訊かないしなにも言わないことにわたしはする。


「だから、ね。帰ろ」

「……リア。ありがとうございます」


 やっとわたしを見てくれたミカエちゃん。

 少しだけ憎悪と怒りが消えてくれた。


「今回だけよ」


 そうしてわたしたちは教会へ戻るべく歩み始める。

 明日は決戦。城へ行き、先に手を打つ。狙うは魔王でその人さえ倒せばどうにかなると、そう信じて。


 けれど――

 帰るわたしを見て、おねえちゃんが。隣を歩くミカエちゃんが。微量の悲しみに似た憐れみを何処か滲ませていた。

 感じる感情の波長は何を指しているのか。二人ともわたしが無理しているなーって思って居るのを感じて、より元気よさを見せつけて教会へ帰った。

 




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