第41話 ミカエの思想 リア起きる
人は何故正しくあろうとするのか。なぜ間違いを犯すのか。そんな疑問を思ったことはあるだろうか。
少なくともワタシは思ったし、そのどちらも体験したからこそ、どうして、人というのは救いようがない罪人だと思う。
万象、神様の前では皆平等に。
神は罪を償おうとする人の前では全てを許してくれる。なんて、都合のいい解釈をされて、人は罪の意識や後悔を忌避して、懺悔し贖罪し、自分勝手に許し許されて楽になる。
教会とは詰まるところ、そうやって人の許されたい、ルールの締め付けから解放されたいという欲を満たしている罪深いもの。
というワタシなりの解釈は、きっとそれすらも神への冒涜と本物の聖職者達は言うのだろう。
シスター(彼女ら)は、自分の崇めている神様はみんななんでも許してくれるし、信じて正しい行いを続けていれば幸福であると信じて止まない。そう、それこそが絶対と信じているから、なおのこと教会という場所は、歯止めはかからずに神秘さで、来る罪人を圧倒して救われると錯覚させる。
何故ならば、罪を犯した人にとっては、正しさしかない教会なんて場所は、自分と限りなく離れた場所であると勝手に自負しているから。そこに迎え入れてもらえるというだけで、罪悪感はかき消えて、至高の救いに他ならない。
なんて頭の中がお花畑な人達なんだろう。
救う方は元から神という妄言で頭がお花畑だし。救われる方は、救われる方で、不正を働いておいて、身勝手に救われようとする。
一言、都合がいい。
結局のところ、教会という場所はそういった、利害が一致した極端な人の集まる異常で都合の良い場所だとワタシは思う。とはいえ、その極端な環境で洗脳(育て)もらったわけでもあるし、こうして立派にシスターとなっている自分がいるのだから、概して否定はできないが。
否定のする隙が無い極端な中でも、ワタシのような異分子ができあがったのだから、世界とは罪深い。
そして、そういった者は矛盾を抱いて破滅し、落ち続ける。
というのも、神に仕える聖職者でありながら、ワタシはこう思ったからに他ならない。
何故、人は悪いことをして懺悔するのか。
その答えは確かに、人は罪深いものという教えの前提がありはしたが結局は口伝え。実感などなければ体験したことなどなかった。
だから、ワタシは罪を犯した。
どんなに、抑制した聖人でも好奇心には勝てない。いや、好奇心に負けている時点でそれは聖職者ではないという人もいるだろうが、実際自分はその好奇心に負けて、弁解のしようがないほどの取り返しのつかない罪を犯したのだから否定のしようがない。
ワタシの犯した罪。分かりやすく単純に、そして最も禁忌とされること。街の外、神の祝福である守護から出るという、神への冒涜に等しい行為。
別に、ギニョールは怖くなかった。自分は聖職者で絶対に正しいと自尊しているがゆえに、脅威とは思わず、むしろ、悪はたださなくてはという心が強くなり、同時に神へ冒涜したという、自意識と葛藤。超越と愉悦と自嘲が入り混じった。
と、同時に――外に出て、鎖をロザリオとして手に入れたときに、それは神に縛られる自分と、縛る戒めだと自嘲しながらギニョールを屠った。
今思えば、ワタシが聖器を初めて顕現させて、操ったのもその時が初めてだった。そう考えると,、自分は聖職者として神に繋がれた道化に過ぎないと。神の絶対的な加護であるマリアからは逃げられないぞと。という、現れた鎖という形で警告されていたんだとワタシは思う。
それがイヤで、抗いたくて。
それから、ワタシは度々教会での正しさの圧力に耐えきれなくなった時に、ギニョールを狩るようになった。その背徳感と超越感は規律に抑制され疲弊した心を癒した。
ロプトルに出会ったのは、数か月たってその生活に慣れてきた頃だった。
街の外、そこは元来ならば死地である。溢れるギニョールは人を食らい、ロザリオでなければ対処などできない上に、それが無限に蔓延る危険な場所。
そこでロプトルとは初めて出会った。
もともと人目があるうちは教会から出ることが無かったワタシだから、小さな町でも知らなかった訳であるが、同じ年頃の子がワタシと同じように禁忌を犯しているというのは、珍しいものに見えて凄く惹かれたのだ。
とは言え、彼女が外へ出たのは今まででそれが最初で最後であったが……。
それでも、罪を禁忌とする教会で育ったワタシとしては、直に同じように罪を犯す存在というのは新鮮で、惹かれるものだった。
ゆえに――
ワタシは興味が湧いてロプトルを助けたし、今後惹かれ目が離せなくなる。
ああ、白状しましょう。ただの興味本位だったのです。
ギニョールに襲われ食べられそうになっていたロプトルを助けたのも、その後、教会に引き取られて反応のしなくなったロプトルを元気づけたのも、全てはもう一度、目の前で犯される罪を見てみたかったから…。
そうして、あの子はワタシの期待通りになってくれた。
最初は元気がなかったロプトルを聖職者として元気づけたら、悪さをするようになった。
今までギニョールを罪の対象として狩るしかやり場のない気持ちを発散させる場所がなかったワタシに、何かしらのいわゆるいたずらをしては、叱り断罪する対象ができた訳だ。
けれど、人というものはやはり罪深いものだ。
ひとつ罪を犯せばそのままズルズルと落ちていく。
ワタシはロプトルにハマった。彼女がいたずらをしてそれを叱ることが何よりも楽しくて、それにより街の外へゆく頻度も減っていった。
もともと悪事という罪に惹かれていたゆえなのか、それともシスターという立場上表立って悪さをできないがゆえなのか。表だって悪さを堂々とするロプトルがいとおしいと感じてしまったのだ。
でも、それすらも結局は、正しいことに対しての反逆による背徳でしかない。だからそんな思いは自慰の消費。
最初に述べたように、教会は頭の中がお花畑な人達の集まりだ。
罪を犯し許して、互いに依存しあう極端な者が集う場所。という、解釈を最初にして自分を特別視していたのにも関わらず、結局、ワタシも同じ穴の狢だったという訳だった。
だから、愚かにも依存し愛おしく求める。
ロプトルを――罪の消費として。
という建前も結局罪で、ただスキだという罪(真実)を認めたくないだけなのかもしれない。などと、罪と聖職者の立場を往復する。
思考は堂々巡りだ。
だから、ワタシは――
「あ……ロプトルぅ……」
「ワタシは、なんて……」
なんて愚かなのだろうか。
脱力した鎖、それを見て後悔を思い出す。
あの時、ワタシはあまりに無力だった。そのせいでロプトルはレアの一つ間違えていれば、死んでいたかもしれない攻撃で大怪我を負って意識を失った。
しかもそんな、瀕死だったロプトルに助けられるなんて……。
「……無力」
脱力した鎖を操って、再び力を加える。
だから、これは自分への罰。
ロプトルを助けられなかった罪人は、断罪者に裁かれなければならない。
ロプトルお願い。ワタシを裁いて。もっと苦しめて、痛めつけて。アナタが受けた痛みをワタシにも……。
「ああっ」
強く縛られてワタシの中での中で動き始めた鎖に、体は震えて、捕まえ裁かれる快楽と慚愧に酔いしれていく。
だって、ロプトルを断罪し、されるのも、ワタシだけなのだから。
ロプトルはワタシだけのもの。誰にも渡さない。と。
愛は重く大罪へとなってゆく。
■
「あ……」
目が覚めると見えたのはレンガの天井だった。
薄暗く、解放感は感じない圧迫感のある小部屋。寝ていたベッドの枕元に置いてあったランプがオレンジにほのかに周りを照らして、それでできた影がユラユラと揺らめて居ている。
「ここは……」
上半身を起こして、見渡すとその部屋には見覚えのある場所。
普段はあまり入らないけれども、花壇の道具や薪、ピクニック。もといバーベキューの荷物なんかもここへ取りに来たこともある。
いつもは道具置き場として利用していて、非常時の緊急避難場所的な役割もある。
そして、まだ記憶にも浅い。あの悲劇的なことも起きていた場所。
ここはそう。
「地下室……」
その部屋の一つで、緊急時に休めるように用意していたベッドでわたしは寝ていた。
あまり使われない布団だから、肌触りが固いななどと思いながら、布団から起きてゆっくりと立ち上がる。
「おわ…」
立ち眩みがする。
どれだけ眠っていたのか分からないけど、布団から出て立ち上がった瞬間、バランスが取れなくてふらつき、すぐ横の棚に手をつく。
「っ――。みんなは」
視界も眩む、平衡感覚が麻痺して体制を立て直そうとするも、すぐにはもどらない。
でも、こんなことしてる場合じゃない。
ミカエちゃんは? ロプちゃんは? おねえちゃんは?
みんなどこへ?
わたしがこうして地下で寝てたってことはカレンとの戦いのあと、どうにか逃げれたということは確かなんだろうけど……。
「くそ、なんでいつもわたしは寝てばっか」
歯を食いしばり、力になれない自分に悔しくなりながらも。
徐々に戻ってきた平衡感覚を無理に起こして、大急ぎで地下室を出るべく壁を伝いながらも部屋を後にする。
そうして外に出てみれば、そこに広がった風景は絶望そのものだった。
「なんで、どうして…」
それ以上の言葉なんて出ない。
絶望的な非日常。それはもうこれ以上ないものを体験したかと思った。
事実、街は崩壊し、挙句の果てに街人は誰一人として残らず死に絶えてしまうという、全てを失うほどの苦しみを味わったというのに
世界はなんて非情なのだろう。残酷だ。
ああ、こんなことならもう。
だって、なぜ。
よりにもよって、教会なのだ。
教会が破壊されて……。
眼前に広がった、赤い月夜に映る半分砕け崩落した教会を見て、わたしは膝から崩れ落ちた。
「なんで、どうして? ねぇ!」
なにこれは? なんで?
思考はぐちゃぐちゃになって、憎しみと悲しみが入り混じって涙が出てくる。
壊れた世界にわたしだけ残されて。なんでこんな。ことって…。
「また、わたしだけ生き残ったって…」
試練はまたもわたしを一人にする。全て焼け壊れ、なにもかもが無くなる。なのに何故かわたしだけが生き残って。
「ねえ、なんで! なんでわたしだけなの!?」
見上げれば守護はなく、いまだ赤い月を背景に浮遊する暗黒の城があるのみだった。
それが意図しているところは、いぜんとして、彼女らが存在しているということで。それすなわち試練はまだ終わっていないということを指している。
「ははっ……。ひどいよ、酷いよこんな……」
そこに居て、まだ試練をしているというのなら早くして欲しい。なんでわたしだけ残しておくのだと。そう思うと、もはややり場のない感情が爆発する。
「あああああああああああっ――!」
絶望して、張り裂けんばかりの咆哮と共に地面を両手で殴りつけた。
そんな時だった。
「リア?」
「え?」
不意に、かけられた声に反応して、即時にその方向へ向く。
「おね、えちゃん…」
「リアっ、よかった。目が覚めたのねっ」
瓦礫となった教会の陰から、おねえちゃんが顔を出した。わたしに気づくと飛ぶように駆けだして抱きしめてくる。
「………」
咄嗟のことで理解が追い付かず、唖然としてしまう。抱きしめられた事実も、それがおねえちゃんだということも頭には入って来てない。
ただ、心地よい。それだけを感じて。
「おねえちゃぁんッ!」
おねえちゃんが抱きしめてくれということに気づいた時、わたしは大きく泣きじゃくっていた。
「ああああっ――!」
■
それから、少し落ちついて。おねえちゃんと状況確認を始めた。
正直、また自分だけしか残っていないのか。とは思ったものの、それでも僅かな希望を信じることと姉ちゃんが言う。
でも、だからこそ、悪い予感がするのだ。
一度孤独を体験しているし、それでただ一人生き残るなんてことももう……。
「ごめんね、リアと同じように私も眠っていて…、起きたのはついさっき。誰かいないかと外へでたけど、このありさまだったから…。辺りを見回っていたの」
「じゃあロプちゃんとミカエちゃんは?」
おねえちゃんが首を左右に振る。
それが意味するところはつまりそう言うことで。
表情を曇らせたわたしに、話をおねえちゃんは続ける。
「まだ分からないわ。たまたま街に出ていているだけかもしれない。
それに、カレンとの戦闘のことも気になるわ。
私たちをこうして教会へ送り届けているということは、少なくとも一度は退けたということ意味してる。
なら、再び戦いにいっていてもおかしくない」
「ならっ」
そうだとするならば、今すぐにでも駆けつけるべきなのではないか。
気持ちが流行り、おねえちゃんへ食い気味に言うと。まっすぐ縦に首を振ってくれた。
「ええ。まずはあの広場に行って何が起きたのか確認しましょう」
それは的確な判断だった。
現状。わたし達には何が起きたのかわからない。
眠ってからどれだけの時が経ったのか。ロプちゃんとミカエちゃんがどうなったのか。それらの情報はひとつもない。
ならまずは、記憶の最後。あの戦場へゆき何があったのか見るべきだろう。
もしかしたら、カレンと戦っている二人と出くわすかもしれないし。
でも、できることならば。戦いなんて事になっていてほしくはないと思う。
カレンはわたしにとってもう敵ではなく、一緒に楽しんでいた友達だから。
その友達どうしで殺し合うなんてこと。
それだけは絶対にイヤだった。
とはいえ、ここでそれをうじうじ考えていても仕方ない。
わたしは立ち上がる。
「行こう、おねえちゃん」
「ええ。でも油断しないで。守護が消えて居る以上、ギョニールが出るてくる可能性がある。慎重に私から離れてはダメよ」
「うん」
そうして、わたしとおねえちゃん二人で、あの広場へと向かうことにした。
■
「誰もいない」
走りたどり着いた広場には人影一つなければ、争った形跡もなかった。
あの時、レアと争った時の拷問器具で破壊された後はあれど、それ以上に変化は見当たらない。
不気味なほど静かで、やはり、この世界にわたしとおねえちゃんだけになってしまったようにすら感じる。
本当に、わたしが気を失った後、何がどうなったのだろうか。
広場の中心に向かって周りを確認しながら歩きつつ、お姉ちゃんに訊くことにした。
「ねえ、おねえちゃん」
「なに?」
「わたしが気を失った後、おねえちゃんは戦いに駆けつけてくれたんだよね?」
「ええ、ロプトルの鎌が飛んでいくのが見えて、ミカエと二人でここへ来たわ」
「その時、何があったの?」
単純な話、わたしが気絶した後何があったのか知っているのはお姉ちゃんだ。なら、何が起きたのか少しでも分かるんじゃないだろうか。
「そうね。あの時、ミカエと私はこの場へ駆けつけた。でも、覚えているのはそれだけよ」
「それだけ?」
「ええ」
思いもよらない回答に信じられなかった。
けれども、問うわたしにおねえちゃんの表情は真剣そのものでウソをついているようには見えなかった。
一体、どういうことなのか。
「確かにカレンへと飛び掛かって斬り結んだ記憶はあるけど、それだけ。打ち合いは一合か二合。そこから先の記憶がぱったりとないの。
気づけばリアと同じように眠っていた」
「それじゃあ」
「ごめんなさい。私も詳しいことは分からない。でも心配しないで、今は信じで、ほら――行きましょ。もしかしたら他の場所に二人はいるかもしれない」
「うん……」
おねえちゃんでも何が起きたのか分からない。それで一抹の不安がよぎるも、おねえちゃんに言われて、わたしは再び誰もいない街を走り出した。
それから、街中を探した。
それでも。ここにも、
ここにも――
ここにも。
ここにも居なかった。
そうして最後に走ることに疲れ果て始め、市街地の一角でわたしは膝をくの字に曲げて止まった
「なんで、どうしていないの…」
呟く言葉は、物静かな街へと吹き抜けるだけ。
空虚な風が街を抜けて、建物をかすれる音だけが無慈悲に帰ってくる。
「本当に、やられて――」
「やめてっ!」
その言葉だけは聞きたくない!
続く言葉を思わず叫び弾き飛ばしていた。
「やだよ、そんなの。また一人きりなんて…」
「リア…」
言葉を吐き出したその時だった。
不意に風が流れる。そよ風のように軽いせせらぎで、それが何かがわたしを砕けた建物の角の方へと振り向かせた。
そうして、聞こえ見えたのだ。
「あれ、リア?」
「えっ?」
建物の曲がり角から、ロプちゃんとミカエちゃんが並んで歩いて出てきて、驚いた顔でわたしを見ていた。
「ロプちゃんっ! ミカエちゃん!」
思わず駆け出して。
「おわっ、ってリア? どうったの!?」
「良かった。良かったよ」
「え? え、何が?」
よかった。よかった。
生きててよかった。
思わずロプちゃんに抱き着くと、ロプちゃんは突然のことに混乱することも気にせず抱きしめ続ける。
「ロプちゃん。死んじゃったかと思ったぁ! 起きたら誰もいないしっ、おねえちゃんと一緒に広場に行っても何か起きた様子もなかったからっ! わたし独りぼっちになっちゃったのかなって…」
「リア……。
うん、ごめん。ごめんね」
ロプちゃんもわたしを抱きしめてくれる。
「うん。ありがとう」
「リア、ロプトルが苦しそうですよ」
「え、あ、うん…」
ミカエちゃんから声がかかった。
でも、なんだかその声は少し強かった。強引というか、なんというか。まあ、確かにわたしも少し無理やりすぎたといえばそうだ。
ロプちゃんから離れて、ミカエちゃんの方へ向き直る。
「ごめんね、でも、嬉しくて」
「ええ。でも、目覚めてくれてよかったです」
「うん」
胸に手を置いて、安堵したようにちょっと怖そうな顔から優しく微笑んでくれる。
よかった。二人とも生きてた。
「それで、二人はここで何を? それに、カレンは?」
「そうだ! カレンは!? 大丈夫なの!?」
「ええ…まあ…」
おねえちゃんとわたしの質問に、二人が少し言いずらそうな顔をしてお互いに見合わせる。
何があったんだろう。
ロプちゃんは小さく頷くと、わたしの方へ向き直った。
「倒したよ」
「えっ?」
「倒した。その、ごめん。リア」
「………」
そう言って真っすぐ、わたしのことを見てくるロプちゃん。
言われて、なんというか。正直なにも感じなかった。
いいや。少し寂しいなって思った。
「うん…」
「リア、大丈夫?」
「あっ、うん。大丈夫だよっ」
「ほんと?」
ああ。そんなに心配な顔しないで。
でも、またロプちゃんを心配させるのはよくないよね。
「ごめん、ウソ。
そっか…、カレンはもう…」
確かにカレンは敵であったし、わたしもカレンにやられてこうして寝ていたわけだけど…。
やっぱり、やっぱり。友達だと思っていたんだなって。
そう思う。
敵で合っても友達。その立ち位置は百パーセントは擁護はできないけれども。だからこそ、こうして悲しい気持ちではなく、寂しい気持ちになる訳だ。
わたしがもっと強ければこうならなかったのかな?
なんて、考えたってもう遅いし、多分それでも変わらなかったと思う。
カレンはカレンで何かの為に試練をしている。
それは間違いなくどんなことがあったって、目的を達成するまでやめることはないだろう。
そうじゃなきゃ、あんな驚異的な意志の力を持ってたりする訳ないワケで……。
「でも、だからって。落ち込んでいる場合はない」
不意にわたしは空を浮遊する魔王の城を見上げる。
「いまこうしている間にも、試練が起きるかもしれない」
だからこそ、優先順位は間違えたりしない。
「だから、大丈夫だよ」
確かに、カレンも大切だった。けど、それはもう過ぎたこと。
そうであるから。
「リア」
「ん? なにロプちゃん」
声をかけられて、心配したロプちゃんへ視線を戻す。
「リアってなんていうか、切り替え早いよね」
「えっ、わたしってそんなにわがままかな!?」
「いや、そういう意味じゃなくって。何ていうかなぁ」
「って、言っても仕方ないかぁ」
心配した顔は豹変し、気の抜けた感じになって溜息を漏らすロプちゃん。
ええ、なにそれ。
「なに? どういうこと?」
「リム、ちゃんとリアのこと見とくんだよ」
「ええ、もちろん」
「えっ? え?」
何故だか分からないが、おねえちゃんとロプちゃんで謎の意思疎通をしている。
「えぇ?」
そんな混乱するわたしを置いてけぼりで。
お姉ちゃんはわたしの両肩を掴んで後ろに下げると話の話題を切り替える。
「それより、ここで何をしていたの?」
「ああ、それなんだけど。ミカエ。……ミカエ?」
「えっ!? はい!」
なにかボーっとしていたのか呼ばれても直ぐにミカエちゃんは反応せず、二回目に呼ばれたときに体をビクッてさせて呼ぶロプちゃんに気づいた。
「街に誰も本当に残っていないか。ギニョールが本当に居なくなっているのか。
捜索と安全の家訓をしていたのです」
「そう。それで? 誰かいた?」
「残念ながら」
言って、ミカエちゃんが首を左右に振った。
「ですが、ギニョールはこのあたりにはもういないことを確認しました。守護が消失してギニョールが居なくなってからすでに七日がたって居ますが、一体も見ていないので。恐らくはもう居ないかと。
とはいえ、いきなり現れる神出鬼没なのは変わりませんから。安心仕切ることはできませんが。
今のところは大丈夫でしょう」
「え? 七日って、わたし達どれだけ眠ってたの?」
そういえば、そうだ。体感的には結構長い間眠っていた感じはしていた。なんせ、起きてめまいでまともに最初は歩けなかったし、体にも力が入らなかったぐらいだ。
かなり、寝ていたことになると思うのだけど……。
「六日ぐらいかな。正直、ずっと起きなくてひやひやしてたんだから」
「そう。なら、私たちが眠っている間に守護が消えてギニョールが現れた、もしくは消えた、ということね」
「はい」
口元に手をかけて、お姉ちゃんが事態の整理をしている。
「何があったのか、詳しい話をします。とりあえず、ここで立ち話はなんですので、一度教会へ戻りませんか?」
「ええ、そうね」
みんなミカエちゃんの提案に頷いて。そうすることにする。
けれど、みんなが教会へ向かって歩き始めようとしたところで。
「ミカエ」
おねえちゃんがミカエちゃんを呼び止めた。
「はい?」
ミカエちゃんが足を止め、つられてわたしとロプちゃんも止める。
「ちょっと、悪いのだけどミカエと二人で話をさせてもらえないかしら? 良い? ミカエ」
「はい。それは大丈夫ですが。
重要なことなのですか?」
「ええ」
わたしとロプちゃんは何のことやらと二人して顔を見合わせる。
おねえちゃんは凄く真剣な顔をしてミカエちゃんを見ている。
睨みつけるぐらいに。
「はあ。分かりました」
真剣な態度のお姉ちゃんに折れたのか、溜息を小さく漏らすとミカエちゃんが同意した。
「ロプトル、リアと戻っていてください。少しリムと話をします」
「ミカエ?」
「おねえちゃん?」
なんだろう。
ちょっと険悪な感じをほのめかしていて、喧嘩でもしているようだけど。
大丈夫なのかな……。
「はあ…大丈夫です。
これからの事について少しリムと相談するだけですよ。
ほら、お子様な二人は、先に帰った帰った」
ミカエちゃんにロプちゃんと二人して背中を押される。
「ちょっとお子様って」
「そうだよ、ロプちゃんはともかくわたしは」
「ちょっとリア、それどういうこと?」
「え~」
「ああもう、ほら二人とも先に帰りなさい」
押されながら、おねえちゃんを見ると、頷いて笑ってくれる。
少し大丈夫かな? そうは思ったが、おねえちゃんが言ったんだから多分大丈夫かなと。
「ほら、ロプちゃん帰ろ」
「ちょっと、だからなんでアタシだけ子供なわけ」
二人を残して、ロプちゃんを引き連れてわたしは帰ることにした。
もちろん、終始無言でわたしのことを睨んでいたミカエちゃんの視線に気づいていないわけではなかった。
けれど、お姉ちゃんが言い出したんだ。なんだか分からないけれども、それならば安心できる。大丈夫って。
■
リアとロプトルが教会への帰路へ着いたことを横目で確認して、リムは腕を組んでミカエを強く睨んだ。
そうして少し怪訝な顔を返したミカエに問い始める。
「なぜ、リアを睨んでいたの?」
何気なく問われるそれには、若干の殺気が入り混じっていた。
先ほど、運よくばったりと会ってから、ミカエはずっとリアのことを終始睨んでいた。その事を、常にリアを気にしているリムが気づかない訳がなく、こうして同じように、怒りを露わにしてミカエを睨んだのだ。
とはいえ、これに関してはお互い様だとリムは思っている。実際リアをミカエが睨んでいたときに、同じように強い念を感じたし、そこから感じた憎悪は紛れもない今はなっているものと同じ、殺気。
先に、喧嘩を売ってきたのはそっちなのだから、そこに責めるのはお門違いだとリムは思っている。
「はぁ」
それはミカエも同じで、少し申し訳なさそうに溜息をついた。
「すみません。少し、頭に血が登ってしまって…」
「というと?」
静かに頭を下げたミカエを許すことはせず、殺気と強い視線のままリムは問い詰める。
「えっと…」
「なに?」
少し言いづらそうにして、ミカエはつづけた。
「実はロプトルにリアが抱き着いたのを見まして。それでちょっと……。
それで、無性に憎くなったというか、リアを羨ましくなっというか……」
「は?」
もじもじと言ったミカエに、なにを言っているんだろうかと。思わず出ていた殺気も消えるほどに、間抜けな声をリムは漏らした。
「いやですから、その……。
二人が眠っている間でロプトルと両想いになれたのに、そんなところにリアが来たわけですから」
ごにょごにょとどもって顔を真っ赤にしてもじもじし始める。
なんなんだと。
「………」
リムは若干の頭痛を覚え始め頭を片手で抑えた。
「だから、なんていうか。抱き合ってる二人を見て羨ましかったんですっ!」
「はあ!?」
思わず声を上げてしまった。
「悪いですか!」
「悪いわよ!」
叫びあげられた言葉に、思わずリアは反射的に言い返してしまう。
「まったく…」
なんというか、そんなことで殺意を向けられる側の身になってほしい。
なんなのだそれはと、真っ赤になって頬を膨らませるミカエに、真面目に考えたリムは少しあほらしくなりつつも、心当たりが無いわけではないため溜息をついて気を引き締めて再び睨みつける。
「アンタ、思い出したの?」
「思い出した?」
リムの態度に緊張感が抜けた感じから、疑問を浮かべたようにミカエが聞き返すが。
「そう、ならいいわ。勝手にしてなさい。
別にもう責めたりしないから。
でも、リアに何かしたら、その時は例えあなたであろうと容赦はしないわよ?」
問題はなさそうだなと判断したリム。
けれども、仮にリアに何かあった場合、もしくはありそうだった場合はその限りではない。それは例え、友人であるミカエだろうとも関係ない。リアが危険な目に合うというのなら、リムは誰であろうとも排除することを誓っている。
それに、ミカエには前科がある。それゆえ、なおのこと警戒対象。
とはいえ、当の本人は覚えてないようだが。
「もちろん、リアに危害を加えるなんてことは絶対にありえません」
「まあ、あなたのことだから大丈夫だと思うけど」
つい今まで殺気を放って睨んでいた奴が何を言っているのかと思うも、友人ゆえに、リムはミカエに対してそれ以上言及することはなかった。
「戻りましょ、二人を待たせてもしまうわ」
「は、はい。でも、良いのですか?」
「いいわ」
先に歩き出したリムを小走りで追って、ミカエは横に並んで歩く。
「ありがとうございます。でも先ほどの話はロプトルには内緒ですよ!
ワタシが嫉妬していたなんて知ったら怒られます」
「ハイハイ。言うわけないでしょう。
ロプトルに言ったらリアにもしれるでしょうが。
なんで、リアが怖がるようなことしないといけないの」
「ホントですよ?」
「あ~もう。分かったってっ、だから抱き着かないちょうだい」
こうして、二人も教会へ帰路へ着いて行った。




