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第40話 幕間 ターニングポイント

 暗く深く、深淵の闇を思わせるほどその廊下は奥に行くにつれて闇に飲まれており、長く何処までも続くような錯覚さえ感じられるぐらいに濃厚な闇が渦巻いていた。

 ここはそう、魔王城。


 幾千年ものあいだ世界のへと闇を垂れ流す魔の居城で、その一角にすぎないが、ただの廊下でありながら、漂う雰囲気は悪魔の悪意がざわつき、ほくそ笑んでいるように異質で常人では息すらままならない強い憎悪と憎しみと狂気が散布している。

 だが、悪ではあるが、嫌悪や不快と思う場所ではあらず。

 黒曜石の磨かれた床や壁に記された高貴で美しい装飾。左右対称が取れた匠に完璧な建築によって、異質な雰囲気を匂わせながらも、潔癖で美しい神聖さを見出している。 

 純なる悪ではあるが汚物的な不純物ではない。カリスマ的な悪の美学。それゆえ、神聖と悪魔を混ぜ込んだこの場は混沌としており、より一層この場を狂気たらしめていた。


 その神も悪魔も等しく祭り上げるような異質な廊下を、淡々と靴音を空虚に響かせて、巨大な窓からのぞき入る赤い光に白い衣を濡らしながらカレンは戦場から帰還していた。


「………」


 ロプトルとの戦闘、ありえないほどの非常識の重なり合いでカレンの敗北で終わった。

 だが、結果としてそれでカレンが消滅したという訳ではなく、この通り、消滅もしていなければその思想たるやものは何ら変わりがなく、冷笑の瞳と嘲笑うような笑みを溢す天邪鬼なカレンは未だ健在。

 擦り傷一つもなければ、ホコリの一片すら持ち帰っていない。


 そんな彼女は静かに軽い足取りでいつも通り城の廊下を進む。


 コツコツ、コツコツと、進みより深淵へ近づくも、廊下の風景は相変わらずミリ単位で整理されて同じ場所を歩き続けているような錯覚を感じさせるほどに変わらない。


 そこを淡々と進んでおり、深淵の奥、カレンの視線に人影が一つ映った。

 それを気にせず歩みを一歩また一歩め、進める度に潜む彼女が露わになっていく。そうして見えた人物は、それはどうやらフレデリカのようで、彼女は廊下の壁に腕を組み寄りかかり目を瞑って待っているようだった。


 無論だからなんだと言うのか。カレンには見えているのか見えて居ないのか。特に反応を見せず真っすぐ進む。


「待ちなさい」


 そうして、フレデリカの横を通り過ぎよそうになった時、案の定カレンを呼び止めたフレデリカの声が廊下へ響く。


「なぁに?」


 言われ、機械的なほど静かな切り替えでカレンの足はフレデリカの真横で止まり、真っすぐ廊下の先を見たまま、歩くのをやめた自動人形かのように視線すら向けずに問う。


「無様に負けて、よくもまあノコノコと帰ってこれたわね。バカみたい」

「………フッ」


 フレデリカの言葉に視線だけ一度横目にして、ニタニタと爛れるような笑みを漏らすその幼い顔を見ると小さく笑みをこぼした。

「バカなのはどちらなのかしらね。

 目的はあくまでも試練。彼女たちの成長にある。

 それが果たせたのだから何も問題はないでしょう? 試練には。

 それなのに、こうして絡んでくるなんて、バカはどちらなのかしら?」


 なにも落ち度はないと。カレンは誇らしげに語って、フレデリカに向かって首を斜めに向けると口元を三日月型に曲げながら逆に問い返す。


「別に、負けたのだから少し励まそうと思ったの。大丈夫? 本当は泣いているんじゃないの?」


 そう言われるが、笑みからは以前として爛れるような悪意を滲ましており、心配をしているような様子は欠片も伺えない。

 どう見ても、嘲笑いながら言っているが――


「ええ、とても悲しいわ。悲しくてないちゃいそう。

 でも、アナタごときに慰められるなだなんて、嬉しくてついつい笑ってしまうわ。

 ねえ、そんなにカレンが生きていることがうれしいの? ねえ、どうなのぉ?」


 微塵も気にせず、むしろ煽ることにおいてはカレンの右に出ようなどが間違い。

 そもそも、フレデリカは煽りに強くないし、彼女がこうしてここに現れたのは、試練ないしカレンのことを心配しているがゆえに。

 それを分かってやっている。ということを腐れ縁ゆえに理解してるため、余計にフレデリカの気に触れる。


「フンッ、相変わらずやな奴っ」

「フフフ」


 溢れていた笑みを破顔させて、まるで別人のようにカレンのことをフレデリカは睨みつけ、それに勝ち誇りフレデリカの悪意すら飲み込んだかのように、よりいっそうカレンの悪意に染まった笑みが熟れていく。


「まあいいわ。泣き虫のお嬢ちゃんをいじめて泣かれても困るし。

 それで、そんな煽りをするためにわざわざ出向いたのではないでしょう?」


 滲む悪意は底知れず、不気味なほどの悪意を振りまきながらカレンは問う。


 そんなカレンの様子に不快の意を隠さず、カレンは睨んだまま口を開く。


「…試練は確かに順調。ええ、順調ですとも。

 けど、アンタの目的はどうなの? 結局、消せなかったのでしょう? 

 そもそも、そんな無駄なこだわりをしているからこうしてバカみたいに敗北した。あの場で素直に戦っていれば勝てた物を。

 敗北して、それで試練は順調だから問題ない?

 バカみたい。何を腑抜けたことを言っているの。レアに続いてカレン、アンタも自滅だなんて。試練試練と謳っているクセに、随分と遊びがすぎたものね。

 はっきり言って、今回の試練、今までよりも随分と難易度が低くなくって?」


 睨みつけ、放たれた内容はこれまでの試練に対しての不満だった。

 やる気があるのか。そうフレデリカは言外に言っているが当のカレンは笑みを崩さず笑っているだけでその心中は見えない。


「フフッ、ならフレデリカ、アナタがその腑抜けた試練をただせばいいでしょう? どうせ加減なんて器用なこと、アナタはできないのだから」


「ええ、そうさせてもらうつもりよ。

あー、でもそれでアタシが全員ころしちゃっても文句は言わないでちょうだい。アナタ達の苦労が水の泡になることなんて知ったことではないもの」

「………」


 言われた言葉に少し考えたのか若干の間が開く。


「構わないわ。元からクリアとの約束はカレンが訓練させるまでのはず。その後はどう動こうと自由。

 それに、心配しなくてもお遊戯はこれまで。ここからは通常通りいつも通りにしていく。別に、個人的なこだわりが完全に無くなったといえばウソになるけど、まあそれは殺してから考えるとするわ。

 それに――

 いい夢を見られたでしょう。だからそれを絶望へと変えて壊れてゆく様を見たい。何もかもを失って、汚泥に沈められて心を負滲められた絶望を。

 全てを知った時、あの子たちはどう思って壊れていくのか、それともそれを超えられるのか。それがカレンは楽しみでたまらないの」


 放つ言葉に爛れるような悪意が詰められている。

 もし、この場でリア達が聞いて居れば叫び、どうしてと問いていたであろう。すでにカレンにはリア達のことは単なる敵という認識しかない。

 そこに、情も油断も皆無。個人的なこだわりも先の戦いでやり切ったが為に一時的ではあるがどうでも良くなっている。

 ゆえに、二度目の加減はない。

 成長させる振る舞いはもう終わったのだと、次があるなら容赦なく全滅させに行く。砕き、潰し、犯し、尊厳の全てを粉みじんと化す。たとえそれが今までの苦労が水の泡になろうとも、そうしなければ最終目的には到達できないがために。少なくとも自分はそうだと。


「バカみたい」


 溢れる悪意と劣情は、もはやフレデリカですら不快にさせていた。

 彼女とてこの魔王の城に住まう審判者であるが、そのフレデリカですらそう思わざる終えない程の不純な物体がここに有る。


「バカ? バカなことなんてないわ。

 各々自分を全うして私利私欲に走って、全てを欲望のまま奪い壊す。それこそが魔王の配下で、そこに食われるものなんて全て魔王のお飾り。それこそが試練。それこそがお嬢様の法則(願い)。

 ええ、狂っていてよ、壊れていてよ。それほどまでに、彼女は嘆いている。

 だから、カレンはそれを少しでもその嘆きに答えてあげたいの」


 謳いあげられた不快な言葉は、琴線に触れたのかフレデリカは眉を潜めて睨み上げた。


「フンッ、ウソを。お嬢様の嘆き? そんなものアンタは少しも痛ましいと思ってないでしょう。

 元々アンタはエリザベートやあのお方の敵。クリアの意向で生かされている道化ごときが、何を偉そうに。アンタは今が楽しければそれでいいんでしょう? だったら下手なウソはやめなさいよ。程が知れるわ。バッカじゃないの」


 そう、強い口調で言われたからか、カレンの笑みが固まって、先ほどまでの汚濁のような悪意がスッと内へ引き込まれた。

 そして、きょとんとした様子でのうのうと。


「あー、アナタ。なにか勘違いしているようね。別にカレンはアナタ達のことは嫌いではないのよ?

 数千年単位の腐れ縁ですもの。カレンが言うのもなんだけど、今更過去のことを引っ張り出して、どうこうしようなんて思ったことはない。これはホント。

 まったく、やあねえ。これだから赤薔薇の連中は。すぐに感情的になって仕方がない」


 ヤレヤレ、これだから血の気の多い連中は。っとふざけた口調で、先ほどまでの雰囲気はどこへやら、カレンは飽きれた溜息を混じらせながら、まるで世間話をするかのように言う。


 それに、フレデリカは怒りで拳を握り震わせるも、冷静を装って言葉を返す。


「バカみたい。そうやって赤だの青だの黒だの言うのを引っ張り出して言っていることが過去を引っ張りだしているんじゃなくて?」

「あら、怒っちゃった? フフッ。薔薇の守護者のなりそこないであるアナタらしいわね。いや、これはアナタ達というべきかしら?」

「………」


 ブチっと何かが切れるような音がした。

 フレデリカが握る拳を勢いよく開けると、同時にその手に黄金の両刃の大斧が金の鱗粉が集まって顕現する。


 そして――


「アンタ、ふざけんじゃないわよ!」


 普段の子供らしい嘲笑う振る舞いとは裏腹に、烈々とした方向が虚空の廊下へ響き渡った。


「フフッ」


 フレデリカの大斧振り下ろしに対して、瞬時に鎌を顕現させてカレンは受け止める。


「ようやく本性を出したわね。

 まあいいわ。正直、目的が果たせなくてイライラしていたところなの。気付に少し遊んであげる」

「バカみたい! 負け惜しみも甚だしいのよっ。ブッ殺してしてやるッ!」

「死神を殺すなんて。さて、できるかしらね」


 振るわれる黄金の大斧と鈍色の大鎌。

 神聖と悪魔を混ぜ込んだ廊下で、雷鳴にも似た轟音を響かせて衝突は始まった。



 そんな騒音を耳にして。クリアはまたかと飽きれた溜息をする。

 大方、フレデリカが煽って逆にカレンに煽り返された挙句、我慢できなくなったのだろうと。見事なまでの完全一致な予測を決めて、普段ならば気にせず収まるまで流すが、目の前に主がいる以上どうしたものかと思う。

 そして、家令ゆえにエリザベートに問うた。


「お嬢様、カレンとフレデリカが……」


 無機質で精緻な人形よりも人形めいて、傀儡としか思えないほどの無駄のない動きで己が主へとクリアは首を垂れる。

 そんな様子を見ようともせず、エリザベートはある者を見下げたまま軽口のように返事を返す。


「そんなものは放っておけよ。今はそれどころじゃない。

 まあなに、心配することはない。単なる似た者同士のじゃれ合いだろう。仲のいいもの同士、遊んで何が悪いと言うのだ」


 そう返すが、それを本気で想っているのかはその真剣な表情からは読み取れない。だが、主の命とあらばそれはどういう内容であろうと家令であるクリアには関係ない。主が望みに口をはさむことは決してない。静かに頷き、一歩下がる。

 無論のこと、こちらもその感情は第三者からすれば読み取ることなどできず、異界めいた雰囲気は二人の闘争ごときでは変わらない。


 とはいえ、このやり取りが普通な訳がない。

 少なくとも、クリアとフレデリカのぶつかり合いの凄まじさは、その余波で街一つを崩壊させるほどに匹敵し、ただの一合ですらぶつかり合えば周囲数十メートルは弾け飛ぶ。もちろんそんな程度で城が傷つくことはないが。

 本気で互いに殺し合っているのかはさておいて、それを単なるじゃれ合いと評するその感覚は、もはや人智を脱している証拠。


 そして、これはその人を超えた者。魔王とその従者による。悪の義に他ならず、それを演出するかのように、その場の雰囲気が底知れぬ奇妙な邪悪さを漂わせている。


 この場はカレンとフレデリカが争う廊下よりも更に城の奥深く玉座の間。上層。玉座へとそのへ繋がる赤く撫でやかに染められた絨毯が入口から伸び、漂う悪の密度も下層と比べると比ではない程に、より神聖を殺す者となっている。


 窓はなく、煌びやかな黒曜の床と様々な武具の装飾が施された壁は、ろうそくの揺れる炎の光に連なって、照り返し黒光り揺れている。

 それが怪しげな雰囲気を呪術の儀式めかして、この場が異界であると物語っていた。


 そして、その異界めいた部屋の中央。そこには、雰囲気には相応しいが玉座の間には似合わない祭壇が置かれている。人一人が横たわり、寝そべることができる床と同じ黒曜の祭壇。それをエリザベートとクリアは前にしており、その祭壇で、まるで邪神に捧げる生贄のように眠っている者を見下ろす。


「あ……おかあさま……」


 そうして、二人が見守る中、眠っていたレアは目を覚まし、エリザベートに気づいた彼女は歓喜の声を漏らした。


「どうして……」

「妙なことを訊く。未練を残したまま死んでいった友を生き返らせて何がおかしいというのだ」

「………」

「まだ足りないだろう。まだ愛されたいのだろう。なら、励めよ。お前はまだ何も成し遂げていないだろう」


 そう言うと、エリザベートは横たわるレアの頭をそっと撫でる。

 それは母性めいていており、誘惑するようでもあった。


(ワタクシ)は……もう……」


 普段のレアからは想像できないほど透明で穏やかな言葉と感情。目覚めたレアは痛みを無くしており、元来の彼女が露見している。そしてそれゆえに自分は失敗して迷惑をかけたのにと、自嘲してこうして生きていることを深く後悔の念を隠せず、顔は悲しく歪む。


「お願い、殺して……」

「レア」


 今のレアには生きる意味がない。痛みは愛であり、それを感じ続けている自分は愛されている。それがレアが生きる理由で、全てであったがために。痛みを感じない自分は誰にも愛されていない。そう思い、それは詰まるところ、彼女にとって自分はあのお方に存在を必要とされていないということである。

 だから、生きている意味などない。

 愛したあのお方に愛されないのならば、こんな世界に意味などと。世界を周りを壊すのではなく、自分を破壊する自傷へと思考は至る。


 レアは破綻している。名実ともに、痛みがあろうと無かろうと。破滅的なほどに救いが無い。何故ならば、彼女が愛する勇者はすでにいないから。

 恋を願ったあのお方はもういない。あの方の存在が、痛みに匹敵する存在価値だったために。自分はあのお方の傍らにいるだけでよかった。それだけで、痛みは消えて幸福だった。それが無い以上、生きる気力などレアは湧かない。


 だが、それゆえにエリザベートは砕け散り四散してしまう前に魂を回収し蘇らせた。

 同じ、勇者を愛する破綻した者の同士として。


 あのお方、勇者を欲する狂気を持つ友として。きっと、それが魔王がもつ唯一の良心がため。


 エリザベートが望むのは勇者。それは絶対だ。

 勇者が輝く光こそ、必要である。だが、それに匹敵するほど、今のエリザベートにはとって同志は大切なものとなっている。

 唯一この世界に残った真っ当な人間。友は決して無くしてはならないと、それさえ残れば他などすべて破壊してしまう程に。


 ゆえ、こうして再生した。

 まだ目的を果たしてないがために。


 とはいえ、友人と重んじているが、結局は目的のためという部分が大きい。確かに、勇者に匹敵するほど友は大切だが、そんなものは結局は二の次。必要であれば駒として扱う。

 そして、それが今であり、例え非常であろうと壊れた魂でも利用する。例え下郎や畜生と罵られようと、今更そんなことで思い直すことなどない。


 そのため、わざわざ痛みを消して蘇らせたのは、少しでも扱いやすくなるかと思ったからに過ぎないが。


 結果はこの通り。レアは痛みがなければ使い物にならない。


「やはり、無駄だったか」


 これではダメだと、頭に触れる手に力を流しレアから抜き取った痛みを返す。


「は……ああぁあああああああッ、 いぐっ、あああああ――!」


 痛みを返還した瞬間にレアが絶叫をする。

 戻した痛みは幾つになるのか。数百は軽くあり、それらすべて常人であれば致死量のものである。

 それに苦しみ悲鳴をあげるレアを前にエリザベートは口元が横に広がり、クリアは何も感じてない様子で表情一つ変えず、虚無の瞳でただじっと見つめている。


「ああっ、イタイ、イタイですお母様…。たす、けて……。ああああああああ―――はあっ」


 叫び、助けを求められるもそれをただエリザベートは眺めているだけだ。助けようとなど微塵も考えていない。

 そうして、苦しみ続けるレアは痛みゆえに次第に豹変していく。いや、この場合元に戻るというべきなのだろう。


「いたいいたいたいたい……ごめん、はあっ、さい。あぐっ、はっ、あああああっ、いたいいたいイタイ?

 ああああああっ! ――あはははは、アハハハッ……。

 イタイイタイィ、おかあさまイタイです、あはははは、ヒェヘヘヘッ……」


 そうして痛った。

 壊れた心は苦痛は快楽となり果てて、狂った叫びを上げる。。

 ここには生きる意味を失った少女の姿はもういない。居るのはもう壊れ狂気に狂った皇女である。


「レア、気分は?」

「ええ、さいこうッ――」

「!?」


「ですわ」


 上半身を置き上げて、満面の壊れた笑みを浮かべたレアだが、同時に、突如巨体な屠殺包丁を顕現させると眼前にいたエリザベートへと振りかぶり、エリザベートは薄ら笑ったままそれを素手で受け止めた。

 受けた手から血が肘へ伝い垂れ始める。


「レアッ!」

「まあ、待て」


 主人へと牙を向けられたことにここにきて初めて表情を変えたクリアが、回転式自動拳銃(リボルバー)を睨みレアへ咄嗟に向けるが、それをエリザベートは一言静止て、言われたクリアはエリザベートを横目で見て銃を下した。


「どいうつもりです。レア、答えなさい」


 銃を下したクリアが、レアを睨んだまま問う。


「ごめんなさい。この痛みを、幸せを、お母様にも感じていただきたかったのです。アハハ――それで、お母様。何故、(ワタクシ)を?」


 口元を三日月型に曲げながら、屠殺包丁を消失させる。

 それにエリザベートは血を流して傷を癒すのも後回しにして、答え宣言する。


「暴れたりないだろう? ゆえ起こしたのだよ。

 さて、クリア。貴様がしたという準備とやら、存分に期待させてもらうとしよう。

 勇者はいかなる困難があっても、それを乗り越えなければならない。ならば、我ら庭園を保持する薔薇の守護者が、今この時をもって再進撃を約束しよう」


 荒唐無稽な宣言がされると、その場に居合わせた二人は気を引き締める。

 クリアは元の飄々とした表情に戻り、レアはただ爛れる蜜のようなニタ付きへ。

 

 そして、これより先に行われる試練に訓練という甘い目的は存在しない。実践、ただ殺し合い、そしてその先に出来上がる勇者のみが生き残れる。

 それこそが至高。ゆえ、覚悟しろ。見せてくれ。導いてくれ。我らの庭園(楽園)を。


 儀式めいた宣告と共に、勇者の物語の第二幕が幕を開けようとしていた。





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