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 クレイグと遭遇したお出かけの後、私は、私とクレイグの婚約の事情を書いた長い手紙をアメリア様に送った。


 高位貴族との婚約を望んでいたクレイグの意向に反して、幼い私が無理矢理婚約を結んでしまったこと、双方の父親に婚約の解消を求めたが受け入れられなかったこと。クレイグもこの婚約には不満があるようで、普段は婚約者であることは秘匿されていること。アメリア様に婚約者だと自己紹介したのは、滅多にないことであること。


 アメリア様からは、事情を了解した旨と次回の待ち合わせの日が書かれたお返事が来た。


 次回の日、それが決行の日だ。


 


 決行の日、まずは普段のおでかけと同じように公爵家のお忍び馬車に乗り込む。今日は一緒に衣装の打ち合わせをすると言ってトランクを持っている。

 衣装の打ち合わせを、街のレストラン兼宿の個室で行う。内緒の話があるから二人きりにして欲しいとあらかじめお願いしてあった。


 そして私たちは、監視の目を潜り抜けて裏口から、アメリア様が手配した別の馬車に乗り込んだ。

 ふうと息をつく。

 部屋の前では立ち聞きされている気がするからと廊下の角に護衛を置き、突き当たりに見える先の従業員用の階段を降りて外に出られたのだ。


 トランクを傍に置いて私はアメリア様と向かい合って座った。


「アメリア様。よくあんな通路ご存知でしたね」

「ええ。前に殿下とね」


 そう言って笑う顔は少し寂しそうだった。


 アメリア様が、手配した修道院は、国の南方の一年中過ごしやすいという地域にある。かなりの寄付金を積まないと入れないと評判の施設も整ったところだ。その多額の寄付金は、私の分も含めてアメリア様の個人資産から支払ってくださっているらしい。

 北の方の質素な修道院の寄付金すら払えなくて悩んでいた私には、夢のような話だった。


「……あなたが、クレイグの婚約者だなんて驚いたわ」


 馬車の中でアメリア様はつぶやいた。


「だから、あの日一緒にいたのね。私が頼んでおいて今更だけれど、本当に良かったの?」


「はい。クレイグは幼い頃から、上を目指していまして、それを幼い私が意味も分からないまま無理やり婚約してしまい、邪魔してしまったのです。クレイグには幸せになってもらいたいし、アメリア様がご紹介くださるご令嬢なら安心です」


「――そう。やっぱり私たち同じなのね。……私も、殿下には幸せに長生きしていただきたいわ」


 出会ってからの日は浅いが、立場は違えど、好いた相手のことを思って修道院に向かうというめったにない目的の一致から、私とアメリア様はすっかり打ち解けていた。


 南方の修道院までは、強行軍で行けば、一昼夜で到着するが、もちろんアメリア様はそんなことはしない。王都ならまだしも、田舎町にはなかなか見られない、想像していたよりもずっと豪奢な借り上げ馬車のやたらとクッションの良い座席に揺られながら、私は嫌な予感がした。


「あの……。この馬車はどうやってご用意を?」

「メイドに頼んだわ。執事に言ったらバレちゃうでしょ」

 

 メイドならバレないのだろうか。使用人が少ない我が家ならメイドに頼んだことは全て執事に筒抜けだけれど。使用人を大勢抱える公爵家だと事情が違うと信じたい。

 そうこうするうちに一夜を過ごす予定の街に到着した。

 

「今日はここの街に宿をとってあるの」


 そう、にこにこと笑いながら、アメリア様が指差す。田舎町にそぐわない豪奢な馬車が乗り付けた宿を見て、私の不安は一層増した。

 おそらく、この町で一番の、かなりの格式の宿だった。


「さあ、()()。行きましょう」

「は、はい」


 

 あらかじめ決めておいた偽名を呼ばれて、恐る恐るホテルに入った私は、ホテルの支配人が飛んできたのを見て、確信した。


「これはこれは、エメライン公爵令嬢様。この度は公爵令嬢にお泊りいただけるなど、この上なく光栄でございます」


 もみ手をしながらやってきた支配人は、あっという間に宿でもっとも高級であろうと思われる部屋に案内してくれた。


「まあ、ありがとう」


 とにこにことほほえんでいるアメリア様に、私はもう、遠慮するのはやめた。


「アメリア様。本当に修道院までたどり着こうと思っています?」

「ええ、もちろんよ。明日も、またあの馬車が迎えに来るわ」


 部屋について人がいなくなるなり、私は、びしっとアメリア様に指を突き付けた。

 アメリア様はキョトンとしている。


「いいですか? 私たちが乗ってきたのは王都以外では見られないような高級馬車です。それから、宿の予約を本名でしてしまったら、町で偽名を使う意味がないです。もし、殿下や公爵閣下が本気でアメリア様をお探しになったら、もうすぐ見つかります!」


 私の発言に怒るでもなく、アメリア様はおっとりとつぶやいた。

 

「まあ。セルマってとっても賢いのね」


 なぜ? 所作も完ぺきで、数か国語を操り、本国はおろか近隣国の主だった貴族の情報はすべて覚えていて、政治情勢にも詳しい、将来賢妃となることは確実と言われている(まあ私の周りの下級貴族情報だけれど)、アメリア様がこんなにも世間知らずなの?


 こんなことなら私が手配するものでは失礼があるかもしれないなどと思わず、自分で安い馬車を手配すればよかった。

 

 私は、ガンガンする頭を押さえて考えた。


「まあ、大丈夫?」


 アメリア様の話だと、王太子殿下は婚約解消に同意していない。アメリア様の行方が分からないと知った時点で、おそらく、追っ手を放っているはずだ。

 私は、心配そうに気遣ってくれるアメリア様の手を握って訴えた。

 

「――アメリア様。今すぐ、一番地味な洋服に着替えてください。荷物は手で運べる量にして、トランクに詰めましょう。誰にも見られないように裏口から出て、辻馬車を拾ってとりあえず隣町まで行きましょう」


 あらまあと言って、アメリア様は頬に手を当てた。

 

「でも、もう暗くなるわよ」

「暗くなったら捕まります」


 私の真剣な表情に、ごくりと唾を飲んだアメリア様は、すっと真剣な顔になって、わかったわと地味なワンピースに着替えてくれた。恐ろしく良い生地だが、もうじき日も落ちるので、よほど近寄らなければわからないだろう。

 さすがに女二人で夜通し移動するわけにはいかないので、今日は隣町に泊まって、明日修道院まで行ってくれる馬車を探すしかない。


 誰にも見られないように宿を出て、町の広場で辻馬車乗り場を聞く。比較的治安が良く真っ暗になる前に着けそうな町を聞いて、そこへ行く馬車を拾う。


 アメリア様は、きっと生まれて初めての辻馬車だろうが、興味深そうに車内を見渡している。こんなに座り心地の悪い馬車に乗ったことはないだろうに、文句も言わずに自分の鞄は自分で抱えて座ってくださっている。


 私はほっとして、窓の外を見た。もし、王太子殿下に見つかったらどうなるだろう。修道院へは行けないだろうな。アメリア様を唆したとして、切り捨てられたりしないかしら。アメリア様がきっとかばってくださると信じてるけれど。


 アメリア様と一緒に修道院へ行く。

 とてもいい案だと思ったのに、勢いで飛び出して、こうして周りが暗くなってきて急に不安になってきた。


 ダメダメ。弱気になっていたら。私は、辻馬車で乗り合わせた人に、急に親戚に不幸があって、辻馬車で急ぎ向かっているお嬢様とその侍女のふりをして、町の宿を教えてもらった。急なことなので、手持ちはあまりないが、治安だけは良い宿を教えてほしいと言ったら、町の中心地に近い、こじんまりとした宿を教えてもらったので、今晩はそこに泊まることにした。


 アメリア様は、肝が据わっているというかなんというか、掃除は行き届いているが、決して高級とはいえないギシギシときしむベッドですやすやとすぐに眠られた。


 私はなかなか寝付けなかった。


 翌朝早く、朝食も早々に私たちは町の寄り合い馬車の事務所に行き、修道院まで乗せて行ってくれる馬車を見つけた。念のため、私が母の旧姓で借りる。


「まあ。そういう手があるのね。セルマは慣れているわね。こういう経験が?」


 あるわけない。私だってドキドキだ。


「アメリア様。もし、公爵閣下や王太子殿下の追っ手に捕まった場合は、私が切り捨てられないようにしてくださいね」

「わかったわ。……お父様はともかく、殿下が私を探したりなんかしないわよ……」


 逃げているは自分なのに、寂しそうに笑うアメリア様。

 噂とは違う何かが二人の間にはあるのかもしれない。


 借りた馬車は、アメリア様が最初に借りた馬車と比べると明らかに安い馬車で、実際安かったけれど、一日中座っているとお尻が痛くなってくる。それでも、このまま行けば夕刻には修道院に着きそうですよという御者の言葉に、ほっと息をついた。安心した私たちは、宿で用意してもらった昼食も食べ終わり、昨日からの疲れでうとうととしていた。

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