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 そう、クレイグは私の婚約者なのだ。


 ――私が無理やり結んでしまった婚約だ。

 

 幼い頃から、両家は仲が良く、二つ年上の兄とクレイグが同い年なこともあって、私も混ざってよく遊んでいた。

 その縁で、ごく幼い頃に私たちの婚約の話が持ち合った。私が、七歳、クレイグが九歳の時だ。

 言い訳をさせてもらうと、私はそれが婚約だとは知らなかったのだ。クレイグが大好きだった私は、「ずっと一緒にいる約束だよ」と家族に言われ、「じゃあ、その約束する!」と言ってしまった。

 本当に? と聞いてきた父に是非にとせがんだ。今思うと愚かだったと思う。

 

 私に甘い父も、私のことを娘のように可愛がってくれていたクレイグの父子爵も、それは喜んで、すぐに婚約は整えられた。


 私はとても嬉しかった。その頃から既に私はクレイグのことが大好きだったのだ。

 でも、婚約後初の顔合わせで、私は違和感に気付いた。

 今までいつも優しく、まあ時々は意地悪だったけれど、実の兄に比べればずっと優しかった、会えばニコニコとしてくれていたクレイグが、その日はそっぽを向いて言葉少なだったのだ。


「どうしたの? クレイグ?」


 顔が向いている方に回り込んで聞けば。また顔を逸らされて、


「別になんでもない」


 と言う。

 大人たちは私たちが婚約してよほど嬉しいのかクレイグの様子をおかしいと思わないようだ。


 不思議に思ったけれど、徐々にクレイグの様子も元に戻ったので、私はいつのまにかそのことを忘れていた。

 

 でも、間もなく私たちが結んだそれが「婚約」で、それは「結婚の約束」のことで、一人としか結べないものだと知って青くなった。



 クレイグは、小さな頃からよく言っていたのだ。


「おおきくなったら、えらいひとになる! えらいひとの子と『こんやく』をして『けっこん』すれば、今よりえらくなれるんだって」

「そうなんだ! すごいね! がんばってね!」


 クレイグの家は、王宮騎士を務めている。その関係で子爵位を賜っている。役人だから男爵位を賜っている我が家とあまり変わらないような家格なのだ。このままでは、どんなに腕が良くてもせいぜい小隊長がやっとだが、きっとクレイグは、高位貴族に婿入りすることによって、より出世したいと考えている。

 

 そして、その邪魔になっているのが私だ。

 そうか。だから、最初の顔合わせの時、あんなに機嫌が悪かったのか。

 私のせいで出世の道を閉ざされたと思ったんだ。


 私は、全てを理解した。その日の夜はクレイグに申し訳なくてベッドで布団を被って泣いた。家の者に知られないように声を殺して泣いたのはあの時が初めてだった。


 クレイグは最初こそ不機嫌だったけれど、その後は以前と同じように私に接していたから大人たちは婚約の継続に何の疑問も抱いていない。


 だけど私は知っている。


 婚約して十年。

 今もクレイグは、上を目指している。所属する小隊で一番と言われる実力をつけても鍛錬を怠らないし、いつも戦術や軍の統率力について学んでいる。


 だから、本当は偉くなるために私ではない他の婚約者を見つけたいはずだ。


 その証拠に、騎士になってから、私はクレイグの婚約者として紹介されたことはない。

 ごくごく近しい友人、サラなどは知っているが、私はクレイグの気持ちを慮って口止めしている。


 今日のように、高位貴族に二人で一緒にいるところを見られたのは初めてだが、案の定、クレイグは私の名前さえ告げなかった。騎士仲間には幼馴染だと紹介されている。


 クレイグは、本当は私との婚約を解消したいんだと思う。



 だが、この国は貴族の婚約の破棄にはかなり厳しい。

 両家の父親の同意があれば解消できるが、そうでなければ、解消理由は「死」のみだ。


 物理的に死ぬ必要はないが、少なくとも社会的な「死」を迎えなければ婚約は解消できない。

 具体的には、平民に落ちて貴族でなくなるか、出家して世俗を離れるか。


 もちろん、事態を理解してから、私は双方の父親に婚約解消を願い出た。

 でも二人とも、子どもたちが結婚するのが望みのようで、全くうなずいてくれない。


 うちの父にはしつこいくらいに言っているが、全く本気にしていない。

「うちからは、婚約解消できないよ。仲良くしてもらっているとはいえ、我が家は男爵家。あちらは格上の子爵家だからね」


 仕方がないので、クレイグのお父様である子爵様にお願いしてみたら、断固として拒否された。


「セルマちゃん。クレイグが何かしたかい? いや、あいつはあんな感じだけれど、もう少し、見捨てずに様子を見てくれないかい? お父さんには相談したかい?」

「ええ。父は、子爵であるおじさまが同意してくださらないのに男爵に過ぎない自分が同意はできないと言っておりまして」

「……あいつ! 俺に丸投げしやがって!」


 子爵様は、私にも聞こえる程度に抑えた声で、父に悪態をついてから、もう一度すがるように私を見た。


「セルマちゃん。おじさんも同意できないよ。セルマちゃんからみたらもう十分に生きた年寄りに見えるかもしれないけれど、おじさんもまだ切り捨てられて死にたくはないんだよ」

「……はあ」


 いったい、私たちが婚約破棄をして子爵様が誰に切り捨てられるのか見当もつかないけれど、もしかしたら、これは、親同士の思い付きだけではなく、何か政略的な意味もある婚約なのかしら。こんな平民と大して変わらない家同士なのに?


 とにかく、男爵家の娘に過ぎない私が、子爵様相手にこれ以上無理に婚約の解消を願い出ることはできず、父親たちに解消してもらうという一番平和的な方法は頓挫してしまった。


 そうなると、「死ぬ」しかない。


 こういう時、歌劇や小説の中では、本当に婚約者が死ぬことによって、婚約を破棄するという悲劇が起こるが、あいにくヒロイン気質とは程遠い覚悟のない私は、ちょっとそこまではしたくない。いくらクレイグのためと言っても、命は惜しい。ということで物理的に死ぬプランは早々に却下した。


 一番良いのは、平民になることだ。幸いというべきかどうか、貴族令嬢の端くれであるにも関わらず身の回りのことは一通りできる。でも、こんな我が家にもメイドと執事は数少ないながらもいるから、本当に家の中のことをすべてできるのかと言われれば、不安はある。王都以外で暮らしたことのない私が、なんとか平民として生きていけるのは王都しかないだろうとも思う。かと言って王都でうろうろしていたら、すぐに連れ戻されてしまうのは明白だ。


 残された唯一の手段は「出家」。修道院に入れば、そこで、生活していく手段を覚えられるはずだ。地方の修道院に入って、そこで暮らすか、還俗したくなったら、修道院で身につけた知識を使って、地方の町でそのまま暮らせばいい。自分ひとり何とか食べていくくらいはできるのではないか。

 問題は、修道院に入るには、結構なお布施を必要とするということだ。

 我が家の収入で入れる修道院は限られているし、そもそも家族はこのままクレイグと結婚すればいいと思っているのだから、修道院に入るお金なんて出してもらえないだろう。


 私の、微々たるアルバイト代は高級でもないドレス数着を買えば消えてしまう程度だ


 ここ数年、いろいろと考えているが良い解決方法が思いつかず、最近では親たちはいつごろ式をあげるかなんて話し始めていて、私はかなり焦っていた。


 そんな日々なのに、クレイグは全く変わらない。出世はあきらめたのだろうか。だけど、夜会での様子や、順調に騎士として実力を認められているのを見るにつけ、やはり、婚約者が私ではいけないと思うのだ。


 今日だって、私と一緒にいるところをエメライン公爵令嬢に見られたくないようだったし。


 どうしたらいいんだろう。クレイグに邪魔な妻だと思われながら暮らしていくなんて耐えられそうにない。

 私は、部屋で一人布団をかぶった。背中のぬくもりがまだ残っているようだった。


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