馬車の中で
それから数日後――俺は馬車に揺られていた。
「思ったより馬車って揺れるんだな」
「……アンタ、それってアタシへの当てつけ? 言っとくけど、ボッカイからイオニアまでこの馬車でも半日はかかる距離なんだから。シウンだってまだ不調だし、アンタが思うような一瞬でイオニアに着く都合の良い魔法なんて有り得ませんから」
カヤは向かいの席からこちらをギロッと睨んできた。
流石にチートも限界あるか。
「会長、アニキ、揺れは大丈夫ですかい?」
御者に扮したンドルが大きな声でこちらに呼び掛けてきた。
「大丈夫!」
馬車の半分開かれた窓から声をかける。
田園風景の続く地平線から朝日が顔を覗かせている。
ボッカイの街の外に出るのはイセコスに来た日以来だ。
朝の澄んだ異国の空気を吸いこむと、改めてここは日本では無いと感じる。
「はい、アンタの分よ」
カヤは革の小袋を差し出してきた。開けてみると、中にはクッキーが入っている。
「……乗り物酔いしない魔法をかけておいたから」
アンタの為じゃないんだからね! と言い出しそうな顔でソッポを向いている。
「助かるよ」
「べ、べつにアンタの為じゃなくて、アタシも酔いやすいからよ」
「ふふふ」
「なに笑ってんのよ!」
「いや、みんなと知り合えて良かったなって思ってさ。そうじゃなきゃ、元の世界に帰れないまま、俺は野垂れ死んでいたかもしれないし」
ピリスに助けられ、カヤとアカネと出会い、しがらみに巻き込まれながらも、何とか異世界イセコスでも生き延びている。
地球にいた時の経験で何とかみんなのフォローは出来ているようだが、ボロが出る前に元の世界に帰る方法も考えなくてはいけない。
首都のイオニアなら俺と同じような異世界から来た人間もいるかもしれない。
「……ずっと居ればいいじゃない」
「え?」
俺の驚きにカヤは顔を赤くして視線を泳がした。
「ず、ずっと居てくれなきゃ、誰が家事手伝いすんのよ!」
ふん、と腕を組んで睨みつけてくる。
やれやら、ワガママ魔王さまは俺をどこまでこき使うつもりかね。
「あ、そういえば、この前の戦いで気づいたんだが、普通の鍼用に管を作ってくれないか? 鍼菅って言うんだけど」
「は? それって朱雀の五芒星を打ち抜いた時のやつ? ……人にもヤル気?」
怪訝な表情を浮かべているが、それは大きな誤解だ。
「いやいや待て待て、とんでもない誤解をしているぞ。爆発させてその熱量で鍼を飛ばしたが、本来は爆発させたりしない。指先で鍼を叩いて刺入する、むしろ優しいやり方だから」
「じゃぁ、何よ? 剣に対する鞘?」
そうだよな、管に何故入れるのか分からないよな。
これは説明が必要か。
「鞘ではないんだ。そうだな一から説明すると、元の世界で俺が暮らしていた日本という国では、鍼を打つとき管に鍼を入れる管鍼術という手技が主流なんだ」
「なにそれ? アンタ、管に入れなくても刺してるじゃん」
「そう、元来、鍼灸施術を作り出したのは中国という国で、オリジナルの手技は撚鍼術、捻りながら刺すんだ。だけど、日本では鍼灸施術が伝わって1000年後に独自の手技を考案した」
「それがカンシンジュツ? ふーん、どんな魔術よ?」
「いや、魔術じゃないから。杉山和一っていう目の見えない鍼灸師が編み出した技術なんだよ」
「ええ? 目が見えないのに鍼を刺すの? ……それヤバくない?」
「……カヤは、ケイラスを目で見て魔法を使っているのか?」
俺の言葉に合点がいったのか「そうね、確かに」と頷いた。
「鍼灸施術は触れる事や感じる事が出来れば治療が出来る、幼少期に目が見えなくなった和一は高名な鍼灸師に弟子入りしたが、なかなか、技術が上達しない。特に目が見えない事もあって、自分の手に鍼を刺してしまう事もしばしば」
「ダメじゃん」
「最後まで聞いて。まぁ、そういう紆余曲折ある中、和一は鍼灸の技術が上がるように神さまにお祈りしたら帰り道で躓いた時に松葉の葉、鍼みたいな葉っぱが管の中に入っているのを触って閃いたんだ」
「管に入った『はっぱぁ』?」
疑念を感じる気持ちは分かるが、松葉の葉っぱを知らんからという事にしておこう。
「そうなの、そういう伝説なの! それから着想を経て管に入れて鍼を刺すことを考案した和一の管鍼術は、自分の手に打っても先ず管が触れるから大丈夫、そして、人に鍼を打つ時も撚鍼術で刺すよりも管によって皮膚の痛みが軽減されるので鍼が刺さっても痛みがほぼ無い、日本鍼灸における大発明をしたんだ。お陰で和一は時の将軍、当時の日本で超偉い徳川綱吉って人にも認められて、鍼の訓練学校を開く許可も貰ったのさ」
「ふぅん、神頼みで得た魔術だからスザクも祓えたワケね」
いや、それはまた違う用途なんだが、パイルバンカーというね。
実はボ〇ムズより先にパイルバンカーを考案した話じゃないんだ。
「それから300年経った今……俺の世界が今、何年なのかは分からないけど、生きていた頃は管鍼術が日本人鍼灸師のスタンダードな手技になったわけさ」
「はい」
と言いながら、カヤは鍼と鍼管を渡してきた。
「おおおお! これこれ、すげぇ!」
「感謝したいならアタシに打ってみてよ、痛いかどうか体験してみたいから」
と言いながら、足の裏をこちらに向けてきた。
「……なに? 足の裏に打つの? いや、痛いよ」
「はぁ? カンシンジュツなら痛くないって説明してたのに? ほらほら、早くしなさいよぉ、痛かったら罰ゲームだから」
ニヤニヤしながらドヤ顔を向けてくる。
何故、罰ゲームになる。
うん、なんだろうこの感じ……イラっとする。
「いや、お前の臭い足なんて打ちたくないわ」
「はあああああぁぁぁぁ!!?? あ、あ、あた、アタシの足が、くさいぃ?」
顔を真っ赤にしながらぷるぷる震えている。
ヤバッ、年頃の女の子に言うべき言葉では無かったかもしれない。
「じょ、じょうだんだよ」
「冗談じゃないわよ!! フザケンな、アンタ、嗅いでみなさいよ!」
俺の顔に足の裏をぐいぐいと押し付けてくる。
そのせいでミニスカートから白い下着がモロに見えてしまっていた。
「ちょ、ちょっとやめ、下着が見えてるぞ、その白いのが」
「変態!! 見ないでよ!! それより、アンタはさっさとアタシの足をかぎなさいよ!」
「どっちが変態だよ!」
わーわー、騒いでいると、いきなり馬車が急停止した。
反動でカヤが俺の胸に飛び込んで来た。
「すんません! ユニコーンが急に飛び出してきちまって!」
ンドルの声が外からは聞こえてきたが馬車内は静まり返っている。
カヤの唇が俺の唇とクッキー一枚分も満たない距離まで近づいているのだ。
俺の鼓動かカヤの鼓動か分からないくらいに密着しているせいか、俺のユニコーンも覚醒が近い!
ダメだ、離れなければ、俺は34でカヤは17だ、一回りも離れているのだ!
「……いいよ」
「な、なにが!?」
「お二方、大丈夫ですかい?」
窓の外からンドルが顔を覗かせると、カヤは神速で元の席に戻った。
「おっと、こりゃ野暮な事してしまいました。お楽しみのところ申し訳ありやせん」
カヤは顔を真っ赤にして顔を背けていた。
「ンドル、俺たちはそんなんじゃ」
「いやいや、お似合いですよ! 若いお二人の淡い青春、あこが」
と言い切らない内にンドルの顔が爆発した!
……どうやら気絶くらいで済んでいるみたいだ。
若いお二人、か。
俺はあっちの世界で死んで、ここではカヤくらいの肉体年齢で転生している。
むくれた顔のカヤがこちらに視線を向けるが、目を合わせられなかった。
「せ、せっかくだから昼飯休憩にしようか」
カヤを意識しないために必死に言葉をかけた。
『ずっと居ればいいじゃない』の言葉が頭の中でリフレインしていた。
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