華佗はそんなこと言わない
「お兄ちゃん、でも、今まで聞いた事だと実って状態ならその子、火の魔力を瀉すんじゃないの?」
「良い質問だな、アカネ。鍼灸があるなら、そうしていたよ。しかし今回は触れちゃいけないルールだ。だから、五志によって感情を動かしてケイラスの巡りを促してみたことにしたんだ。火は喜であるから、瀉すなら悲しませないといけないが、パシーを悲しませる方法は流石にわからない」
「……だから、怒らせたってワケ?」
不機嫌そうな顔でカヤが言い放つ。
「ま、まぁ、そうだよ。これは、俺の世界の中国って国に居た神医と呼ばれた華佗って人が試みた方法なんだよ」
「その華佗って奴は『女性』の年をイジって怒らせたワケ?」
「……いや、男、おじさん」
カヤがため息を漏らし、パシーを指さす。
五色の川の滞りはなく、健康そのものだ。しかし、顔色は浮かない。
女性の場合だったら華佗ならもっと別の方法を取っていたかもしれない。
人の身体の事なら少し分かってきたように思っていても、心に対しては……俺はまだまだ未熟者だ。
「……パシー、その、あれは治療であって、本心では」
「分かっているわよ。私から言い出したことですもの……身体の調子も魔術紋の具合も最高よ……はぁ、私の負け、か」
「それなら、良かった、じゃぁ、これからよろし」
「ウェイト、まだ終わりじゃないわ。負けたとはいえ、まだこの街はアナタ達を認めたわけじゃないから」
「はぁ? 何っ言ってんのこのババア狐!」
ひどっ! パシーに謝れみたいな顔をしておいて自分の方がよっぽどひどいじゃん!
「……アハアハアハ、『お嬢ちゃま』の苛立ちも分かるけど、私もこの街を繁栄させるためにフルコミットしているの。ただ美容魔術で女性の美と男性の愛をウェルビーイングしているだけじゃなく、『お嬢ちゃま』がエレメントアーミーとハレーション起こした時だってコンセンサスを取るためエレメントアーミーから足元を見られて逆らえなくなってしまったのだから」
「……エレメントアーミーの居ないメリットが勝っただけと思うけどなぁ、ボクは」
うわ、アカネの顔……怖いなぁ、女の子同士の争いは。
「アハアハ、クソガキは黙っておいてね。タケちゃーん、会員が辛いフェーズなんだからフラットな慰め欲しいなぁ」
いつの間に会員に!
負けを認めた部分で(公社)ボッカイ魔法協会には入会する気にはなっているのか。
「アカネ、一応、パシーは会員になってくれるみたいだからさ」
「……お兄ちゃんがそういうなら」
頬をぷんと膨らますアカネの顔とは反対に、パシーは俺にウインクを飛ばしてくる。
変わり身が早い……うーん、一筋縄じゃいかない人だな。苦労しそうだ。
「条件というより一会員として、正副会長にグレートオファーがあると思っていただいても良いわぁ。エレメントアーミーよりも(公社)ボッカイ魔法協会に与した方が良いと思える力を見せて、そして、この街が抱えている一番のペンディングを解消して(公社)ボッカイ魔法協会こそ、この街の支配者である事のコンセンサスを得るためにもね」
「パシーさん……この街の一番のぺんでんぐってまさか、ゴブリン野営地ですかい?」
ンドルが青ざめた表情で答えた。
「解説ありがとう、ンドル……そういえば、あなたの溜めていた酒代のツケ、さっさと払ってもらうわよ。無いなら、魔法協会に立て替えてもらえればいいんじゃないかしらぁ、アハ」
ンドルの顔が余計に青ざめていく。俺達に付いた事を怒っているのかもな。
それはそうと、ゴブリンの野営地。ゴブリンが大勢いるような場所なのか?
そこでゴブリン達を倒すことによって、(公社)ボッカイ魔法協会の力を誇示してもらう、というわけか。
――罠の可能性が高い。カヤとアカネを危険な目には……
「アタシたちを試したいってこと? 噂には聞いていたけど、ゴブリン風情に手間取っているのは無資格らしいわね。まぁ、アタシにかかればそんな雑魚は一瞬よ」
「カヤ、待ってくれ、これはもしかしたら――」
「それ以上は黙ってなさい――副会長」
真剣な表情でカヤは俺の言葉を遮った。
「さっきから、乗っ取るとか罠を敷くとか横文字で何言ってるか分からないとか、アタシとアカネはずいぶん軽く見られたものね。確かにアタシたちは世間に疎いところはあるけどーー魔法を使う話なら別よ」
「カヤちゃんとボクのコンビは最強! お兄ちゃんもいるからモウマンタイ!!」
「そう! 罠だろうが小細工だろうがアタシたちならまとめてぶっ倒してやるだけよ」
自信満々に胸を張って宣言する。
そういう無策なところがダメなんだ、と小言も言えるが、そうじゃない。
カヤとアカネ、そして俺がいればどんなことでも乗り越えられる、そう思わせてくれるだけの力がカヤにはある。
どこかの年功序列とゴマすり上手なお偉方とは違う、これが支えてやりたいと思えるリーダーなのだろうな。
「……アグリー。さて、私からのタスクは済んだからそろそろ、お暇させていただこうかしらぁ」
「パシー、ありがとう、チャンスをくれて」
俺の言葉にパシーは何も言わずに立ち上がるとドアノブに手をかけ、
「甘ちゃんねぇ、でも、そこが……」
後ろを振り向かずに尻尾をツンと立てて去って行った。




