女狐パシー・カイロン
「ああーー、流石に疲れた……」
最後の患者さんを見送ると既に太陽が傾いていた。
「お兄ちゃん、ご苦労さまでした。みんな、とっても喜んでいたよ! ホラ、入会届けがこんないっぱいだよ」
入会届けの束が机に置いてある。三桁はいっているだろうか。
個人の一日の施術数で間違いなく俺はギネス記録を取ったであろうと自負出来るぜ。
「それよりアカネ、お金の方は大丈夫そうか?」
「うん、三桁くらいならいけるいける。魔術賠償責任保険はきっとみんなを幸せに出来るものになるよ!」
このテーブルの全てが埋まるほどの金貨が貯金されていることは聞いていた。
カイロン商会ほどではないだろうがチート娘達は金に困ることなどなく、多くを貯金していた事で魔術賠償責任保険を提案することが出来た。
カイロン商会がこの提案を聞いたとしても同じように無償で真似することは難しいだろう。彼女らは『ビジネス』、我々は『公益事業』だ
鍼治療も施せたし流れは確実にこちらに傾いているはずだ。
「……アタシもクタクタ。よくあそこまで魔物化してたのに放置する奴が大勢いるものね……自分の身体のことなのに、気にしないのかしら」
「シドウ会長、しょうがないっす。オレらは魔術紋のこと全然、分からないもんで」
「分からないものに手を出すなっての! 一体、誰が魔術紋をバラ撒いてるのよ」
「アハっ、私の噂話されているのかしらぁ? ニーズにお応えしにきたみたいで嬉しいことです」
甘ったるい声と共に、ンドルの後ろから眼鏡をかけた色っぽい女性が鍼灸院に入ってきた。
血走った眼をしたカヤが空間にいくつもの剣を作り出し、女性目掛けて放った。
あっと言う間もなく、同時にアカネが女性の前に水の壁を作り出し、剣の攻撃を妨げた。
「――アカネ、邪魔をしないで!」
「カヤちゃん! 殺さないって約束したでしょ!?」
「さっすが魔法使いさまは、独特な歓迎をなさるんですねぇ? サービスとしてドラスティックではありますが、それはニーズにはあってませんことよ?」
目につくのはボディコンのような服から見える爆乳。ピリスと同じかそれ以上で、何より色気が違う。夜の女のようにカールのかかった髪形に大きなケモノ耳、イジワルそうに吊り上がった目じり、形の良すぎる鼻筋、濡れた唇に口元のホクロ、そして、豊満なヒップから生えた柔らかそうな尻尾。
この街の女帝、カイロン商会のトップ、パシー・カイロンその人だと分かった。
「――誰が敷居をまたいで良いと許可した、メス狐」
「あらー、ごめんなさいねぇ、貴女のようなカワイイ娘にそんな顔させてしまうなんて、私ったらまだまだ未熟ね。私の商会に来れば私の次くらいにはクロージング出来る美貌なのにぃ」
「――下種が! 貴様はコウリュウ族であるアタシを侮辱した! 万死に値する!」
「カヤ! 約束しただろ!?」
俺の声にカヤはピクリと反応すると、天井を見上げながら大きく息をついて椅子にドンっと座った。
念のためオブザーバーでステータスを確認しておこう。
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名前:パシー・カイロン 年齢:24歳
性別:女 ランク:C
職業:魔術使い
HP:C
MP:C
魔力:C
魔防:B
筋力:C
体力:D
速度:D
美容:A
B:98 W:65 H:91
――――――――――――――――――――――――――――
むむむ、けしからんバディだ。あと、個人ステータスが美容って。
……ん、なんだ? 五色の川の青の川が点滅している?
「あんた、パシー・カイロンだろ、なんの用だ?」
「へぇぇー、噂は本当ね……あの暴虐のカヤがぁ、男に惚れたって」
パシーの言葉に、カヤの顔が真っ赤になり立ち上がった。
「はあああぁぁぁぁ!? だ、だ、だれがそんな根も葉もない嘘をまき散らしてんのよぉ!? そ、そんなワケない! ワケないじゃん! コイツよ、コイツがアタシに惚れてるのよ?」
「……え? お兄ちゃん……カヤちゃんが好きなの?」
そんな深刻そうなメンヘラ顔で聞かれても。俺が今度は刺されそうだ。
これじゃ相手のペースにハマってしまう。
「二人とも落ち着いて、これはパシーの罠だ。心理的にこちらをかく乱させて、交渉を優位にするつもりなんだ」
「そ、そうだったのね……いや、余りにも的外れな事を言うから、ちょっと驚いただけよ? べ、べつに、アンタのことを意識してるとか、そ、そういんじゃ……ないんだからね」
「ぢーーー」
カヤの反応は良いとして、アカネのジト目が気になる。
そっち系になってしまうのか!?
「こちらから出向いて、正解だったみたいねぇ……なるほど、貴方が杉山武光ね。シンギュラリティと聞いていたけど、どうしたらそんなにカワイイ娘達のハートを射止めることが出来るのかしらぁ? 私の魔術でも恋心の切っ掛けは作れるけど、首輪をつけるのは……魔法じゃなくちゃ無理かもねぇ、アハ」
「冗談はそれくらいにして、そろそろ本題に入らないか? 大方、魔術使いが俺たちの方になびきだして焦ってここに来たんだろ?」
パシーは肩をすくめた後、ベッドサイドの椅子に腰かけた。
背もたれの隙間から飛び出た尻尾が気の強さを示すように立っている。
「……半分正解ね。貴方たちと私のキャズムは別で、魔術使いが魔法協会に入ること自体、自然であると私は考えていたのよぉ? ……ただ、それが私にイニシアティブがあるか、そうじゃないかの違いなだけ」
貼り付けたような笑顔を向けてきた。
つまり乗っ取ろうと考えていたのだろう。かなりのくせ者だ。
「それで、計画が崩れて何を求めて来たんだ?」
「あ・な・た」
色気のある言い方をしながら明らかに豊満な胸を強調してくる。
おっぱい星人の俺には効果的だ!
「うん、ボクが殺すことにするよ」
「っちょ! アカネ、なんであんたがそれ言うのよ!? そこは私じゃない」
いや、どちらも殺すとか言わないで。
「アハ、ここに居たら命がいくつあっても足りないわねぇ」
「あまりふざけていると、止めようがないぞ」
パシーは胸の谷間に手を入れると、そこから扇子を取り出し扇ぎ始めた。
「貴方たちとディールしても仕方なさそうね。なら、単刀直入に言う、カイロン商会は、(公社)ボッカイ魔法協会に入会することにしたわぁ、アライアンスよ」
水の力で爆乳の命を狙うアカネも、それを必死に止めるカヤも、驚いた表情で固まっている。




