養生訓
「おい! ンドル、大丈夫なのかい!?」
俺の行く手を防いでいた女戦士がライオン男に駆け寄る。
他の連中の目も奴に注がれている。
――今が、チャンスだ。
耳目を集めないように、入口へと向かう。
「ああ、ンドルが粒子に! くっそ、ケイラス病か」
ケイラス病、確かピリスもそんなことを言っていたな。
魔法使い達はそれを円環の儀と語り、ケイラスに還ることに肯定的な印象だったが、魔法使い以外は病と考えているのか……何を考えている、立ち止まらずに行かないと。
「だ、だれか、治癒師はいないのかい? このままじゃンドルが消えちゃう」
「……あきらめろ、アメリア。ケイラス病を治すことは出来ない」
ウエスタンなドアに手をかける。
……何、バカな事を考えている。俺の事を金目当てで殺そうとした奴だぞ?
それに俺は今、前世と違って治療家でもなんでもない。
ただの……
「――そこをどいてくれ、俺が診る!」
ライオン男のそばに集まった連中をかき分け、オブザーバーを起動する。
きっとバカなことをしているが、例え生まれ変わっても、病に苦しんでいる人を見捨てるわけにはいかない。
ステータスと共に、ライオン男ンドルの……五色の川じゃない!?
――川が汚染されている。
まるで、石油が川一面に流出した時のような照り返す脂ぎった闇だ。
「こりゃダメそうだ、賭けは無しだな」
「……坊やならきっと何とかしてくれるわ」
「キャシーはなんで小僧に入れ込むんだ……小僧テメー! 俺の数年を返せー!」
野次馬たちが勝手なことを言ってくれる。
ピリスや、アカネの時とは違う……コイツはもっと根本的に外側から影響を受けた邪な、そう外邪のような。
「そこまでよ!」
この威圧的な少女の声は!
何もない空間からまるで光学迷彩がはがれていくように、カヤとアカネの姿が現れた。
「水膜を解いたよ、カヤちゃん」
あれはアカネの魔法なのか、というかもしかして姿を消して俺を尾行していた?
「カヤ、アカネどうして?」
「べ、別に、アンタの事が心配で着いてきたとかじゃないんだからね! たまたま、散歩してただけだし」
アカネのくすくす笑いが無くても流石に気づくよ。
酒場に散歩に来るなんてありえないでしょ。
でも、助かった、カヤとアカネがいるなら。
「ちょうど良かった、コイツのケイラスがおかしいんで、教えてもらいたくて」
「……そうね、着いてきて良かったわ。これから『処理』をするからあなたも、他の連中と外にいなさい」
「えっと、処理……それはどういう」
周囲の雰囲気が変わったのが分かった。
みんな一様に、怯えたような表情をしている。
「し、シドウさま、お待ちください、ンドルはまだ生きています」
女戦士がカヤに頼みこんでいる。
「……無資格の末路よ、慈悲は無い」
初めて会った時のような何も映さない空虚な瞳。
処理とは、ンドルを殺すという意味か。
「……暴虐のカヤめ……また魔術使いを殺すのか」
小さな声で誰かが呟いたのをカヤは見逃さず、木のテーブルに手をかざすと、テーブルから枝が生えだし急激に伸びて狼男の首に巻き付いた。
「うっとうしいわね……アタシはいつでもこうならないように、門戸を開いていたわ。ケイラスの意志に従わず、魔術紋を欲望に溺れて使ってる奴を処理してもらえるだけありがたいと思いなさい」
狼男の口から泡が噴き出す前に、木の枝が水の刃に切り裂かれた。
「カヤちゃん……もう十分だよ」
「アカネは甘い。無知な奴らを放置することこそ罪よ……この際は一掃するのも」
カヤとアカネのやり取りを見ていた人々は青い顔をしながら酒場から去ろうとしていた。
「待ってくれ!」
俺の言葉に感情が薄れているカヤの表情が変わった。
「……例えアンタが特殊な魔法モドキを使ったとしても、コイツの状況はワケが違う。アンタでも無理よ」
「確かに、今までの状況とは違う。この闇は……そう、邪気だな」
カヤとアカネの驚きに、正解を見いだせた。
「はいはい……もはやアンタがアタシのスリーサイズを知っていると言われても驚きはしないわ」
それも知っているが、流石に口には出せん。
「アンタの言う通り、コイツはジャキに侵されている……じきに魔物になるわ」
「ま、魔物になる!?」
五色の川が邪気に侵されると魔物になるということか!?
「円環の儀を迎えられてみんなが魔物になるわけじゃない、ごく一部、ジャキに汚染されてしまう。魔物はもともと魔物であるのもいるし、少なくともこの街では……魔物として外に出たものはいない」
悲し気な表情でアカネは俯いた。
魔物として外に出る前に、カヤ達によって狩られていたのだろう。
同輩が魔物化するとは言え、容赦なく処理し続けた魔法少女を暴虐のカヤと呼び畏怖する魔術使いの気持ちも分からなくはない。
だが、五神族と呼ばれていても地球だったらまだ女子高生ほどの年齢だ。
この娘たちに、処理なんて言葉を使わせていいはずがない!
「――そろそろタイムリミットね、魔物化が始まったわ」
倒れているンドルの身体がビクビクと動き出す。
すると身体から闇が吹き出し覆われていく。
まるで蝶に羽化する前のサナギの様に闇の繭に包まれているようだ。
俺だけが見えていたはずの闇に野次馬どもは目を背けている。
もはやオブザーバーを起動しても五色の川は見えない。
っクソ、俺には何も出来ないのか!?
「……節度を守り、心を平静に保ち、調和の取れた生き方をする」
アカネの呟きに顔を上げる。
「養生?」
「違うよ、魔法を使うときの最初の教え。見るんじゃなく、感じるの。お兄ちゃんはエレメントギアに頼り過ぎている……ケイラスをもっと信じて」
見るんじゃなく感じるか。昔、師匠によく言われていた。
目を閉じる……暗闇の中に、光る何かが感じられる。
思い出せ……初めて鍼灸治療した時の……あの感じ……患者さんに鍼を刺したときに走った電気、いや、ヒビキ。
――そこだ!
目を見開き指を刺した。
「な、なにこれ、そんな……ウソでしょ……ケイラスを具現化するなんて」
カヤだけでなくその場にいる人々の驚愕が伝わってくる。
闇の繭の上に、五つの光点を持った五芒星が浮いている。
「あ、あれがケイラスか……小僧に銀貨30枚だ!」
「ああああ、まさか、アタシのような魔術使いがケイラスを見ることができるなんて」
「けどキャシー、なんかアレ黒く汚れてるぜ」
野次馬どもの言う通り、五つの光点は闇に霞み、何色かさえ判別が難しい。
――だが、俺には感じられる、ンドルの生命力を。
「アカネ、頼む! あの五芒星の左上の光点に水の魔力を注ぎこんでくれ!」
俺の言葉にアカネは頷くと、何かを呟き、何もない空間から杖のようなものを取り出した。
蛇の意匠が施された最終装備のような杖だ。
「作強の官、伎巧ここより出づ!」
アカネの発した言葉に呼応するように、杖から水の蛇が現れ、五芒星へと向かう。
水の蛇は光点を覆う、闇を喰いはがし、そのまま光点へと吸い込まれていく。
左上の黒き光点が光り輝きだした。
それにつられるように青赤黄白の光点も輝き出し、ンドルを包んでいた闇の繭も消失していった。
「あ、あれ、オレ、何してたんだっけ?」
ライオン男が起き上がると周囲から歓声が沸き起こった。
やれやれ、何とかなったか。
「すごい! すごい! お兄ちゃん、ホントにすごいよ!」
抱き着いてくるアカネを受け止めるとよろけた。
どっと疲れがやってきたように思える
視線を移すとカヤが少しむくれた顔をしてこちらをじとーっと見ている。
「やってくれたわね、アタシの仕事を奪ってどうする気よ?」
カヤは俺の方に近づいてくると、胸を軽く小突いてきた。
その位の力でもよろけそうな俺の腕を自分の腕に絡めて、
「でも、がんばったから……少しはねぎらってあげてもいいわよ」
にっこりと笑った。
「素晴らしいです! シドウさまと、ミソノさまに見初められるだけでなく、不治の病を癒す異世界の魔法使い……とても興味深い」
バーの奥から眼鏡をかけた白いスーツの長身の男が拍手をしている。
「カイル……どこで出てくるかタイミング図っていたでしょ?」
意地の悪そうな顔でカヤはカイルと呼んでいる男に言い放つ。
「さっすが、シドウさま、『全て』お見通しですね」
眼鏡をかけたシベリアンハスキーのような顔だちをした男は、その言葉にうやうやしく頭を下げる。
この男は何者だろうか?
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