引いちゃダメな時
「杉山先生、手が止まっておる。仕事中に仕事を忘れてはいかんよ? EEも『職業柄』ついつい気になるもんでな」
マジか……つまり、サラの件は既にアル婆にはバレているということか。
そうなってくるとピリスも知っていたのか……これはただのお土産で済む話にはならなそうだ。
しかし、この高齢者も食えない人だ……言葉を選ぶ必要があるな。
「ばあちゃん、その話は本当なのか? やったら尚更コイツを」
クラウスの言葉を遮るように、アル老はしーっと人差し指を口に当てた。
「杉山先生、クラ坊は本来、エレメントアーミーに入るような者じゃなくてなぁ。エレメントギアも人様の役に立つ物として作りたい想いがあったんじゃよ。だが、コヤツはピリスちゃんに希望を持ってしまってなぁ、人を助ける優しいクラ坊ではなく、汚れ仕事も請け負うエレメントアーミーのクラウス・シュミットになったんじゃよ」
クラウスは表情に羞恥の色を出すと顔を背けた。
誰かのせいではなく、ピリスのために自分で歪めたわけか。
「そこで杉山先生にお願いがあるんじゃが」
アル婆はこちらを向くとニコリと親し気な微笑みを向けてきた。
今日一番、イヤな予感がする顔だ。
「魔法使いどもと一緒にフリーライトへそのまま本気で『亡命』してくれんか? オブザーバーの心配なら私が責任を持って死ぬまで杉山先生へエレメントコアを届けさせよう」
はぁ、そうきたか。
「それはどういう意味で?」
アル婆はこちらに向き合い孫に絵本を読んであげるように優し気な声で、
「それはお前さん方が目障りなんじゃ」
ムカつくことを言ってきた。
「クラ坊は優しい子じゃから、お前さん達を葬る機会はいくらでもあったのに、それが出来んかった。お陰でピリスちゃんはお前さんにご執心じゃ。挙句に魔法使いどもに自治権を与えるなど、エレメントマスターを支えてきたEE組合を差し置いて考えられん、暴挙だと私は思っておる」
職域の問題か。
EE業界からすれば、魔法使いとエレメントマスターとの良好な関係は目の上のたん瘤のようなものだろう。
俺たちを潰すためのチャンスはいくつかある中で、最も『穏便な方法』を提案してきているわけなのだろう。
――だが、引く時と引いちゃダメな時くらいは流石の俺にもわかる。




